【完結】Kill・Yの病   作:ようぐそうとほうとふ

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「その骨は母に」

目隠しをされた状態でわかるのは、車が結構荒い舗装の道を歩いているという事だけだった。

手には手錠をかけられており、さながら凶悪殺人犯護送中にも見える。しかし自分は事実凶悪死体遺棄犯ではあるのであまり大きな声で文句は言えない。

シートの座り心地がやけにいい車に乗せられ、すぐ目隠しをされ一時間以上車を走らせている。

そのため一体どこに連れられているのか見当もつかない。

山井は目隠しのおかげで気が楽だった。車の中にスタンド使いと閉じ込められたら、肉塊が眼前に広がってたに違いない。そうなれば最悪の場合自分のスタンドが暴走する。見えてないので楽だ。

 

無事で返さないと暴れるぞと脅したものの、ディオが自分を助けに来てくれるかと言えばそれは期待できないし、きちんと仇討ちしてくれるのかもわからなかった。

 

けれどもそれはそれでいいと思う。不本意な形で旅が終わるのに一抹の無念を感じるかもしれないが、そもそも自分が今外国で夜を征く吸血鬼の片棒を担いでいること自体がファンタジーであり、今はゆっくりとした走馬灯なのだと思えば殺されるとしても心穏やかだ。

事態がどんなに悪化しても、自分の見ていた光景よりも悪いということはない。

あの湿った赤黒い、生々しい世界からほんの一瞬抜け出せたというだけで私はもう救われているし、ディオとの出会いの時点で人々の探し求める人生の意味を見つけてしまった。

 

「……」

 

車が徐行し、急に揺れが減る。

どうやらどこかの敷地内に入ったらしい。

 

「目隠しと手錠はそのままで…ミスタ、支えてあげて」

 

ここまで来たらもう抵抗する気も虚勢を張る気も失せるというものだ。完全に生殺与奪権は握られている。

建物に入ってしばらく歩くと部屋に通されたらしい。足元の感触が変わった。

肩を押されて無理やり椅子に座らされた。なかなかいい椅子だ、と思う暇もなくベルトのようなもので椅子に固定されてしまう。

 

「…すまないミスタ。席を外してくれないか?」

「ああ。くれぐれも気をつけろよ」

 

重そうな扉を閉める音がし、部屋に重たい静寂がおりる。

部屋にいるのはジョルノと自分だけだろう。逃げられるとも思えないのでおとなしくしていた。

まぶたの裏側に映る線香花火のような光を追っかけていると、ふいに言葉を投げかけられた。

 

「急に無口になったが黙秘してるのか?」

「いや、私はもともとこんな感じです」

「とりあえず話してもらおうか。《DIO》について」

「……」

「こっちとしても暴力に頼ったりはしたくない」

「うーん。そうですね。彼は…実はおしゃべりが好きです」

「そういうことを聞きたいんじゃない」

「私は私なりに、彼を魅力的に伝えようと努力しているんですよ」

「ほう。ではDIOは魅力的な人物だと?」

「客観的に見れば」

「人を殺し、傷つけ弄ぶような奴が魅力的?」

「人には欠点もありますよ」

「人、ね」

 

ジョルノの思わせぶりな相槌に山井は一度黙った。

ディオが人ではない事は事実だ。だがそれ以前に、彼らはディオの実在を疑っているような素振りだ。

 

「疑ってます?私があなたの組織の下っ端を痛めつけたと本気でお思いですか?」

「いいや。君にはきっと無理だ。たしかに君の背後に誰かがいるのだろう。だがそれが果たしてぼくの想像する《DIO》なのか、確信が持てない」

「ではジョルノさん。あなたはディオさんの事どれくらい知っているんですか?」

「だいたいは知っているつもりだ。そういう君は、どこまで知ってて関わってるんだ」

「おおむねは知ってるつもりですよ」

「………」

 

山井は自分が会話が下手なことを自覚していた。だがどう直せばいいのか見当がつかなかった。悪気はないのに相手を苛立たせてしまう。ディオは笑ってくれるというのに。

 

