【完結】Kill・Yの病   作:ようぐそうとほうとふ

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死に至る病

 

私が殺した人すべて。お母さん、お父さん、弟、たくさんの知らない人。この惨たらしい世界のすべて。ごめんね、ごめんね。

 肉と血と管と腸と脈と皮とになった人間たち全て。ごめんね。

 閉じきった私の世界の殻は破られた。私はもうここにいなくていい。

 

行こう。

肉の海へ。

ここではないところへ。

 

永遠に救われない肉体を、私に託して。

大好きなお父さん、お母さん、弟。ごめんね、食べてあげられなくて。

馬鹿でごめんね。

どうして私、こんなに馬鹿なんだろう。

もっと早くに気づけばよかった。

ううん、それか気づかなければよかった。

 

誰がスイッチを入れたのかな。

誰が蓋を開けたのかな。

誰が結末決めたのかな。

どうして、死んでおかなかったんだろう。

ごめんね、ごめんね。

 

救われよう。

取り返しがつかなくなった魂を、世界に繋がれた魂を解き放とう。

そして私のところへ来て。

私が揺蕩う苦しみのない世界に繋ぎ直してあげる。

救済の鐘の音が聞こえる。

 

魂を取り戻せるのは、選ばれた人間だけ。

選ばれなくてもいいんだよ。

 

 

天国へ行こう。

天国へ行こう。

誰も届き得ない場所へ。

 

 

私と一緒に。

 

 

 

 

――

 

 

 

 ディオは炎に揺らめく人影を薄目で見た。見間違うものか。ヤツに違いなかった。

 

「空条…承太郎」

 

 ディオが名前を呼んだのに呼応するように、承太郎はこちらを真っ直ぐ見据えた。…スタンドは使えない。ならば恐れる必要などない。

 すかさず、腰に仕込んだナイフへ手を伸ばした。それとほとんど同時に承太郎も学ランの中に手を突っ込む。

 銃声が二発轟いた。投げたナイフと同じ数だった。

 

「慣れないな…」

 

 承太郎は呟きながら、距離を保ち回り込もうとするディオへ引き続き銃口で追う。飛んできたナイフを弾で反らしたらしい。ジョルノは半ば呆然と承太郎を眺める。傷口からぬる、と大きな血の塊が滑り落ちた。

「負傷しているなら早くこの村から出ろ」

「わかっています。でも友人が城の中に」

「じゃあそいつを連れて来い」

 

 承太郎は今度はディオめがけて撃つ。ヘリの機銃で倒せない男が銃で倒せるとは思わなかった。

「元凶の女を殺すんだ、いいなー」

 と、一瞬ディオから視線をそらしジョルノに警告した途端燃えたヘリの残骸の一部が二人めがけて飛んできた。

 ジョルノも間一髪躱すも、傷口がまた広がったようで足元に大量の血痕が垂れ、そこからゆっくりヤマイヨルのスタンドの断片が広がってゆく。すでにこの体は侵食されつつあるようだ。

 

 

 

 

 身を翻して逃げるジョルノを見、ディオは舌打ちする。想定外の乱入者だ。それもタイミングを見計らったかのように一番おいしい時に現れた。

 それでも、スタンド能力がないのならば負ける気がしない。

 

 山井夜…彼女さえ生きていれば。

 

 だがもう放っては置けないだろう。彼女はそもそも死ぬ気なのだから。あの拳銃使い相手の鬼ごっこに飽きるのも時間の問題だ。もう潮時だ。

 

 

 ディオはすぐに決断した。城跡へ駆け出すと、すぐ後ろから承太郎も追ってくるのがわかる。スタンド能力を持たない生身となれば振り切るのは容易だった。

 

「……何だ…?」

 

 城壁の中に入ると、まず違和感がDIOを襲った。噎せ返るほどの血の臭いが薄まってきている。

 範囲がどんどん狭まっているのだ。かなりのスピードで。

 

まさか…早すぎる。

 

 ホールの中につくと、血の臭いが再び強くなる。そして地下階段への扉が半開きになっている。その隙間から、肉壁よりも赤い血が見えた。

 

「……っ!」

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 激痛でもう何がなんだかわからない。唯一理解できるのはここに酷く傷ついた体があるということと、ヤマイヨルを仕留め損ねたということだけだった。

 

「……ク、ソ…」

 

 ミスタは倒れたまま、向かい側にぐったりと倒れているヨルの体を睨みつけ苦々しく呟く。

 ヨルの胸が上下する。柔らかそうな腹は萎みかけの風船みたいに呼吸のたびに血を垂らしていた。

 

