今回は次のストーリークエストまでの幕間です。
では、どうぞ。
Side Out
精霊王の解放により、太陽の光に照らされたクレリアの街中。
未だ大寒波による雪と氷は消えないが、太陽の光の有無だけでも住人の気持ちは大きく違っていた。店を開いている人間や通行人の顔にも、以前より笑顔が多い。
そんな街の中、除雪がキチンと行き届いている広場の1つにレオとフェンリルがいた。
フェンリルは普段通りの格好だが、対するレオは上半身に黒い無地のトレーニングウェアを着ている。
そんな2人がやっているのは、素手での組み手だった。
だが、2人の表情は真剣そのもの。両者の肉体も、実戦の時と遜色が無いほどに動きをまったく止めない。
低い気温の下で薄着になるなど明らかに良いことではないのだが、全身が熱を上げる今の2人にとっては寒さなど皆無に等しかった。
「ふっ……!」
「はっ……!」
顔面を狙ったフェンリルの、脇腹を狙ったレオの、2人のハイキックがぶつかり、反動で元への体勢へと戻る。
そこからすかさずフェンリルのフックのような軌道で右拳が放たれ、レオは左腕で防御。続く左拳も右腕でガードする。
そこで2人の動きが止まり、数秒間無言の力比べが続いた。
190に届く長身のフェンリルがレオを防御ごと押し潰そうとしている様子は、まるで人間が狼男に襲われているようだったが、そう簡単に食われてやるほど、レオも弱くない。
「っ……!」
力比べの状態からレオは両足で地面を強く蹴り、真っ直ぐ振り上げた右足でフェンリルの顎を狙う。
だが、フェンリルは咄嗟に両腕を離して後方へ数回のバックステップ。レオの右足はフェンリルの顎先をギリギリ掠めただけだった。
そのまま距離が開きそうになるが、逃がさんとばかりにレオが動く。
両者の距離は約3、4メートル。レオの足でも約3歩の踏み込みを必要とする距離だが、レオは振り上げた右足をそのまま振り下ろし、力強く地面を踏み抜き、蹴り抜く。
すると、前へと歩を進めたレオの体は地面を滑るように加速し、両者の間にあった距離を一瞬でほぼゼロにした。
驚愕するフェンリルは知らないが、それは八極拳の中の秘門の歩法『活歩』。
構えを崩さずに急接近したレオは、右足の震脚で地面を踏み抜き、前に向けた左拳を後ろへ、腰溜めに引いた右拳を前に突き出す。
2人の距離はすでにぶつかる寸前。振り抜かれつつあるレオの縦拳は、まっすぐフェンリルの胸元を捉えている。
これで決まった。
もし、第3者が2人の組み手を見ていれば、大抵はそう思っただろう。
だが、ヴァレリア解放戦線の副隊長はそんな甘い相手ではなかった。
「甘い!!」
気合を入れた声と共に、目を見開いたフェンリルの肉体が弾かれたように動く。
レオが『技』と『力』をぶつけてくるのなら、フェンリルはその2つに『速さ』と『鋭さ』を重ねて上回り、迎え撃つ。
フェンリルの左足が地面を蹴り、反動と共に真上に跳ね上がった膝が、突き出されたレオの右腕を真下から打ち上げた。
「くっ……!」
痛みと衝撃によってインパクトの半分以上を殺され、レオの拳は力を失った。
そして、自分に迫る脅威を無力化したフェンリルは、すでに掌底の構えを取った右腕を真後ろへ引いていた。
それを見て、レオは自分に放たれようとしている攻撃を理解するが、拳を振り抜いた体勢からではどうやっても回避が間に合わない。
そして、掌底の直撃によって吹っ飛んだレオが雪の上に倒れ、勝敗は此処に決した。
* * * * * * * * * * * * *
「あぁ~……行けたと思ったんだけどな~」
脱力感と悔しさを混ぜたような声を出したのは、雪の上に仰向けで倒れるレオ。
「確かにあの歩法には驚かされたが、前動作が目立ったな。アレだと勘の良い奴には“何か仕掛けてくる”という警戒を持たせてしまう」
手を差し伸べたフェンリルの説明を聞き、体を起こしたレオは防寒の為にロングコートを羽織り、タバコに火を点けて打開策を考える。
レオが二刀小太刀の次に得意とするのが徒手空拳。そこへ暗器が追加される。
だが、こうして本気の組み手をすると、やはり実戦でも同じ戦い方をするフェンリルに分がある。多分、リンリン相手でも同じ結果だろう。
