では、どうぞ。
Side Out
時間帯は朝。
徐々に朝日が差し込む街の中、人のいない広場に3人の人影があった。
内2人、レイジとレオはそれぞれの木刀を持って雪の上を激しく動き、残る1人のユキヒメは少し離れた場所で2人の勝負を見ている。
通常よりも長いサイズの木刀を自慢の腕力で振り回すレイジに対し、両手に小太刀サイズの木刀を持つレオはその猛攻を捌いて隙を狙う。
威力が高いレイジの攻撃を完全に防ぐレオの防御は固く、一向に崩れない。
時折飛んでくる刺突や蹴りのタイミングは見事にレイジの隙を突いており、今も回し蹴りが鼻先の寸前を通過した。
うおっ! と小さく後退したレイジはすかさず木刀を唐竹に振り下ろすが、刀身の横腹をレオの左手の木刀で叩かれ、受け流される。
そして、受け流すと同時に右手の木刀で刺突が放たれる。その狙いは喉元。
レイジは慌てて木刀を刺突のコースに割り込ませるが、ぶつかると思われた瞬間、レオの木刀がまるで“すり抜けるように”レイジの木刀を通過した。
「は?…………うげぇっ!」
「…………あ」
呆然としたレイジの防御を通過し、喉元を狙った刺突が直撃する。
それによって気管が詰まり、レイジが奇声を上げて激しく咳き込んだ。その奇声でレオも我に返り、すぐさま木刀を引っ込めた。
「ごめん。寸止め忘れた。レイジ、大丈夫?」
「まったく、情けない声を出しおって。もろに入っていたな」
「げほっ! げほっ!……なんだ、今の……げほっ! ガードすり抜けたぞ」
「御神流の基礎技『貫(ぬき)』だよ……正確には刀の扱いの具体的パターンを身体で覚えて、相手の防御を見切って攻撃が“通り抜けたように見せる”だけだよ」
これには刹那の瞬間に相手の攻撃を見切る集中力が必要になり、他の『斬』『徹』を含めて奥義を覚える前の必須技だ。
今回は得物が木刀、そしてすぐに手を引いたおかげで軽く済んだが、真剣を使っていればレイジの喉元は血塗れになっていただろう。
「げほっ! ……あぁ、焦った。ユキヒメ無しだとまだ勝てねぇな」
「いや、僕としてはデカイ衝撃波を伴う斬撃よりこっちの方がいいんだけど……」
前回はユキヒメを使用したレイジを相手に軽い試合をしたのだが、途中から楽しくなってきたのか、レイジのテンションアップに続いてユキヒメもハイブレードモードに変化して試合続行。
結果、レオがガードしても衝撃波で吹き飛ばされるという鬼ルールの死闘となった。
レオの必死な中断の申告も届かず、最終的にはちょっとした惨劇現場を形成した。
その後、レイジとユキヒメはサクヤとフェンリルに随分絞られたらしいが、レイジの相手を務めたレオはまたしても疲労で動けなくなった。
泥のように眠る直前の言葉は“どうしてこうなった……”であった。
「……しっかし、レオって本当に防御が上手いよな。全然崩せなかった」
「こっちは小太刀だからね。脇差とは違うのだよ。脇差とは」
「まったく……レイジ、前に教えただろう。小太刀は脇差と刀の中間に位置する長さ故、扱いに長ければ自然と防御が優れていくのだ」
ユキヒメさんの言う通り、小太刀っていうのは脇差より長く、普通の刀よりも短い。
そうなれば自然と殺傷力が犠牲になるけど、軽くなることで手数が多く、防御への対応が格段に早くなる。
加えて僕は小太刀二刀。御神流を元に鍛錬を重ねたとはいえ、防御面では自信がある。
……まあ、防御の上から襲い掛かる衝撃波は流石にお手上げだけどね。
「……あら、2人とも訓練かしら?」
そんなところにやってきたのは、リンリンを傍に連れたサクヤだった。
ちなみに、猫形態のリンリン以外はこの場にいる全員はレオのお手製ロングマフラーを首に巻いている。どうやら、お気に召したらしい。
