ナポリ郊外の広い屋敷。
森の中の別荘のような豪邸に『パッショーネ』本部は存在している。
本部と言っても名ばかりで、ギャングに決まったアジトはない。
たまたまボスがここ腰を据えているからそう言う呼び方をしているだけだ。
「…ジョルノ…じゃねーや、ジョジョよォー」
組織の№3。グイード・ミスタは部下から送られてきた奇妙な手紙に首をかしげ、現在パッショーネのトップに君臨するジョルノを呼んだ。
「なんだ?」
ミスタに呼ばれたジョルノも同様に奇妙な手紙に首をひねっていた。
「いやなんか、妙な手紙が三通も届いてるんだが…よ。ホントなんだこれ?」
「ぼくにも何とも…。ちょっとそっちの手紙も持ってきてくれないか?こっちにも一通あるんだ」
「ああ。ん?待てよ…?つまり合わせて4通って事か?オイオイ…これ開けねー方が絶対いいって」
「わかった。わかったからとりあえず持ってきてくれ」
[4]に異常なまでに執着してるミスタの相手をしていたら話が進まない事をジョルノは十分わかっていた。軽く返してすぐに手紙を奪い取る。
4通とも同じ封筒、同じ封蝋だ。
印璽は…急ごしらえで作ったのだろうか、荒いハートマークの中心に《DIO》と書いてある。
「…Dio…」
その名前には聞きおぼえがあった。
そう、自分の死んだはずの父親の名前だ。
一通を光に照らすと一枚便箋が入っているのがわかった。残りの三枚も同様に一枚便箋が入っているだけ。
怪しい仕掛けやスタンド攻撃ではなさそうだ。
封を解いて、中からその便箋を取り出す。
「…?」
【《月曜日 ナポリ大聖堂に行こう 日傘をさして、ランチバスケットは大きめに》】
子供の日記かと思うほど簡素で汚い文字で、綺麗な便箋の中央にそれだけ書かれていた。
首をかしげつつ残り三枚を同時に開け、中の便箋を並べる。
【《水曜日 サン・カルロ劇場に行こう わたしは芸術は大好きだ。日傘の色は黄色にしよう》】
【《木曜日 ムニチピオ広場を散歩しよう 黒いリストバンドがお気に入り》】
【《日曜日 今日もムニチピオ広場。すごい建物だ ベンチで眺めているだけでもすてき》】
「…これは…どういう事だ?」
「随分質の悪い悪戯だな」
「これ、誰から届いたんだ?」
「あ、そうだった。最近ナポリを中心に治安が少し悪くなってただろ?
アレ関連で下っ端のやつが病院行きになったんだが、そいつの元に届いたのと…あとは幹部の奴らから部下からだって届けられたらしい」
「治安関連となると放ってはおけないな…」
近頃、ナポリの浮浪者や売春婦の行方不明が相次いで発覚している。さらに下っ端とはいえパッショーネの一員が病院送りにされ、招集をかけた結果部下の数名が失踪していることが判明した。そしてつい先日、あのフーゴの店に車が突っ込む事件がおきたりと治安が目に見えて悪化している。
そしてこのDIOの封筒…
「……DIO…?」
現在亀のスタンドに住み着いてる№2であるポルナレフが反応する。
ポルナレフにとって《不吉》以外の何物でもなかった。
そしてジョルノにとっても、例えでも何でもなく幽霊から手紙が届くのとなんら変わらない不気味さをそなえた手紙である事に変わりがなかった。
「……ジョルノ…。この件、調べておくべきだ」
「ポルナレフ…」
ポルナレフの思っている事はわかる。
彼はDIOを…父親を殺したメンバーの一員だという事は以前話していて知ってはいた。DIOが自分の父親だという事は話していないが、彼の感じているであろう《不吉》さはジョルノも理解できる。
「調べるっつーなら病院送りのヤツから話でも聞きに行くか?」
「ああ、ポルナレフ、君はキーボードくらい打てるだろう?幹部にメールを出して聞いてみといてくれ。ぼくはミスタと病院へ行く」
「んじゃあ早速行こうぜ」
ジョルノは移動中にもう一度手紙を読みなおすために4通の便箋をポケットにしまい、豪邸から外に出る。
「こんなことでジョジョが出るっていうのも大げさじゃねーか?」
「これの差出人が、所縁のある人かもしれないから、ね。余計な人を巻き込んで騒ぎに発展させたくない」
車に乗り込み、後部座席で便箋を読み返す。
暗号…とまでは行かなくても恐らく何か伝えたい事があるのは間違いない。
共通するのは曜日が書かれているのと、場所。
そして日傘や荷物、服装に関するワードが一つ入っている。
一見すると日記のようでもあるが、日付は入っていない。
恐らく手紙は七通かそれ以上あり、リスクを分散してさまざまな人間に配り、数枚でもこのジョルノに届けば伝わるようにしている…と考えるのが妥当だろう。
この封蝋を見ればジョルノならわかる。
例えわからなくても手紙を送り続ければこの不審さに目を着けて接点がもてる。
そうなるとこの手紙に書かれている曜日にその場所に行き、該当する人物を探せば次の手掛かりが見つかる…。と言ったところだろうか?
