シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

55 / 59
スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は港を攻略した後の話になります。

では、どうぞ。

※ 今回、キャラの会話の部分だけ文章の形を変えてみました。

試験石みたいなものですが、お付き合いください。

この方が見やすい、前の方が良い等と思った方は可能であれば後で貼っておく活動報告や感想の方にお言葉をお願いします。


では、どうぞ。



第52話 やりなおし

  Side Out

 

 ベスティア地方の港を奪還する為に行われた戦闘から朝を迎えてさらに2日。

 

軍事においても貿易においても要となり得る港の1つを奪還したことは戦略的には間違い無く大きな戦果である。

 

だが、手放しで喜べるほど現実は優しいものではない。

 

何せ砦の中の大量の火薬を利用した大爆発により港を守る砦の一区画は丸々吹き飛び、その衝撃で広範囲が崩壊した。

 

正面を守る堅牢な城門は軍船の砲撃で内側から半壊状態。他にも様々な内部の建物が戦闘の余波によって損傷。

 

砦としての防衛力は殆ど失われ、人を招いて物流を回す設備も現状では使い物にならない。

 

内も外も一言で纏めればボロボロである。

 

ならばそんな状態となってしまった港は今どうなっているか。

 

せっかく取り戻した港の惨状を目の当たりにして失意に打ちのめされているのか、それとも何とか元に戻そうと沈む心を鼓舞して積み重なった瓦礫を運んでいるのか。

 

どちらにせよその心の中には暗い感情が渦巻き、遅いか早いかの違いで地に膝を着いて気力が失せていくことだろう。

 

 

 

 

 

 まあ、飽く迄そのどちらかだった場合は、と言う話だが。

 

 

 

 

 

「おい! その木材は全部屋台と住居の分だ!

 人が増えてんだから最低限寝る場所くらい用意しなきゃだろうが!」

 

「回収した鉄や石材は優先して城壁と門に回せ!

 材料が足りなくて崩れかけだろうが帝国のクソ共は遠慮なんざしてくれねぇぞ!」

 

「船が到着したぞ!

 降ろした物資はちゃんと品と量を確認してから報告書に纏めろ! 面倒だと思って手を抜きやがったら会計共が殺しに来るから覚悟しとけ!」

 

「交代の時間だ!

 見張りの班は休憩の後に物資運搬の護衛、城壁修理の者達は食事を取ってから次の交代まで休んでくれ! もし調子が悪い奴は格好付けず申し出るように!」

 

「お疲れさんだ!

 一仕事終えたならウチで食っていかないか! 今ならキンキンに冷えた泡立ちのエールも付けるよ!」

 

「酒も結構だが肉も忘れちゃいけない!

 ウチで食っていくなら出来立ての鶏肉を味わえるよ~! 脂が乗ってて食感もプリップリだ!」

 

様々な活気を帯びた大声が飛び交い、多くの人が忙しなく道を行き交っていた。

 

もはや騒々しいとも言える程の賑わいを見せる港の人々は誰一人としてその表情に暗い影を宿していない。

 

至る所から石材を運ぶ音、重なった木材を釘で打ち付ける音、鉄を加工する鍛冶の音などが絶えず響いており、道の真ん中に立つだけで活気が伝わってくる。

 

その仕事に対する熱意故に緊張感は有るが、誰もが笑顔を忘れていなかった。

 

これが、この港の紛れも無い現実である。

 

戦いの被害など何のそのと言わんばかりに、戦いによって傷付いた港は凄まじい速さで生まれ変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 

 そうして急速に発展・拡大を続けていく港の一角に、白色の壁と目立つ赤色の屋根が特徴的な少々大きめの建物があった。

 

港の管理と運用に関係しているであろうその建物の入り口には多くの人が足を運んでおり、武装した兵士だけでなく書類を抱えた文官や商人と思わしき者の姿も見える。

 

その奥の一室には、1人が使うには少々大きめの机に腰掛ける少年の姿が有った。

 

「まだ遅いです。

 各施設の建設・修復の報告はもっと小まめにしてください。現状を知ることが出来れば全体の状況と照らし合わせてもっと効率良く資材を分配できます」

 

「はいっ! 報告書の作成と運搬に費やす人員を増やして対応します!」

 

「よろしい。では次…………外部への物資運搬が幾つか遅れていますね。

 運搬ルートの近くに魔物の群れでも出てきたかな。

 兵舎からこの付近の土地に覚えが有る人達を30人派遣。帝国の斥候の可能性も考えて、刃九朗さんにも声を掛けてください」

 

「はいっ! 早急に駆除へ向かわせます!」

 

「では次……石材の不足による外壁修理の遅延?

