「ランサー? ……のマスター?」
突然の訪問。ランサーとの戦闘と、目の前の車椅子少女とのギャップ。
予期せぬ展開に波彦は動揺を隠せない。
「過去形だけどね」
「それって、つまり……」
今はもう、ということなのだろう。
と察した言葉の先を、「マスター殿」とセイバーの戒める声で、留める。
「別に気を遣わなくてもいいよ。あたしは、もう従者を失って脱落しちゃったってこと」
そのことは気にしてないと少女は振る舞う。
「じゃあ、いったい何の用が?」
「同盟を結びたいの」
ノータイムで答える。
気の強さを感じる。波彦の少し苦手なタイプ。
「すでに脱落したというのに、同盟を結びたいというのは、理屈が通らないように思われるのですが、何か事情がありそうですね」
それを察してか、セイバーが前に出て交渉に応じてくれる。
「ええ、全部話すわ。話をする機会が欲しい」
先ほどまでの強気の発言からすると、それは懇願のような、弱弱しい響き。
「拙者は、話を聞くくらいなら構わないと思っているのですが……」
選択はゆだねると、波彦を矢面に立たせる。
「まあ、聞くだけなら……」
そういって、少女を部屋に上げようとするが、
「手短にするから、ここでいい」
と断って、少女が自らの聖杯戦争の顛末について話始める。
二日前、ランサーとセイバーの戦いが中断された後、アサシンの虐殺現場に遭遇してしまったこと。
止めようとした結果、返り討ちにあってしまい、ランサーを失ってしまったこと。
アサシンの虐殺がこれからも続くことを危惧していて、それを止めたいと思っていること。
少女は、それを全て打ち明けた。
「あたしが、従者を失ったランサーのマスターっていう証明は……そうね……」
と言って、右手を突き出す。
そこには、一画失われた令呪があった。
「令呪をもって命じます、ランサー来て!」
と命令を出してみたものの、令呪は一切の反応を見せず、ランサーは表れず、令呪が失われることもなかった。
少女の顔は少し寂しげだった。
「といった話を踏まえて、会って欲しい人がいるの。もう一組の同盟相手。彼らとも、会って話を聞いて欲しい。構わないかしら?」
結局、波彦はもう一人の同盟相手とやらに会いに行くことにした。
聖杯戦争については、どうしていいのか分からずに保留していた。もしかしたら、話を聞くことで今後の方針を決められるかもしれない。そういう思いがないわけでもない。
いや、実際のところ押し切られて、なし崩し的にここまで来ている気がしなくもないけど。
波彦たちは同盟相手の元に向かうべく、一軒家の立ち並ぶ住宅街を進んでいた。
神無が道案内をして、セイバーが車椅子を押し、波彦がその少し後ろを歩く。
「えっと、飯塚さんだっけ?」
何となく気まずくなって、何か話題を振ろうとする。
「神無でいいわよ、波彦くん」
相も変わらず初対面から気持ちがいいまでの態度。
「ああ、そう。神無……さんは、千里眼が使えるんだったよね?」
「そうよ。波彦くんのは、サイコキネシスみたいのだっけ?」
あっけからんと答える。
「ちょっと待って、何で知ってるんだ」
「そりゃ見てたもの。公園の銅像動かしてるところから。ちなみに、家を知ってるのも帰るところつけてたからだから」
どうやら公園でキョロキョロ視線を確認していたのもバレバレだし、夜の空中散歩恐怖体験も無駄だったらしい。
「その口ぶりでは、今から行く同盟相手殿も、そのような能力を?」
セイバーが疑問を投げかける。
「ええ、そうよ。初見はビックリするかも」
「ということは、やはり今回参戦するマスターは、そういうことなのでござるか」
全員が、ここ数週間で能力に目覚めた魔術とは無関係の人間。……だといいなぁ。
そんな会話をはさみながら、ゆっくりと歩いて十数分たったところ、何の変哲もない住宅街の真ん中で、
「着いたわ」
と、セイバーを止めさせる。
正直、一体どこに連れていかれるのだろうという気持ちがあった。
けれど、ここは何の変哲もない住宅地。もう一人のマスターというのも、至って普通の一般人なのだと分かって、波彦は安堵する。
「連絡入れるから、ちょっと待ってね」
と、神無がスマホを取り出し、電話を始める。
その光景に、インターフォンを鳴らせばよいのでは、と疑問を抱きつつも、用心深いのだな程度にぼーっと、その様子を眺めていた。
数秒程度で、通話は終わって、
「さあ、行きましょう」
と神無が促すと、波彦は目の前に立派な門構えの洋風の大きな屋敷があることに、その段階になって気が付いた。
「ちょっと、待ったっ!」
思わず叫ぶと、
「うるさい。大声出さないで」
と、神無が少し不機嫌そうな顔になる。
「これは驚いた」
と、セイバーは目を丸くしている。
「今まで、魔術で隠していたのですね」
「ええ、彼女の能力は、物体を対象にした認識阻害。まあ、あたしの千里眼の前では無意味なんだけどね」
なぜか、神無が得意げに語る。
しばらく待っていると、屋敷の中からおずおずと、表情の薄い小柄なメイドが出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。ご主人様の元まで、ご案内します」
抑揚のない声で歓迎される。
門の鍵が解かれる。
セイバーが、段差を越えて、車椅子を玄関まで上げていく。
その様子を、ぼけっと眺めていた波彦を、メイドの少女が不思議そうな顔で見つめ、目が合うと首を傾げる。
早く入れという合図だと気付き、慌てて門の中に入ると、メイドの少女が待っていたとばかりに、ガチャガチャと再び鍵をかける。
