如月拓人は、歴史の浅い魔術師の家系に生まれた魔術師である。
と言っても、家系の歴史が浅すぎて、できることと言えば、短距離間小さな物体を移動させる魔術と、人払いの結界魔術くらいのものである。
親からは魔術の研究を続けて、次世代にその研究成果を繋げて、いつの日か訪れる一族の悲願の一部となるように教育を受け、そうするのが当然なのだと如月自身も受け入れていた。
けれど、そんな自分自身が目的を達成できない一生になんて意味があるのか、という問とも密かに戦い続けてきた。
そんな、如月の日常の転換点となったのが、一月前の皆既月食の日のことだった。
近頃、如月は新たな研究のとっかかりとして、月の満ち欠けによる魔力の増減に何かを見いだせないかと考えていた。
皆既月食なんていうのは言うまでもなく、普段周期的に月が満ち欠けていく中での特異点であり、如月は一ヶ月以上前から、その日のための準備を始めていた。
「月は一般的に、満ちる程に魔力を増幅し、欠ける程に魔力を減少させる。皆既月食では、この満ち欠けがごく短時間で行われるのと同じ現象が発生する。その謎を解明することで、月の魔力増幅作用の解明に繋がり、無限の魔力増幅の手段を発見できるなら、それすなわち根源への到達を意味する」
ここ一ヶ月で何度となく口ずさんできた理論を、その日もルーチンワークであるかのように殆ど無意識で口にする。
当然、月の満ち欠けなんていうのは、魔術師の中でも非常にポピュラーな研究対象であり、今まで幾人もの偉大な魔術師たちが、月食の研究も行ってきた。
だが、如月が口にするほどの成果を上げられたものは今までにいない。……と恐らくは思われる。
何しろ、魔術の研究というのは成果が上がっていても、軍事技術よりも秘匿されるのが常だからだ。
ともかく、そんな先人たちが失敗を続けてきた月食の研究の成功について、如月は自信満々で挑む。
先人たちが何の成果も上げられていないのは、方法が駄目だったからだ、と。
自分が考えた方法なら、間違いなくうまくいくはずだ、と。
根拠もなく、先人もそう思ってきたのと同じく、そう確信している。
魔術師というのは、そんな生き物なのだから。
「天気は快晴。装置の状態良好。実験の段取りは完璧。これで、オレは三十分後、根源への大きな第一歩を進めることができるわけか」
それが打ち砕かれたのが、三十分後の皆既月食最中。
代わりに魔術的に珍しいものを手に入れることになる。
「まさか魔眼が手に入るとは、思いもしなかったな」
そう月食の時、如月は魔眼に開眼した。
代わりに、そのせいで実験はまともにすることもできずに失敗に終わる。
「まあいいさ。次はこの魔眼で根源への道を切り開いてやる」
正直未練たらたらである。
魔眼というのもピンからキリがあって、如月はまだ魔眼の力がどういったものかということにすら気付くことができていない。
だが、それでもどの程度の能力が秘められているか測る簡単な方法がある。
色を見ればいい。
宝石色や黄金に輝いていると、非常に強力で希少性があるのだという。
なので、鏡で確かめてみた。
くすんだ銅褐色。
うなだれた。
魔眼であるというだけで、一般的な魔術師にとっては喉から手が出るほどに欲しい物であるのだが、如月は未だに月食の研究への根拠のない確信に執着気味だった。
そんな気分を晴らすために、意味もなく街に繰り出していたときのことである。
――――視界がジャックされる。
現実の目の前にあるはずの視界の比率が、別の視界に占拠されていく。
何度も色を塗り重ねて、下地の色を消していくかのように。
十パーセント……。三十パーセント…………。七十パーセント………………。
そして、視界が完全に切り替わる。
と言っても、それまでと似たような街を歩いている視界。
ただ微妙な違和感。
高さが違う。
風景の揺れ方が違う。
少し酔いそうだ。
つまり、これは他人の視界を共有しているということらしい。
視界共有の魔眼?