 ハァ~、また業突張りの商人連中が見境無しに建物を建てようと資材を金でブンどったのか。

 土と水の属性が得意な魔法使いの連中を呼んで粘度版を作らせてください。それで不足分の石材を補充します」

 

「え? ですが、泥から粘度を練るまでの時間が掛かるのでは……」

 

「それも同様に魔法を使えば手作業の何倍も効率良く出来ます。

 頭を使って工夫を凝らしてください。魔法使いが協力しても同じことが出来ないならただの役立たずです」

 

「は、はいっ! では、商人達の方はどのように……?」

 

「この書状を届けてください。

 絶対防衛線の城壁修理を妨げても欲しい建物だと言うならさぞ儲かると踏んでのモノでしょう。

 交易が本格的に始動した際には然るべき額の税を取らせて貰います。詳しい金額は専門家と相談して決めてください」

 

「しょ、承知しましたっ!」

 

心なしか声が低くなった命令に冷や汗を流しながら返答して文官は部屋を出る。

 

ようやく室内には1人だけが残り、少々早口で絶えず命令を飛ばしていた少年……レオは深く溜め息を吐きながら脱力して背中を椅子に付ける。

 

伸びてきた艶の有る黒髪は後頭部で一纏めにされており、普段羽織っているロングコートは壁に掛けられて今はネクタイも外したYシャツ姿だ。

 

閉じた瞼をマッサージしたり背筋を伸ばして固まった体を解したりするその姿は完全に残業中のサラリーマンである。

 

「ふぅ~、ようやく一息付いたかな。

 隠れ里の時に少しは要領を掴んだから何とかなってるけど、やっぱり規模が大きくなっただけやることが多いな」

 

隠れ里の時は避難民の住居、及び食料や薬などの物資の手配が主だった。

 

だが、逆に言えばやる仕事は“それだけ”だったわけで、今回は重要拠点の再建築なのだから当然仕事の幅も数倍に広がる。

 

「お疲れ様、レオ。

 纏まった仕事が入ったって聞いたけど……あら、もう片付いたみたいね」

 

体を伸ばしながら零れた独り言の後に入り口の扉からサクヤが入って来た。

 

どうやらレオの手伝いに来たようだが、積み重なった書類の殆どが片付いた机の上を見て苦笑と感心が合わさったような笑みを浮かべる。

 

「他の人達が優秀なおかげですよ。

 口頭で大まかな指示を出せば後は自分で仕事をやってくれるからスムーズに済みます」

 

「……それ、色々と大丈夫なの? 」

 

「勿論細かに報告してもらって問題点が有れば指摘しますよ。

 もし物資の横領とかが有っても帳簿と照らし合わせればすぐに分かりますから」

 

細かな報告確認が必要というデメリットが有るが、このやり方なら1から10まで逐一指示を出すより遥かに効率良く仕事が進む。

 

今は少しでも早くこの港を拠点として使えるようにするのが最優先事項。

 

それなら門外漢のレオに話を通すよりも本職の人間に任せた方がスムーズに済む。

 

「にしても、たった2日で此処まで人が集まったのは正直予想外です」

 

「そうね。

 ベスティアの人達は最初からそのつもりだったみたいだけど、あれだけ派手に壊れた港と砦を前よりも立派にしようとするなんてすごいわ」

 

「加えて、まさかの“街興し”ですからねぇ~……」

 

そう。それが戦闘の中でサクヤが港と砦の破壊に対して大丈夫と言った理由だった。

 

どうやら作戦前にローランに集まったベスティアの人達と話をしていたらしく、最初は“港をかなり壊すことになるだろうから復興に協力してほしい”ということだったそうだが、ベスティアの人達はさらに一歩進んだ提案を出してきた。

 

 

『遠慮せず幾らでも壊してくれて構わない。

 港を取り戻してくれれば自分達がさらに強固な砦と街を作って見せる』

 

 

つまり、1からこの港を作り直してより強固なモノにする。

 

ただ守ってもらうだけでなく、自分達の手で港を生き返らせる。

 

