ライダーからの、そっけない報告でビル内に侵入者が来たことを知る。
そして、その侵入者が凄い勢いで、天人たちを退けながら、葉月たちのいる屋上に向かってきているということも。
「やっと戻ってこれました。やれやれ、ここまで来るだけで一苦労です」
ボロボロになりながらも、その袴姿の侍の佇まいだけは、以前から一つも変わることなく、余裕を漂わせている。
「あらあら、どなたかと思いましたら、一度取り逃した小鼠ではありませんか。穢れた臭いがいたしますね」
「やはり、ここに来るまでに下水道など通ってきたからでしょうか?」
車の中から姿を表したライダーに指摘されたセイバーは、袴の裾を持ち上げてクンクンとお道化たように嗅いでみせる。
「さて、預けた勝負を果たしに来ました」
「それは、なんとも殊勝なことで。負けると分かっていながらも逃げないその姿勢は、真の武士と言ったところでしょうか? あら、前の時は隣にいらっしゃった、もう一人の方はどこにいったのかしら?」
「貴方の攻撃は範囲が広いですから、気にかけてばかりで本気を出せない拙者のことを慮って、マスター殿は今、隣ではなく、遠くより支援してくれています」
ようするにマスターの方は、狙われるのが怖くなって逃げたということなのだろう。と葉月は推察する。
この状況は、葉月たちにとっては好都合だった。
天人たちを使って、小一時間に渡って街を探させたのだが、新たなマスターたちの居場所の手がかりすら見つけることができていなかった。
マスターを捕らえているために、もはや相手する必要性のないキャスターの本拠地に戯れに兵を送って蹂躙してやろうかと悩んでいたところだった。
もしかしたら、セイバーもそれを察して、今こうして前に立ちふさがろうとしているのかもしれない。
だとしたら、なんと微笑ましい。
そんな、仲良しごっこのために自分の身を犠牲にしようとしているのだから。
ただ、完全に無策で登場したとは考えづらい。
一発逆転の手を持って虎視眈々とそれを狙っていてもおかしくない。
ライダーとの力の差は前回の対峙で感じているはず。
だとしたら、その力の差を埋めるだけの奇策か、あるいは全く別の攻略筋……。
「ライダー、天人たちに私を守らせなさい。セイバーはマスター殺しを狙ってくるはずよ」
「そう言えば、マスター様をやられると妾の負けとなるのでしたね。いいです。皆様、マスター様を守って。蟻ん子一匹通してはいけませんよ」
ライダーがそう指示すると、どこからか白装束に身を包んだ天人たちが現れて、葉月を守るように周囲を取り囲む。
「それでは、見せてもらいましょう。人類史に名を残す剣士様のご勇姿を」
万全の状態となったのを見計らって仕掛けたのは、ライダーの方から。
サーっと、白く透ける衣を棚引かせながら、軽く腕を振るう。
すると、宙より枝葉が生まれでて、セイバーを取り囲むように襲う。
「これは、前回見せていただきました。同じとは芸がありませんね」
ただ、前回はマスターを庇いながらの戦いだったセイバーは、今は一人思う存分に刀を振るうことができる。
鞘から刀を抜き放ち、眼前のライダーに向かって構える。
それだけにしか見えない動きを見せたセイバーの周囲を取り囲んでいた樹の枝たちが、ひとりでに千千に裂かれて地に落ちていった。
否、その一本一本はセイバーの刀の、目にも留まらぬ妙技のもとに斬り伏せられたのだ。
「まさか、攻撃手段はこれだけですか?」
ライダーはオーケストラの指揮者のごとく、セイバーに向かって腕を振るい続ける。
しかし、もはや樹の枝が現世に姿を見せることはなく、次元の裂け目は現れるとともに真っ二つに分かれて消えていく。
それをライダーの姿を見据えたまま、セイバーは片手間のごとく行っていく。
想像を絶するセイバーの剣の技量に、葉月はもしかするとライダーは勝てないのではないかと心配になる。
「それでは、こちらから参ります」
消える。
空を裂く音。
それを目で追っていくと、前方にあったはずのセイバーの姿が、既にライダーを越えた後方の中空にあった。
「あら、流石は剣聖とうたわれるほどの名高き剣士様」
ライダーはしとやかに、口元に手を当て微笑もうとする。
しかし、その動きに肘から先は付いてこれずに、重力に任せて落下していく。
「いけない。どうしても癖で動こうとしてしまいますね」