小太刀なら互角、素手+暗器なら一歩劣る。それが現在のレオの強さだ。
こうして、改めて自分の強さを自覚すると、エールブランに言われた言葉が脳裏に強く蘇ってくる。力が足りない、という事実が。
「……レオ、そのままでいい。聞いてくれ」
フェンリルの声に俯き気味だったレオの視線が持ち上がる。
背中を向けるフェンリルの姿からは後悔と自責の雰囲気が強く漂っており、今から話すことの重要性が十分に伝わってくる。
「もう気付いてると思うが、あの黒狼の獣人、スルトと俺は知り合いだ。かつて同じ師の下で修行を積み、共に力を磨いていた。兄弟弟子、というやつだ」
レオはまだ何も言わず、紫煙を吐き出す。
前の戦闘で半分暴走したとはいえ、普段のレオにとってもスルトは許せない。恐らく、心の中の殺意を否定出来ない。
だが、今話をしているフェンリルの様子から見て、その時のスルトとはかなり親しい仲だったのだと想像出来た。
「強くなりたい。その想いは共に同じだった。だが、スルトの場合はソレが行き過ぎていた。奴はただひたすらに強さを追い求め、掟を破り、血に塗れた狂気の道に走った」
狂気。確かにその言葉はスルトにしっくり来る言葉だ。
守りたい者や超えたい者がいたわけでもなく、ただ強さを求め、殺し合いに身を投じ、やがては血に酔って戦場を彷徨う。
強く。もっと強くと、ただ“力”のみに固執し、命を奪うことに喜びを感じるようになった果ての姿があの狂犬だ。
「外道ととなった奴の強さは、すでに俺の師をも上回っていた。情けないことに、俺は師を殺されても、恐ろしさを感じて戦うことすら出来なかった」
その言葉には、滲み出すような後悔の念があった。
スルトがああなってしまったのは、間違い無く本人の過ちだろう。
だが、フェンリルはスルトが許せないと思いながらも、立ち向かう事すら出来なかった。そんな過去の自分が同じくらいに許せなかった。
「世の中では、そう珍しくもないつまらん話だ。だが、俺にとっては一生涯を掛けてでも着けなきゃならんケジメだ。掟や師匠の為もあるが、何より俺が納得できん」
そこまで言って、振り返ったフェンリルはレオを見た。
「この話をしたのは、すでにお前がスルトとの間に浅からぬ因縁を持ったからだ。レイジにも話したが、お前もアイツには用があるんだろう?」
「ええ。少なくとも、あの虫唾が走る笑みを二度と浮かべられないようにはしてやりたいですかね」
口調こそ変わらないが、僅かに俯かせたレオの瞳の中には隠せぬ殺意があった。
敵に殺意を抱くのはおかしなことではないが、レオとしても、スルトには思うところが出来た。少なくとも、フェンリルに全てを任せるつもりは無い。
「そうか……この話は、心の片隅に置いていてくれればいい。今日は組み手に付き合ってくれて助かった。機会があれば、また頼む」
そう言ってフェンリルは身を翻し、街中へと歩いていく。
その背中を見送り、レオは深い呼吸と共に紫煙を吐き出した。
(因縁、か……)
空へと上っていく紫煙をぼんやりと見詰めながら、レオは考える。
一生涯掛けてでも着けなければならないケジメ、レオにそんなものは無い。いや、有ったかもしれない。ただ、レオの場合は憎む相手もいないが。
姉の事件を解決した四季会のメンバーがそれに当たるのかもしれないが、レオは彼等を憎いと思ったことは無い。
(結局、僕の中にあるのは“後悔”だけか……)
最も親しい家族を守れなかった無力感、結局レオはそこに行き着いてしまう。
「ダメだな、こんなんじゃ……」
左手で頭を掻き、口元近くまで吸い終えたタバコを携帯灰皿に放り込む。
立ち止まってる場合じゃない、と気持ちを切り替え、立ち上がったレオはもう姿が見えないフェンリルと同じく、街中へと歩を進めた。
* * * * * * * * * *
Side レオ
「……さてっと、物資の積み込みは終わったし、アミル達から頼まれてたパンの材料も発注完了っと。でも、夕食までまだ時間あるな……」
頼まれた仕事をほとんど消化し終えたけど、夕食の手伝いに向かうには時間的にまだ早い。
