妖之恋2020 -LILAC-   作:伊須鳥

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2日目 -月夜に咲く- (後編)

日が西に傾き始めた頃、屋台も始まった。屋台はというと「みすちーの美味しいワラスボ(鰻に似た禍々しい生き物で、有明海に生息する珍魚)の蒲焼き」「こころのお面」「アリスの人形劇場」「守矢神社の輪投げ大会」「河城にとりの新作メカ」「霧雨魔法店の新薬」「妹紅の焼き鳥」「風見花店」「旧地獄&妖怪の山のコラボお化け屋敷」と多種多様である。

もはや縁日ではなく学校の文化祭だ。

「遅いな、二人とも。」

俺は鳥居にもたれかかって幽々子さんと妖夢さんが来るのを待っていた。夕方には来る、とは言っていたが、二人ともなかなか現れない。

「どうもー!」

突然後ろから声をかけられた。

振り返ってみると、黒髪に白いシャツ、そして背中に立派なカラスの羽みたいなのをつけた少女、そうだ、途中から手伝いに来ていた妖怪…射命丸文さんだった。

「ああ、たしか文さん…でしたっけ。」

「あ、はい!〇〇さんでしたよね、こんな所で何してるんですか?」

「何って、幽々子さんと妖夢さん待ちですよ。そろそろ来るとは思うんですけどね。」

「なるほど〜」

にやにやしながら俺の顔をのぞきこんだ。

「…なんですかその目は。」

「いや〜、いいですねぇ、お似合いだと思いますよ〜?」

「…な、なんの話ですか。」

「決まってるじゃないですか、貴方と妖夢さんですよ。さっきまで手伝いをしていた妖怪の中でも、あの二人いい雰囲気だって話で持ちきりですよ?」

「ええ…」

「で、ズバリ〇〇さんは、妖夢さんのことをどう思ってるんですか?」

ブルータス、お前もか。

「そ、そんなこと言えるわけないでしょう!」

「大丈夫!今なら誰も聞いていませんよ?それに私、口はかたい方ですから!」

「…。」

いかにも口が軽そうなヤツだが、信用していいのだろうか。

「そりゃあ、可愛くてしっかりしてて料理や家事もそつなくこなせて、剣術の修行までしてて、立ち振る舞いも立派で素晴らしい人ですけど…僕みたいなパッとしないヤツなんかとはつり合わないですよ。妖夢さんも僕なんか眼中にないでしょうし。」

「ていっ!」

「いてっ」

デコピンを食らった。

「まったく…ダメですねえ。つり合うとかそういうのじゃなくて、〇〇さんがどう思ってるのか聞いてるんですよ。それに見た感じ妖夢さん、別に〇〇さんの事まんざらでもなさそうですよ?」

「…え?」

「だってあの人普段あんなに笑いませんから。〇〇さんは知らないでしょうけど、妖夢さんって滅多に笑顔見せないんですよ?それが〇〇さんと居るときはあんなに楽しそうに。ええ、貴方と一緒に居る時が一番楽しそうですね。」