「ジョルノさん、よく聞くと声がお父さんに似ていますね。ですが性格はあまり似ていません。あなたはまだ謙虚さがある」

「本当に『おおむね』はしってるようだな」

「あなたに関しては本当に何も知らないんですけどね。いいえ、ディオさんとだって3カ月くらい行動を共にしていますが、本当は何も知らないのかもしれない」

「…で、その父を名乗る人物がぼくに会いたいと?」

「そうみたいですね。やはりどんな人間にも親心ってあるんですねぇ…」

「人間?吸血鬼の間違いだろう」

「………なんでそこまで知ってるんですか?」

「それを踏まえて、君は行動を共にしている…と」

「ええ。まあ」

 

ジョルノは嫌悪に満ちた眼差しで女を見た。彼女は拘束して目隠しをしても悪意でこちらを見透かしているような気がする。その粘度の高い気配は以前戦ったチョコラータのスタンドを彷彿とさせた。

 

「…いいだろう、少し待っててくれ」

 

余り可能性はないが、この女が騙されている可能性もある。一度ポルナレフを連れてきてあの女の言うDIOが本人かどうなのか確認しておくべきだろう。生きていたDIOを知っているのはポルナレフだけだ。

 

「…ポルナレフ」

「ミスタから聞いた。おれが話しても平気なのか?」

「むしろポルナレフ、DIOという男についてしっかり教えてやってくれ…もしかしたら騙されてるのかもしれない。目隠しをしてあるから今の姿でも問題ないだろう」

 

 

 

山井は目隠しのおかげでむしろ気が楽だった。この部屋が床だけふわふわの拷問部屋だろうと、牢獄だろうと、見えてない限り自分の想像のままだった。見えてない限り、わからない限り、すべてを自分の意のままにできるような気がした。

ただ、不安が頭蓋をどろどろと濁った気持ちで満たしていくのは心地のいいものでなかった。一方で帰れないかもしれないということに不安になれるのが少しだけ嬉しい。

 

 

そんな物思いにふけっているとようやくドアが開く音がし、誰かが入ってきた。

 

「こんな子供が?」

「……いや、子どもという年ではないです」

 

聞こえてきたのはジョルノではない声だった。

 

「わたしは少なからずDIOという男を知っててね。わたしの知っているDIOと君の知っているDIOが同じ男か念のため確認したい」

「知ってる?ははぁ…なるほど。そう言えば三人ほど生き残ってるはずだって言ってましたね。消去法でいくとポルナレフさんでしょうか?ボンソワー、よろしくシルブプレ」

「なるほど、話すまでもないな、わたしの知っているDIOと君の知ってるDIOは同一人物か」

「そのようですね。」

「そこまで聞いているということは当然、全てを知っているんだな?」

「……まあ何を持ってすべてかはわかりませんがね。」

「もし脅されているというのなら、今ここでそう言えば組織が保護してあげよう。」

「脅されてるとは?」

「ここ最近の行方不明事件の犯人はDIOだろう?何故痕跡が一切残っていないのかはわからないが、DIOが生きているのなら食事はするだろう。君はそれに協力させられている」

「ご明察ですが保護は受けません」

「保護を受けない、となるとDIOの目的によってはこっちが攻勢に出る可能性もある。今ここで降りないというのなら君の命は保証しかねる」

 

脅されてる?馬鹿なことを。

私がディオに従うのは彼だけが私を外側から規定してくれるからだ。

信じるべきは、存在するのは、醜い肉塊共と一以下も変わりのない零のお前たちではなく、彼だけだからだ。

 

「あなたは神をご存知ですか」

「…なに?なんだと?君は今、神って言ったのか?」

「神という言葉に準ずる何かでもいいんですが、つまりそういうものを知ってますか?」

「……わたしは信仰を持ってはいるが、お守りみたいにしか思っていない」

「それは、残念です。ならばあなたに彼の説明をすることは不可能です。私は彼に脅されていたりしない。私は私のためにやってるだけです。なので保護は受けません」

「そうか…残念だよ」

 

ポルナレフと思しき人物は黙り込んでしまう。

山井の言葉を吟味するような沈黙ののち、不意に噛みしめるような声がした。

 

「なるほど…」

 

ジョルノの声だった。山井は少しだけ驚く。出ていった足音も入ってきた足元も一つだったはずなのに、ここにはジョルノとポルナレフの二人がいる。奇妙だ。ポルナレフははじめから中にいたんだろうか?

