【完結】Kill・Yの病   作:ようぐそうとほうとふ
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悪魔のいけにえ

 鉛のような空だった。見ているこっちまで気が滅入る雲が立ち込めていた。その湿気をはらんだ雲が朝日に照らされて真っ赤に染まる。臓物のような赤色がこれから入ろうとしている村にも広がっていると思うと胸がムカつく。

 ジョルノは深く息を吸った。案の定遠くから鉄サビの匂いが届いてきて嫌な気分になる。

 

 その町の入り口には『ようこそ』と看板が血で描かれていた。趣味の悪いホラー映画のように血痕がそこら中に飛び散っている。看板の下から続く舗装されている道にも赤黒い、何かを引きずった跡が残っている。

 昔に建てられた城が建っているだけで、取り立てて特別なところもない町…いや、規模的には「村」といえるほど小規模だ。そして以前のホテルと同じように、まったく人の気配がない。

 

 

「のっけから随分とモノモノしいな…」

「かまわず城まで突っ切るしかない…日が登っているうちに決着をつける」

「ああ。…どうやらスタンドはまだだせるようだな」

 

 ミスタが握った拳銃の中でセックス・ピストルズの№5が泣きべそをかいている。

 

「ミスターッココヤバイヨー、俺達…アンタト一緒ニ死ニテーヨーッ!」

「ばっか!なんで死ぬのが前提なんだおめーらよォ!」

「ダッテコノ前ダッテ…俺達気ガ付イタラホテルノ外ダッタンダゼ!」

「ウルセーッ泣キゴト言ウナヨ!」

「トニカク俺ラハヤルコトヤリャイーンダヨ!」

 

 ピストルズたちはあの肉の世界を認識できてないらしい。それは幸せな事かもしれないが、自我のある彼らにとってミスタが肉の世界で死んだら今、この場所が別れの時になる。

 

「……悪いな、ミスタ」

「何言ってんだよジョジョ。あんな奴ら、例えオメ―の命令がなくてもオレが殺しにいってるぜ?

オレにだってわかる…あれは、『人間』に対する冒涜だ。きっとブチャラティがいたらブチ切れてたぜ」

「それはわかるな。…じゃあ、行こう」

 

 まだ血の滴る看板を潜った。薄い空気の壁を抜けたような気がし、鳥肌がたつ。自分を包んでいた、太陽の光のような暖かさが剥ぎ取られた

 

 

「そう簡単にここを通すと思うのか?」

 

 

 

 気付くと、一人の男が立っていた。

 ミスタは反射的にその男に銃口を向ける。男は顔を覆い尽くす包帯越しにこちらを睨みつけていた。左手には酒瓶を持っており、肉屋の帷子だろうか?物々しいエプロンには乾ききっていない赤黒い血がベッタリとくっついている。

 

「…町の住人か…?」

 

「食べろって言われたんだ。大して変わらないから。大丈夫だよって。みんな同じだって。そうすべきだと。愛しているならそうすべきだと。俺は妻を愛してる」

 

「おい、なにブツブツ言ってんだ!手ェあげろ!」

「待てミスタ、一般人だ」

「どうだかな。狂気満々だぞ」

 ジョルノは諦め半分でその男を観察した。狂気に飲まれていたとしても、ひょっとしたら救う余地のある被害者かもしれない。見たところ覆面以外に異常なところはない。

 

「これは救済なんだ。」

 

「………なんだって?」

 

 

「俺たちは分断されてる。それはへその緒をちぎられた瞬間から不完全な個らしき何かになり下がる。調和を形作る輪を言葉にできるか?」

 

 男は焦点の定まらない目のまま微動だにせず、意味のわからない言葉を紡ぎ続けている。ミスタは聞き難い妄言に耐えかねてジョルノに訊いた。

 

「撃つか?」

「いや…」

 

 ジョルノはそれを静止し、ポケットから小さな折りたたみナイフを取り出して慎重に狙いを定めた。鞭のように腕をふると、ナイフが男の左手に命中したが、男はいたがる素振りも見せず呟き続けている。

 

「俺はまだそちらへ加わる資格がない。妻は俺が送った。俺を送るのはお前たちか?お前が俺の天使なのか?それとも俺はまだ役目があるのか」

 

「だめだな」

 

 ジョルノはため息を付き、男に向かって駆け出した。男はそれに合わせて酒瓶を振りかぶる。ジョルノのはるか手前で瓶はミスタの弾丸により砕けた。酒瓶の中身が男の頭上に落ち頭を濡らした。。

 

「あ、ああああ!!」

 