「どうしたんですか? サクヤさん」
「朝食の用意が出来たの。皆待ってるわよ」
「え? あぁ、ごめんなさい。手伝えなくて……」
「気にしないで、レオ。アナタは他にも色々と頑張ってるしね……さあ、早く酒場に行って朝食を食べましょう」
サクヤの提案に頷き、鍛錬は中止。
レイジとレオは木刀を自室に仕舞い、すぐにサクヤ達の後を追った。
* * * * * * * * * * * * *
Side レオ
「よいしょっ! よいしょっ!…………ふう、案外楽しいな~」
僕は現在、屋根の上に登って積もった雪を下に落としている。
実は僕、除雪をしたのがこれが人生初めてである。いや、本当に。
中学校までは屋敷の使用人の皆がやってくれたし、高校に入学してからは寮生活で職員の人が除雪機で早朝からやってくれた。
てなわけで、人生初の雪掻きを体験している僕なのだが、かれこれ2時間は作業を続けている。どうやら、時間を忘れるくらい集中してたみたいだ。
屋根から屋根へと飛び移って作業をしてるんだけど、積もっている雪の高さが僕の胸元近くまであるから少し時間が掛かる。
後ろを振り返ってみると、今まで雪を落とした屋根が日差しを浴びてキラキラと光っている。うん、やりがいをくれる光景だね。
「さて、次は下に降りて街道に落ちた雪を払わなきゃ……よっと……」
真下に人がいないのを確認し、軽いステップで屋根から飛び降りる。
雪が積もっている場所を狙い、着地と同時に前へと前転、落下の衝撃を殆ど殺す。
普通に考えたら誰かに怒られるか、骨折するとかを心配してやらないだろうけど、何と言うか、僕の頭の中では“この程度なら出来る。問題無い”みたいな認識が何処かズレたみたいで普通にやってしまう。
「あらあら、傭兵さん。申し訳ありません。我が国を救いに来ていただいた方々にこのようなことをお願いしてしまって……」
持っていたスコップを左肩に担ぎながら右手でダンプを引っ張っていると、軽い防寒服を着た1人の女性が申し訳無さそうに話し掛けてきた。
「いえ、気にしないでください。やっていて楽しいですから。にしても……これだけの量の雪が毎度積もれば流石に大変そうですね」
「ええ、まあ……街の男手は最低限で警備の分しかいないので、吹雪の翌朝は女だけだと大変に……ですから、大変助かります」
「この程度ならいつでも構いませんよ。帝国の勢力追い出して全部放り出したら冷たいですからね……あ、すいません。用事が出来たんで、一旦失礼します」
「はい。ありがとうございました」
このままダンプで除雪してもよかったんだけど、視界の端に酒場へ入っていく戦線の皆を見つけ、そっちに向かうことにした。
まだ僕の勘だけど、除雪で体を動かしておいて良かったかもしれないね。
* * * * * * * * * * * * *
「どうかしたんですか?」
「あ、レオさん。この国の聖騎士団の皆さんから、色々な情報を伺ってきたので、今から皆さんにお話しようかと……えっと、まずは……」
「敵の指揮官の名前を教えてくれ。アルベリッヒという名前は出てこなかったか?」
真っ先に質問を飛ばしたのは、意外なことに今までの会議で殆ど口を開かなかったリックだった。
「アルベリッヒ、ですか? いえ、騎士団の皆さんの話では、指揮官は狼の獣人だそうです。たしか名前は…………スルト」
(スレイプニルの次はスルトか……ドラゴニア帝国の指揮官の名前は北欧神話を元にしてるのかな……?)
スレイプニルは北欧神話の主神オーディンが乗る軍馬の名前であり、スルトはムスペルヘイムの入り口を守っていた炎の巨人の名前だ。
この調子だと、仕舞いにはヘイムダルとかバルドルとかもいるのかな?