その言葉が口先だけのものではないことは、外の光景を見れば一目瞭然だろう。

 

机の上に残った書類を片付けながら呟いたレオの言葉にサクヤは微笑みながら頷き、窓から修復中の砦を見た。

 

半壊した城門は新たに造り直され、ボロボロになった砦や城壁も4割り近くが修復と強化を終えて今かつての姿を取り戻しつつある。

 

人間だけでなく獣人やドワーフも作業に加わったおかげでその作業効率は大型重機を使うエルデの建築会社に匹敵するかもしれない。

 

だが、たったの2日でここまでの仕事が出来たのは単純な技術や人手よりも働く者達の凄まじい熱意があってこそだろう。

 

それは喜ばしいことなのだろうが、書類に目を通すレオの口からは溜め息が漏れた。

 

「でも、1つ言わせてもらえば見切り発車が過ぎますね。

 職人の数は多いけど文官の数が足りず連携も出来てない、物資のやり繰りも大雑把、税の徴収もガバガバで街の規模に合ってない。

 もう正直言って都市運営舐めてんのかって話ですよ」

 

「えっと……レオ、もしかして怒ってる?」

 

「いえいえまさか。

 そりゃあいきなりこの建物に連れてこられて人手が足りないからって書類仕事をさせられた時は文句の1つも言いたくなりましたけど素人同然の僕でも分かるくらい問題山積みの現状を見たおかげで吐き出しかけた文句も綺麗に消えましたよ」

 

「うん、ごめんなさい。心の底から謝るからその目の中の濁りを消してお願い」

 

口元は三日月を描くような歪んだ笑みを浮かべて光を濁らせた瞳は全く笑っていない。

 

そんな顔で徐々に早口になっていくレオの言葉を聞き、サクヤは本能的な恐怖を感じると共に即座に謝罪した。

 

レオの言う通り、ベスティアの人達の決意は立派なモノだったが、今の形に落ち着くまで……いや、それ以前に形を整える所から様々な点で問題は山積みだった。

 

今レオが口にしたモノとそれ以外にも大小様々な問題が有ったわけで、そのまま放置すれば冗談でもなく本当に死人が出るのだから文字通り文句を言っている暇も無かった。

 

そもそもの話、傭兵に分類される立場のレオに一部とはいえ臨時で港の管理を任せている時点で問題大有りだ。

 

今はまだ次の作戦への準備中だから良いが、帝国との戦闘になれば当然レオはそちらを優先しなければいけない。

 

そうなれば例え一部でも港の運行管理が止まってしまい、結果的に港全体が致命的なダメージを受けることにもなる。

 

「早く代理を見付けないとその人に経験を積ませる余裕さえ無くなりますよ。

 このまま人が集まれば仕事の量も規模も増えるんですから」

 

「それは勿論だけど、そんな文官の才能持った人が都合良く見付かるかしら」

 

「この仕事に才能なんて大それたモノは必要ありませんよ。

 いや有るに越したことは無いですけど、どんな仕事でも上手くこなすにはまず経験です。

 僕なんか家の習い事で簡単な書類整理を教えられただけですよ」

 

思えば大半が無駄だと思えた幼少からの習い事が異世界に来てから随分と生かされている気がするが、レオは別に特別な技能を教えてもらったわけではない。

 

武術の腕は勿論のこと、料理も裁縫も拙い腕前から多くの経験を重ねたことで上手くなったのだ。

 

何事も経験が有って本当の技術へと昇華される。あらゆる方面で才能が凡人の域を出なかったレオにとってはそれが持論だ。

 

「……っと、そろそろ時間か。

 サクヤさん、すみませんが此処をお願いします。

 急ぎの書類は全部片付けたし、今日はもう机の上に残った書類以外は来ないはずです」

 

「それは構わないけど、何か用事が有ったの?」

 

「ローランにいるアイラさんから“急ぎで大事な話が有る”って手紙が届いたんですよ。

 ちょうどあと少しでローランに物資を運ぶ部隊が出るのでそれに同行します」

 

「……あぁ~、うん、成程ね。

 確かに“アレ”だと相手に来てもらうしかないわね。

 分かったわ、こっちは任せて。

 あと少ししたらフェンリルやレイジ達も合流するから、皆の仕事は私の方で割り振っておく」

 