 男は絶叫した。滴り落ちる液体は赤く、男の頭が割れてしまったかのようだった。ジョルノが男の胴を蹴るとあっさり男は倒れ、地面にこぼれた液体をかき集めるように石畳に爪をたてた。ミスタが駆け寄り銃を向けても意に介さず、爪が割れるのも構わずに地面を引っ掻き続ける。

 

 液体のかかった衝撃で包帯がゆるみ、落ちた。

 顔一面に疱瘡のような赤い水脹れが広がっていた。赤黒い痣にはよく見ると亀裂が走っていて、そこから囁くように透明の汁がとろりと垂れている。左目からは眼球が飛び出そうなくらいに膨張していた。今まで包帯で押えていたのだろう。ぶちゃりと音を立てて眼球が飛び出すと、また新しい眼球が眼窩からせり上がってくる。

 

「ショシャナ…ショシャナ…ショシャナ…」

 

 男はそうつぶやき続けながら地面に伏して動かなくなった。啜り泣きだけが誰もいない村の入り口に響いた。

 

「胸がムカつく」

「ああ。間違いねー。奴らだ」

「この調子じゃ救助なんて言ってられないな」

 

 二人は男を置いて歩き出した。

 歩きだせば血なまぐさい臭いがより濃くなって辺りを漂っている。ハエの羽音と湿っぽい肉が動く音が耳朶をかすめた。ウンウンと耳鳴りのように聞こえる低音は唸り声にも似ている。

 草木は枯れたように見える。空や地面が赤く染まっているからだろうか?いろいろな感覚がどんどん狂っていくようだった。目の眩むような臭気。そして

 

「……ひ…ひ………ひ…」

 

 湿った肉を引きずるような音は、よく聞くと子どものすすり泣きだった。

 襲いかかる村人とそうでない村人がいた。襲いかかるものは肉片の侵食部位がまだ少ないが、全員正気でなかった。襲ってこない村人は単にもう動けないだけだった。どちらも共通しているのはもう救いようがないということたけだった。

 

「人間のやることじゃねえ」

 

 ミスタが吐き捨てるように言う。だが一方で、ジョルノはこの地獄のような光景を理解しようとしていた。このスタンドはどのような原則を持っているのか、サンプルも資料もほぼ持ち帰れなかった以上現地でどうにか推察する他なかった。

 山井夜は治らないまま埋まった傷が膿んだ狂人である。

 同じように強力なスタンドを持った狂人だとチョコラータやディアボロなど枚挙に暇がないのだが、彼女が今までであったスタンド使いたちと違うのは、そのスタンドが生のエネルギーや意志ではなく死に向かっているという事だった。

 周りを見れば明らかだ。死へ、死へ、死へ。終わりへの甘美な誘惑。崖っぷちにかけた手を離したときに脳の奥に走る悦楽。痺れるような絶望。ミスタに弾丸を叩き込まれた瞬間の村人たちの顔は『死の喜び』に満ちていた。

 

「やむを得ない。待機させてるメンバーに生存者の捜索と救助を頼もう」

「いいのか?」

「全員死体ならまだ二人で片付けられた。だがあの男も、ひょっとしたらまだ治療できるかもしれない」

「…もうここはスタンドは使えないんだよな」

「ああ。だから治すにしても事が終わったあとだ」

 

 ジョルノは無線機を取り出す。だがどのチャンネルに合わせてもうんともすんとも言わなかった。予測していた事態なので慌てず、信号弾を空へ撃った。

 するとその煙に反応するかのように、すぐそばの民家のドアが開いた。しばらくして、何度めかの銃声が響いた。

 

 

 そうして家々を回るのは部下に任せることにした。彼らは吐きそうになりながらもなんとか村へ入り、生存者を探し始めた。

 信頼できる三人の部下。全員スタンド使いではないのでむしろこの肉の世界においては頼りになる存在だった。

 彼らの引き金は軽く、弾丸は安かった。山井の足止めも無駄に終わるかと思われたが、城のそばに近づくにつれ肉塊と血肉が増えていくせいで単純に歩き難かった。

 

 二人が辿り着いたのは城の前に広がる墓地だった。城のすぐそばなせいで例の肉片の不快な触手が伸びていて、芝生の下に頭皮みたいに肉が覗いていた。墓石からは手や腸といった人間のパーツがでたらめに生えていて、出来の悪いスプラッター映画のようだった。

 ジョルノが足を踏み入れると、その肉塊の一つが突如爆発した。

 

 

 

 

「け…怪我は?!」

「…なんとか」

 

 土埃の中で膝をついたジョルノは顔を拭い、今しがた起こったことを整理した。ミスタが差し出した手を握り、あたりを見渡す。

 

 

「地雷か?」

「いいや…"手"だ」

 

