「ボクの本当の名前はラーフ。神に迫害されたかわいそうなアスラ族の一人さ」
圭人……いや、ラーフは語り始める。
「アスラ族っていうと、インド神話の?」
「よく知ってるね。その通り、この世界ではインド神話として語り継がれているのが、ボクらが神に蔑ろにされる物語。
神とボクたちは仲が悪かったけど、一度だけ共通の目的のために手を組んだことがある。それが全ての過ちだった。なにせ、アイツラはボクたちを出し抜くことしか考えてなかったんだからね
さて、共通の目的っていうのは、何のことだと思う?」
ラーフは波彦たちに問いかけてくる。
勿論、波彦たちはここからの逆転の手を打つための方法を考えて行動しようとするのだが、何も思いつかずにとりあえずの時間稼ぎのために、無言を通す。
「…………時間切れだよ。つまらない人たちだね。
正解は、不老不死。あらゆる生物の究極の願いさ。
ボクたちは不死の霊薬『アムリタ』を生み出すために、クソッタレの神々と分け合うことを条件に協力して乳海攪拌を行った。
長い長い撹拌の末に、乳海はようやくアムリタを生み出した。
しかし、ボクたちが飲もうとしたアムリタは、神の策略によって盗まれて独り占めされてしまうことになる……」
言葉が止む。
見ればラーフの顔が、おぞましいほどの憎悪に染まって歪んでいる。
「なあ、許せるか? こんなの許せないだろ? 当たり前だろ?
だって、ボクたちは不老不死になれるって言われたから、アホみたいに長い時間かけて、乳海攪拌を手伝ってやったんだぜ?
だからさ、許せないからさ、ボクはアムリタを取り返すために、クソ神様たちの元に忍び込んで、アムリタを取り返しに行ったんだ!
神々がボクたちの間抜けさを笑いながらアムリタを飲んでいる席に行ってさ、ハラワタが煮えくり返りそうだったけど我慢して、コッソリとボクはアムリタを口にして、その後に力づくで取り返してやるつもりだった!
そしたらさ、ボクが変装して忍び込んでいることを見抜いて、告げ口したヤツらがいるんだよ!
結果として、ボクはアムリタの回った首から上だけ不死化した状態で、首を切られて中途半端な不死になってしまう。
ああ、もう思い出すだけで許せねえ!
なあ、キミたちもそう思うよなあ?
ボクは、その告げ口したヤツら、太陽神スーリヤと月神チャンドラに復讐してやろうと思って、丸呑みにしてやるんだけどさ、今見てもらった通りの身体だったから喉から出ていっちまう!
まあ、もう身体がくっついたから、その心配はないんだけどさ」
ラーフは、おどけたように、完全にくっついている証明のように、手で首を持ち上げようとして離れないところを見せてくる。
「あなたは、その目的を叶えるために聖杯戦争に参加を?」
恐る恐る神無が尋ねる。
「あー、そう言えばキミたちは何も知らないんだよね。しょうがないから、全てのことを教えてあげようじゃないか。ボクもこんなに上手くいった計画の全容について、誰かに聞いてもらいたい気分になってるしね」
ラーフは意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「さて、あのノストラダムとかいうキャスターの予言の精度は素晴らしいね。『紛いものたちの戦いに終止符がうたれる』という部分、キミたちはサーヴァントイコール紛いものという予測をしていたんだけど、それは全く的はずれな解釈だったんだよ」
そして、ラーフは受け入れがたい真実を告げる。
「紛いものっていうのはキミたちのこと。この世界は、たった一ヶ月前の月食の日にできたばかりの偽物の世界なんだよ」
意味が分からなかった。
ラーフの言葉は、荒唐無稽にもほどがある内容。
だって、波彦の記憶には、一ヶ月以上前の日常の記憶が今もなお残っている。
だから、ラーフの話は一笑に伏していいようなモノのはず。
はずなのに、その言葉には、今まで隠していた舞台裏を明かす悪が、今更誰も信じないような嘘をつくはずもないという真実味が十分に含まれている。
「そ、そんなの嘘に決まっているじゃない! あたしには子供の頃から両親と暮らしてきた記憶が、あるもの……」
「はあ、うっざいなあ。そこら辺も含めて今から、この世界の成り立ちと証拠について語ってあげるから楽しみにして、黙っておいてよね」
ラーフは、ヤブ蚊でも払うかのようなジェスチャーを行う。
「先程話した通り、ボクは途方も無い時間太陽と月に嫌がらせのようなことをしているんだけど、それは実を結ばずにいる。
その傍らで、ボクは真の復讐のための材料と機会を探し続けた。
そして見つけたのが、この星。
あ、先に行っておくと『地球』のことじゃないよ。