何かに納得して笑顔で頷いたサクヤにお願いします、と言葉を返してレオは壁に掛かったロングコートを脇に抱えて部屋を出た。

 

廊下を歩いていると色々な人達とすれ違い、会釈と軽い挨拶を交わしながら建物を出たレオは城門へと歩を進めながら街並みを見渡す。

 

僅か数日で以前よりも大規模な街が出来上がっていく様子に感心すると共に頭の中で先程片付けていた書類の内容と現場の仕上がりに差異が無いかを確認していく。

 

そんなことを考えながら歩いていたからか気が付けばそれなりに距離が有った正門の近くまで辿り着いていた。

 

物資の運搬に付いて行くことは前もって知らせておいたので、物資の積み込みを管理していた兵士はレオの姿を見ると笑顔で“お疲れ様です!”と言って荷馬車に案内してくれた。

 

しかし、荷馬車の中に乗って腰を下ろすレオの姿を見た他の兵士達は揃って不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「おい、今のってレオさんだよな。

 何で物資運搬の荷馬車なんかに同乗してんだ? 幹部メンバーなんだからもっと上等な馬車用意すりゃ良いのに」

 

「そういう特別って感じの扱いを本人が嫌だって言ってるんだよ。

 今は面倒な書類仕事に掛かりっきりだけど、前は荷物運びの雑用とか進んで手伝ってくれたんだぞあの人」

 

「……なんか、変わった人だな。

 もっと良い思いしたってバチも当たらねぇだろうに」

 

「偉そうにふんぞり返って何もしねぇヤツよりよっぽどマシだろ。

 少なくとも俺は信頼できるし尊敬してるぜ」

 

そんな話をする2人の視線の先には、長い書類仕事で疲れたのかうつらうつらと座ったまま船を漕ぐレオの姿があった。

 

もし目を覚ましていれば兵士達の会話はレオの耳に入っていたかもしれないが、荷馬車はそのままローランへと出発した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「さてと、街の人が言うにはアイラさんの家はこっちに有るらしいけど」 

 

荷馬車で仮眠を取りながら揺らされること数時間。

 

少々痛みを訴える関節や首筋を解しながら数日ぶりに訪れたローランの街中を歩く。

 

かなりの人数が港の方へ移ったので人通りは見るからに減ってしまったが、それでも街としては充分な活気が感じられる。

 

レオは街中を歩き、賑わいを見せる住人の熱気から逃れるように少々外れた場所に出る。

 

「この辺だよな……兵士の人達は行けば一目で分かるって言ってたけど……ん?」

 

目的地の近くに到着して軽く周りを見渡すと、すぐさま視界に異様な存在が映った。

 

「アレって……氷の、家……?」

 

僕自身が目の前に見えるモノを信じられず、再確認するように途切れ途切れに呟く。

 

だが、目の前に有るのは冗談でもなく本当に氷で作られた家だった。

 

以前雑誌に載っていたカナダ北部に有る本格的な氷の家のような造りになっており、全体的なサイズはその数倍は有る。

 

そんな怪奇現象染みた建築物が空地のど真ん中に有るせいかただでさえ異様な存在感がさらに強調されており、どんな人物でも間違い無く視線を固定されるだろう。

 

「ポンコツでも天才の本気ってとんでもないな」

 

『聞こえているぞ、バカ弟子め』

 

呆れと感心が混ざったような声で呟くと、目の前に聳え立つ氷の壁の中から声が聞こえた。

 

すると、目の前の壁の一角がゴゴゴ! という音と共に横にズレて入り口が出来た。

 

入ってこい、という意味だと理解した僕は歩を進めて氷の家の中へと足を踏み入れる。呆れたことに、外壁だけでなく壁や廊下まで氷で出来ていた。

 

完全に家の中に入った所で再び氷の壁が動き出し、ゆっくりと入り口が閉まる。

 

外気が断たれたことで肌に感じる気温は急速に下がり、ほんの十数秒で口から吐き出す二酸化炭素が白色の息となった。

 

(これ、長居したら本気で死ぬんじゃ……)

 

僕はルーンベールの寒波を経験しているおかげか少々肌寒い程度だが、一般人がこの場にいたら1時間も保たないかもしれない。

 

奥の部屋に気配を感じてそのまま歩を進めると、そこではアイラさんが氷で出来た椅子に座って本を読んでいた。

 