 

「ただご理解いただきたいのは、私達はただジョルノさんに会いたかったという事だけです。…まあ過程で悪さをしたのは否定しません。ですがあなたの立場を考えればそうでもしないと目にもとまらない。そうでしょう?事実、行動の結果私は今あなたに会うことができた。もう無駄なことはしません」

「なるほど?それで、僕が応じなかった場合は?」

「応じない?それはあり得ない。だって気になるでしょう?わたしたち」

 

山井の言葉にジョルノはほんの少しだけ目を細め、考える。ここで突っぱねてもいい。が、彼女の言うとおり死んだはずの吸血鬼に興味がわいているのも事実だ。父親ということを差し引いても、この不気味な違和感を放置しておくのはすわりが悪い。

 

「…とりあえずは金曜日。招待状に書いてある場所で敵か味方かは判断しよう」

「はあ。よかったです」

「夕方までまだ時間はあるな。ちゃんと元の教会まで送るさ。『お使い』さん」

「私の名前は山井夜です。ジョルノ・ジョバァーナさん。ご親切にどうも」

「そうか、ヤマイヨル。じゃあ教会まで戻ろうか?」

 

 

 

車内。

山井は手錠と目隠しはそのままで揺れに任せてシートにもたれ掛かる。

どうせ道のりが特定されないように適当に乗り回しているのだから、ここで寝ておくのも悪くない。シートは素人でもわかるくらい上物だし、寝心地もいいかもしれない。そう思い、早速山井は寝た。三ヶ月間、寝れるときに寝るようにしていたのであっさりと眠りに落ちた。

ただし左にもたれると肩を突き上げられ、必ず起こされた。

 

「どうぞ」

という声とともに目隠しが外された。

やけに暑苦しいと思ったら、左にミスタが座っていたらしい。彼は右手に手錠をつけると、もう片方の手錠の鍵を開け、山井の左手首に通した。

 

「うわ。なにやってるんですか」

「教会の会った場所まで送る。その間にジョジョに攻撃してくるとも限らねー。オレだって不本意だがあそこまでお前を監視する」

「よりによって…貴方ですか…」

「オレが一番強いんだよ」

「そうは見えないけどなぁ…」

 

ミスタがランチバスケットを持ち、通行人に見えないように銃を構えて山井を教会まで連れて行く。さながら人質をとった強盗だ。

山井は銃口がちょうど腹に穴が開く位置につきつけられているのがわかった。

 

「わっ!」

 

大声を出してみたが、ミスタは驚かなかった。

「なんだよ急に」

「びっくりしてうっかり引き金を引いちゃったりするのかなと」

「オレじゃなかったらそうしてたな」

「ですね。今のはあなたを試したんです」

「……オレはお前のことも、お前の主人のことも詳しくはしらねーが、お前はここで殺しといたほうがあとあと帳尻が合いそうだってわかるぜ」

 

ミスタの肩が歩くたびにゴツゴツとあたっている。お互い歩調を合わせる気は全くない。他人の熱が服越しにわかるのは気持ちが悪い。けれども、肉塊が出ないだけマシだった。

彼のスタンドは見えなかった。不思議だ。でも、拳銃の弾倉からぼちゃぼちゃと血がたれている。勿論これは山井にしか見えない幻想なのだが、その垂れた血がももやふくらはぎに落ちるのは不快でしょうがなかった。粟立つ皮膚を隠しようがないのが屈辱だった。

 

「私も貴方の事よく知りませんが、貴方をここで殺しといたほうがあとあと世界平和に貢献する気がします」

「世界規模でオレが何するんだよッ!」

「…遺跡に落書きとか…?」

「ふざけんな!12のガキじゃあるまいし」

「でも立ちションくらいならしそうですね」

「なんだとテメー。まともに便器に座ることすらできなさそうな癖して。いくつだよ」

「21歳です。貴方は?」

「18だ。歳上…?誤差だな。誤差、地球の回転のせいだ」

「年上には敬意を払うべきですよ」

「銃を持ってる相手には敬意を払うべきだ」

 

