マフィアと見られる人物をさらい、拷問し、殺す。そのルーチンを繰り返すうちにある事実が浮かび上がってきた。
『ジョルノ・ジョバァーナ』
そして、この街のスタンド使いが属する組織『パッショーネ』
その中で近頃抗争が起き、何人かの死者を出しボスが顔を出し…など目まぐるしく事が回っていた事を突き止めた。
そしてその顔を出した『ボス』の名前が『ジョルノ・ジョバァーナ』…もう確定したも同然だ。
ディオの息子『ジョルノ』はギャングスターになっていた。
息子、ジョルノ・ジョバァーナがマフィアのNo.1として君臨し、次々と敵対勢力を倒しており、もはや肩を並べるものはいないということ。そして恥知らずのフーゴという人物はジョルノ・ジョバァーナを見捨てたことがあり、それが原因で場末のピアノバーにいること。彼に会える人物はごく僅かなこと。
ディオはジョルノ・ジョバァーナの正体がわかるにつれ面倒くさいことになったな、と頭の隅で後悔した。とはいえそれを表に出すことはなかったが、山井は素直に面倒な事実が明らかになるごとに「血筋かぁ?!」と叫んでいた。
「無理して会う必要あります?」
「ああ。ある」
と、ディオが強固に主張するのは組織のナンバー2である人物に関係があった。その人物はディオの天国に必要なものを持っている可能性が高かった。
「それを手に入れれば余計な手順を省ける」
「天国への道順?」
「ああ」
「あなたの言う天国。全ての人間が覚悟した世界ですか?それがもし天国でなかったら、貴方はとりかえしのつかないことをする羽目になりますよ」
「そんなのわかっている。この考えが独善的だということだってわかっている」
「独善は悪ではないからいいとでも?」
「その独善を信じて進むしかないのだ。誰がわたしの天国を善だ、悪だと決めるんだ?結局善悪なんて人間個人の意識が決める。全ての事象がそうだ。そんな誰もがバラバラの世界の中での統一した天国なんてものははっきり言ってまやかしだ。わたしはわたしの天国を目指す。それだけだ」
「ばらばら…」
「お前は反対なのか?」
「いいえ。そうではないです。ただ…やはり天国という言葉にはそぐわないと思います」
「では改めて聞こうか。お前の天国とは?」
「そうですねえ」
山井はまた、頬に手を当てる。
その細い指は、つい先日マフィアのスタンド使いの眼球にそっと突き立てられていた。水晶体を弄んだ人差し指と中指が蝋のような肌の上を滑る。ディオには青い毛細血管が透けた頬の産毛までもが見えた。魚の肚のような指が顎と頬を往復する。色のない爪が軽く頬を引っ掻いているが、本人は気にしていないようだった。
指が三往復して唇にたどり着いて、ようやく答えが出た。
「統一された意識。植物のようにただ日を浴びて呼吸するだけの静かな世界。…そう、貴方が無理だと切ったものですかね」
「意外な答えだ」
「そうですか?10年以上クソ気持ち悪い肉の幻覚を見てれば植物のような平穏に憧れるものですよ」
「100年間海底で眠っていたがそんなことは思いもしなかった」
「お互い理解し得ない領域がありすぎますね。でもまあ、協力しますよ。それ以外ないので」
山井は珍しく対話の中で微笑んだ。言っている内容は笑顔になるようなものではなかったが、ディオと出会い言葉を交わして3ヶ月。かなり人らしくなってきた。それが嬉しくもあり、不気味でもあった。
…
からん
乾いた鐘の音がした。
店内には以前来たときと同じで全く人がいない。午後八時で閑古鳥では経営なんて成り立たないと思うが、さすがマフィア経営。どおりでこの前も接客がよくなかったわけだ。
鐘の音に反応して、奥の部屋から物音が聞こえた。
ぎゅ、と左手に力を込める。今日会うのは以前見たピアノをひく姿はまるで翼の折れた小鳥のような儚げな少年ではなく『その男凶暴につき』と札をつけられたマフィアなのだから。
山井は大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。
イタリアに来て一ヶ月で幾度となくスタンドを使い、そのたびにディオは観察を続けていた。結果山井のスタンドには死体を持っていく他に『スタンドを使えなくする』能力があることが判明した。
山井のスタンドは空間を侵食する。壁に隔たれた目に見えてわかる空間ならその空間でのスタンドを無効にできる。密室での遺体解体時にディオのスタンドは発動しなかった。一方で平原や、何にも隔てられていない場所だと本人の周囲約2メートルほどを煙のように曖昧に包んでいるようだ。
山井はポケットからおもむろについさっきディオが殺した通行人から切り取った耳を取り出した。山井の体温のせいか、まだ温かい。それを左手で包み込む。弾力があり、こりこりしている。軟骨に亀裂が入るのも厭わず思いっきり握ると、何かがズレるような感触がして耳が畳まれた。
すると足元から何かが床へ広がってゆくような感覚がし、心が驚くほど穏やかになってゆく。自分を中心にすべての音が消えさったみたいだ。山井は目を閉じ、再び息を吐く。
「…すみません…。店員が休みで、今日はもう閉めようかと思っていたんです」
スタンドにより作り替えられつつある空間に、一人の男が入ってきた。
やけにひょろっとして穴のあいた服を着ている、以前ピアノを引いていた少年だった。もっとも、今までちょっとしたミスで殺して解体してしまったチンピラも変わった服装をしているのがあたりまえだったので今更驚かないが、なるほどやはり妙な服を着ているやつは大体マフィアなのだなと改めて感心した。
