【完結】Kill・Yの病   作:ようぐそうとほうとふ

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「以前聞いた…空条承太郎さんと、ジョセフジョースターさんについてですが、消息はあんまりわからないですね」

山井夜とディオは徹底的に遮光が施してある一軒家の一階で、市の一番大きな図書館で使えるインターネットで調べた情報をメモした紙と、飛行機、船、法律や銃に関する専門書をよんでいた。二人の間に山積する本は折り目と付箋でぐちゃぐちゃだった。

 

「ふむ…便利な時代になったものだな」

 

ぱらぱらと資料をめくりながらDIOはだるそうにソファーに体を投げ出している。日光は致命傷だが、昼間は全く動けないわけではないようで少しだるそうなしぐさでページをめくっていた。

 

「にしてもかつての宿敵がヒトデについて研究ってちょっと笑えますね」

「…あまり笑えん。やはり宿敵の安定した未来を知るとそれなりに腹は立つな」

「そういうものですか」

 

山井はクーラーで冷やされた床にばたっと倒れこんでその冷たさを堪能する。そして旅行雑誌を手にとってぱらぱらとめくる。そこにはヨーロッパの観光名所とレストランがずらっと並べられている。鮮やかな写真と魅力的な紹介文はどれも似たようなものにみえてすぐに興味を失い、別の本を取った。

 

「貴方がきっかけで承太郎って人たちが貴方を殺しに来たんですよね?昔は」

「ああ、確かそうだった。しかし今回は感づかれてはいないようだな。まあ死んだと思った奴が生き返ったとは想像しがたいだろう…それに、この世界がはたして以前の死んだはずの世界と同じなのかもまだはっきり区別が付いていない。好都合だ。ジョースターの血統が邪魔をしに来る前に力を蓄え、配下を増やすのにはな」

「…配下ですか。平凡な私にはとてもじゃないけど分からないです。その感覚」

「今のところお前もカウントしているが」

「はあ…そうですか」

山井のやる気のなさにディオは少しいらだってるのがわかる。これまでさんざん尻を叩かれていたが、山井は今目の前の狂気を制御することに精いっぱいで、体力を取り戻しつつあるこの暴君のテンションについていけていない。

「…ディオさんはどうしてそんなに世界に拘るんですか?」

「妙な質問だな。どんな答えがあれば満足だ?」

「質問を質問で返さないでください」

 

ディオは会話を切った。互いに読書を再開し、時間は砂粒のようにいずこかへ流れてゆく。ちょうど今読んでいる本によると、砂粒は流動し続けるものらしく、永劫に流れ続ける時間と強く関連があるように思えた。

 

「外国に行こう」

「え?」

 

唐突に投げかけられた質問に山井は間抜けな声を出した。だが間抜けなことを言ってるのは間違いなくディオだった。戸籍も国籍もない、死んだ子宮から生えてきた異形のくせに何を言ってるんだろうか。

「いくつか、心当たりがある」

「どういった心当たりでしょう…」

「身内」

「身内。あー、生前の味方ですか」

「というか息子だ」

「息子。息子?うそでしょ」

山井は笑おうとしたがディオの表情を見て咳払いをした。

「アメリカかイタリアだ。行かねばそこにいるかはわからない。どちらがいい」

「正気ですか?というか知ってますか。吸血鬼って海を渡れないんですよ」

「それは迷信だ。あと元の伝承は川だ」

 

山井は頭の中で自身の通帳の額を思い出そうとした。今後の人生を考えなければいくらでも金は使える。そこで山井は自分が今後の人生について自分が心配していることに気付き、気の抜けた笑いをこぼした。

今後の人生だって?馬鹿らしい…

殺人を黙認している自分が、手伝っている自分が将来なんて!

