「一体どこで気付いたのかい?」
興が乗ったアサシンは、キャスターの対面に窮屈そうに尊大そうな態度で座る。
「確信を得たのは、今朝、伝染病の患者を診察した時だ。ただ、神無くんの話からおおよその検討はついていた」
「ほう」
興味深げな態度で、続きを促される。
「今朝に至るまでの段階。神無くんが遭遇したアサシンの情報から得られたアサシンの真名解明のヒントは三つ。
一、仮面を被って顔を隠していること。
一、多種多様な武器を有していること。
一、ランサーが残した『ヴァーリ』という単語」
アサシンは値踏みするようにキャスターの一言一言に小さく頷く。
まるで、自分が出題したクイズに答える子供を見守るかのように。
「一つ目は、まさに現在のこの状況が物語っているだろう。
アサシンの容姿に関する情報の中で、手足の長さや黒衣などの情報からの絞り込みは難しかった。だが、身に付けている仮面からは意図を想像することは容易い。
当然、アサシンゆえ生前に素顔を晒すために付けていたという線も大きいだろうが、仮面の下を見られると真名を晒すに等しい秘密を知られるがために隠しているという可能性も十分に大きいだろう」
実際に仮面の下には、今晒している骸骨面という秘密が存在していた。
「二つ目、ランサーとの戦闘と、その前に行っていた殺害方法から、あまりにも武器の種類が多すぎる。……というよりは、時代が広すぎるというべきだろうか。
セイバーが使うような剣やランサーが使うような槍で一般人を虐殺していたかと思うと、いざランサーとの戦闘では現代的な複数の重火器を使用して戦った。
そのことから、当初神無くんは銃を用いる英霊に絞って探していたようだが、それでは前時代的な近接兵器をも使用していることについての説明がつかない。
そして、使用した銃について意味深にも『平和ボケした日本での知名度の低さ』を言及した。ちなみに神無くんが記憶していた特徴から、その銃は【AK-47】というアサルトライフルであることが分かった。この銃は、世界で最も多く使われた軍用銃ということらしい」
キャスターは自らの推理を一つ一つなぞるように、アサシンに向かって話す。
アサシンの骸骨の顔からは表情が読み取れず、彼がどういった心持ちで聞いているかを測ることはできない。
「三つ目、『ヴァーリ』とはランサー、ヘズに差し向けられた暗殺者の名前だ。光神を殺めてしまったヘズに激昂した主神ゼウスは、ヘズを殺害するためにヴァーリという子をもうけてヘズの殺害に成功する。
ランサーが死の間際に、なぜ自らに差し向けられた暗殺者の名前を口に出すのか……。
考えられるのは、例えばアサシンが実際にヴァーリだった場合。ただ、そうであれば前述した銃を使用するというのは、北欧神話に登場するヴァーリのイメージにそぐわない。
例えば、北欧神話内における彼自身の行動の悔恨から口を出てしまった。しかし、そうであれば、この場面で実際に口にするのは『バルドル』の方が正しいだろう。
だとすれば、残されたのは自らの死の状況に『ヴァーリ』と符合する何かがあったのだろう。
例えばそれは殺害方法。
アサシンの放ってきた攻撃に、『ヴァーリ』を想起させる要素があった。
聞けば、アサシンはランサーを殺害するその場面のみ、重火器ではなく近接戦闘をしかけたらしい。そのまま重火器で押し切れる場面であるのに……。
まるでその際に使用した方法こそ、ランサーを安全に確実に葬れる方法だと知っているかのように」
結論を言う前に、すっかり冷めきってしまった紅茶で喉を潤してから。
「以上を踏まえてワシは、その時点でアサシンは武器ではなく、何らかの概念を攻撃方法として有しているものだと推測ができた。
人々が恐怖的信仰を抱く武器や、サーヴァントなら生前に致命打となった武器を使い、そこに付随する何らかの記号的概念自体が攻撃の威力となっている。
その概念とは恐らく『死』だ。
人々が武器によって持たされた死への恐怖、生前の死亡理由となった武器への苦手意識。
そういったものを使って攻撃してくると考えられるとしたら、【死神】というのは、考えられる可能性の一つだとは思わないか?