 

発砲する瞬間、彼女の右肩をあの白い腕がつかみ、狙いを外した。

 

 

 結果彼女は額ではなく首筋を弾丸により引き裂かれ、その衝撃で反対側に倒れ込んだ。意思を持たないはずの白い腕は確実にヨルを助けようと動いていた。

 

 

「う…っ、ぇ……はは…」

 

 

 ヨルは痙攣し、笑いとも嗚咽ともつかない声を上げていた。しかし手も破壊され、肩も破壊され、首からダラダラと血を垂れ流している今適切な治療をしなければ数分と持たないだろう。

 即死こそさせられなかったが…銃弾もない今、これで勝負はついたと言っていい。これは、まともな医術を習得した人間のいないこの死の町では致命傷だ。

 だがミスタも自分自身が数分の差で死に片足を突っ込んでいるように思えた。たかが女にここまで苦戦するとは…机仕事ばかりしていたつけだろうか?ここにブチャラティがいたらキレられてた。

 

「い…ぃ…はは……は…ははは!」

 

「何笑ってんだよ、こんな時に」

「は…はは…は…は」

 

 笑い声を上げるたびにヨルは血を吐いた。それでも笑うことをやめなかった。汚物を見るような目で睨みつける。血の海に沈んで尚、ヤマイヨルは初めてあった時と似た危機感のない笑みを浮かべていた。

「これで…私の作戦は成功なんです。あなたを殺せなかったのは残念ですが…」

「負け惜しみだな」

 ミスタは吐き捨てるように言う。結局ここまで拳を交え命懸けで戦ってもヨルと心を交わすことはなかった。

 

「私は正しい。だって…この世界が間違ってるんだもの。肉体と、魂と、ばらばらじゃないですか」

 

「あーあー重傷じゃなかったらお前の戯言なんか聞かずにトンズラするのによォ…」

 

 ミスタはなんとか寝返りを打って起き上がろうとする。腹にあった異物感は消えたが右手の傷も内臓の損傷もそのままだ。

「イッテェな畜生」

 

「私の世界なら、そんなこと考えなくていいんです。穏やかで…永遠の……安寧。わた、わたしみ……ッゴホッ」

 

 ヨルは自分が吐いた血を見て唖然としていた。血は世界に吸い込まれることなかった。足元に広がる肉塊たちはゆっくりと空中に解けてゆく。天へと灰のように消えてゆく。

 

「あれ………おかしいな…」

 

 それを掻き集めるように5本とも指が吹っ飛んだ右手が虚しく空を切った。

 

「ヨル。てめーは勝手な都合で…こんなクソったれな世界をばら撒いたんだ。運命の至る場所なんて言うものがあるのなら、そこは天国でも地獄でもない。ぽっかり空いた穴だよ」

 

 ミスタも自らの傷に呻きながら、ヨルに吐き捨てるように言う。頬の下にヨルの血が流れてきた。赤黒くて生暖かい、生き物の流す血だ。触れた箇所から乾いていって、気持ちが悪い。

 

「ち…がう…違う…っ。私、は、てんご、くに…逝かなきゃ…」

 

「天国、ね。それが、ここまでの事をした理由か。ヤマイヨル。…てめーの思想は間違っちゃいねーよ。きっとな…だが、それを押し付けるのは、『間違ってる』」

 

「お…おかしいな……い、いかなきゃいけないんです。どうしよう。あ、あっちで私、ようやくみんなと…せかい、……ぁぐ、う…あ、ああああやだやだやだ……!」

 

 白い腕がゆらゆらと別れを告げるかのようにゆれる。ヨルは悔しそうな声で、まるで泣いてるかのように声を絞り出しながら言う。

 

「私が、あそこに行かないと…天国の門が閉じちゃうんです。どうして?私だってそこに行けるはず、なのに……間違って………ない……の、に」

 

「はじめからねえんだよ、そんなもん」

 

 ミスタの言葉に、ヨルは空を掻く手を止め、血溜まりにぼしゃりと腕を投げ出した。もう呼吸も絶え絶えだった。目から涙が一筋零れ落ちて、血と混ざる。

 

「………な…なく、ない……よ。だってそしたら、私はどうして…か、か、家族を…みんなを……」

 

 

「オレは、ジョルノを助けに行く。…てめーはてめーのスタンドの中で、一人で死んでいけ。」

 

「う、うぅぅううっ」

 

 

