博麗神社へ行くと、既に妖怪たちが屋台を片付け始めていた。俺の姿を見るや否や、霊夢が駆け寄ってきた。
「おっそーい!もうみんな始めてるわよ!」
「あ、うん。ごめん。」
「どうしたの?妖夢となんかあったの?」
「…別に。」
「ふーん…まぁいいわ。とりあえず片付け手伝って。」
頭が真っ白のまま、俺は片付けを手伝った。ここにいられるのもあと数時間、か。
結局さよならも言えずに帰るのかと思うと、胸が締め付けられた。
空が夕陽色に染まる頃、神社の境内はすっかり片付いていた。妖怪たちは、俺と霊夢にお礼を伝えて帰っていった。
「ようやく終わったわね。二、三日手伝ってくれてありがとう〇〇。」
「うん。」
「あとあんたに伝えるの忘れてたけど、今日は結界開かないから。」
「…え?」
「とにかく、今日は結界が開かない日なの。白玉楼の住人にもそれは伝えてあるから、今晩はこっちに泊まりなさい。明日の早朝に貴方が来たら開けとく。」
「あ、ああ…わかった。じゃあな。」
「制限時間も伸びたんだから、しっかりあのダメ剣士に自分の気持ちを伝えなさいよ。あいつバカだから、あんたが口に出さないと、きっと分からないわ。」
俺は黙って頷き、全速力で白玉楼へ戻った。
冷たい風が強く吹き付けてくる。
ふと横を見ると、夕日が西の空に沈むところだった。その眩しさに思わず閉じた目から、何か熱いものがこぼれ落ちる感覚がした。
「妖夢…」
自然と俺の口から、彼女の名前が溢れた。
思えば瞬きのように長く、永遠のように長く感じた日々であった。いっそこのまま留まってしまおうか、そんな考えが何度となくよぎった。だが出来ない。それは許されない。
所詮…許されぬ恋だったのだ。
無限階段に沿って飛び続ける。
なぜかいつもより長く感じる。
ふと白玉楼の門の前に、誰かが座っているのが見えた。
妖夢さんに紛れもなかった。
俺が側に降り立つと、ゆっくりと顔を上げた。
「〇〇さん…」
目は真っ赤にはれていた。
ずっと泣いていたのだろう。
「今晩は、ここに泊まることになりました。」
「…そうですか。」
そう言って彼女は再び視線を落とした。
「早く戻らなきゃ、幽々子さんに心配かけてしまいますし。…それに、少しでも長く、あなたと一緒にいたいですし。」
「はい…そうですね、私もです。」
無理して笑う彼女の顔を見ると、俺は一層辛く、悲しい気持ちになった。
「私、あれから色々考えたんですけど…やっぱり私たちは、一緒には暮らせませんよね…私たちは住んでいる世界も違いますし。私には私の、〇〇さんには〇〇さんの日常がありますから…」
「…。」
「あと…今晩の夕食ですけど…ごめんなさい。私、買い出しに行けなくて…」
「いいんですよ。気にしないでください。」
「…〇〇さんは、本当に優しい方ですね。」
玄関に上がると幽々子さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。話は霊夢から聞いたわ。」
「ええ、すみません。急になってしまって。」
「いいのよ。気にしないで。」
その後自室に戻った俺は部屋を片付け、荷造りを整えた。明日は起きたらすぐにここを出なければならない。その後、夕食までまだ少し時間があったので、俺は「最後の仕事」に取り掛かった。
その日の夕食は、一昨日と同じような和食だった。食事を取る前に、俺は二人に挨拶した。
「幽々子さん、妖夢さん。3日間本当にありがとうございました。ここであった事、俺は忘れません。」
本当は二人にもっと伝えたいことがあった。だがうまく言葉にはできない、いや、言葉で言い表せないといった方が適切かもしれない。それだけ、ここでの思い出はかけがえのないものなのだ。
「私も〇〇君がいて楽しかったわ。ありがとう。」
幽々子さんもそう言ってくれた。だが妖夢さんはというと、ただ黙ってうつむいていた。結局、食事中も言葉を交わすことはなかった。
風呂から出て自室に戻ろうとした時、俺はふと月に目をやった。冥界で見る月のせいか、少し大きく感じる。そういえば、電灯のない白玉楼で夜の間も不自由なく過ごせたのは、この月明かりのおかげかもしれない。俺は縁側に腰掛け、ぼうっと月を眺めることにした。いつも見ている月だというのに、何故こんなにも物寂しくなるのか。
「あ、〇〇さん。」
振り向くとお風呂から上がった妖夢さんがいた。
「何をしてらっしゃるんですか?」
「いえ…月を見ているんです。ここで見る月も、今晩で見納めなので。」
「そうですね…もし良ければ、隣、よろしいですか?」
「どうぞ。」
妖夢さんは俺の隣に座った。石鹸と女の子特有の優しい匂いがした。