…………まあ、この時は本当に片方いると思ってなかったんだけどね。
「スルト、だと?」
そんなことを考えていると、僕の隣にいたフェンリルさんが身を乗り出した。
その声には明らかな威圧感が宿っており、視線を持ち上げてみると、フェンリルさんの顔には隠すこと無き殺意が渦巻いている。
「副隊長、どうしたんだ? なにか、知ってるのか?」
少し離れた位置にいてフェンリルさんの様子に気付かなかったのか、レイジが普段通りの様子で訊ねた。フェンリルさんが隣にいる僕には少し心臓に悪いんだけど……
「…………あぁ、ちょっと心当たりがな」
だけど、そう答えたフェンリルさんはすぐに普段通りの様子に戻った。
酒場にいた誰もが疑問を浮かべるが、空間に沈黙が落ちるよりも先に入り口の扉が派手な音を立てて開かれた。
「皆、大変よ!!」
全員の視線がそちらに向くと、そこには猫の姿で血相を変えたリンリンがいた。
「こっちに移動中の補給部隊が、狼の獣人が指揮する帝国の軍団に襲撃を受けたらしいの……!」
「……まさか、スルトか!! こんなに早く出てくるとは……まずい、あの補給部隊にはクレリアへの避難民も一緒にいる! 急ぐぞ!」
フェンリルさんが先行して酒場を飛び出し、それに自分の武器を携えた皆も続く。
僕も二刀の小太刀を腰に差してリンリンを肩に乗せ、外に出ようとする。
「皆さん、どうかお気をつけて」
僕はそう言ってくれた酒場のマスターと視線を合わせて軽く頷き、酒場を飛び出した。
次第に意識と共に走る速度のギアを上げ、意識を切り替える。
気を引き締めよう。どうやら、今回の戦闘は荒れそうだ。
* * * * * * * * * * * * *
Side Out
「遅かったか……!」
フェンリルを先頭に到着した場所に広がっていたのは、まさに惨劇だった。
横倒れになった荷台は木材を糧にしてまだ燃えており、中には一緒に倒れた馬と共に燃えている物もある。
だが、戦線メンバーの目を引いたのは、荷台の近くに転がる多くの死体だった。
外見が綺麗な状態なのは見当たらず、殆どはその身を深く斬り裂かれ、赤黒い血が地面の雪の上に広がっている。
その死体は兵士だけでなく、多くは鎧などを身に着けていない民間人だ。簡単に見渡してみても、子供の数も少なくはない。
まるで蹂躙…………否、殺戮だった。
「酷い……兵士だけじゃなく、避難民まで1人残らず……」
「戦えるかどうかは関係無いってことかよ……くそっ!」
アルティナの呟きに続き、レイジが苛立ちと怒りを隠さずに声を上げた。
レオは口元に手を当てるエルミナの頭に手を置き、ゆっくりと視線の角度を地面に落としていく。直視するには、この光景はあまりにも残酷すぎる。
そのまま地面に片膝を着き、子供を腕に抱き締めたまま息絶えた男性の瞼を閉ざして静かに手を合わせた。その伏せられた顔は垂れる前髪でよく見えない。
『……やはり感じられぬ。だが、ありえるのか……?』
そんな中、レイジの手に握られているユキヒメが1人呟いた。
『龍那、そちらはどうだ?』
「い、いえ……気配すら感じられません。なぜこんな……」
話を振られた龍那は困惑したように答えるが、何について話し合っているのかわからない周りのメンバーは首を傾げるしかない。
「なぁ、ユキヒメ。感じられないって、何のことを言ってるんだ?」
全員を代表してレイジが問うと、答えるかを迷ったように数秒の間を置き、ユキヒメは言葉を放った。
『……魂だ。このように非業の死を遂げた魂はその無念に縛られ、霊界に行く事も出来ずにその場を漂っている事が多い。だが……この一帯にはそれが感じられん』