あ、それと補足説明すると、僕は不定期で厨房の方に顔を出して料理を作っている。皆のロングマフラーを編んだ一件から、料理が出来るという情報も知られ、手伝いをしている。
まあ、毎日じゃないし、料理は家事の中で一番得意だ。
ちなみに、僕と同じように不定期で厨房を手伝うメンバーの中はアミルとエアリィに加え、サクヤさんもいたりする。
そんなわけで、道を歩きながら除雪か小太刀の鍛錬、どちらをするか考える。
だけど、目前の曲がり道から雪を踏む足音が聞こえたので、やってくる人とぶつからないように歩を止める。
すると案の定、曲がり道の奥から慌てたように人影が飛び出して来た。その人影の正体は、先端にウェーブの掛かった金髪ですぐにわかった。
「エルミナ……?」
そんな慌ててどうしたの? と訊ねようとしたけど、エルミナの目元に少しだけ涙が溜まっているのが見えて、言葉が止まった。
「……何かあったの?」
気が付けば、普段よりもトーンの低い声が出ていた。
どうやら、誰かに泣かされたのではないか、と思い、少し殺気が漏れたらしい。いかんいかん。
「い、いえっ……これは、違うんです!……えとっ、そのっ、私、買い出しの途中なので、失礼します!」
僕の声に嫌な予感を感じたのか、エルミナは慌てた口調で否定する。でも、嘘を言っているようには見えない。誰かに泣かされたわけではないようだ。
出来れば話を訊きたかったけど、ペコリと頭を下げて走り去っていく後ろ姿を見て、追い掛けるのは逆効果だと思ってやめた。
「……いやいや、それは考え過ぎでしょう!」
今度聞こえたのは足音じゃなくて、それなりに大きな人の声。それも結構聞き覚えがある声だったね。
エルミナが飛び出してきた曲がり道を進んでみると、そこには何かの話をしている最中のレイジとアイラさんがいた。
「2人共、こんなところで何やってるんですか? たった今、エルミナが涙目で道を走っていきましたけど……」
「おお、レオ! ちょうど良かった。お前からもアイラ姫に何か言ってやってくれ!」
「何を言う。大切だと思う存在を大切にして何が悪いというのだ」
駆け寄ってきたレイジの言葉にアイラさんが不満そうに答えた。
「えっと、とりあえず……エルミナは何で泣いてたんですか?」
「遊びたがっていた犬が物陰から飛び出して来て吼えられたんだ。どうだ? エルミナが泣いても仕方ないだろう?」
「ああ、なるほど。それは仕方ない…………のかな?」
何処か胸を張って答えたアイラさんの言葉に、僕は数秒の思考フリーズを強いられた。
ちょっと、落ち着こう。幸い記憶はハッキリしてるから今の言葉を思い出せる。
原因は確か……物陰から飛び出てきた犬に吼えられたから。これは、仕方ないのだろうか? 自慢じゃないけど、僕動物にはよく懐かれる体質だし……ってそうじゃない。
「ほら、見ろよ。レオだって固まっちまった。やっぱり、アイラ姫はエルミナに甘過ぎなんだって。それじゃあエルミナの為にもならないよ。エルミナだって戦えるんだから」
「お前の言い分も理解はしている。だが、先程も言っただろう。他の仲間の助けが間に合わなかったり、敵がエルミナの力を上回っていたらどうする? 一体誰がエルミナを助けるのだ」
「いや、だから考え過ぎだって!」
「予測できる事態には全て備えておくべきだ。でなければ安全とは言えない」
「その理屈で言うと、最終的には天候の変化や事故にも気を配らなきゃいけなくなっちゃいますけどね。2人とも、まずは少し落ち着いて」
少し熱が入ってきた会話を打ち切る為に苦笑交じりで割り込みを入れる。
とりあえず、2人の会話を聞くだけで、話の内容は大分理解できた。
つまり、アイラさんの過保護っぷりにレイジが異を唱えたけど、アイラさんはエルミナを大事に想っているが故に何と言われても譲らないわけか。
僕も姉がいた身だけど、僕の場合は姉さんも此処まで過保護じゃなかった。
まあ、アイラさんは本当にただエルミナが大事だから心配してるだけなんだろうけどね。
でも、この場合はレイジの発言にちょっと分が有るかな。本人が気付いてるかは分からないけど、アイラさんの言葉には我欲が混じってるし。
しょうがない。此処は少し、アイラさんに妥協してもらおう。
