今度こそ、本当に聖杯戦争にまつわる全てが終結した。
波彦は、転倒したままの状態でセイバーの最後の一撃を見守っていた神無に近寄る。
本当は車椅子に乗せなおそうと思ったけど、やっぱりやめる。
代わりに、神無の隣に座る。
尻に当たる石が少しだけ痛かった。
「終わったんだよね?」
「うん、それだけは間違いないと思う」
巨大な邪竜が消失していく光は、波彦たちの勝利を祝福しているかのようだった。
「ねえ……?」
「何? いつもみたいにはっきり言えばいいと思うよ」
「創った張本人が消えてしまったみたいだけど、この世界ってどうなるのかな? やっぱり消えちゃうのかな?」
波彦が考えもしなかったことを、神無は考えていた。
確かに、用済みになってしまったこの世界が存続する確証はない。
消えてしまう。
そう考えると、やっぱり怖い。
神無は、その恐怖にいち早く気付いていたのだろう。
「大丈夫だよ、きっと」
そんな殊勝な態度が珍しくて、つい強がりを言ってしまう。
「根拠のない自信だなぁ」
「そっちの話にだって、根拠はないだろ」
「そうだけどさ」
ポツリ。
ポツリ。ポツリ。
ポツリ。ポツリ。ポツリ。
唐突に雨が降ってくる。
「雨だ」
見たまんまの感想を口にしてしまう。
「本当だね」
神無は空を見上げる。
いつの間にか日食は終わっていて、太陽はそこそこの高さにまで上っていた。
空に雨雲は一つもない。
つまり天気雨だった。
波彦が周囲を見回すと、他にも何人かが同じように空を見上げていた。
突破口を切り開きに来た如月の隣には、寄り添うようにして弥生が空を指差している。
圭人の突然の変貌に、建物の影に隠れていたらしい睦月は、恐る恐る表に出てきてその光景を目撃している。
波彦も空を仰ぐ。
雨はまるで光が粒となって、降り注いでいるようだった。
「あっ……」
と、隣で声が上がる。
何かあったのかと神無を見ると、彼女は何やら舌を空に差し出していた。
その舌に雨粒が当たって、小さく弾ける。
彼女は、したり顔をする。
「波彦くん、この雨甘いよ」
まさかと思いつつも、波彦も作法に則って舌に雨粒が落ちてくるのを待つ。
雨は甘かった。
「本当だ……」
「甘露というやつでござるかな?」
いつの間にか近くまでやってきていたセイバーは、折れた刀を杖代わりにして立ちながら、空を見上げる。
「何でも、天地陰陽の気が調和すると、天から降るなどと聞いたことがあります」
「そっか、じゃあ世界を救ったご褒美ってやつなのかもね」
けれど、そのご褒美にはどこか終末を思わせるような儚さを感じさせるものだった。
その時、波彦は気付いた。
遠くの風景、山の稜線が眩い光に包み込まれている姿を。
世界の消滅は、ゆっくりとだけれど始まっているらしい。
でも、言わなかった。
寄り添って美しい光景を共有している、この時間を汚したくなかったのだ。
もしかしたら、神無やセイバーも、波彦より先に気付いていたのかもしれないが、誰も最後まで言わなかった。
ここで時間が止まればいい。
とは言わない。
でも、叶わない願いだとは知っているけれど、――――。
「また、みんなとこんな綺麗な景色を見れるといいのにな」
また違うどこかで、みんなと再会して、幸せな時間が共有できるようにと願う。
一応、聖杯戦争の勝者であるわけだし、それくらいの願いをしてもバチは当たらないだろう。
そして、その幻の世界は消滅した。
誰もその世界で起きたことについて語るものはない。
世界は何かが起きていたことすら、ましてや危機が迫っていたことなど感知できないままに、普段通りに回っていく。