「聖杯戦争とは、何でも一つ願いが叶えられる権利を懸けて、七組の主従が一組に絞られるまで続けられる、さばいばるのことです」
セイバーは、何も知らない波彦にイメージを掴ませようと、聖杯戦争のことを、そんな風にざっくりと説明した。
けれど、波彦の頭は、あの魔法陣に触れてから起きた驚天動地の出来事の数々に混乱した状態で、上手く説明をかみ砕けない。
「願いごと……っていうと、一人倒すと星の入った玉が一つ貰えて、それを七つ集めると、何でも一つだけ願いを叶える龍が出てくる的な……?」
どうにか自分の知っている知識に置き換えようとして、支離滅裂なことを口走る。
「それは、とても愉快ですが、現実は少し違います。そこについては追って説明していきますが、今は勝者の報酬が『願いを叶える権利』だということを知ってください」
「う、うん……」
「して、今から細かい部分の説明をしていきますが、その際にマスター殿に尋ねたいこともありますので、答えてもらっても、よろしいでしょうか?」
「……。……あっ、はい」
この時間は、このまま聞き役に徹してればよいものだと思っていたので驚く。
「願いを叶えるもの名前は聖杯。聖杯戦争とは、その名前の通り、聖杯の使用権を巡った魔術師たちの争いであるとともに、聖杯を完成させるための魔術師たちの儀式です」
「魔術師って……?」
「そう、これは魔術師七人による儀式なのです。それゆえに参加者は、聖杯戦争の全容を知ったうえで参加を決める。ですが、マスター殿はそうではなかった。そうですね?」
「そもそも、魔術師なんてものが本当にいるのか……」
それは例えば波彦が今プレイ中のゲームに出てくるように、創作の中にしかないもので、現実には存在しないものだ。……と逃げるには、あまりにも非現実的な光景を今日は見すぎてしまった。
「魔術、魔術師の実在については、認めてもらうしかないとして、聖杯戦争への参加条件は魔術師であることです。マスター殿は、昔魔術師にあって実は魔術を教えてもらっていたとか、潜在的に魔術が使えてしまうとか、そういうことはありませんか?」
「そんなこと……。いや、あれがある」
魔術師という不思議と、最近自分に備わった不思議を結びつけるのは、そんなに難しいことじゃなかった。
「見ててくれ」
と言い、波彦はセイバーに、念動力を披露する。
「まさしく、それですね。教えていただいても?」
断る理由もなく、最近自分にその力が芽生えたこと。それと、都市伝説で『超能力に目覚める若者たちがいること』という話が出回っていることも説明する。
「なるほど、突如限定的な魔術師として目覚めてしまったということですか。都市伝説のことも考慮すると、他のマスター達も同じ境遇かもしれませんね。というのは、少し楽観的な考えでしょうか」
とにかく、波彦が巻き込まれてしまったのは、念動力に目覚めたことが原因らしい。
「何はともあれ、疑問が解決してよかったです。ありがとうございます」
「いえ、それほどでも……」
「では、疑問も解けたところで、聖杯戦争の説明に戻りましょうか」
「どうぞ」
「さて、聖杯についての説明でしたね。聖杯とは、西洋の『聖杯伝説』に登場する願望機を模したもの。それの制作過程が聖杯戦争です。その正体は、六つの強大な魔力の塊が合わさったもの。あらゆる願望を叶えるにたるだけの強大な魔力の塊こそ聖杯なのです」
いきなりの過多な説明に、波彦の頭はパンク寸前になる。
「つまり聖杯とは、何でもできるだけの力の塊をそう呼んでいるということです」
それを察して、セイバーが波彦に補足説明する繰り返されたパターン。
「さて、六つの強大な力と聞いて何か思いませんか?」
セイバーは全てを自分で話すことはせず、波彦に考えさせようとする。
そんなことを急に言われても、と思考を放棄しようとしたが、その直前に思い当たる。
「……セイバーたち、最後に勝ち残った者以外のってことか」
「はい」
よくできたと褒めるようにセイバーは微笑む。
「今まで、従者、従者と呼んできましたが、その本当の呼び名はサーヴァント。魔術師の使い魔でありながら、通常の使い魔とは一線を画した存在。脱落していったサーヴァントたち六騎の力を溜めていったものが聖杯です」
波彦は、そういえばランサーとの戦いの中で、『サーヴァント』という単語が出ていたなと振り返る。
「一線を画するっていうのは……?」
「自分よりも強い存在を使い魔として召喚することは、基本的にはできません。ですが、拙者は間違いなくマスター殿よりも強いですよね?」
「そりゃ、まあ」
まかり間違っても、先のランサーとの戦闘を見て、波彦の方が強いなんて言葉が出てくるわけがない。というより、波彦はちょっと念動力が使えるだけの一般人だ。戦闘力なんて皆無なので、比べるようなステージにすら上がっていない。
「それを可能にしているのが、聖杯戦争の英霊召喚というしすてむなのです」
「英霊?」
「はい、英霊。英雄の霊格。神話、伝説、人類史の中での大いなる活躍によって為した功績が信仰を生み、精霊へと至った存在。英霊召喚は、その信仰と聖杯の核となる物体のさぽーとにより、通常召喚することのできない域の使い魔である英霊の召喚を成功させます」