けれど、それがどうということでもないと振る舞う。
その余裕たっぷりの姿を見て、葉月は本当に大丈夫なのか、頭がおかしくなっているだけではないのかと、やきもきする。
「腕の一本や二本。差し上げても構いません。ただ命はいただきましょう」
ライダーの失われた腕が生えてくる。
自由自在に空間に樹の枝を生やしているのと同じように。
それが樹ではなく、肉であるだけのこと。
皮膚と血と骨が、のたうち回るように周囲を覆って、収束していって腕となる。
そして、その手には、蔓を編み上げて作られた剣が握られていた。
「剣の勝負ですか?」
「ええ、お得意でしょう?」
「望むところです。稽古をつけて上げましょう」
不思議な歩法で屋上に戻っていたセイバーと、宙に舞い続けるライダーが再び相対する。
先に動き出したのはライダーだった。
セイバーと変わらない速度で、力任せに一太刀浴びせる。
しかし、こともなげに刃を合わせて受け止めるセイバー。
ライダーは、弾き返された剣を返して横薙ぎ一閃。
セイバーがそれを、一歩後退し、紙一重で避ける。そのまま剣の通り過ぎた刹那に踏み込み袈裟斬り。
そこまでが、瞬きの間に行われた。
当然、常人である葉月の目には止まらず、ライダーの身体を斜めに切断された状態からシーンが始まる。
「流石に剣のみの勝負では勝てませんか」
右腕を生やしたときと同様に、肉が生まれて切断面を修復していく。
「こちらとしては、身体を真っ二つにしても無傷というのは、自身を無くしそうですが」
「ならば、合わせ技ならどうでしょう」
「問答は無用でござるか」
宣言どおりに剣を振るうだけでなく、同時に空間に植物を生み出す力を用いて襲いかかるライダー。
セイバーは一つ一つ確実にいなしていく。
しかし、先の攻防と同じような手順で間を作って反撃というわけにはいかず、しばらく防戦一方になる。
「ほらほら、いつまで持つでしょうか」
「……仕方ないですね」
セイバーが意を決して呟き、その眼をカッと見開きライダーを捉える。
青白く光るそれに見入られた瞬間、剣と刀のぶつかり合う瞬間であったが、ライダーは蔦の剣を放り出し大きく後退する。
セイバーは、その主を失った剣を軽々と両断した。
「驚きました。確かにチラチラと漏れ出ていましたが、勘違いだとばかり。まさか雷神の力を身に宿しているとは……」
これまでの余裕の表情を崩して、この戦いの中で初めて驚愕した様相を見せるライダー。
もはや、今までのように不用意に近付こうとする素振りを見せない。
「生前、運良く授かりまして」
「けれど、それは人の身には余るものでしょう」
「ええ、ほんの一時しか使えません。加えて単体では無意味。正しく斬れねば効果なしと、中々都合よく使えるものでもありません。……ですが、これで拙者を侮ることはできなくなったでしょう?」
「勿論。もはや、油断などしてあげられませんよ。全勢力をかけて叩き潰して差し上げましょう」
その言葉とともに、街に散らばっていた天人たちが、一直線に主の元に戻ってくる。その数、総勢百にも及ぶ大勢力。その一人一人が精鋭中の精鋭。
もはや、ただ一騎のみ存在する一騎当千などには、勝利の可能性はない。
「これを待っておりました」
しかし、剣士は待ちかねたと、一つ一つが己と対等に立ち合える百に臆することなく立ち向かう。
「このように一人ではありませんでしたが、なぜか初めて戦場に立ったときのことを思い出しますね」
様々な武器を手に持った白装束が、一人の侍を決して逃すまいと取り囲む。
「さあ、かかりなさい」
ライダーの号令とともに機械のような統制の取れた動きで襲いかかる。
「さて、時間稼ぎ。……ではありますが、倒してしまうのも一興!」
天人たちが屋上に集ったおかげで、警備する者のいなくなった屋敷内。
弥生の閉じ込められている座敷牢の部屋の扉が静かに開く。
「…………」
弥生は内心緊張しながらも、その感情を上手く外に出すことはできず、じっと入室者の動向を部屋の隅で座りながら待つ。
「助けに来たぞ」
初対面の人だった。
いや、もしかしたら会ったことがあるのかもしれないと記憶を掘り返そうかと思って、やっぱりやめる。
一度、出会っていたならば、そうそう忘れることはないだろう印象的な格好をした人だった。
「……何かのコスプレですか?」