あまり実用性はなさそうだ。
と残念に思いながらも、そのままなりゆきを見守る。
視界共有を果たした男性は、何事か荒れている様子だった。
『くそっ、あのくそ上司がっ! 死ね! ムカつく! はあ、いっそのこと会社潰れてくんねえかなあ!』
声まで聞こえてくる。
他人の声を、自分が発したような視点で聞くのは、かなり不思議な体験。
勤めている会社と、自信の上司に対して、相当な悪感情を抱いているようで、ブツブツと見苦しい罵詈雑言を並べながら歩いていく。
そんな見るに堪えないだけの状態が続いていく。
いい加減に視聴を止められないかと、解除の方法を色々と探っていた矢先。
男性は交差点で信号待ちをする。
二回ほど蹴りを入れた、車道と歩道を分ける柵にもたれ掛かりながら。
自分の憎悪の世界に入り込んでいたから、すぐには気付けなかった。
ドン、と大きな音。
声がする。
『危ないっ!!』
顔を上げる。
視界に大きく赤色。銀色。黒色。
大きなものが自分に向かって、猛烈な勢いで転がってくる。
それが、赤い乗用車だと気付いた時にはもう遅く。
『ぁ――――』
――――視界が切り替わる。
如月は思わずよろめく。
すぐ近くを歩いていた人に、「大丈夫ですか?」と声をかけられるが、
「問題ありません」
と返すと、残りの人間は興味がないみたいで、人波は何も無かったかのように流れていく。
如月はその中に、かなりの荒れ様を見せている男性がいることに気が付いた。
胸騒ぎがして、その男性の後を気付かれないように付いていく。
やはり、先程歩いた通りの道を男性は歩いていく。
それを確認すると、如月は例の交差点を安全なところから見渡すことのできるポジションに先回りをする。
汗だくで、近くにあった駅ビルに入るための階段を上った先に辿りついたタイミング。
一台の制御を失ったくらいのスピードを出した車が突っ込んでくる。赤じゃない。
その車が交差点を右折しようとしていた車に衝突する。赤だ。
その車は映画でみるような見事な回転をしながら、交差点に突っ込んでいく。
その先には、やはり、あの男性がいる。
……………………。
即死。と結果を確認しなくても断言できる大惨事。
その夕方のニュースでは、その事故に少しだけ触れていて、思ったとおりに男性は死んでいた。
如月は自分に宿った能力について見極めるために、何日か使って外が見えるファーストフード店の席から、ひたすらに人が行き交う駅前通りを見続けるということを行った。
結果、魔眼が発動したのは二回だけ。
丸一日何も見れない日もあった。
ただ、その二回ともが、もうすぐ死ぬ人の視界の共有であった。
二回とも、その後をつけていくと、如月が見たとおりの方法で死んでいった。
「もうすぐ死ぬ人限定の未来視の魔眼ってことか?」
これまでの実験の結果をまとめるとそういうことらしい。
「これ何に使えるんだ? 死霊魔術でも始めろってことか?」
正直言って、スゴいものを期待していた如月にとっては、期待ハズレもいいところだった。
せめて何か自分にメリットのあるものなら良かったのだが、むしろ不愉快なものを見せられる分だけデメリットしかない気がする。
これをもらって喜ぶのは、スプラッタ好きのスリルに飢えているような人間だけだろう。
そうしたまま、月食の日から一週間が過ぎて、次の運命の日がやってくる。
その頃の如月は、魔眼がもたらす恩恵については諦めていたものの、能力の及ぶ範囲についての見極めを行っていた。
その結果、平常時では、せいぜい一時間先の死の未来までしか視ることができないこと。
未来予測は完璧ではなく、不確定養素によって外れてしまうことがあること。例えば、如月が死が起きるまでの道に、偽通行止め看板を置いたときにそうなった。
もしかしたら、逆に別の人間を誘導させることで死の未来にない人間に死を与えることができるのかも知れないが、それは怖くて試していない。
後は、魔眼に魔力を集中させることで、それを三週間先くらいにまで伸ばすことができること。
この法則を見つけたのが、二日前で、それ以来一日に一回くらいの頻度で街並みの中で使うのを日課にしていた。
多分、一週間もすれば飽きる日課。
それをその日も、正午を十二分越えたタイミングで行う。
――――情報の濁流が、如月の脳内に押し寄せる。
その場にいた全ての人間の、今後三週間分の記憶が一斉に流れ込んでくる。
膨大すぎる情報に押しつぶされそうになりながらも、耐えた先にあったのは奇妙な事実だった。
現実に戻ってきて、パンク寸前の頭を抱えながら、如月は今見たことの整理をする。
全ての人が、それぞれの人生を送っていた。