ボクが見つけたのは、誰にも見つけられていない宇宙の端っこに存在する、けれど魔力の塊のような潤沢なエネルギーに満ち溢れた無人無開拓の星。
ボクは当然、その魔力を使って自分を完全な不老不死にしようとした。
けれど、そこで問題が発生する。
そのままの状態では、魔力を願いに変換するための手段がなかった。
そこで、ボクはある儀式魔術を行うことで、星に蓄えられた魔力を使える形に変換することを思いついた」
「…………それが、聖杯戦争」
「そう、正解。
ボクは、この星の上で聖杯戦争を開催することに決めた。
けど、無人の星で聖杯戦争を開くことなんて、できない。
それで、ボクは考えたんだ。
じゃあ、創っちゃえばいいじゃんって。
勿論、最初から全部創造するのは面倒だったから、適当に本当に存在する場所のコピーなんだけど。
かくして、ボクは地球の極東の国のしょうもない地方都市の一つを、星の上にコピーして配置したんだ。キミたちの言ってる記憶ってのは、そっちのオリジナルが持っているもののコトなんだろうね。とはいえ、結構作り変えちゃったから、元の記憶なんていうのは欠片程度しか合ってないかもしれないけどね。
割と簡単な作業だったよ。なにせ、それを行うための潤沢な魔力は、その場に星の形で存在していたからね。
んでもって、聖杯戦争を開催することになるんだけど、ここでまた一つの問題が発生する。
聖杯戦争に参加するサーヴァントを呼び出すマスターっていうのは、魔術師じゃなければいけない。けど、間違って救世主みたいな魔術師を巻き込んじまったら面倒だろ?」
「だから、魔術師でもない人間に超能力を与えて、擬似的に魔術師に……」
「大正解、冴えてきたじゃん!
そうボクは一般人にほんの少しだけ魔術が使えるようにした、ゴミカスみたいなマスターを創って、聖杯戦争に参加させることにした」
それが波彦たち、今回の聖杯戦争に参加したマスターたちのこと。
「そこまで来たら、後は不安要素を順番に排除していって、聖杯戦争が終わるのを気長に待っていればいい。
そして、一番の不安要素はランサーだった」
「……………………ランサー」
その名前が出た瞬間、神無の表情が露骨に曇る。
「アレはボクには、相性最悪の存在だった。
神殺しにして、不死殺しのスペシャリスト。
聖杯戦争が終結した時に、もしもアレが生き残っていたなら、万に一が起きかねなかったからね。
だから、アサシンを差し向けて、安全に消させてもらった。
ちなみに、アサシンのマスターはボクだよ」
神無から圭人は、アサシンの危機にさらされているところを助けた、と波彦は聞いている。
もうそのことさえも、仕組まれた罠だったということ。
「後はもう正直言って、消化戦だったよ。
バーサーカーは勝手に片付けてくれたし。
ライダーは焚き付けたら、簡単にノッてくれたし。
そうだライダーとの戦いの最後ね。キミたちは、作戦がハマって月を隠したことによって勝利できたと思っているようだけど、アレもボクのお陰だから。
普通に考えて、あんなシート一枚で光を完全に遮れるわけ無いでしょ。
ボクが一時的に月の加護を消し去ったから、キミたちは勝てたんだよ。
必死で無駄なことして。ほんと、アレは今思い出しても傑作だよね。
そして最後に、昨日から、さっきまでのアサシンとの戦い。
ここでのボクの狙いは、勝ち残ったサーヴァントがもう抵抗すらできないほどに満身創痍になるように仕向けることだった。
どちらかと言えば、アサシンが敗退することが望みだったんだけど、それも叶って本当にキミたちは最高の働きをしてくれたよ」
「アサシンは、貴方のサーヴァントなのでしょう? なら、そちらが勝利していたほうが、望みの結末だったのではありませんか?」
「あー、実はボクにとって、ランサーの次の危険分子はアサシンだったんだよ。
アレはああ見えて、善と悪の区別なく中立に死を与えて秩序を維持する存在なんだよ。
その上、キミたちも戦って感じただろうけど、非常に強力な存在だ。
生き残っていたなら、ちょっとだけ面倒なことになっていたかもしれない。
何はともあれ、ここまでがどういうことがあったかっていう話。
どう? 矛盾してる部分はないだろう?
じゃあ、次はこの世界が偽物だっていう証拠を教えてやるから、ボクに心底絶望している顔を見せて、楽しませてくれよ」
そう言われて、波彦は近くにいるセイバーと神無の顔を見る。
ひどく沈んだ顔をしていた。
そして、恐らく波彦自身同じくらいか、それ以上に。
顔をペタペタと触ってみても、どんな表情をしているのかは分からなかったけれど。
「さて、何を言えば納得してくれるかな?