玄関も、そのような調子で入っていき、通された客間で待っていたのは、黒いスーツを着た初老の男性の姿だった。
「よくぞ来てくれた。ワシはキャスター。真名をミシェル・ド・ノートルダムという」
ご主人様というから、てっきりマスターとの対面だと思っていたので、サーヴァントに自己紹介をされて、面を喰らう。加えて、すぐに真名を明かしたことに対しても。
「ミ、ミシェ……ル……?」
ただ無学な波彦は、真名を聞いても、それが一体何者か分からない。
また調べなきゃなと思っていると、それを見かねた神無が補足を行う。
「ノストラダムスのことよ」
「えっ、そうなの!?」
初めて、ネット検索しなくても、知っている英霊が出てきたことに驚く。これまでは、英霊と言われても、どこか遠くの存在に感じていたが、自分が知っている人物に出会えたことで、この聖杯戦争の英霊召喚のシステムに改めて、凄みを感じた。
ノストラダムス。本名は、ミシェル・ド・ノートルダム。
言わずと知れた大予言者である。
現代において、最も著名な予言者の一人で、特に一九九九年七月の世界滅亡の予言で世界を騒がせたことで有名である。
結局、世界の終わりは訪れなかったが、日本でも一躍有名になり、信者を多く生んだ。
波彦としては、当時物心はまだなくリアルタイムで感じていた世代ではないが、世紀末の盛り上がりは相当大きかったと聞くし、今でもテレビでは度々ノストラダムスのことが話題にされる。
そんなノストラダムス談義に話が脱線しようとしているところに、「ごほん」と本人が咳払いをして止める。
「そして、弥生くん――彼女が、ワシのマスターだ」
と、先ほどから案内してくれている小さなメイドを指していう。
「前園弥生です。以後、お見知りおきを」
メイドさんは、ちょこんと前に出て礼をして、またすぐに定位置に戻る。
キャスターのことを『ご主人様』と呼んでいたのもあって、全く気が付かなかったが、消去法でそうであっても確かにおかしくはない。まるで主従が逆転しているような彼らの関係にツッコみたい気持ちがないわけではなかったが、また話が捻じれるのはよしとされないだろうと気を抑える。
「ワシは予言者でな。ただの予言者ゆえに、サーヴァントに必要な戦闘能力なんてのは皆無に近い。ワシの宝具には、予言を行うものがある。召喚されてすぐ、今回の聖杯戦争に参戦するサーヴァントと戦った際の結果に対して予言を行ったのだが、全サーヴァントに対して不利だというのが分かっただけだった。もちろん、セイバーやランサーに対してもな」
こともなげに言う。まるで他人事のように。
「そんなこともあって、弥生くんには悪いが、勝ち目のない戦いをしても仕方ないと、ワシはひっそりと敗退しようと思っていた。けれど、これのせいで、そうも行かなくなってしまった」
そう言って、キャスターは波彦に一枚の羊皮紙を渡してくる。
そこには、以下のように書かれていた。
<十四番目の日が死に絶え、紛いものたちの戦いに終止符がうたれる。
嘘つきが、受け入れがたい真実が語る夜、
死が息絶え、不完全な不死が、完全性を求める。
完全なる闇は世界を包み込み、定められた滅亡へと突き進む>
それは、明らかに滅亡の未来を指し示すものであった。
「それはワシの宝具『
そして、それに格好の形で表れたのが、神無であり、波彦であったと。
「断片的に読み取れることとしては、まず『十四番目の日が死に絶え』。これは十四日の経過のことだと思われる。そして、『紛いものたちの戦いに終止符がうたれる』。これは、サーヴァントという英雄たちの紛いものたちの戦争。すなわち聖杯戦争の終了を意味する。素直に受け取るならば、この聖杯戦争は二週間で終了するということだ」
一応、もう開戦から二日経っていると考えるならば、残り十二日。それまで、気の抜けない戦いが続くと考えると、辟易しそうな気持ちになる。
「後の文の詳細は分からない。ただ、何者かが聖杯に『滅亡』の未来に繋がる何かを願うのだと思われる」
それは四行目の『定められた滅亡へと突き進む』という部分が該当するのだろうか。
「それを踏まえて、昨日、ワシらが考えた作戦は、二週間経つよりも先に、信頼できるもの。すなわち君たちセイバー陣営に聖杯戦争の勝者となってもらう。それに対して、可能な限りのサポートを行う。というものだ」
先日のランサーとの一戦で真名が分かり、『不完全な不死』性がないことが証明され、なおかつ聖杯戦争を勝ち進めるだけの戦闘能力を有するセイバーに白羽の矢が立ったのだという。
「勝手な物言いだというのは重々承知だ。だが、どうか世界のために、協力させてもらえないだろうか」
キャスターが、波彦とセイバーに対して、深く頭を下げて懇願する。
波彦は思わず、セイバーの方を見やる。
彼は、これまでと同じように、重大な決断は波彦に委ねるスタンス。
正直言って、ここで語られた話は波彦のキャパシティを大幅にオーバーしていた。
元々、波彦は聖杯戦争に参加するかどうかすら決めておらず、ここで他陣営の話を聞いてみて、身の振り方の参考にできれば程度に考えていたのだ。
それを、急に世界の命運を懸けての戦いだなんて、とんでもなく大きな話に膨れ上がってしまった。
自らもよく知る偉人に頭を下げられて、それを無碍に断る勇気を持たない程度には、波彦は善良な人間であった。けれども、急に大きな荷物を背負わされそうになった際に、それをどっしりと抱えられるほどの度量も持ち合わせていない。
なので、
「少し考える時間をください」
次に波彦が打つ一手は、問題を棚上げして、先送りにするものしか残されていなかった。