「一言目がそれかよ。っていうか、お前も人のこと言えないと思うぜ」
そう言われて、弥生は自分の格好を見返してみる。
使用人の服。弥生には馴染みのある服装だけれど、世間一般的には確かに仮装のイメージが強いのかもしれない。
自分を害しに来たわけじゃないと分かると、弥生は不思議な服装の青年への興味が湧いてきた。
木の格子で外の世界と隔てられている分、心理的に楽さがあったのもあり、立ち上がって格子の側まで近づいてみることにした。
「……あなたは誰? ……臭い?」
「随分な言われようだ。実際に下水道を通ってきたから臭いかもしれないが」
「下水道……に住んでる?」
「いや、一般的な家屋に住んでる。名前は如月拓斗。アーチャーのマスターをやっている」
「アーチャーの……」
弥生がそれを聞いて思い出すのは、波彦が苦手そうに話していた記憶。
夕暮れに家に襲撃してきて殺されかけたといっていた。
ただバーサーカーとの戦いの中では共闘したとも聞いている。
立ち位置の良くわからない人。
弥生は今、実際に相対してみて、悪い人ではなさそうと感じた。
第一声の「助けに来たぞ」から察するに、弥生のことを救出しにきたのだと思われる。
それはすなわち、現時点で再び協力関係を結んでいるということ。
格好は相当に奇抜だけど、考え方まで奇抜なわけではない。
協力関係を結べるだけの信頼に足る人物。と、仲間が認めている(波彦は違うかもしれないけれど)ことが、弥生にとっては何より信頼をおいても良い証だった。
「今出してやるからな、待ってろ」
如月が、弥生を閉じ込めている錠を外しにかかる。
少しだけ苦戦をしていたが、程なくして檻の扉が開かれる。
「ほら、もう出れるぜ」
「……ありがとうございます」
開かれた扉から出る。
弥生は、それだけで、檻の中の鬱屈とした空気から開放された気がした。
隔てていたのは、木の格子枠で檻の外も同じ空気が漂っていておかしくなさそうなものだけれど。
もしかしたら、ライダーの魔術的な結界の要素があったのかもしれない。
何にせよ、張り詰めていた気が抜けた。
くぅ~、と弥生のお腹が鳴る。
「…………」
弥生は、そういえば、今日の朝から食事を取っていないなと思い出した。
少し恥ずかしくて、如月の顔をじっと見つめて、これはそういうのじゃありませんよと目で訴えかける。
いや、実際にお腹は空いていて、何がそういうのじゃないのか分からないけれど。
「腹、減ってるのか? じゃあ、こんなのは――」
如月が弥生の前に、空を握った手を差し出してくる。
そして、手を開くと饅頭が生まれていた。
「食うか?」
「…………」
背に腹は変えられず、弥生は目の前に差し出された饅頭に、パクと食いつく。
その様子を見た如月は、自分から差し出したのにも関わらず、驚いたような顔をしていた。
「……おいしい」
「そりゃ、良かった。他の連中には受けが悪かったんだけどな」
「みんなは……?」
如月が弥生の救出に来たということは、波彦や神無たちがライダーを足止めないし、打倒のために戦っているということだろう。
ライダーは不思議な力を持つ宝具をいくつも持っていた。
強敵だろう。
それに立ち向かっているであろう仲間のことが、心配でならなかった。
「そうだな、そろそろ頃合いだろう。見物させてもらうとしようか」
如月が座敷牢の部屋を抜けて、弥生を手招く。
それに従って弥生も一日居続けた部屋を後にする。
座敷牢の部屋は窓がなく、外の景色を眺めることもできずに退屈だった。
ただ、それは他の窓がある部屋でも同じだったかもしれないと弥生は思った。
如月に連れられるままバルコニーのようなところまでやってきたのだが、視界がビニールシートのようなものに遮られて、外の景色はやっぱり見えない。
「後は、連絡を待つだけだが……」
そう如月が発したのと同時。
携帯電話のコール音が一つだけ鳴る。如月の所持しているものだろう。
「来たか。やれ、アーチャー!」
待ちかねたと、如月が彼のサーヴァントに指示を送る。
同時、視界が開ける。
一気に屋敷を覆っていた灰色のシートが取り払われたのだ。
町の明かりが見える。
夜の星々が見える。
空には、二つの丸い月が浮かんでいた。
「この屋敷の屋上で、今セイバーとライダーが戦っているぜ」
弥生は、その言葉に従って屋上の方向を見上げる。