「つまり、元となった物語や人物がいるってこと?」
「ええ、ご明察です」
そこでセイバーは改まって、たたずまいを直し、波彦の前に膝まづく。
「拙者の真名は、『塚原卜伝』と申します。しがない一人の剣術家でござる」
セイバーは、波彦の元に、彼を形作る存在の真なる名を明かす。
「塚原……卜伝……?」
そういえばゲームの中にそういう名前の人物が出てきた気がしなくもないが、波彦が知っている日本の剣士といえば、宮本武蔵とか佐々木小次郎程度のもので、残念ながら『塚原卜伝』という名の一人の人間には思い至らなかった。
「ええ、ですがマスター殿はこれまでの通り、拙者のことはセイバーと呼んでください」
「分かったセイバー。……その、ごめん。名前聞いても分からなくて」
「いえいえ、拙者がその程度の存在と、それだけの話でござる。マスター殿が気にかけることではありません」
後でちゃんと調べておこうと波彦は心の中で誓った。
「さて、召喚される七騎のサーヴァントでござるが、それぞれにクラス――役割が与えられます」
これは、あの公園の地下でも少しだけ聞いた話だ。
「七騎の内訳は以下の通り。
セイバー。剣術家。
アーチャー。弓術家。
ランサー。槍術家。
ライダー。騎乗兵。
キャスター。魔術師。
アサシン。暗殺者。
バーサーカー。狂戦士。
それぞれのクラスに特徴があり、特化したものを持ちます。
このようにクラス分けして役割を持たせることによって、強大な英霊でもその枠の中に収まるようにする役割があると同時に、戦略的には相手のサーヴァントの真名を知るための手掛かりとなります」
「えっと、それにはどういう意味が?」
「例えば、有名どころではアキレウス。体の部位であるあきれす腱の由来になっているぎりしゃ神話の英雄です。彼は神の加護により無敵なのですが、あきれす腱に当たる部分が致命的な弱点です。このように、真名を知られることは、弱点をさらすこと、戦術を明かすことに同じなのです」
そういえば、セイバーは近接攻撃が当たらないことを知られたのを悔やんでいた。あれは、波彦から見ればむしろ、脅威にしかならないことのように思われたのだが、どうやら真名の発覚を危惧してのことだったらしい。
「逆に言えば、相手の戦法などから相手の真名を知ることが、とても重要になります。そして何より相手の宝具を知るための手掛かりとなります」
ランサーが使おうとしていた必殺技のことを思い出す。結局、それを見る前にアーチャーの介入があって、見れずじまいになったわけだが。
「宝具とは、英霊の象徴たる存在の具現化したもの。例えば、アーサー王であればエクスカリバーが、ローランであればデュランダルがそれにあたるでしょう。それを事前に知ることができるなら、対策を立てて戦闘に臨むことができ、優位に立ちまわることができるでしょう」
一呼吸おいて、
「以上で、聖杯、サーヴァント、宝具の一通りの説明は終わりです」
と言って、説明の終わりを告げる。
「マスター殿は巻き込まれた状態です。ですが、同時に願いを叶えるちゃんすでもあります」
「願いなんて……」
急に言われても、大金持ちになるとか、そんな凡庸なものしか思いつかない自分が悲しくなる。
「降参してしまっても問題ありません。その場合は、その令呪を使って拙者を自害させることにより、脱落することができます」
そう言って、セイバーは波彦の右手の甲を差す。
慌ててそこに目を見やると、不思議な文様が刻まれていた。
「いつの間にこんな……」
「そういえば、令呪についての説明を忘れていましたね。それは、サーヴァントに対して強制命令を行う権利です。見ての通り三画ありますから、マスターはサーヴァントに対して、三回まで令呪を使用することができます。その命令はサーヴァントに行動を強制させるだけでなく、サーヴァントの宝具の効果やステータスを一時的に上昇させるなど、戦略的な重要性も持ちます」
セイバーは、自害のことも含めて、事務的に令呪についての説明を行う。
「嫌であれば、いつでも自主的に脱落することはできます。それも含めて、願いを叶える権利のために戦うか、それとも戦うことをやめて今までと同じ生活に戻るか、じっくりと考えてください」
波彦の頭はパンク寸前だった。何しろ今日は色々なことが起きすぎた。セイバーのしてくれた説明には、どうにかついていくことができたけど、そこから自分で能動的な答えに持っていくには、疲れすぎている。
そう自分に言い訳して、問題の先送りを行うことにした。
「ごめん、少し考えてからでもいいかな?」
「ええ、ご随意のままに」
それで、その日に起きたことの全てが終わった。
二日経って、それでもまだ答えを出せていなかった波彦の元に、意外な来客が訪れる。
いつもの休日の通り、部屋でくつろいでいた所にインターフォンが鳴る。
何かネット通販で買ってたかなとか考えつつ、ドア前まで来てスコープを覗くと、そこには見覚えのない車椅子に乗った少女の姿があった。
奇妙に思いながらも、恐る恐るドアを開いてみる。
すると、波彦の姿を見止めて少女が一言、
「こんにちは。初めまして。あたしの名前は飯塚神無。ランサーのマスター…………だったものよ」