「えーと、パンナコッタ・フーゴさんを探しているのですが」
「ぼくですが、何か?」
「そうでしたか。えっと、私、人を探していて」
イタリア語も拙いながら通じるようになってきた。しかし細かいニュアンスを表現できないのでかなり直接的な表現になってしまう。敵意と思われないといいが。
「ジョルノ・ジョバァーナって言うんですけど」
名前を出した途端、フーゴの表情が険しくなった。
「この人の親族が探していまして…私はその手伝いをしています」
「…………あなた、カタギじゃないんですか?」
「私は善良な日本人ですよ…ごくごく普通のね」
「ここに、ぼくに会いに来る時点で普通ではありませんよ、日本の方。ぼくに罰でも与えに来たんですか?」
「ああ、えっと…組織?の方は実はよく知らないんです。むしろ組織について聞きに来たんです」
「……ならばなおさら、ぼくが喋る事はない」
「ああ、それもそうか…ただでさえ爪弾きものなのにここで言ったらそれこそ『罰』が下りますね…すみませんでした」
フーゴは目の前に現れた女を警戒した。
こうして煽ってくるのは本当に脳みその足りてない連中か、何かを誤魔化そうとしているやつと相場が決まってる。
さらに、今現在パッショーネのトップに君臨するジョルノの名前を出し「親族が探してる」なんていう胡散臭い外国人を警戒するなと言う方が無理な話だ。
「あははは…どうしよ。うーん。せめて、どういう人なのかとか聞けたりしませんかね?」
「あなたを信用できない以上…言えませんよそんな事。怪しすぎる」
「じゃあ信用してもらうにはどうしたらいいか、私は考えましょう。…そうですね、じゃあ本当に組織と関係ない純粋な親族からの依頼ということを証明しましょう」
そう言うと女は今度は胸元から写真を一枚、そしてパスポートを差し出す。
「写真のこの人が依頼主なんです。似てませんか?そしてこれ私のパスポートです。コピーとってもいいですよ」
「……」
慎重に、まずはパスポートをチェックする。
偽装ではない、正真正銘本物の、本人のパスポートだ。
ついで差し出された写真だが、これは顔すら写っていないもので、首筋から後頭部にかけてを接写していた。
「似てます?」
「ぼくをバカにしているのか?」
「とんでもない」
イラっときて思わず手近にある瓶でこの女を殴り倒そうかとも思ったが、それをぐっと抑える。
そんなフーゴの胸中を知ってか知らずか、女は神経を逆なでするような無表情で上着のポケットから一枚の封筒を出す。
「じゃあこれ、せめて誰か幹部の方に渡してくれませんかね」
「…ぼくに配達を頼むつもりですか?こんなところで油を売っているぼくから伝わるはずないでしょう」
「勿論あなた以外にも配ってますよ。むしろ私が配達人ですね。あなたは単なる郵便受けですね」
「……こちらの我慢にも限度があるぞ」
「あ、キレると怖いんでしたっけ。何か気に触りましたか?ごめんなさい。そんなつもりはないんです」
女は怯えてフーゴの拳の届かない位置に何歩か下がる。その仕草と言動があまりに一致しておらず、フーゴはなおさら頭にきた。
女は逃げるように「早めに渡してくださいね」と言うと背中を向けて扉に向かっていった。
無事に返してしまっていいのだろうか?この女を無傷で返していいのか?組織に関して嗅ぎまわる犬をそう簡単に逃していいとは思えない。
カウンター内のアイスピックを握り、女が扉まであと数歩というところで、肩口を貫く…ッ!
そのつもりでアイスピックを振りかぶり、投擲。
肩口にアイスピックが深く突き刺さる…はずが、突き刺さったのは女の肩ではなく、
「なっ…」
割れた壁から突っ込まれた軽自動車のウィンドウに突き刺さった。
「…!?な…」
ガラガラと壁が崩れていく音と車の警告音が響く中、一瞬にして現れた軽自動車に頭が付いてこなかった。スタンド使いだったのか?わけがわからないうちに野次馬が集まってくる。
なぜ突然軽自動車が…?しかも、事故のような突っ込み方ではなく逆さまになって突っ込んである。さらに壁を突き破る瞬間をフーゴは認識していない…。
「スタンド使いか…!」
とっさにパープル・ヘイズを出そうとする、が…
「なっ…」
出ない。一切スタンドが出ない。とっさに以前戦ったマン・イン・ザ・ミラーを思い出し、とっさに周囲の文字を確認した。文字は反転したりはしていない。
ずる、
「…!」
トラックの中から白い腕が一本、ずるりと這い出してきた。
運転手がいたまま投げ込まれたのか?まさか自動車自体がスタンドなのか?
しかしスタンドが出せなくなるスタンドを使われている可能性が高い以上、生存者である確率も捨てきれない。
「大丈夫ですか!?」
急いで冷たく白い腕をつかみ、引く。
しかし拍子抜けするほどに手ごたえはなく、ずるり、と腕だけが抜け、腕から先にあったのは
「なッ…何だこれは!?」
めちゃくちゃに絡まった小腸と血管とのどろどろとした混合物だった。
胃の奥から吐き気がこみ上げてきた。
そして
「手紙渡しといて下さいね?」
はっと顔を上げると、歪んだ車のフレームの向うに二人…野次馬の隙間からこちらを真っ直ぐ見据えていた。
警告音が鳴りやんだ後、はっとして腕を握っていた手を見ると、先ほどの白い腕は消え、誰もいない軽自動車の運転席の中にもう一枚、封筒が落ちていた。車輪の回転が止まった。
二人を追おうとしたが、すでに野次馬にまぎれて消えてしまった。
まだ暑い夜、先ほど握った白い腕の感触だけがべったりとフーゴの手のひらの中に残っていた。