死神の面に、人とは違う特徴があるのだとすれば、仮面を被っている理由にも説明がつく」
そこまでのキャスターの話を聞いたところで、今まで口を出さないでいたアサシンが口を開く。
「面白い推理だ。だが、それはあくまで推論に過ぎない。断定するには弱すぎないかな?」
キャスターを試すような口ぶり。
「ああ、まったくだ。その時点では断定できていない。
だからこそ、確信したのは今朝の四つ目のヒントを与えられたときになった。
あの病は『ペスト』とか『黒死病』と呼ばれる伝染病。中世ヨーロッパで猛威をふるい、人間を絶滅寸前まで追い込んだ病だ。
生前、ワシが医者として活動していた際にも流行し、何人もの患者を診てきたし、数え切れないほどの犠牲者を目にしてきた。
死神というと、大鎌を持っているイメージが想起されることが多いが、病を引き連れてくる騎手として描かれることも多かったようだ。
すなわち、病は死の概念の具現化とも言える存在だ。
前述の推理に、この事実が重なった以上、もはや断定せざるを得ないだろう」
キャスターはキッと目を見開いてアサシンを見据え、カップから離した右手の人差し指を差し向ける。
「アサシン、貴様の真名は【死神】。いや、刈り取る者、【グリム・リーパー】といったところだろうか」
アサシンは何がおかしいのか「ククク」と、しばらくの間小さく笑い続ける。
「改めて、称賛するよ。素晴らしい推理だったな、キャスター。そう、オレの真名はグリム・リーパー。ありとあらゆる世界中の神話に登場する死神そのものさ」
キャスターは推理があたっていたことに、小さく一つ息を吐き安堵する。
「だが、あまりにも不用心すぎる。こんな推理を聞かせるために、お前はオレを間合いに入れてしまった。
キャスターのお前と、アサシンのオレ。この間合いでより早く相手を殺せるのは間違いなくオレだ。キャスターの主戦場である遠距離で戦いを始めなければいけなかった。
だとすれば、お前は奇襲の手でも打たなくてはいけなかったが、その線もない。
オレは、これでも用心深くてね。お前の仲間が外に出ていることを調べてからここに来ている。お仲間のセイバーは遥か遠く。隣の部屋から飛び出て首を断たれるような心配もしなくていい」
見れば、アサシンの手にはいつの間にか、先程までは存在しなかったナイフが握られている。
しかし、その話を聞いても、ナイフを目に留めてもキャスターの余裕ぶった態度は崩れない。
「間抜けなのは貴様の方だ、アサシン。まさか、そこまで分かっているワシが何の準備もしていなかったと、本当にそう思っているのか?」
「……何を言っている?」
「すなわち、すでにワシの宝具は発動しているのだ。気付けないか? それも無理なかろう。少し説明をしてやるとしよう」
アサシンはキャスターの言葉が、本気なのかブラフなのか測りかねている。
周囲を気にしているが、キャスターの宝具を見つけられないでいる様子。
「ワシは宝具を二つ持っている。
一つは四行詩の形で、天より予言を賜る力。これには一切の攻撃能力がない。
そして、もう一つこそ今発動している宝具。絶大な攻撃性能を秘めた宝具だ。
ワシの行った予言は、生前よりも死後の世界に大きな影響を与えている。
四行詩の形で天より受け取るがゆえに、ワシ自身でさえ正確な内容を読み解けないそれを、どうにかして読み解き未来に訪れる脅威に備えようとする者たちが沢山あらわれた。
その結果、建設的な意見も当然多く交わされたが、まるで狂気に支配されたかのような荒唐無稽な想像も数多上げられた。
この宝具は、そういった人々の想像のエネルギーを用いて、想像を具現化する力である」
宝具の説明で時間を稼ぎながら、キャスターは自分に抜かりがないかを確認する。
屋敷に運び込まれてきた病人たちは、セイバーに頼んで外の安全な場所に運び込んでもらった。
近隣住人たちに対しても同様に、被害にあわない場所にまで退避させるようにセイバーに話しておいた。
今このときのために、今日は無理を言って住人たち全員をネズミ退治に向かわせた。
弥生、自分のマスターについては、あの子の両親の残したものを失わさせてしまうことに申し訳無さを感じる。
しかし、目の前にいる化け物が聖杯戦争の勝者となってしまった場合に訪れる破滅は多くの人々を絶望に落とし込む。
そして弥生もその中の一人で、彼女の前に広がる未来が永遠に失われてしまうことだけは避けなければいけなかった。
『……令呪をもって命じます。ご主人さまに敵を討ち滅ぼす力を』