 

「いいでしょう、行きましょう」

そういった後は早かった。ディオが驚くほど迅速に山井は出国の手はずを整えた。

山井は大型の棺の注文書を見せながら、日が暮れてようやく部屋から出てきたディオに提案した。

「その前に、私を張っている刑事を殺していきませんか」

それを聞いてディオはうれしそうに笑う。

「いいだろう」

 

鉈で死体を刻むのはそう楽な作業ではない。しかし、血液はだいたいディオが吸い尽してしまってるので汚れないぶん相当楽だ。山井の能力も数をこなすうちに効率が上がり、関節ごとに分解する程度で『始末』できるようになっていった。

刑事を殺せばもう日本にいる限りいつかしっぽを掴まれるまで付け回されるのは明白だった。そうなればディオの存在も白日の下にさらされる。もしくは、彼の宿敵空条承太郎がやってくるか。いずれにせよ、刑事殺しは山井夜という存在が人生に決別を付ける儀式のようなものだった。

とはいえ、山井に感傷的ななにかが生じることはなかった。

刑事の死体にその他の死体と同じような切れ目を作った山井の顔は普段昼食のためにバラ肉を切るときと同じような無表情で、ディオが食事の時に感じるかすかな愉悦すら存在しない。

山井の行動ははさながら紙のように平坦で、ざらつき、味気ない。

ディオはそのあまりの淡白さに面食らった。

変わった人間は多々見てきた自信はあったが、この人間は『変わってる』のベクトルが全く違った。異形である自分に接見し他人間の見せる様相は混乱か畏敬かが主だったが、山井が見せたのは水をやれば若葉が生えるといった至極当然の摂理を見る目だった。

1か0か。

協力を渋っていたころは何もしようとしなかったくせに、一度イエスと言ったとたん全てのリソースをそれに注ぎ、仕上げてくる。今回の旅行も、特殊貨物の手続きもあっという間だった。

刑事の殺害もその手順の一環にすぎないように組み込まれている。

 

スタンドは精神を映す鏡であるといわれるが、だとしたら山井という人間の精神は残念ながら壊れているといっていいだろう。

血を吸われた刑事の亡骸を引き裂く真っ白な手。際限なく溢れてくる肉の塊はゆらゆらと海藻のように揺れてまるで我々をもてなしているようだった。山井はそれを見て、ほんの少し微笑んでいる。

凌辱される刑事の躰は、薄い腹膜を服を脱がすように剥がされ、まだ張りとつやのある腸をぷらぷらさせながら手の間で踊る。リボンのように引きずり出され、散り散りになり、すぐしたの鮮血に沈む。そうして刑事がいなくなると、家を出てちょっと散歩に出たような顔で誰もいない住宅地を歩く。

月明りに照らされる二人の顔は同様に白く、ひょっとしたら自分たちはとっくに死んでいて、有名な映画のように自分たちは生きているような気になっているだけになる。

バイクに乗って、壊れかけのサスペンションがきしむ音を尻越しに感じても非現実感は消えない。殺人は二人にとって日常に埋もれていく食事という行為になった。

日常に埋もれた途端に、山井は現実を失った。

ディオは正気と狂気の境界を行き来する山井を見るたびに派手な殺し方を提案したが、それももうあまり効果はなかった。

 

ディオからすれば山井は命の恩人ともいえるし、現状唯一の僕でもあるので適当にうっちゃることもできない。

初めてこの地で目を覚ました時のことを思い出す。雨音だけが響く湿度の高い夜のことだった。

 

「うわ、起きた。…生きてますか」

 

幽霊でも見たような顔をした女が自分を見降ろしていた。

「…わたしは、敗れたのではなかったのか…?ここはどこだ?」

「日本ですよ。信じがたいでしょうけど、貴方は…うーん。なんていうのかな。生えた?生まれた?育った?…とにかく、突然現れたんです」

「日本…だと…?」

何が起きているのかわからない。視線を自分の拳に向け、夢か現かを確かめる。体中がぼろぼろで、いまにも倒れそうだ。倦怠感が体中を支配している。

自分は承太郎に敗れ、死んだ。そのはずだった。

しかし体は一そろい何の変哲もない埃まみれの床に投げ出してあり、その上をタオルケットで覆われている。

「……私にも状況がわからないんですが…えーっと、部屋も家も別に、好きに使っていいですから。」

「お前…名は?」

「山井といいます。あなたは…」

「…わたしはDIO。ディオ・ブランドーだ」

 

この人間の情報が欲しかった。このような不条理を説明する手段はスタンド以外に思いつかなかったが、スタンドだとしても一度死んだものを蘇らせるなんて聞いたことがない。

 

「はあ、外国人なのに日本語が上手なんですね」

「わたしは、どうやってここに?生えてきたとは?」

「説明すると長いんですけどね…」

 

山井は困ったように視線を彷徨わせる。

 