三週間後のその日も、特になにも異変のない通常の日を送っていた。
そして、その瞬間も当然の日常を送っている。
そんな場面で、シーンは例外なく途切れる。
これまでの実験の結果で得られた魔眼の能力としては、死の直前の瞬間に場面切り替わりが行われるのが常だった。
けれど、そんな予兆もないような日常のさなか。
当然、如月は最初に考えたのは、魔眼の不調。もしくは、能力の変化。
その後色々試してみたが、三週間後まで期間を広げなければいつもどおりに、死のビジョンのみが視えた。
そこで、一日後、今度は人が少ない通りを、また三週間後までを視てみようとする。
結果、全ての人間が二週間と六日後に唐突な終わりを迎えることになった。
「そんなバカな。まるで、この世が三週間後に唐突に消えてなくなるみたいな」
荒唐無稽な想像だった。
まだ、この付近に、三週間後に水素爆弾が落とされるといった方が現実味があるだろう。
「バカバカしいよな。本当に、バカバカしい」
こんなこともう忘れてしまおうと考えながら、側にあったファッションショップのショーウィンドウに手をついた。
ショーウィンドウには、如月自信の姿が映っていた。
やめておくべきだ。という声が、内から響く。
それとは相反するように、好奇心から心臓がバクバクと音を立てる。
そして、如月は三週間後の自分を視る。
結果、やはり三週間後に唐突に如月の人生は終りを迎えるようだった。
そのシーンの後、如月の意識は連続的に現実に戻ることはできずに、闇の中に落ちていった。
意識を取り戻した時、如月は病院のベッドの上にいた。
「起きたか?」
この素っ気ないのは、如月の父親の声。
「魔術の研究をするのは立派なことだが、危険を冒すのはせめて後継者を用意してからにしろ」
「……はい、分かりました。気付いてたんですね、魔眼のこと」
「それが、我が一族の悲願を叶えるための大きな一歩となることを願っている」
相変わらず、彼は如月のことを道具のようにしか見ていない。
「あの……」
「なんだ? 言ってみなさい」
「もしも、人類が後三週間で滅びるって言ったらどう思います?」
「……何を言うかと思ったら、バカバカしい」
当然の反応をもらって、惨めな思いをする。
「ただ、もしも後三週間で世界が無くなるというのなら、三週間以内に根源へと至る方法を見つける。それだけだ」
なんとも、魔術師の見本みたいな回答だった。
如月が大丈夫そうなのを確認すると、父親はさっさと帰っていった。
相変わらずの魔術師っぷりに辟易するが、最後の言葉を言えるだけの信念については少し尊敬している。
時間を確認してみると、丸一日が経過していた。
人類滅亡(予定)カウントダウンは、また一つ気付かぬ内に進んでいた。
ただ、それもどうでもいいかも。という気持ちが芽生えかけていた。
父親の言葉ではないけれど、ちょっと前にポっと出で生まれた魔眼の能力がまるで世界の終わりを示唆しているからなんだというのだ。
それに、それを知ったからといって如月に一体何ができるというのか。
なかったことにして、明日からいつもどおりの日常を送れば、楽ができる。
という誘惑に従うことにしようと考えた。
検査結果に異常はなく、目立った外傷もなかったため、点滴一本だけ刺されたが、如月はその日の内に退院することになった。
しかし、そのまま直接帰る気にもなれず、なんとなく病院の中に留まった。
病院の廊下を巡る。
総合受付があって、外来が科ごとに分かれてあって、売店があって、入れないけど集中治療室があって、同じく入れないけど緊急外来があって……。
外来じゃない場所に行くとすれ違うのは、医者、看護師、パジャマを着た入院患者くらいのもので、場違い感が出て居づらくなる。
それに緊急患者とすれ違って、また死の未来を予知したとしても面倒なので、逃げるように外に出た。
病院の中庭は、冷房がガンガンに効いていた院内と打って変わって、信じられないほどに熱気が漂っていた。
そんな場所にいる変わり者は、如月の他には一人きりしかいなかった。
そんな変わり者は、パジャマを着て、車椅子に乗っている少年。
その少年の頭は包帯でぐるぐる巻きにされていて、あからさまに重篤な病にかかっている患者といった雰囲気だった。
そんな彼を遠くから、三週間先に焦点を合わせて魔眼で未来を視た。
ふと、もう一度だけ怖いもの見たさで、三週間先の破滅の確認をしたかったのだ。
けれど、少年の追体験が終わるのは、今日から二日後のことだった。
少年は大きな発作を起こした命を終える。
考えれば、病院っていうのはそういうことが起きても全く不思議じゃない場所だったということを、失念していて面食らってしまった。