室内を軽く見渡してみると、机や棚などの家具までも色が少々違うだけで全て氷で作られている。此処まで来るとアートを通り越してもはや奇怪の域だ。

 

「よく来たな。まずは座るといい」

 

「いや、遠慮します。本気で死にかねないので」

 

「むっ、そうか。まあ、好きなように寛いでくれ」

 

氷で出来た椅子への着席を丁重にお断りし、一先ず腕を組んで近くの壁に背中を預ける。

 

アイラさんも読んでいた本を閉じて足を組み、ひじ掛けに乗せた左手の指先に顎を乗せる。

 

本人の美貌と王族の気品も加わり、その仕草はかなり様になっている。

 

「それで、今日はどうしたんです? まさかとは思いますけどこの怪奇物件のお披露目に呼んだわけじゃないですよね」

 

「怪奇物件とは失礼な、私にとっては死活問題なのだぞ。

 まあ、それはともかく今回呼んだのは勿論別件だ。

 この前の収容所での戦闘について詳しく訊きたいことが有る」

 

「収容所の戦闘? 報告書に書いた内容だけじゃ不足でしたか?」

 

「いや、報告書の内容は細かに分かりやすく書けていたと思う。

 私が尋ねたいのはお前達が戦った相手、アルベリッヒについてだ」

 

その名前を聞いた瞬間、僕は自分の表情筋が無意識で不機嫌そうに歪んだのを理解した。

 

我ながら未熟だと思うが、それも仕方が無いと心の何処かで思えてしまう。

 

「そう露骨に嫌そうな顔をするな。

 私とて何も精神的な嫌がらせがしたいわけではない」

 

「分かってますよ。これは拒絶反応みたいなものです」

 

収容所の地下で行われていた狂行を話しながら心底楽しそうな笑い声を上げていたあの鬼畜外道の前では聖人も似たような反応を返すことだろう。

 

世の中には煮ても焼いても食えない奴もいるというが、あのダークエルフはまさに最たる例だろう。あの破綻した性格はもはや病気の域だ。

 

「知りたいのは、アイツの使っていた魔法についてだ。

 個人的な因縁が有るリックに訊くのは些か酷なことだろうし、レイジは戦った時間が短く持ち得る情報が少ない。

 故に、最も長く戦ったお前に尋ねることにした」

 

「それは構いませんが、僕は本当にただ戦っただけですよ?」

 

「大丈夫だ。

 お前が戦闘中に感じたことを頼りに私の質問に答えてくれればいい」

 

そう言われ、僕はアイラさんの質問に1つ1つ答えていった。

 

攻撃の種類から始まり、照準精度、魔法の発動速度、維持性、破壊力、強度、射程……様々な角度から質問が飛んでくる。

 

対して、僕は言われた通り戦っていた時に感じた感覚を可能な限り詳細に伝える。

 

そんなやり取りを十分程続けると、質問を終えたアイラさんは組んでいた足を変えてから視線を僅かに俯かせて沈黙する。

 

恐らく頭の中で情報を纏めているのだろうと理解し、僕は何も言わずに少し冷えてきた両手を擦ったりしてアイラさんの反応を待つ。

 

「…………なるほど」

 

数分後、情報が纏め終わったのかアイラさんが軽い溜め息を吐くと共に呟く。

 

だが、その顔にあるのは達成感や納得などではなく、不満や苛立ちに近いものだった。

 

「何か分かったんですか?」

 

「そうだな……1つだけ確実に分かったことを述べるなら“ありえない”ということだ」

 

「? それって、どういう……」

 

「まあ待て、順を追って説明するとしよう」

 

そう言って一度深く息を吐き、アイラさんは説明を再開する。

 

「お前にも教えたことだが、私達は魔法を使う際に自身の魔力を使うと共に周囲に存在する様々な精霊の力を借りている。

 だが、全ての属性の精霊がどんな場所にでもいるわけではない」

 

「例えば熱い場所なら火の精霊、寒い場所なら氷の精霊が多く存在している。

 だが、それは同時に対になる属性の精霊が少ないことを意味している」

 

自然界においては当然とも言える調和。

 

雪の降る大地には温もりが少なく、砂だけが広がる渇いた大地には潤いが少ない。

 

自然を司る精霊はその土地の気候にも密接に関係している存在なのだ。

 