「家族が死んじゃって、ばらばらで、死体の子宮に頭蓋骨が入ってたんですね。それを…」

「待て、情報量が多すぎる。死体?家族のか」

「母のですね」

 

ふつうはその凄惨さに口をつぐむだろうに、山井は昨日事故にあった程度の気軽さで家族の展示方法を説明した。目覚めにはふさわしくない話だった。

「それで、とっといたんです。なんか兄弟的なものかと思って」

のちに思い知るがこの発言から察せられる通り山井は気が狂っていた。狂気と正気がいい塩梅で拮抗しているおかげで、ディオはなんとか自分が偶然ながら再び命を取り戻したことを理解し、体力を取り戻すことに専念した。

山井は気がくるってるせいか、物分かりがいいおかげか、自分の食料は唯一血であることを説明すると自分の腕を切り、血を与えた。

「気持ち悪いですね」

山井は血を飲むディオをつま先から頭まで見てもう一度

「生き物は」

と付け加えた。

 

 

この時からもう、二人は奇妙な運命の糸に絡まれてしまっていたのだろう。

いや、あるいはディオが山井の糸にかかってしまったのかもしれない。

とにかく、死のプロセスはとっくに始まっていた。

 

「貴方は天国天国というけれど、ようやくわかってきました。貴方は決して信仰心からその言葉を言っているわけじゃないんですね」

「ああ」

「天国的なもの、そんなものの実在についてより私は貴方がなぜそんなものを追い求めるのかが気になります」

「ほう。そんなことを知って何になる」

「さあ。ただ気になるだけなので…」

のれんに腕を押すより手ごたえがない。

「私、よくわからないんですよね。どうして天国が必要なのか。理想が必要なのか。そんなものがあってもなくても人はいずれ死ぬのに」

「いずれ死ぬときのために天国が必要だ」

「わけわからない。ディオさんは死んだけど、天国は必要でしたか?」

「…ああ、天国へ至る可能性は必要だった」

「へえ。わからないなあ…ディオさんって小難しい人なんですね」

「お前に比べれば犬だってもう少し複雑そうだ」

「なにを。私は複雑ですよ」

確かに山井は複雑だった。

イタリアへ立つ直前、山井はディオの殺した人間を片っ端から解体していくさなか、急にまだ殺していない人間の首に鉈を叩き込んだ。

 

「危なかったですね」

「…突然なんだ?少し掠ったんだが」

「すみません。でも危なかったんですってとりあえず。その人スタンド使いだと思います」

「スタンド使い?」

 

首からびゅうびゅうと吹き出している男に目をやると、その血液が落ちた先からしゅわ、と飛び散った先をわずかに焦していた。

酸か何かなのだろうか?

男のもがく体が動かなくなる頃には血は何も溶かさなくなった。

そしてすぐにその死体を、影から延びた白い腕が血だまりへ引きずり込んだ。

 

「なぜわかった?」

「うーん…とりわけ醜かったから」

「お前の見ている世界を知るすべはないんだ。もっとわかるように説明しろ」

「んー…スタンドを使う人は…多分、気持ち悪い…?」

語彙力と表現力は最低レベルだった。過去を聞く限り初等教育すらまともに受けることなく発狂し、中、高と砂を噛むように生きてきたのだから無理もないのかもしれないが、それにしたってあんまりだった。

「視覚情報か」

「いや、シックスセンスですね」

「いい加減勘はやめろ。スタンドで戦うとなった時困るのはお前だ」

「…だったらスタンドの能力の一環なのかもしれないです。『処理中』は私は常にスタンドを出してるような状態です。その時だけ見えるんですよ、気持ち悪いのが」

 

山井のスタンドはいまだ全容がつかめないが、これからいやでもわかってくるだろう。イタリアでは生きるためにいやおうなしに能力を使うのだから。

自身を目覚めさせた張本人で、使い勝手のいい能力を持っている人間。鍛えておいて損はない。

 

 

飛行機に乗る前、小さなスーツケースに日本での日々全てを詰めた山井は棺に入ったディオを配送会社に任せ、イタリアの旅行雑誌を読んだ。二度と戻ってこないかもしれないのに、不思議とさみしさは感じなかった。

山井の世界すべてが家族で完結しているのならば、全員失った時点で人生はただ続く時間にすぎない。

 

雲の上をすべる翼を眺めながら、山井は自分たちを幽霊と評した夜を思い出す。

真をついてる気がしてならなかった。


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