「……多分、帝国軍が奪っていったのよ。以前、コレに良く似た現象を見たことがあるわ。間違いなく、ダークドラゴンの復活に利用するつもりね」
「魂を、奪うだと……! でも、そんなことが……」
サクヤの言葉に最初に反応したのは、リックだった。
それもそのはず。彼にはアミルとエアリィの他にもう1人、ネリスという幼馴染がいる。そして、その少女も恐らく魂だけの存在となっている。
つまり、この現象に巻き込まれる可能性も充分にあるのだ。
「スルトォ……!! あのクソ野郎がぁっ……!!」
そんな中、烈火の如く怒りの咆哮を上げたフェンリルに視線が集まった。
「命だけでなく、魂だと……! お前はあの時からここまで……ここまで堕ちたのか! ここまで腐っちまったのか! スルトォォォ!!!」
鉤爪を装備した両手は血が垂れる程に握り締められ、見開かれた両目は血走っている。
その怒りの様子は他の誰よりも激しく、狂気すら感じられる。
「こんな副隊長……初めて見た」
『レイジ。このエンディアスはな、エルデよりも魂というものに、ずっと重みがある世界なのだ』
「……それはちょっと違うよ。ユキヒメさん」
そう呟いたのは、この場に来て一度も口を開かなかったレオだった。
後ろ姿のみで顔は見えないが、空を見上げる様子には悲しみしかない。
「世界なんて関係無い……人の魂の重さに違いなんて無いんだよ。その人のことを誰かが覚えている限り……忘れない限り、ね」
霊能力という異能に生まれた時から関わっていたレオは、魂というものを人一倍理解している。同時に、帝国の行ったことの非道さも人一倍理解している。
だからなのか、誰にもその怒りを悟らせないのは……その怒りよりも悲しみが大きいのは。
「行こう。こんなこと、絶対に許しちゃいけない」
「レオの言う通りだ! 皆行くぞ! 帝国の連中に、二度とこんな事をさせるな!」
フェンリルの声を合図に、戦線のメンバーは雪原を突っ切った。
* * * * * * * * * * * * *
「どけぇぇぇ!!!」
フェンリルの鉤爪が振るわれる度に帝国軍の兵士が薙ぎ払われ、トーチと呼ばれる魔物が粉々に粉砕される。
だが、最前線を突っ切るのは、暴風のような攻撃を繰り出すフェンリルだけではない。
そのすぐ傍で二刀の小太刀を振るうレオの攻撃もいつもより激しい。
『虎切』の右逆袈裟でトーチ2体を両断し、旋回直後の『射抜』の刺突で兵士1人の心臓を貫く。そのまま兵士を全力で蹴り飛ばし、敵軍にぶつけて小さな穴を開ける。
「先に行きます」
一言だけ断りを告げ、レオは滑り込むようにその穴をくぐり抜け、奥へと向かう。
独断専行するその行動はレオらしくなく、他の全員が驚愕を示すが、誰かが制止の言葉をかけるよりも早くレオは敵陣の奥へと進んでいった。
戦線本隊から離れて数分走ったレオを待ち受けていたのは、4体のボーンファイターだった。
その奥には帝国がモンスターを戦場へ送り込む大型の浮遊転送装置、ゲートクリスタルが配置されている。
迫る4体の敵を見ながらレオは頭の中で倒す順をシュミレートし、目を細めて弾かれたように走り出して小太刀を構える。
先頭の一体の斬撃を左へのサイドステップでギリギリでかわし、逆手に持ち替えた麒麟の柄尻を胸部にぶつけて『徹』の衝撃で体をバラバラにする。
飛び散る無数の骨が続く3体の動きを牽制し、その隙にレオは懐へ入り込む。
一体の首を刎ね、回し蹴りで二体目を蹴り飛ばし、3体目を通り過ぎ様の水平斬り『ホリゾンタル』で綺麗に両断する。
そのまま先に走り抜け、クリスタル目掛けて『射抜』の加速で突撃する。