「そうなんですか…」

意外だった。

「ま、端的に言えばおそらく妖夢さんは貴方の事を…おっと、そろそろ待ち人が来る頃ですね。では私はこれで。」

それだけ言うと文さんは屋台の方へ走っていった。

「〇〇君〜!」

向こうの方から誰かが俺を呼んでいる。声のする方を見ると幽々子さんに…浴衣姿の妖夢さんだった。

「ごめん、待ったかしら?」

「〇〇さん、お待たせしました。」

「…いえ…全然……待って…ない…です…」

妖夢さんの浴衣姿に言葉を失った。しかも後ろ髪を結んでる。そして黒のリボンの代わりに花をかたどった髪飾り。この素晴らしさは日本語では表現不可能だ。

「あの…私の浴衣姿…やはり変でしょうか…?」

俺は慌てて、全力で首を横に振った。

「すごく…似合ってて…その…なんというか…かわいい…です…」

「…。」

お互い黙り込んでしまった。

幽々子さんはそれを見てにんまり笑った。

「ほら二人とも、一緒に回りましょう?」

その後俺たちはワラスボやら焼き鳥やらを食べ歩いたり、輪投げ大会で遊んだりして充実した時を過ごした。

「さて、そろそろ帰ろうかしら。」

「そうですね、食べ物も食べたし。一通り楽しめた事ですし。」

そう言いかけた時だった。

「みなさーん!今から三名様限定でお化け屋敷無料でーす!」

ちょうど真横にあったお化け屋敷の屋台がサービスを始めたらしい。

「みなさーん!今なら無料ですよー!」

と、勧誘係の文さんらが「俺に向かって」叫んでいる。

上手くやれよと言わんばかりに。

「あら、無料ですって。せっかくですし入りましょうか。ねえ〇〇君。」

「ええ、たしかお化け屋敷入ってませんし。」

俺と幽々子さんが入ろうとすると、後ろから何か引っ張っている。見ると妖夢さんが俺の服の袖を掴んで、さりげない抵抗を試みていた。

「もしかして妖夢さん、こういうの苦手な方ですか?」

俺が聞くと妖夢さんは黙って頷いた。

どうすればいいか分からずモタモタしていると、幽々子さんがやってきて、

「ほら、妖夢も入りましょうよ♪」

と無理矢理妖夢さんの背中を押しておばけ屋敷の中にぶち込んだ。入口が閉まるのを確認した幽々子さんは

「さ、急いで出ましょう」

と、ずんずん先へ行ってしまった。

「あ、ちょっと幽々子さん!」

俺も置いてかれまいと急いで幽々子さんの後を追った。

出口の明かりが見えてきた頃、俺はようやく幽々子さんに追いつく事が出来た。

「はぁ…幽々子さん、いくらなんでも早いですよ」

「うふふ、ごめんね。あら?あの子は?」

振り返ると妖夢さんの姿はない。

「あー、幽々子さん、先行っててください。」

その言葉を発した時には、既に俺の足は暗い道を駆け足で戻っていた。入口が近くなるにつれ、すすり泣きが聞こえてきた。

妖夢さんは、入口からすぐの場所でしゃがみこんで泣いていた。

「妖夢さん!」

「えぐっ…ぐすっ…〇、〇〇さん…」

「ごめんなさい、置いていっちゃって…」

「〇〇さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん‼︎‼︎」

泣きながら抱きついてきた。よほど心細かったらしい。

「ひどいですよ〇〇さん.…わ、わたし…誰もいなくて…ううっ…」

そう涙声で俺の胸をぽかぽかと叩いた。

「ごめんなさい、でも、もう置いていったりしませんから。一緒にここから出ましょう。ね?」

「は、はい、あの…」

「どうしました?」

「もしよければ…手を繋いで下さいますか?」

マジか。

「も、勿論いいですよ。」

「は、はい!ありがとうございます!!」

涙に濡れた妖夢さんの顔に、またあの笑顔が戻った。俺の差し出した手を彼女は強く握った。

最初は手をつないでいるだけだったが、時が経つにつれ、俺たちの距離はどんどん近づいている気がしていた。

「どうして…わざわざ戻ってきてくれたんですか?」

「どうしてって…理由なんてないですよ。貴女を…あんな所で一人にさせたくなかったから。」

言い終わったところで、俺は自分の心のままに物事を述べてしまった事に気付いた。思わず口を押さえた。

「〇〇さん…」

「って俺、何いってるんだろ。これじゃあまるで…」

「ありがとうございます、〇〇さん。」

気付いた時には妖夢さんは、俺の腕にしがみついていた。

「私、貴方と一緒ならおばけ屋敷なんて怖くないです。」

自分の中で、今どういう状況なのか整理がつかずにいる。ああ、夢なら覚めないでくれ。

ふと前を見ると、前方から光が差し込んでいるのが見える。出口だ。

「やった、出口だ!」

俺たちは光に向かって駆け出した。

出口の門をくぐると、そこで待ち構えていた幽々子さん…に加えて大勢の妖怪たちだった。が俺たちの到着に

「うおーっ!!」だの「おめでとー!!」「ヒュー!」だのの歓声を送った。

「あらあら、二人ともお似合いね〜」

妖夢さんは真っ赤になって、あわてて俺から手を離した。俺も俺でこの上なく恥ずかしい気分である。だが嫌ではない。不思議な気分だった。それは妖夢さんも同じのようで、俺たちはお互い目を見合わせて照れ笑いした。

 

縁日の馬鹿騒ぎの音が聞こえてこなくなってもなお、俺は未だにお化け屋敷の時の整理がついていなかった。

ふと隣で歩いている妖夢さんに目をやると、どうやら彼女も同じような心境らしく、顔を赤らめたまま黙って下を向いている。お化け屋敷で吹っ飛んだ理性が戻り始めて、自分が俺に何をしたのか、改めて認識し始めたらしい。