スピーカーを最小にして繋げておいた電話機から、弥生の声が聞こえるとともに、キャスターは自分の中の魔力が高まるのを感じた。
自分のほうが従者だと言っても、頑なにキャスターへの呼称を改めてくれなかった初めて出会った日のことを思い出して、口元に笑みが浮かんでしまう。
「何がおかしいのだ、キャスター?」
「ただ貴様をここで葬れることが、たまらなく嬉しいのだ」
「どれほど待っても何も起きないということは、やはり虚言だったのだな、キャスター」
「それはどうだろうな」
もはや回避不可能な状態まで持ってこれたことに安堵して、さらなる時間稼ぎのためにキャスターはネタバラしをすることにした。
「何だコレは?」
突如として様相を変えた室内に、アサシンが驚愕の声を上げる。
「気付かなかったのか? お前が来たときから常にそこにあったのだぞ」
いや、正確には聖杯戦争が開始されたその日からずっと。
銀河を想起させる無数の光が各々のスピードで周回を続ける円盤が部屋の上空に浮いているのを、アサシンはようやくのことで発見することができた。
その円盤はマーキング。キャスターの宝具の発動位置を定めるためのもの。
これを設置するのに半日、発動できるのは聖杯戦争一回につき一度のみという巨大な制約を伴う代わりに、キャスターの宝具は聖剣の一振りにさえ劣らぬ威力を有している。
キャスターはこの必殺の一撃を隠すために、弥生と共に与えられた認識阻害の能力を使用し続けて、何があろうとも動かずにいることでいつでも宝具を使用できることを隠蔽し続けた。
これを知っているのは、キャスターのマスターである弥生と、千里眼で屋敷の存在を発見し得た神無のみ。波彦たちにさえ知らせないことで、確実に今の状況を作り上げることができた。
『……重ねて令呪をもって命じます。どうかキャスターの宝具に未来を切り開く力を!』
さらなる力が与えられる。
普段は見せてもらえない感情的な少女の声に、愛しさを感じる。
「さあ、そろそろ聞こえるだろうアサシン。貴様を葬る偉大なる力の足音が」
「これは……」
ゴゴゴゴゴッ、と地響きのような空気を震わせる音に包まれている。
「我が宝具の正体。それは、終末予言の迷信の昇華。大予言に向かられた信仰、恐怖、疑念といった人類が生み出した想像のエネルギーが、最も信じられた形をなして敵を討つ」
そうそれは、大予言の内容についての最もポピュラーな予想である巨大隕石。
それが、今まさにこの場に来たろうとしている。
『……さらに重ねて令呪をもって命ずる! ミシェル、あなたの正義を貫いて!』
「いざ来たれ、
真実の姿を現したキャスターの宝具、巨大な隕石が屋敷に衝突し、その周辺部分までもを巨大なクレーターに変えていた。
もはや、数瞬前までそこに立派な西洋風の屋敷が建っていたことなんて、その景色からは想像もつかないほどに跡形もなかった。
「ご主人さま……」
全ての令呪を使い尽くし、そして自らの宝具で消滅してしまったサーヴァントのマスターは今、膝から崩れ落ちて静かに泣いていた。
だが、彼女の願いは叶いアサシンは消滅しただろう。
これで残るサーヴァントは、セイバーとアーチャーのみ。
もはや最悪の存在に聖杯が渡り、世界が破滅へと導かれることはなくなったのだ。
それを考えると、弥生には悪いけれど、神無の心は晴れやかな気分であった。
千里眼の先の、舞い上がる砂埃が晴れて、その姿が目に映るまでは。
「嘘、アサシン……なんで、まだ生きてるの!?」
神無の発したその一言が、弥生や波彦たちに一気に緊張を与える。
アサシンは消滅していなかった。
地形が変わるほどの一撃を受けてさえ生き延びている。
そのことは、神無たちにアサシンを倒すすべは無いのではないかという絶望を感じさせた。
「そんな……」
特にキャスターを失った弥生の落胆ぶりは大きかった。
キャスターの決死の一撃が無駄に終わってしまったという事実が、彼女を苦しめた。
神無は何でもいいから、好材料は無いかと探す。
「ちょっと、待って」
砂埃がすっかり晴れて、アサシンの姿が完全に顕になった時に気付いた。
「右腕がなくなってる。キャスターさんの宝具は無駄なんかじゃなかった」
黒のローブがボロボロになって、アサシンは右腕を失った姿になっていた。身体へのダメージも無視できないほどに大きいだろう。
「真名も明かしてもらった。大きなダメージも与えてもらった。キャスターさんのためにも、みんなでアサシンを打ち倒そう!」