今回はあまりストーリーが進みません。
では、どうぞ。
Side レオ
目が覚めて最初に目にしたのは、何処か見覚えのある大きな桜の木。
それ以外は色を宿さない真っ黒の空間だけが広がり、和服姿の僕は桜の木の前に1人ポツンと立っていた。
「どうやら、私はあなたを少し甘く見ていたようね」
そんな中で、新たに聞こえてきた声に反応して振り向くと、そこには少し呆れたような目で僕を見ている白髪の女性がいた。
「疲労困憊の肉体を気力だけで動かして、強制的に意識を失う寸前まで戦うなんて予想外も良い所ね」
そう語っている対象が僕だということは、何となく理解出来た。
何しろ、この場所に来る寸前までその通りのことをしていたのだから。そう思うと、何だか非常に肩身の狭い気分になる。
経験が無いので何とも言えないが、母親に叱られる子供と言うのは今の僕と同じような心境なのだろうか。
「護りたいものが、譲れないものがあるのは知っているわ。だけど、もう少し自分を大切になさい。頑丈とはいえ、人間の体は脆いのだから」
そう言いながら、女性は静かに歩き出し、僕の隣を通り過ぎて桜の木に手を添える。
すると、真っ黒の空間に静かな微風が流れ、桜の花びらが舞うと共に僕の前髪が僅かに揺れる。
淡い光を纏う無数の花びらが宙を舞うその光景の美しさは、ぼんやりとした僕の視線を自然と引き付けた。
「別に、自己犠牲とかではないんです。痛いのは嫌ですし、死ぬのもゴメンですから。ただ……友達や仲間が傷付くのはもっと怖いんです」
背を向けたまま零れた言葉は、自分でも口にするのは珍しいと思える弱音だった。
死ぬのはもちろんのことだが、傷付くのは怖い。当然のことだ。
だけど、自分以外の人が傷付くのは……昨日まで当然のように見ていた人の顔がもう見れなくなるのは、それ以上に恐ろしかった。
姉さんが死んだと教えられてからの最初の数日間にはそれはもう地獄のような苦しみがあった。文字通り、生き地獄というやつだ。
まず、僕の心を襲ったのは親しい人が死んだ事実が起こすどうしようもないくらいの激しい喪失感と悲しみ。
何をするにしても、日常のありとあらゆるものが僅かに、だが致命的にズレている。吐き気を誘うほどの違和感がそれまでの日常を嘘だと全否定する。
アレはダメだ。もう二度と味わいたくない。
結果、僕は親しい人の死に対してとても臆病になってしまった。だからだろうか、僕の行動が他の人にとって自己犠牲のように見えるのは。
すると、白髪の女性はゆっくりと振り向き、僕の頭を優しく撫でた。
「自分が傷ついても何かを護ろうとすることは決して悪いことではないわ。だけど、誰もあなただけが傷付くことを望んではいない。少しだけ、ほんの少しだけで良いの。周りの人達の声に耳を傾けて御覧なさい」
すると、以前と同じように足から力が抜け始め、視界がぐらりと歪み始める。僕はその変化に抗うことなく、周囲に舞う桜の花びらをぼんやり見上げた。
「そうすればきっと、何か良い切っ掛けを見付けられるわ」
微笑みと共に掛けられたその言葉を最後に、僕の意識は閉ざされた。
* * * * * * * * * * * * *
Side Out
周囲に桜の花びらを舞い散らせる風が再び微風へと戻り、白髪の女性は静かに風に揺れた前髪を掻きあげる。
「自分を大切にしろ、か……私に言う資格が有ったのかしら……」
自嘲するような微笑を浮かべた女性はゆっくりと振り向き、淡く光る桜の木を見上げた。
「貴方なら……あの子の心を癒せるかしら」
その言葉に答える声は無く、真っ黒の空間には静かな風が吹き続けた。
* * * * * * * * * * * * *
「……ぁ」
体を僅かに揺らす振動に意識が覚醒し、ゆっくりとレオの瞼が開く。
最初に視界に映ったのは、頬に当たる冷たい白色の鎧。そして、自分を支える為に両足を持つゴツゴツとした独特の手から剛龍鬼におぶられていると理解出来た。
「僕は……っ!」
「むっ……起きたか、レオ」
体を動かそうとするが、体の各所が痛みを訴え、朦朧とぐらつく意識のせいで思うように動かなかった。
動くのをやめてぼんやりとした視線で森を見ていると、1つの疑問が浮かんだ。
「敵は……」
「撤退した。今は隠れ里に向かっているところだ……」
「そのまま少し休んでいてください。あの場で出来る限りの治療はしましたけど、まだ全部の怪我が治ったわけではありませんから」
レオの視界に身を乗り出した龍那にそう言われ、レオは素直に従った。
その時になって気付いたが、レオの頭部には割れた額を覆うように白い包帯が巻かれていた。恐らく、未だ意識が朦朧としているのはこの傷のせいだろう。
スレイプニルの拳に頭突きを叩き込んだせいで軽い脳震盪の影響が未だ残っているのだ。