 ジョルノはうごめく肉の一つを指差した。もぞもぞと虫のように這ってる手がなにか握っている。

 

「ピンを抜いた手榴弾を握らせてるんだ。あの手は生者に向かって伸びてくる。手を伸ばした途端爆発する」

「小細工しやがって…」

 

 ミスタは怒り心頭といった顔で肉塊に狙いをつけた。だがジョルノがそれを制す。

「弾の無駄だ」

「でも敵は城にいるんだろう?周り中これじゃあ爆発させていく他ないだろ」

 

 スタンドが使えない以上何かを生き物に変えて爆発させることもできない。生きているものが他にどこにもいないせいもあって相当時間を消費しそうだった。

 

「こう湿気ってちゃ火をつけたりしても無駄だろうな…」

「仮についても火がおさまるころには夜だ」

 

 山井の作戦は、こうして時間を浪費させ夜を迎えるまで待つという作戦とも言えないものなのだろう。はなから勝つ気すらなさそうな作戦。なぜかとてつもなく嫌な予感がする。

 

「あーチクショー!空でも飛べたら楽なのによォ」

「それこそスタンド能力じゃないと…」

 

 そこまで言ってジョルノは気づいた。

 

「そうか。確かに無理に地上を行かなくてもいい」

 

 

 

 

「おはよう」

 

 

 ジョルノとミスタが村を回り、じわじわと城跡に向かっている時、山井夜は壁に向かって話しかけていた。

 

「こんにちは、おやすみ。全部いらなくなるよ。どんどんそうしていこう。わかってる。できるって。勝とうってわけじゃないんだから…」

 

 城への入り口はすべて塞いである。入れるのは大昔に作られた脱出用の地下道だけだった。光のささない狭いトンネルで、彼は耳を澄ませている。

 吸血鬼の聴覚は常人のそれを遥かに上回る。だから当然山井の独り言も聞こえていた。

 

「遠かったよ。私バカだね。忘れてた。でもいいの、思いだせた。そのうえでよかったとおもってるもん…。ありがとう。お礼を言ったことなんてなかったね。ごめんね。ごめんね。こめんね…」

 

 声と一緒に聞こえてくるのはポタポタという水音と、みちみちと根を貼ってゆく肉塊の音だ。城を中心にどんどん拡がってゆく悪夢の音だ。

 

「大丈夫。大丈夫。大丈夫だよ。見えるから、私には…」

 

 ディオは旅を続けるつもりだった。空条承太郎にとどめを刺されるまで、吸血鬼という制約がありながらもなぜかずっと何処までも行けるような気がしていた。

 目覚めてからは違う。落ちてゆくような停滞感に支配されている。まるでへその緒で繋がれたままそれが足枷になったようだった。

 それでも、重りがあろうと枷があろうと進む覚悟も力もあるからここまで来たのだ。夜は質量がないみたいにふよふよと私に着いてきた。だがここにきて、へその緒の先にいるものがなんなのかわかってきた。

 

「見えるの…おわりが」

 

 山井夜はもう自分が根を下ろすべき場所を見つけた。彼女は誰にも理解できない理屈と倫理ですべてを理解し、このディオと違った真理に到達した。

 彼女は次の段階へ進んだ。天国について問い、考え、実行する。最終段階へと。自分と同じステージへと。彼女の望む天国はディオのそれと明らかに違う。ディオは村につくまでの道中で何度か彼女を殺すことも考えた。

 だが結局殺さなかった。それどころか自分はとっくに彼女の死者の国の住人なのだ。これ程まで不自由だと感じるのは棺に閉じ込められた時以来だ。閉じきっているばかりか、落ち続ける。深い深い海底の更に下へ。

 

 そこに心地よさを感じてはいけない。

 

「ふ、ふ、ふ…ふふ。ふふ、ふ、ふ…ふ…ふ。ふふ…ふ…ふ…」

 

 この女の重力に負けてはならない。

 

「ふふ…、ふ、はは…は、は、は、ははは。は…はははははは!」

 

 ここで心中するつもりは無い。

 

「はじめよう…もしくは、おわろう…美しいおわり、はじまり?てんごくをはじめよう」

 

 山井夜が生き続ける事。この場を切り抜けること。それがディオが運命に打ち勝つための最善手だ。

 

 山井夜は死によって己の天国を完遂するつもりだ。ディオは他人の天国に巻き込まれるなんてごめんだ。

 死なせるものか。

 

 

 

 

「…準備できましたか」

 

 山井は、日本で見せた笑顔と全然変わらない白い顔で微笑んだ。

 

「ああ」

 

「それじゃあ…はじめましょうか」

 

 

 

 

 

 

 








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