 ヨルは呻きながら、寝がえりを打ち、胎児のように体を丸め、さめざめと泣いた。

 ミスタは体を起こそうとする。だがもう力が入らなかった。体は節々が燃えるように熱いのに、鳥肌が立っている。猛烈な眠気と母親に抱かれるような温もりのせいで意識もままならなかった。

 

 

 

 

 

 

「よ…」

 

 声が聞こえた。

 

 血溜まりの中の山井夜に駆け寄る男がいた。ジョルノと戦っているはずのディオだった。ここに来たということはジョルノはやられたんだろうか?だとしたら自分は死に損だ。

 

 

 

「……ほんと………ばかだな……私……そりゃ、そうだよ、ね」

 

 夜はうわごとを言いながらもなんとかまだ息はしている。流れている血の量から見るに、まだ急げば間に合う。ディオは横で倒れてるミスタに目もくれず夜の首に自身の上着を切り裂いて巻きつける。

 

「もういいよ…そんなの……」

「…まだ間に合う。車内に輸血用の血だって用意した」

「……やだ……い、いやだ」

 

 夜は巻かれたばかりの布を剥ぎ取ろうとするが、指のない右手ではうまくいきっこなかった。痛々しい血のあとが新しく真っ白な肌にこびりついた。

 

「殺して…」

「何を言う」

「き、づいてるんでしょ。あなたは多分私のスタンドの完成形…こ、この空間で死ねば…私も同じように、死、しんで生まれ変われた…たましいと肉体がと、とと統合して。あなたとおなじように」

「自殺のつもりか?残念だが嫌でも生きてもらうぞ」

 

 ディオは最後の止血帯を締めた。だが、夜はやはり失った指でかくようにしてそれを外そうとする。

 

「…私は、基本的なルールを見逃してた……。この世界で死ぬには、この肉片に殺されるしかない。でも…この子達は私を殺さない。成りかけのミスタならあるいは…って思ったけど、だめみたい。意志の、主体の問題なのかな。よくわかんないけど…」

「わかったからもう喋るな」

「ば、ばかだよね。いきあたりばったりでさぁ…大事なこと、決めちゃだめだった…」

「いいから、もう一度やり直そう」

「やだ……殺して…殺して、殺して。殺して…殺して。殺して……もう嫌だ、疲れた。」

「お前と私で始めたことだ。途中で逃げるのは許さない」

 

 ヨルはもう動けないようだった。いや、きっと動きたくないのだ。

 

「魂だけの者も肉体だけの者も、私を救えないの。私は、この肉の海に還って、救われたかった。でも私は私である以上、絶対に救われない」

 

「じゃあ…」

 

 

 

 

 ディオが彼女を殺せば、彼女はこの肉の海へ逝けるのだろうか。

 

 

 

 

 

 ミスタの薄れゆく意識に浮かんだ疑問は、微睡みの中に溶けて消えた。

 

 

 

 

 突如逃走したディオを追いかけ城へ走った承太郎は思わず呟いた。

 

「これは…」

 

 

 村中に溢れかえっていた胸糞悪い光景が、燃え落ちるように消えていく。吹き抜けのてっぺんから血と肉たちが天に還るように、風に溶けてゆく。承太郎は一瞬正常に戻ってゆく景色に目を奪われた。

 

「………」

 

 スタンドを無効にするスタンド使い…ポルナレフの言う『山井よる』が能力を消したのか?

 

 

 ホールには大量の血の跡が残っている。それを追いながら、自分のスタンドが戻ってきたのを感じた。念のためにショットガンに弾を詰めて城の中を歩く。

 

 血の跡は地下へ続く階段に伸びていて、そこを降りると血溜まりの中に倒れる二人の男女があった。

 

 承太郎は倒れた男の方へしゃがみ込み、脈を確認した。おそらくこれがポルナレフの言っていたミスタという男だ。幸いまだ生きている。

 一方で女の方はもう死んでいた。首筋に、噛み跡があった。

 

 

 

「……」

 

 

 ディオが殺したのか…?

 無傷のディオが血を吸う必要なんてあるのだろうか。不自然な状況に首を傾げ、女の顔をしげしげと眺めた。入手しておいた写真と同じ顔、山井夜本人だった。

 とりあえずミスタの方の怪我と出血を確認し、簡単な処置をしてから担いだ。

 

 異形の肉塊たちがすっかり消え去った、薄暗い石畳の地下道には山井夜の遺骸と小石のように小さな頭蓋骨だけがぽつんと取り残された。

 

 ……

 




流血表現注意

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