「その通り。

 このベスティアにおいては火の精霊と地の精霊が多く存在しているからこそ険しい渓谷と広大な砂漠の大地が広がっている。

 だが逆に、この地の水や氷の精霊の数は少ない」

 

「そんな環境下でアルベリッヒは氷結魔法を何度も使った……」

 

「うむ、精霊の力を借りずに自身の魔力だけで魔法を行使しているとも考えたが、お前が戦った時の情報と照らし合わせた場合、明らかにコストが合わない。

 すぐさま魔力切れを起こして倒れるだろう」

 

「アイラさんがやった場合でも、ですか?」

 

「当然だな。

 例えばこの家とて一気に作ったわけではない。

 最初は小さいドームまでが限界だったが、何日も繰り返し魔力を注ぐことで此処まで大きくすることが出来たのだ」

 

「だから“ありえない”というわけですか……」

 

そこまで話したところで一度会話が途切れるが、アイラさんはすぐに言葉を繋げた。

 

「ありえないことでも、実際に現実で起きているということはソレを可能にする何らかのカラクリが存在するということだ。

 まあ、ある程度の目星は付いているのだが」

 

「確証が無い、ですか?」

 

再びアイラさんは何も言わず不機嫌そうに顔を歪める。

 

理由は恐らく僕とは違って魔法という自身の得意分野でアルベリッヒに僅かでも先を行かれた悔しさが近いのかもしれない。

 

しかし、切っ掛けはともかくこの謎が解ければ大きな進展となる。

 

もしアルベリッヒの魔法のカラクリが明らかになれば、同じ方法を使ってベスティアとの相性が最悪のアイラさんも外で自由に動くことが出来る。

 

同時に、そのカラクリを無効化することが出来ればアレだけの強さを持つアルベリッヒの戦闘力を大きく削ぐことにも繋がってくる。

 

ただ、現状で問題が有るとすれば……

 

「次の作戦まで時間が無い、ですか?」

 

またしてもアイラさんの顔が不機嫌そうに歪む。

 

次の目的地は炎竜ブレイバーンのいる火山島。

 

砂漠の暑さでダウンしてしまうアイラさんがそんな場所で満足に満足に動ける筈もなく、このままではアイラさんだけ置いてけぼりとなる。

 

ただでさえベスティアに到着してから活躍の機会が殆ど無かったのだ。

 

これ以上の醜態を晒すのはアイラさんのプライドが許せないだろう。

 

「火山島に出航するのは早くても3日後ですけど、僕に何か出来ることって有りますか?」

 

「情報をくれただけで充分だ。此処からは、私が自分でやらねばならんことだ。サクヤの方には私から話しておく」

 

早速作業に掛かるのか、アイラさんは椅子から立ち上がって奥の部屋に続く扉へと向かう。

 

しかし、部屋を出る寸前にピタリと立ち止まり、振り返ると共にニコリと微笑んだ。

 

「今日は助かった。この礼は近い内に必ずしよう」

 

「あ、えっと……はい……」

 

美人の微笑みを不意打ちでくらった僕は一瞬見惚れて上手く言葉を返せなかったが、アイラさんは特に気にすることなく奥の部屋へと去っていった。

 

氷の家から外に出ると、冷やされていた体が気温によって温かくなっていくのを感じる。

 

「……さてと、僕も自分の仕事に戻るか。

 こっちには剛龍鬼と龍那さんがいるし、医療キャンプにでも行くか……」

 

一度だけ氷の家を振り返って心の中でアイラさんに激励を飛ばし、僕は頭の中で情報を纏めながら街中へと歩き出した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

いかがだったでしょうか。書いてる私自身がこの会話文読みにくいなと思ってやってみたのですが。

良ければ感想をお願いします。

そしてお話の方ですが、アレだけ色々と派手にぶっ壊して何も無かったように話を進めるのはどうかと思ってこんなお話になりました。

ちなみに、レオが書類仕事するのがメインのお話とか書くつもりは有りませんのでご安心ください。私が主に書きたいのは戦闘ですので。

アルベリッヒの方はアイラの問題を解決するのと、ちょっとした調整です。

書いたのを見直してて、何でコイツ砂漠の中でこんなに氷結魔法ガンガン使ってんの? と自分で疑問を抱いてしまいまして。

次回は火山島の攻略になると思います。

どんだけ内容がモタモタしてもブレイバーンのとこまでは書くつもりです。

では、また次回。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。