おかげで、今のレオの意識は半分寝惚けたような状態に近くなっている。
レイジ達もレオの話し方からそれを理解しているのか、何度か心配するような視線を向けるだけで無理に声を掛けるような真似はしていなかった。
なので、それを代表したサクヤが穏やかな声でレオに声を掛けた。
「レオ、色々と気になることはあると思うけど、今はゆっくり休みなさい。次に目が覚めたら、その時に全てを始めましょう」
伸ばされた手がレオの背中を優しく撫でる。
それによってレオの意識はまどろみに似たような感覚に包まれ、再び瞼が重くなっていく。
「サクヤ、さん……」
「ん……?」
「あり、がとう……」
そこまで言って、レオは再び剛龍鬼の鎧に体を預け、瞳を閉ざした。普段サクヤと敬語で話しているレオにしては、随分とシュールな終わり方だ。
そして、すぐさまレオの肩が小さく上下し、緩やかな呼吸の音を聞えさせた。先程までとは違い、今度は眠りについたのだろう。
「……サクヤさん、レオは?」
「眠ったわ。ルーンベールの時よりはマシでしょうけど、かなり疲れているから、自分で目が覚めるまでは休ませてあげましょう」
少し小さな声で尋ねるレイジに答え、サクヤはそのまま歩き続ける。
剛龍鬼に背負われながら静かな寝息を立てるレオの表情はとても穏やかなものだった。先程までドラゴニア帝国の将軍と一騎打ちを繰り広げた剣士と同一人物とは思えないほどだ。
「……アルティナ、ラナ、これからどうするの? 幸い、スレイプニルは首都で態勢を整えているからしばらくは攻めてこないと思うけど」
「里に戻ったら、もう一度議会の皆と話し合いの席を設けてみます……」
「その前に、まずは休みたいけどね……こっちだって無傷じゃないんだし……しばらくは両方とも身動きが取れないわ」
がっくりと肩を落としながらそう言ったラナの言葉に、アルティナとサクヤは無言で同意する。今回の戦いは、戦線側の被害も軽いものではない。
一番重傷のレオはもちろん、前衛を務めた3人は体力の消耗がひどく、レイジとリックも決して軽くはない傷を負っている。
他にも、避難民の受け入れや住居の確保、それに伴う物資の供給と運搬。全ての問題が片付くには、軽く見積もっても1週間は掛かるだろう。
レオとの戦いでスレイプニルもかなりの重傷を負っている。どうやら、首都エレンシアを取り戻す戦いで先手を取れる望みは薄そうだ。
だが、サクヤ達にとってその点は特に気にすることではない。解放戦線の目的は、帝国を殲滅する以上に、エルフ達を守ることなのだから。
それよりも気にしている問題は、サクヤは既に理解している。恐らくはアイラ辺りも理解しているのだろうが、敢えて言わないのだろう。
今回の戦闘を経験して改めて理解出来た。
今の解放戦線には、単純に戦力が不足している。正確に言うには、現地の地理を詳しく理解し、それを活用出来る人員だ。
上手くいったから良いものだが、子供達の救出をレオだけに任せたのは指揮官としてあまり良い判断とは言えない。
いや、結果的にはそのまま戦場を変えて敵の将軍と一騎打ちを行い、負傷して倒れたのだ。これではむしろ失敗だろう。
本来ならば応援と後詰めの為に他の人員を2、30人向かわせるべきだった。それが出来なかった理由は、先程言ったように単純な戦力不足。向かわせたくても戦力に余裕が無かった。
このままではマズイ。今この問題を先送りにしたら間違い無く大きな被害をもたらす。
それを解決するには、やはり長老議会との話し合いが重要となるだろう。
様々な因果が巡り、レオやレイジ、そしてアルティナとラナのおかげでエルフ達と対等に話し合う状況は生み出すことが出来た。
ならば、ここからは……
「私の仕事ね……」
例え意図した結果でなくても、仲間が場を整えてくれたのだ。
ならば、それに応えるのはリーダーを務める者として当然のことだろう。
だが、今だけは……
チラリと隣の剛龍鬼の背中で眠るレオの寝顔を見る。本人は安心して眠っているつもりなのだろうが、頭部の出血を吸った黒髪と傷だらけのロングコートのせいで痛々しく見える。
……時が許す限りの安らかな休息を、大事にしたいと思った。
己の体に刻まれた傷の痛みと疲労感を噛み締め、解放戦線の全員は静かに銀の森の中で歩みを進めた。
ご覧いただきありがとうございます。
敵が本拠地で待っています。よし、じゃあ少し休んだら攻め落とそう!
なんて流れはマンガの中でもありえません。義勇兵の集まりでも“軍”なわけですから、動かすにはそれ相応の用意と時間が必要です。
しかも、こっちでは避難民の受け入れなんてやってるから尚更です。おまけに数名が負傷と疲労困憊の状態ですww
次回は多分、場所を里に移すことになると思います。
では、また次回。