バァン!! という音を立てて麒麟の刀身が突き刺さり、レオは麒麟の柄尻に龍麟の柄尻を叩きつける。衝撃が刀身を伝ってクリスタル内部を破壊し、小規模の爆発が起こる。
突き刺さった刀身を勢い良く引き抜いて後ろを振り返る。そこには、先程蹴り飛ばしたボーンファイターの一体が剣を振り上げて迫ってくる。
レオは一太刀で斬り捨てようと小太刀を構え直すが、その瞬間に背筋に強い悪寒を感じ、発揮出来る限りの力で左へと跳躍する。
次の瞬間、レオの立っていた場所が轟音と共に巨大な衝撃波に呑み込まれた。巻き込まれたボーンファイターは粉々になり、土煙が晴れた地面は直線状に深く抉られている。
「けっ、今ので仕留めるつもりだったが……すばしっこい野郎だな」
そんな声が聞こえた方向にいたのは、片手に刀身が赤黒い斧を持った黒狼の獣人だった。レオを見る瞳には暴力的な気配しか感じられず、今にも襲い掛かりそうだ。
「アンタが、スルトか」
「あ? なんだ、フェンリルの野郎に聞いたか? だったら……俺がテメェをぶっ殺す敵だったのも、当然わかってるよなぁ!!」
地面に振り下ろしていた斧が旋風を起こして右薙ぎに振るわれる。
レオはそれをバックステップで回避して首を狙って麒麟を振り下ろすが、スルトはその斬撃を宝石の付いた左手の手甲で完全に受け止めた。
「ハッ! その程度の威力じゃ、俺には届かねぇよ!!」
手甲装備の左手が振り抜かれ、斧が下から勢い良く振り上げられる。
レオは小太刀を盾にして斬撃を防ぎ、その反動を利用して後方へ距離を取る。
その際に右腕の袖から4本の飛針をスルトの右足目掛けて投擲し、左腕の袖から3番鋼糸を飛ばして右腕に巻き付けて締め上げる。
「ちっ! ……うざってぇんだよっ!!」
右腕と右足から血を流しながら、怒りの声を上げたスルトは右腕を思いっきり後ろへ振り回した。それによって鋼糸と共にレオは体ごと引き寄せられる。
そこへスルトが後ろへ振り回した腕を勢いを付けて右薙ぎに振るった。
レオは鋼糸を巻き戻して両足の踏ん張りを効かせ、体の左側面で小太刀を交差させて受け止める。だが、その衝撃で体が僅かに横へと押し負けた。
「ぐっ……!」
予想を超えた攻撃の重さにレオは苦悶の声を漏らす。
(重い……! 速さはそれほどじゃないけど、正面から受け続けたら崩される……!)
続いてスルトの左脚が振るわれ、レオの顔面を狙ったハイキックが放たれる。
左側で受け止めた斧を力尽くで上へと流し、レオは即座に身を引いて蹴りをかわす。その際、スルトの足の爪が僅かにロングコートの胸元を掠めた。
だが、回避で姿勢を崩してしまい、続くスルトの右足の回し蹴りを避け切れなかった。
丸太のような太さの足が腹部を直撃し、レオは体の中から嫌な音を聞きながら地面を滑空するように吹き飛ばされた。
肺から酸素が搾り出され、レオは酸素を吐き出しながら倒れていた荷台の木箱に頭から激突した。大きな衝突音を響かせ、木箱が粉々に崩れる。
数秒間の沈黙が落ちるが、崩れた木箱の中から脚が飛び出し、瓦礫を蹴り飛ばした。
その中から姿を現したレオは脂汗を流した顔で頭部の左側から血を流し、龍麟を握る左手で右脇腹を庇っている。どうやら、肋骨をやったらしい。
「なんだ、見た目の割にはタフじゃねぇか」
そんなレオの様子を楽しそうに見て、スルトは斧で肩を叩きながら近寄る。
心中でやばい、と呟くレオは小太刀を杖にして何とか立ち上がるが、木箱に頭を強くぶつけたせいで脳震盪が起こり、意識がひどく揺らいで体が動かない。
そして、レオの眼前でスルトが斧を振り上げ、振り下ろそうとした瞬間……
ガラッ!!