「ミスタ。今日は何曜日だ?」
「水曜日だな」
「じゃあ病院へ行ったあとにサン・カルロ劇場まで行こう」
車は森を抜け、すぐに市内にはいり、病院につく。
ミスタと二人で入院している男の病室へ向かう。病室は三階にあり、面会謝絶の札がかかっていた。しかしそんな札なんてあってないようなもの、二人は病室の扉を開けた。
中にいたのは、拘束された男だった。
彼とは時折、運転手として顔を合わせていたが、あまりの変わりように一瞬誰だかわからなかった。
呼吸器が鼻に刺さっており、口は治療中という事もあってか保護マスクのような轡がはめてあり、両腕とも包帯とギプスで固めてあった。さらに目には包帯が幾重にも巻かれている。
想像以上に重症だ。
二人の入ってきた音に反応してぎしぎしとベットを軋ませて何かから逃げようともがく。拘束されているが故にもごもごとしか聞こえないが、そうとう何かを恐れているようだ。
「おいおい、そうこわがんなよ。オレはグイード・ミスタ…聞いた事くらいあるだろ?」
「怪我しているのは…ほとんど全身、か」
これはあえて始末しなかったのだ。ジョルノは直感する。
彼の入院以降に消えた他の部下たちはまるで空に消えるように消息を断った。この男にだけ生きている理由がある。ディオの目的が自分なのだとしたらこの男は僕の運転手をしているときに目をつけられたのだろう。
なんにせよ、こんな姿になれば生き残ってしまったのは不運としか言いようがない。
ナースステーションでカルテを拝借して見た限り、外傷は両手の複雑骨折。顔面はピアスを千切った痕。咥内は二目と見れないほどの多数の切り傷。目には大量のガラスが差し込まれており失明。そして歯と舌を抜かれている。さらには精神錯乱。
「酷い傷だが何か特殊な手段を使ってるわけじゃないようだな」
「トラウマにもなるってもんだぜ。でもどうするんだ?これじゃ何も聞き出せねェ」
「…GEで舌は作れるからどうにか話してもらおう」
そこに置いてあった見舞いの品らしき林檎から、舌のパーツを作り出す。
そして男の口枷をはずし、痛々しい傷口をのぞかせる舌の根元にそれを宛がう。男はまだパニックに陥っているのか口をこじ開けておくのに苦労した。男が何かを呻くたびに歯が抜けた歯茎からじんわりと血が滲んでいた。
舌が傷になじんだあたりで男を解放する。
すると男はずっともごもごと動かしていた口からやっと言葉を発する。
「これ以上何も話せない…何も話せない…知らない…知らない…」
男はうわごとのようにその言葉を延々とつぶやいている。
「しっかりするんだ。一体何があったのか教えてくれ。」
ジョルノはその痛ましい姿に眉をひそめつつ男を落ちつけようと肩をさする。
しかし男はさらにその動作に怯える。
「話せることは話した…!もうこないでくれよ…!」
「落ち着けッ!!」
ミスタがぴしゃりと言うと、男ははっと口をつぐんだ。
「あ…あああ…あ」
「大丈夫ですか。もう喋れるはずです。どうか落ち着いて話を聞かせてもらえませんか?」
ジョルノは優しく、丁寧に問いかけた。緊張と緩和のおかげか、男はプルプルと震えてから泣き出した。
「……お、俺は…俺は話したくなかった…でも死にたくもねえ。だから許して…許して下さい」
「その傷は誰にやられたんですか?」
「誰だってあんなのを前にして普通でいられるわけがない…そうだろ?」
「駄目だこいつ…話になんねー」
ミスタの言うとおりだ。まったく話が通じない。
少なくとも時間をかけて恐怖を取り除いていかなければとてもではないが話はできないだろう。
「…今日のところはやめにしよう…。」
自殺される可能性も少なくないので元のように轡をはめて男の病室をあとにする。何をそこまで恐れているのか想像がつかない。
病棟の白い床を歩きつつ、この犯人像を考察する。
組織を狙っての犯行ではないのだろう。むしろなるべく騒ぎにならないようにと悪意を一点集中させたように感じる。ただジョルノ・ジョバァーナにアピールするためだけに。
どちらにせよその『悪意』…放っておくわけにはいかない。
「サン・カルロ劇場だったか。子供のころ遠足で行ったなァー…元々そんな興味もねーけど」
「ぼくも外側を見学しただけだ。…あえてあそこに行くのは観光客かマニアくらいさ」
「でもわざわざ手紙通りの場所に行ったりして平気か?」