……………………そうだ、キミたちは世界の果てのトンネルを見に行ったんだよね?」
「世界の果て?」
「ああ、キミたちが藤之枝市の境にあるといって見に行ったトンネルさ。
アソコをくぐっても、元の場所に戻ってきてしまう。
そうだよね?
そりゃそうだよ。だって、その先に世界は広がっていないんだから。
ボクは藤之枝と呼ぶこの地のみを、星の上に投影している。
その先の世界は創らなかった。だから、その端っこに生まれる矛盾を解決するために、外に抜けようとしても、元の場所に戻ってしまう機構を取り付けた」
「そ、そんなことだけで、信じられるわけないじゃないっ!」
神無は食ってかかる。
けれど、波彦はラーフの言を裏付けるようなもう一つの事項に気付いてしまう。
「神無さん…………千里眼、確か藤之枝の外には飛ばせないって言ってたよね?」
「……あ」
波彦の言葉で神無も気付いてしまう。
神無の千里眼は、藤之枝市内でしか使用することができない。
外に出ようとすると、通信不通になったように、視界が消失してしまう。
それのタネ明かしはなんてことはない。
単に藤之枝の外の世界なんてものは無かった。と、そういうことなのだろう。
「他にも、星空の書き換えなんて馬鹿げた能力が存在するのは、所詮は空が天に貼り付けられただけのものであるから。
世間を脅かす事件とか、不思議な建造物が突然現れても、世間が大騒ぎしないのは、ボクが世界を創造する際に、そういう
面倒くさいことが起きないように条件付けをしたから。
他に何か、キミたちが納得するまで言ってやろうか?
いや、その表情は、やっと納得いってくれた感じみたいだね」
ラーフがそういう通り、もう誰も世界一つを自らの手のひらの上で転がし続けた魔神の話を否定することができない状態だった。
波彦は真実を打ち明けられたことで、これまで起きたことの全てが無意味になったような喪失感に心を埋め尽くされていた。
そう、回避できたと感じた予言は、全く回避などできていなかった。
十四番目の日が死ぬときというのは、十四日目の日が沈むことをさすのではなかった。
十四日目の日が日食で失われる今のことをさしていたのだった。
「さて、霞みたいな存在だったとしても、ボクの話で絶望の表情を見せてくれて、すっかり満足したよ」
ラーフの身体から、周囲一体を埋め尽くすような莫大な可視化されるほど濃密な魔力が溢れる。
「……一体、何を?」
「知れたことだね。宝具で、この星の核まで侵食して、星の魔力をしゃぶり尽くして、全てボクのものにするのさ。それが終わったら当然、クソったれの太陽と月どもに、今度こそお灸を据えに行ってやるのさ。その後は、神々を順番に殺していってやろうか。創造神、破壊神、そして維持神さえも。完全になったボクであれば簡単に手にかけられるだろうね。ワクワクするよ」
イコール世界を破滅に導く。ということを、本当に無邪気な子供のように語るラーフ。
「やらせ……ません……よ」
ボロボロの身体にムチを打ちながら、セイバーが立ち上がる。
「はー、バカなの、キミ? その身体でなにかできるとでも。そもそも今のボクと比べたら、万全の状態であってもキミなんか、蟻ん子みたいなものなんだよ?」
「……たとえ、そうだとしても…………看過できないで……ござる」
「だったら何だよ。面倒くさいなあ」
ラーフはゴミを見るような目で、セイバーの覚悟を否定する。
「我は凶兆の星。
天の道行きの果て、光を閉ざす暗がり。
生きとし生けるもの、遍く包み込む闇。
密告の星を捕食し、今ここに復讐を為す」
仰々しい呪文とともに、ラーフの周囲にあった魔力が、ラーフ本体に再集結していく。
「呑め、
世界が闇に堕ちていく。
それはアーチャーの繰り出した固有結界に似て、されど非なるもの。
固有結界が、世界のテクスチャを上書きするようなものだとするなら、ラーフの繰り出したこの宝具は、世界を芯から侵食するようなおぞましい外法。
その闇を見るだけで、ありとあらゆる生物は恐怖し、生きる意志を失っていく。
取り込まれたなら、それはラーフに捕食され、その一部となるも同然。
もはや、この世に希望は存在せず、ほどなくして終焉を迎える。
いや、それだけではなく、あの魔神によって、本物の人間たちが住む世界も無茶苦茶になって終わってしまうのだろう。
太陽と月がなくては、人間は生きていくことはできない。
そう、ラーフが当然果たすべきと思っている復讐は、人類の滅亡に結びついているのだ。
――――そして、世界が終わろうとした瞬間、希望の声は、波彦が一番苦手に思っている人物のキザな声で聞こえてきた。
「そこまでだ悪党。オレが世界を救いに来た」