何かが崩れ落ちるような音が聞こえ、両者の意識がそちらへ向く。
「うぅ~……ひっく……うぁ~……」
そこにいたのは、崩れた瓦礫が重なって出来た山の空洞に隠れた2人の子供だった。
顔つきが似ているので姉弟なのだろう。少し背の高い方の女の子が泣き崩れる男の子を青褪めた顔で守るように抱き締めている。
どうやら、あの場所に隠れたおかげで帝国のモンスターから見つからなかったようだが、バレてしまったタイミングが悪過ぎる。
「ほう、こいつは…………」
1人呟いたスルトは口元にニヤリと残虐性に満ちた笑みを浮かべ、マトモに動けないレオの腹部に右足で蹴りを打ち込んだ。
「がぁ! ……あぁ……げほっ……!」
折れた肋骨を刺激させ、激痛に意識をかき乱されながらレオは再び膝を着いた。
そして、スルトは身を翻して別方向へと走っていく。
その方向には、2人の子供が隠れる小さな瓦礫の山があった。
レオはこれからスルトが何をするのかを理解し、急いで立ち上がろうとする。だが、その瞬間に体内から激痛が襲い掛かり、嘔吐感と共に何かを吐き出した。
喉元から吐き出されたそれは、赤い血だった。
折れた肋骨で内臓の何処かが傷付いたのか、それでもレオは吐血と激痛を無視し、歯を食いしばって無理矢理にでも立ち上がる。
(はや、く……はやく……あの子達を……!)
「お姉ちゃん!!」
激痛と吐血で未だ安定しない意識の中、レオの聴覚は確かにその声を聞く。
さらに、何かを斬り裂くような音と飛び散る水音も、確かに聞き取った。
俯き気味だった視線が持ち上がる。
そこには、斧を振り抜いて下品な笑顔を浮かべるスルト、うつ伏せになって血塗れで倒れる女の子、泣きながらその体を必死に揺らして呼びかける男の子の姿があった。
その光景を見た瞬間、レオの意識にフラッシュバックが起こった。
死に行く自分の姉。それを救えず涙を流して悔いる自分。
そう。レオにとってこの光景は、まるで昔の自分を見ているかのようだったのだ。
「スルトォ!!」
その時、戦線のメンバーがその場に到着し、先頭を走っていたフェンリルが怒りの声でスルトの名を呼んだ。
「スルト……あれはお前がやったのか? 戦線の補給部隊だけでなく避難民まで皆殺しにして、さらにはその魂まで手にかけたのは……!」
「補給部隊に避難民? ああ……この先でぶち殺した連中の事か。その通り。殺ったのは俺だぜ? 今もう1人殺してやった ……んで? だからどうしたんだ? えぇ、フェンリルさんよぉっ!!」
その言葉を聞き、全員の視線がスルトの足元で倒れる少女に向けられた。
フェンリルは憤怒の表情で鉤爪を展開し、一歩前へと踏み出す。
「そんな子供まで……! この外道がぁ……!!」
「ひゃははははっ!! フェンリル、そいつぁ嬉しい褒め言葉だぜぇっ!! お礼にテメェ等も連中とおんなじ目にあわせてやるよっ!!」
「やってみろ! 貴様だけは俺が殺してやる!!」
そして、武器を構えた両者が激突しようとしたその瞬間……
ドクンッ!!
強烈な殺気が空間を満たし、激情に支配された2人の意識までもが冷水をぶっかけられたように冷静な状態へと戻された。
そして気が付くと、スルトの背後、正確には倒れる少女と必死に呼び掛ける少年の下のすぐ近くにレオが立っていた。
レオは少女の体を抱き上げ、子供達が隠れていた場所にその体を寝かせる。少年もそれ続き、戸惑いながらもその場所に入る。
「なんだぁ? ガキ1人が死んじまって今にも泣きそうか? お優しいこったな。テメェも今すぐそのガキと同じ所へ……」
「もういい」
スルトの言葉をレオの言葉が途中で遮る。
だが、その声は戦線の中で一番付き合いの長いレイジとユキヒメ、そしてアルティナも聞いたことが無い程、冷たく、無感情だった。
レオがスルトに視線を向ける。
そこに見えた無表情のレオの瞳の中には、冷酷な殺意しかなかった。
「お前はもう、しゃべるな」
そう言ってレオは二刀の小太刀を抜き放ち、真っ直ぐスルトへ斬り掛かった。
この時、確かにレオは……守る為でなく、殺す為にその刀を手に取った。
ご覧いただきありがとうございました。
主人公、子供を殺され、過去のトラウマを見せられてぶちキレました。
次回は多分一対一の殺し合いです。
では、また次回。