恥じらっている彼女の横顔もまた、俺の心を揺さぶるのに十分すぎる破壊力を持ってた。

「あらあらどうしたの?二人とも黙っちゃって。」

前を歩いていた幽々子さんが微笑ましそうに振り返った。

「い、いえ決してそんなことは…きゃあ!?」

そう言いかけた途端に妖夢さんが何かにつまづいたらしく、バランスを崩した。

「あ、おっと!」

とっさに俺は妖夢の腕を掴んだ。

「ふう…びっくりした。ここ足元が悪いから気をつけないと…って妖夢さん…?…あ…」

さっきにも増して妖夢さんの顔は真っ赤になっている。

「あ…う…その…えっと…」

漫画で言うなれば頭から蒸気が沸いてて目が渦巻状態と言った感じだ。

「あ、ああ〜私用事思い出した!す、すみません〇〇さん!わわわ私先に帰ります!!」

言うや否や妖夢さんは俺と幽々子さんを置いてダッシュでその場から走り出して、そのまま見えなくなった。

「…えっと…」

「きっとあの子も困惑してるのよ。生まれて初めてそう言う感情になったんだろうし、無理もないわ。」

幽々子さんは可笑しそうに笑った。

と、向こうの方で再び「きゃあ!?」っという悲鳴が上がったかと思うと、ずるっ、どさっ、という音が立て続けに聞こえた。

「…コケたみたいね。」

「…らしいですね。」

声のした方に急いで向かった。

「まったく…足元悪いのにダッシュなんてするから…」

「いたた…」

妖夢さんは足を抱えてその場にうずくまっている。

「…大丈夫?」

「だ…大丈夫です…これぐらい…」

膝を見ると、大きめの傷ができていた。それでも無理やり起き上がろうとしたので、傷がいっそう痛んだ。

「…っ!」

「あらあら、困ったわね…」

「仕方ないですね…よし、妖夢さん。」

俺はそう言って妖夢さんの手を掴むと、彼女をおぶさった。

「い、いえ〇〇さん、そ、そんなことしなくても私は…」

「いいんですよこれぐらい。大体妖夢さん、あれじゃあ自分で歩けそうにないじゃないですか。」

「…。」

妖夢さんは黙りこくってしまった。

「これぐらいなんて事は無いですよ。」

「〇〇さん、すみませんが…それでは、お願いします。」

そう言って俺は先を歩き出した。

首筋から彼女の温もりを感じる。

「重くないですか?」

「平気ですよ、これぐらい。」

「そうですか……すみません。本来なら私が〇〇さんのお世話とかしなきゃいけないのに、私の方があなたに助けられてばっかりで…」

「そんなこと無いですよ。僕の方こそ妖夢さんには助けられてますし。その…僕も何か、貴女の役に立てたらな…と…」

もう、そういうこと言われると余計に〇〇さんのこと…と耳元でぼそぼそ呟いているのが聞こえる。

そのまま歩いているうちに、例の無限階段までたどり着いた。

「あ、そうだ…〇〇君飛べないのよね…どうしましょう。」

「いえ、大丈夫です。」

俺はそう言って、深呼吸し、気を落ち着かせると、地面を軽く蹴った。身体が宙に浮いた。

「〇〇君、飛べるようになったの!?」

「ええ、実は今日の午後、霊夢に特訓してもらったんですよ。ですから大丈夫です。」

「すごいじゃない!半日で飛べるようになるなんて!」

幽々子さんも心底驚いているようだった。

「いえいえ、そんな事ないですよ。」

「〇〇さん、かっこいいです。」

「妖夢さんまで…」

妖夢さんに言われると、少し照れくさい。

「じゃあ行くわよ。遅れないで付いてきてね。」

「了解です。」

幽々子さんも階段に沿って飛び始めた。俺も置いてかれまいと幽々子さんの後を追った。

無限に続くような階段を、猛スピードで上がっていく。こんなにもスピードが出るのか、と自分でも少し驚いた。上空の澄んだ空気が心地よい。

白玉楼の門の手前で地上に降り立つと、お疲れ様、と幽々子さんがねぎらいの言葉をかけてくれた。

「ありがとうございます、妖夢さん、着きましたよ……妖夢さん?」

背中からすう、すう、すうという寝息が聞こえてくる。今日一日色々あったので、疲れたのだろう。無理もない。

「妖夢、起きなさい。」

「ん…んう…ゆゆこさま…」

寝ぼけたような声がまたかわいい。

「〇〇君がここまで運んでくれたわよ。」

「う…?〇〇さんが…?はっ!!」

突然我に返り、俺から飛び降りた。