そうこう話しているうちに、傘を構えあった聖堂に戻ってきた。

「荷物は教会の入り口に置いておく。武器も入ってたしすぐに手渡しはできねー」

「…まあべつに、最悪捨ててもいいですよ」

「…今後この街で怪しい動きしたら容赦しねーからな」

「はあ。あの、そろそろ手錠を外してもらっても?」

 

手錠越しに滴る血が、粘度を増している。血というよりも溶けた肉だ。それが触手のように流動する先端を手首から上へ侵攻しようとしている。もちろん、これは山井にしか見えない幻だった。けれども山井にとってはたしかに存在する恐怖だった。

 

「ったく…とっとといっちまえ、ほら」

 

ミスタは手錠を外し、背を向けて走るように出口へ行ってしまう。

しかし警戒は怠っていない。しっかり無数の視線を感じる。何人か部下は動員しているようだ。

全員をまいてホテルに帰るのは難しいだろう。

穏便に済ませるために殺したりはしないものの、やはり探りは入れてくる。当然といえば当然だ。素人の山井でも思いつく。

 

「…そろそろ日没…か。」

 

ミスタが走り去った後、教会の入り口に置いてあるランチバスケットを回収するために出口まで行き、公衆電話を探した。割とすぐに見つかるったので監視も盗聴も前提で電話をかける。

 

『…どうした?』

「接触しました。監視されてるので迎えに来てほしいのです」

『なら衣類はすべて処分して手荷物も捨ててから教会前のなるべく人通りの多い場所に立っていてくれ。傘をわかりやすいようにさしてれば回収する』

「わかりました」

 

受話器を置くとすぐに近くの店に入り、適当な服を見つくろう。下着から何まで捨てるのは勿体無いが襲撃の可能性は減らしておかなければならない。

そしてそのまま店のトイレで着替え、髪も梳いて何か付けられていないか確認する。

 

「…よし…」

 

今日着てたものより数倍は安いワンピースだがしかたがない、我慢しよう。カメラは残念だが、このままだ。

トイレの天井板を蹴り飛ばし、天井裏に置く。日が既に沈みきった街中へ向けて日傘をさして向かった。

空は乾き始めた血のような色をしていた。

夜の空気は相変わらず湿っている。いや、生臭い。山井は今見ている光景が自らのスタンドが作る狂気の渦の中のものなのか現実のものなのかわからなかった。

風が吹き、ペラペラのワンピースがめくれ上がる。足元を舐める風。それすらも生物のあのゾットする生ぬるい息に感じて思わずスカートの裾を抑えた。

 

「あ、…う」

 

久々に人間の肌に触れたせいだろうか。

一度それを自覚した途端に制御不能の悪寒が皮の下で暴れだし、意味をなさない波形のような動揺が脳味噌の中を駆け巡る。

しゃがみこみ、傘を殻のようにして身体を覆った。

 

気をそらすために絶対に意味なんてない足元の石の陰影に意味を見出そうとした。三ヶ月前にもよくやっていた対処法だったが、やはり意味がなかった。

寒くもないのに震える。そして涙まで出てくる。

指の腹で拭うと、その涙すら経血のように穢らわしい赤に染まっていて、山井は思わず小さな悲鳴を上げて座り込んだ。

 

傘が周りの風景を隠してくれる。

 

自分が5歳くらいの幼児になったような気がした。あまりに頼りない世界の認識。自分はあの頃とちっとも変わっていない。体が大きくなって、社会に組まれたルール上でやれることが増えただけだった。

いつかは零になる、目減りしていく人生。自分の残り時間はとっくにアンダーフローしていて、もう死ぬことすらできないんじゃないかと思った。

また泣きそうになったとき、傘が持ち上げられた。

 

「まったく…まだ制御もろくにできないのか」

「……いや、これは…たまたま」

「迎えに余計な手間をかけさせるな。早く引っ込めろ」

 

ディオが、真っ赤な世界で唯一青白かった。

月のように。或いは骨のように。

 

「わかっていますよ。今日はディオさんが騒ぎを起こさずに町中に出れるか、試したんです」

「馬鹿なことを」

 

ディオは手を差し出した。私はそれを恐る恐る掴み返す。

陶器のように冷たかった。

深い安堵感を覚え、その手を強く握り返した。

 

 

 


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