如月は、あの少年に問いかけたらどういう反応が返ってくるのだろうと気になって、父親にしたものと同じ質問をしてみた。
「なあ、少年。もしも、人類が後三週間で滅びるって言ったらどう思う?」
急に問いかけた結果、不審人物を見る目で見られる。
実際、そのときの如月は変なやつだった。
「明日生きてるのかも分からないのに、三週間後のことなんて考えてられないよ」
少年から皮肉たっぷりな返答をいただき、申し訳ない気分になる。
「すまん」
「あー、いいって。変な兄ちゃんだなあ」
「なんかナイーブになってたんだよ。不謹慎なこと聞いてしまって本当に申し訳ない」
その殊勝な様子が少年の心を打ったのだろう。
多分、かわいそうな人だなと同情を得たはずだ。
少年から、今の言葉についての補足が入った。
「今のはさ、実際に三週間後のことまでは考えられないんだけど、明日があるとは思って生きてる」
「明日か?」
「そ。明日は何をしようかなとか。明日のために何ができるかなとか。多分、明日も明日のことを考えてるし、明後日も明日のことを考えてる。もしも生きているなら、三週間後も明日のことを考えてるし、一年後も明日の事を考えていると思う」
残念ながら、少年に三週間後は訪れないことを如月は知っている。
「兄ちゃんは、違うの?」
「一週間前までは、一週間前のその日のことを考えて生きてきたかな」
月食までの一ヶ月はずっと、月食の日の実験のことだけを考えて生きてきた。
「今は……正直何を考えて生きていけばいいのか分からないな」
「何それ。ゲームの発売日とかだったの? 買えなくて悲しくなってる?」
少年の年相応の想像力に思わず苦笑する。
「ま、そんなところだ」
如月の様子を見ながら、少年は何やら思案顔になる。
「じゃあさ、兄ちゃん。ちょっと頼まれてくれない? 明日までに調べてきてほしいことがあるんだけど」
「どうした?」
いや、多分気を使われているんだろうということは分かったけど。
その気持ちを無碍にするのも良くないと思ったし、何より何か気晴らしになることが欲しいと思っていたところだった。
もうすぐ死ぬ少年のために、ちょっとしたお願いを聞いて上げるというのも悪いことじゃないだろう。
「兄ちゃんは、最近流行ってる七不思議って知ってる? その中の市境の戻ってきてしまうトンネルについて調べてきてほしいんだ。本当は自分で調べに行きたいんだけど、僕はあんまり遠くまで外出できないからさ」
「これは驚いた」
少年のお使いを果たすために、件のトンネルにやってきて、実際に調べてみて驚愕する。
「よくも大騒ぎになっていないものだ」
なんと、そのトンネルは魔術的な結界の作用で、出口に辿り着こうとすると入り口に戻る仕様になっていた。
与太話だと思って、パッと確かめて、少年に「嘘っぱちだったぞ」と言ってやるために来たのだが、思わぬ事態になってさらに調査を行ってみることにした。
その結果、藤之枝の市境になっているところは、トンネルだけでなく尽く同じ仕掛けがしてあるらしいことが分かった。
まるで、藤之枝を出ることのできない檻にしているように。
翌日、待ち合わせしていた病院の中庭で、そのことを少年に話すと、
「え、本当だったの。スゴいじゃん!」
と全く信じてない口調で褒められた。
「じゃあ、次は別の七不思議を調べてきてもらおうかな?」
「できれば、七不思議ってやつ、全部一気に教えてほしいんだが……」
昨日のことで、もしかしたら七不思議が、三週間後の世界の滅亡に関係しているのかもしれないと思った如月は少年に質問する。
一つずつ教えられたのなら、全く間に合わないことを如月は知っている。
少年は明日には発作を起こして死んでしまう。
「でも、僕。七不思議全部は知らないよ?」
「構わない。知ってることを教えてほしい」
「なんか今日はノリ気だね、兄ちゃん」
「ちょっと気になってしまってな」
「じゃあ――――」
ということで、新しく聞くことができた七不思議は三つのみ。
異能に目覚める若者。
宙に浮く人の首。
夜空に二つ浮かぶ月。
聞いて真っ先に驚いたのは、もちろん異能に目覚める若者の話。
月食というタイミングに突然手に入ったという共通点で、どうしても如月の未来視の魔眼のことと結びつけてしまう。
トンネルの話が本当だったことを考えると、この話についても信憑性は高いかもしれない。
他に魔眼を持っている人物を探すことが、重要かもしれない。
他の噂については………………見たという人物を探すしかないだろう。
と気が付けば、如月は七不思議の謎を解き明かすことにかなり乗り気になっていた。