「つまりアイラさんは、エルミナが危ない目に遇うのが嫌だ、ということですか?」
「そうだ。そんな事態は私が許しはしない」
僕の質問にキッパリと即答するアイラさん。本当にエルミナを大事に想っているんだと強く伝わってくるけど、此処で折れてはいけない。
「じゃあ、何でエルミナを前線に参加させるんです? 危ない目に遭わせたくないっていうなら、拠点や街中で待ってもらえばいいでしょう」
「何を言っている。魔法はもちろん、ローレライの歌も含めて、エルミナには並みの術者より優れた力が有るんだぞ。帝国の雑兵如きにやられるものか」
「確かにそうです。でも、物陰から飛び出して来た犬に吼えられただけで泣き出す精神力で、帝国の化け物を相手にこれから先戦えるんですか?」
「むっ……」
ちょっと会話を誘導したみたいで卑怯だけど、どうやら言葉を詰まらせたアイラさんは僕の言いたい事を理解してくれたらしい。
帝国の雑兵如きにやられない、アイラさんはそう言った。
確かにエルミナの魔法は僕から見ても並みの術者よりも飛び抜けてる。それに加えて彼女は歌姫(ローレライ)だ。
けど、エルミナの精神面が弱いのも残念ながら事実だ。このままにしておいても、良いことは無い。
まあ、僕の伝えたいことを纏めると、本当にエルミナを大事に想ってるなら彼女が1人の状況でも平気なようにするべきだ、ということだ。
そして、どうやらそれは伝わったようで、アイラさんは頷いて顔を上げた。
「うむ、確かにそれにも一理あるな。よし、近々エルミナに戦闘の手解きをするとしよう」
「おお、すごいなレオ! 頑固に否定してたアイラさんを説得しちまった。でも、これでエルミナもようやく1人でも平気なようになるな」
「む? 何を言っているレイジ。私が間に合うまでの時間稼ぎが出来るくらいで充分だろう。エルミナを助けるのは私なのだからな」
「え?」
返ってきたアイラさんの言葉にレイジが疑問の声を上げたが、すでにアイラさんはボソボソと言葉を呟きながら身を翻していた。
「どんな修行をさせるべきだろうか。あまり厳しいものではかわいそうだからな。どうせならエルミナを鍛えつつ喜べるようなものにしよう。アレとアレを合わせれば……うむ、上手くいきそうだな」
耳を済ませて呟きを聞き取った結果、どうやらレイジが言いたかった“甘やかし過ぎる”という言葉は上手く伝わらなかったらしい。
「……ハァ~、これって良い方向に変わってくれったって思っていいのか? 根本的に何も解決してねぇんだが……」
「今はコレが精一杯、かな。僕達がアレコレ言っても、結局はお節介みたいなもんだからね。やっぱり、エルミナやアイラさんが自分で決断しないと」
溜め息を吐いたレイジの肩を軽く叩き、僕達2人も歩き出した。
すぐ大通りに辿り着き、2人揃って大きく息を吐く。なんだか、話をしただけなのに凄まじく疲れた。主に精神面で。
「……って、けっこう時間経ってるな。夕食作るの手伝わなきゃ。レイジ、何か食べたい物のリクエストとかある?」
「あ~……何か肉とか食いたい気分じゃねぇし、温かいスープとかで頼む」
「了解。確か物資の中にあった大量のトウモロコシを冷凍保存しておいたから、コーンポタージュでも作ろうかな」
「おお、アレ大好きだわ。期待してるぜ~」
互いに軽く手を振って別れ、僕は酒場に、レイジは街の外へ向かう。多分、ユキヒメさんと合流して軽く鍛錬でもするんだと思う。
レイジの背中を見送り、僕は身を翻して酒場へと向かった。
んで、厨房でコーンポタージュの案をサクヤさんに進言してみた結果……
「コーンポタージュ? それはいいわね~……でも、こっち(エンディアス)にあの料理自体無いから、レシピも無いのよ」
「なん……だと……っ!」
エルデとエンディアスの食文化の違いを思い知らされ、僕の記憶と腕を頼りに厨房メンバー全員の前で作ることになった。
どうして、こうなった……!
ご覧いただきありがとうございます。
今回はフェンリルとアイラのサブイベントをやらせていただきました。ただ、本来ならアイラのサブイベントは時期的にもう少し先なんですがね。
次回はストーリーの進行を進めます。
では、また次回。