「し、失礼しました〇〇さん!よりによって〇〇さんの背中で寝落ちしちゃうなんて…」

再び顔が真っ赤になっていく。

「折角だし、部屋に戻ったら〇〇君に傷の手当てしてもらいなさい。」

「い、いえ!それぐらい自分でできます!!」

「あら、〇〇君にされるのがイヤなの?」

「そ、そんな事ありません…けど…」

俯いて、黙り込んでしまった。しばらくしてから、小声でお願いします、という声が聞こえた。

妖夢さんの部屋は、俺の隣だった。

「どうぞ、〇〇さん。」

女の子の部屋に入る、というのは人生初である。かわいいものがたくさん置いてあるのだろうか、と予想していたが、部屋は整然としており、無駄なものは一切なく、机に花が一輪いけてあるだけであった。

どこに何があるのか分からない、ごっちゃごちゃで騒がしい俺の自宅の部屋とは大違いである。

妖夢さんは机の中から小さな塗り薬を取り出して、俺に差し出した。

「えっと、これを傷口に塗ればいいんですね?」

「はい。」

「じゃあそこに座って、膝出して下さい。塗ってあげますから。」

差し出された足は、真っ白で整った形をしている。

…綺麗だ。

俺は痛がらないように丁寧に塗り薬を塗った。

「…〇〇さんは優しいんですね…半人半霊の私なんかに気を使ってくれて。…私の事、気持ち悪くないんですか?」

それを聞いて、俺は思わず笑ってしまった。

「むう…何がおかしいんですか。」

「いえね、何を今更っていうか…。」

塗り薬を机に置いて、妖夢さんの方を見た。

「僕はそんなのは気にしてないですよ。人間だろうが幽霊だろうが妖夢さんは妖夢さんじゃないですか。」

「…。」

妖夢さんは黙って俺の顔を見ていた。なんだか、そうまじまじと見られるとこちらも気恥ずかしい。

「あ、それじゃあ薬は塗り終わったので、僕はこれ……で……え……」

「…。」

妖夢さんの目から次々と、涙がこぼれ落ちた。

「…どうしてこんなに優しくしてくれるんですか…私なんかに…ううっ…」

どうしていいか分からない。

「ご…ごめんなさい…なんか…変なこと言ってしまったようで…」

妖夢さんは首を横に振り、俺の胸に飛び込んできた。

「嬉しいんです…すごく………ただ…こんなに優しくして頂いて……胸が苦しくて……すごく…切なくて…」

そう、ひたすら俺の胸元でつぶやいている。俺の服の胸元を握り締めながら。

俺は漸く、彼女の胸中を悟った。

 

嬉しいー

 

そう思えるはずだった。

 

だが俺の心にあるのは嬉しさではなく、彼女に対する罪悪感だった。

俺が、妖夢にしてしまった事。

それは、取り返しのつかない事だった。

心の中が、みるみるうちに曇っていった。

 

「…すみません。取り乱してしまって…」

「…いえ。」

「でも…思っていた事を全部吐き出せて、スッキリしました。」

妖夢の顔には、笑顔が戻っていた。

「そうですか…良かったです。やっぱり、妖夢さんには笑顔が似合いますよ。」

ああ、また俺は口からでまかせを。

こんな事をしても無意味だとわかっているのに。

「ありがとうございます。〇〇さんのおかげです。あなたといると、不思議と安心します。」

彼女の笑顔を、俺は直視できなかった。

「それじゃあ、僕はこれで。明日も…ありますから。」

俺は、覇気のない声でそう告げ、障子に手をかけた。

「はい!…〇〇さん。」

「ど…どうかしましたか?」

妖夢さんは何か言いかけようとしたが、口ごもってしまった。

「いえ…なんでもありません。」

「そうですか。」

障子を閉め終えると同時に、深いため息をついた。

何故だ。

こうなる事を願っていたんじゃないのか。

そう問いかける。

だが、心にはそんな問いなど御構い無しに罪悪感が雪のように降り積もっていく。

何故、俺は彼女を好いてしまったんだ。

それだけならいい。

俺一人の片思いで済むのなら、それで良かったんだ。

何故、彼女まで巻き込んでしまったんだ。

どんなに願ったところで、俺たちが一緒に暮らせる時間は…あと1日もないというのに。

そして、二度と会えないというのに。

 

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