お互い黙ったまま、静寂の時が流れた。おそらく考えている事は、向こうも一緒なんだろう。
「…本当に、あっという間の三日間でした…なんだか、貴女を知ったのがついさっきの事のように感じてしまいます。」
だが妖夢さんは黙って下を向いたままだった。が、しばらくしてもったいぶりながらこう言った。
「あの…やっぱり…〇〇さん、ここに留まる事ってできないんでしょうか…?」
その質問に俺は返すことができず、下を向いた。
「…そうですよね。ごめんなさい。変なことを口走ってしまって…。」
「いや…いいんです。…僕も…出来ることならここに居たい。でも…」
ここから先は、俺は言えなかった。妖夢さんも、黙って頷いた。
「でもその…今僕たちが見ているこの月はきっと、俺の住む街で見ているのと同じなんですよね。ってことはつまり、離れていても、僕らは同じ空の下にいるというか、何言ってるんだ俺…」
「ふふっ、〇〇さんってすごくロマンチックな方ですね。」
なんだか変なことを言ったせいで急に気まずくなった。
「さあ、僕はもう寝るとします。」
そう言ってその場から立ち上がろうとすると、呼び止められた。
「もし宜しければ…私の最初で最後の我儘を、聞いてくださいますか?」
「勿論。」
「その…今晩は…〇〇さんと…いっしょの…いっしょ……に…ごにょごにょ」
顔を赤くしたまま、妖夢さんは口ごもってしまった。
が、なんとなく察しがついた。
「僕と一緒の布団で、ですか?」
妖夢さんは黙って頷いた。
「あ、あの、別に変な意味とかじゃなくて、い、いっしょの布団で寝られたらなーって!!」
「いいですよ。」
俺は笑って返事をした。
妖夢さんは俺の部屋に自分の枕を持ってくると、俺が入っている布団の中にもぐりこんできた。
「えへへ…狭いですね…」
今までで一番、近く感じている気がする。息が顔にかかってくすぐったい。間近で見ても、本当に美しい顔立ちをしていた。
いや、それより何より緊張する事この上ない。胸の拍動がおさまらない。
年頃の女の子と一緒に寝るなんていう経験したことないんだから。
「どうかしましたか?」
「いや、その…すみません。なんだが緊張しちゃって…」
「…私もですよ。ほら。」
そう言って妖夢さんは俺の手を取ると、自分の胸に当てた。
とくん、とくん、という小さな鼓動が、はっきりと伝わってくる。
「伝わってますか…?私のこの鼓動と、この気持ち。」
「本当だ…。なんだか…安心しました。」
そして二人で笑いあった。
「…もうちょっとだけ、側に寄っていいですか?」
「うん…いいですよ。」
「えへへ、やった。」
妖夢さんは嬉しそうに距離を詰めてきた。お互いの額が今にもくっつきそうなほどの距離になるまでに。
「それから…これが最後の、本当に最後のお願いです。」
小さな声だったが、十分聞き取れる距離だった。
「一度でいいから私のことを名前で、妖夢って呼んでください。」
「…うん…分かった…妖夢…」
妖夢は満足そうな顔をした。
「私…〇〇さんに出会えて本当に良かったです。」
おやすみなさい、と呟いて、妖夢さんは目を閉じた。
「やれやれ…」
俺も目を閉じた。
ところがしばらく経った後、俺は胸元から聞こえる嗚咽で目が覚めた。
妖夢は泣いていた。
「ぐすっ…ぐすっ…ごめんなさい…我慢しようと思ったんですけど……で、でも…わたし…ぐすっ…〇〇さんともう会えないなんて…みょんな……ぞんなの…」
「…妖夢…」
気がつくと俺は、その小さなか弱い体を強く抱きしめていた。
「〇…〇……さん…」
「…俺だって嫌ですよ…嫌に決まってるよ…妖夢ともう会えないなんて、そんなの嫌に決まってる…できることなら俺だって…俺だって妖夢と…ずっと…ずっと一緒にいたいんだよ…!」
俺が思っていること、その全てをここでぶつけようと思った。
「でも…所詮は叶わぬ恋だった。俺たちは…一緒にはなれない運命なんだ…でも…でも、例え一緒になれなくても、これだけは言える。俺は…妖夢のこと、絶対に、絶対忘れない。」
「ぐすっ…ほ…ほんと…?」
「うん。」
「ほんとに…ほんとう…?」
「約束するよ。」
言い終わらぬうちに、妖夢は抱きついてきた。
「……約束…ですからね…。」
「ああ、だから…今日はもう寝よう、な?」
「うん…。」
その後しばらくして、俺の胸元から寝息が聞こえてきた。妖夢は安心したのか、泣き疲れたのか寝息を立てていた。俺も寝よう……この手を離さないように……。
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