「今日はこの手紙に書いてある特徴の人間を何人か見つけるだけでいい。幸い明日行く場所も分かっているわけだからな」
「なるほどな」
車に乗り込み、すぐそこにあるサン・カルロ劇場前に車を止める。
車からは出る事無く、入口付近にいる人間を観察する。観光客が多く、外人や子供など多くの人でにぎわっている。
「……不審な奴がいないか見張ってくれ、ミスタ。ぼくは写真を撮っておく」
「そんなの部下にやらせればいいだろ?」
「騒ぎにしたくないんだ」
「はー、わかったよ」
夏の終わりというと色々な国で休みをとって観光にくる人間が多々いる。
そのせいでいくら写真を撮っても日傘やランチバスケット、アームカバーなど手紙に記された条件に該当する人間も多いだろう。
「…結構気が遠くなる作業だ…」
ぱしゃり、とジョルノはシャッターをきった
…
探索、拷問、後片付け。食事は、いともたやすく行われる残酷な行為。すべてが片付き、真っ暗なホテルに戻る。まだ日が昇るには時間があったが、その前に山井の体力が尽きた。
翌日の"観光"もあるので休まなければならず、山井は体をベッドの上に投げ出す。
一切部屋に人をいれていないので、換えていないシーツからは汗の臭いがする。自分の老廃物の臭い。ディオからは一切しない、生き物の臭いだ。
ディオはベッドの向こうはしで山井が今まで撮りためてきた写真を捲っていた。山井は手を伸ばし、その背中に触れる。ノースリーブのタートルネックは今まで外で動いてきたとは思えないほど冷たい。
血を飲み活動しているということは何らかの代謝はあるはずなのだが、吸血鬼という存在はそういった理から外れているのだろうか。
ごつごつと硬い筋肉は体温がなければ岩のようだ。背骨と尾てい骨の間を行き来して、この生きてるとは思えない化物の発生過程を頭に浮かべる。
あれは発生としか言いようがなかった。頭蓋骨から体が生え、受精卵が胎児になるかのごとく、未発達な部位がどんどん削がれ、研がれ、人の形になってゆく。肉が先端からみちみちと生え、新たに伸びてゆく骨を覆う。継ぎ目から血管が結ばれ、どんどん形だけは人に近付く。
今触れている皮膚の下には、きちんとみんな同じ腸が詰まっているのだろうか?
山井はディオの背中から手を離し、自分の体の中で脈動する心臓を、蠕動する腸を瞼の裏側に描く。
私の体の中はどこもかしこも湿っていて、温かく、私の意志と関係なく蠢いている。それは私が見ていた悪夢のような世界の肉腫とおなじだ。私という皮を剥げば、人間は吐き気を催す悪趣味な肉の塊に過ぎない。
だとしたらこの男はなんなんだろう。
彼の中に詰まっているものはなんなのだろう。
冷たく硬く乾いた躯は誰とも違う。この世界で唯一、彼だけが私の狂気の外側に立っている。
私のスタンドが私の心なのだとすれば、あの光景は皮のない人々の集合体だ。
私は『天国』を思い出す。ディオのものでも私のものでもない、一般的な『天国』を。
そこには苦しみも悲しみもなく、罪を犯していない人々が並んでいる。これまでに死んだ膨大な死者が横並びし、微笑を携え神の愛に包まれている。
その光景から美しい外側を剥いだものが自分のスタンド能力の本質なのではないだろうか?
皮のない、血と肉と腸だけの平等な存在が手を広げ、皮のある死人を同じ姿に加工し、迎える。
それはとても愉快な妄想だった。
人々の信じている天国が、理想が、この醜悪な臓物の塊に成ることだとわかったら信仰は揺らぐだろう。天国のために生きてる人間は何か他の生きがいを見つけるしかない。
ディオも写真を見るのに飽きたらしく、ベッドに横になった。
時計を見ると、直に日の出だった。
「辛くないか」
「は?」
「寝なくて」
「ああ。別に、特には」
寝ないでいいディオのほうがよっぽど辛そうだ。寝なくていいと言われても彼は日中動き回れないのだから。
「朝日を浴びたいと思ったりします?」
「ああ、たまに」
「それはあなたの人間部分のせい?それとも自殺願望?」
「わたしが自殺を考えるように見えるか」
「すこしだけ」
その言葉にディオは驚いた顔をしてこちらを見た。
私は笑う。
「なぜなら人は、人生のうち一度でも自殺を考えずにいられないからです」
「…わたしの天国ならば、そんな考え事に時間を費やさなくてすむ」
「それは素敵ですね」