それは恐らく、取っ掛かりもなく存在した絶望的な破滅に対抗するための足掛かりが生まれたからなのだろう。
この世界の裏側で何かを企んでいるやつがいる。
なら、それを解き明かして、破滅の未来を回避してみるというのも悪くないと思い直したのだ。
「それじゃあ、兄ちゃん。明日も同じ時間にこの場所で……」
「あーそれなんだけど、明日はこの時間忙しくてな。もう少し遅い時間でも大丈夫か?」
「あ、うん。じゃあ、夕方ごろかな」
「おう、また明日な」
嘘である。
明日は少年が発作を起こして死ぬ日。
待ち合わせを、その死ぬ時より後に回したかったのである。
今日はかろうじて、まだ明日だからという気持ちで耐えられているけれど、明日になったら一体どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
だから、わざと会うことができない時間を選んで、今日それなりの状態で最後の別れを迎えたかったのである。
「じゃあな、少年」
「うん、また明日ね、兄ちゃん」
当然、その明日が来ることはなかった。
少年は昼間に発作を起こして命の灯火を消すことになった。
朝、まだ平気なときに会ってやればよかったかなと思ったが、その場合もきっと来ることのない明日の約束をして同じ気持ちになっていただろう。
ともかくして、如月はそんな少年との出会いを通して、七不思議という取っ掛かりを得ることになる。
何よりもせめて明日を信じられる世界であるようにと願って、世界の破滅を回避するために奔走することになる。
そして、少年が死んだ夜。
七不思議の一つ、宙に浮く人の首が発見されたというネットの書き込みを手がかりに探したところ、偶然にも召喚の魔法陣を見つけてアーチャーを召喚することになる。
まるで運命に導かれるように。如月は、こうして聖杯戦争への参加を決める。
「世界を救いに来ただって? 今さら、キミ一人に何ができるんだい?」
漆黒に染まったラーフは、如月の言葉を嘲笑う。
「アーチャーの三つ目の…………いや、一つ目の宝具の話をしてやろう」
急に、既に敗退したアーチャーの宝具の説明を始め出す如月のことを、ラーフは訝しむ。
「アーチャーの第一宝具は、双子の英雄が家の中に植えたトウモロコシの逸話の再現。
双子は冥界シバルバーに行く前に、二人の命の状態をリンクするトウモロコシを植えた。
双子が一度シバルバーの神々に破れて死したとき、そのトウモロコシも枯れた。
しかし、双子の英雄は物語の中で復活し、シバルバーの神々への復讐を果たす。
この双子が復活した時、一度枯れたトウモロコシも再び芽を出したという。
その逸話通り、宝具のトウモロコシをサーヴァントに使っておくことで、死してもなおトウモロコシの復活とともに復活を遂げる」
「なるほど、アーチャーを復活させて戦わせようという話か。だが、今さらアーチャー一騎がこの戦いに加わったことで何になる?」
「誰が、復活させるのはアーチャーなんて言ったのか?」
如月が復活させるのはアーチャーではない。
聖杯戦争の開幕戦。セイバーとランサーの戦闘。
偶然にも如月は、その戦闘に居合わせることができた。
その戦闘を見た際に、如月の魔眼が発動して、死の未来予知が行われる。
そう、ランサーがセイバーに倒されて敗退する瞬間を未来予知したのである。
まだ聖杯戦争を裏から操るものの狙いが不透明な状態で、脱落者を出すのは得策ではないと感じて、アーチャーで二騎の戦闘に水を差して、その場を引かせる。
けれど、その直後にランサーを魔眼で視認すると、再び別の死の未来予知が起きる。
まるで、何者かがランサーを、どうしても敗退させたいかのようにランサーに死の未来が降り掛かっていた。
だから、如月は賭けたのだ。
これこそが黒幕のウィークポイントではないのかと。
アーチャーに頼んで、ランサーを対象にして宝具を使用してもらう。
後は、ひたすら我慢して、切り札を使うタイミングを待ち続けた。
本当の目論見をひた隠すために、完全に誰かと手を組み続けるようなことはせず、ひと目見て誰もが頭がおかしいやつだと考える格好をして、意味のある行動を無意味であるように見立てた。
全ては、今この時のため。
「
静かに発動する宝具だった。
発動の呪文を唱えた如月自身も不安になるような静けさの中、海の方からしっかりとした面持ちで歩いてくる懐かしの萌葱色の英雄。
ラグナロクの終わり。自ら殺した兄と共に蘇るときのように。
ただし、今はただ一人。これ以上無いほどの頼もしさで。
ランサー――――ヘズは、世界の終焉に立ち向かう。