Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第八話 「ここはどこ? 私は──」

 夢を見た。

 随分と懐かしい、昔の夢だ。

 

 所々ノイズが混じっていたし、顔もぼやけてよくは見えなかったけど。

 でも、あの子たちのまだ幼い緑と金の瞳は見ることができた。それだけでも十分嬉しい。

 

 夢の内容を振り返る。

 あの子たちと初めて会った森。平穏で温かな村。優しい住人たち。そして、その村を包んだ炎の海。あの地獄のような光景は、正直今でも軽いトラウマだ。

 

「あのときは、大分無茶をしたなぁ」

 

 制止の声を振り切り、燃え盛る炎に飛び込んだ。あのときは無我夢中で、自分のことなんて全く考えていなかった。

 ただあの穏やかな村を見捨てるのが嫌で、あの子達を失うのがとても怖くて。無謀にも、一人飛び出してしまったのだ。

 その癖、いざあの巨体を見ると体が震えて動かない。

 あの子たちを見つけ、安心しきってしまったのも良くなかった。そのせいで足元の木の枝を踏んでしまったわけだし。

 

 こう振り返ってもよく生き残れたな、私。

 あのとき、それからどうしたんだっけ。

 確か、あの子たちが私を守るように前に出てくれて……。ああ、そうだ。あの小さな身体で敵うはずもなく、吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 それから、私は迫る死の恐怖に目を瞑って、暖かな光を感じたんだ。

 

 覚えている。あの子たちが私を助けてくれたこと。

 ちゃんと、覚えてる。

 

「……ふふ」

 

 無事生き延びた私たちは、その後揃って村のみんなに怒られた。何であんなことをしたんだ、と。特に村長が一番怒り、泣いてくれたのを覚えている。

 そして長く続く説教の間、私は泣きながら笑っていた。あのとき実感したのだ。私はこの村のとって、大切な存在になっていたのだって。あれは、本当に嬉しかった。

 

「? どうしたの、ランサー?」

「……いえ、なんでも。貴女があまりに情けない顔をしていたものだから、見ていただけよ」

 

 ふと、ランサーが私をじっと見ていることに気づいた。どうかしたのかと声を掛けると、返ってきたのはそんな答え。

 思わず口許を手で隠す。そんなに緩んでいただろうか。全く自覚がない。

 というか、なんか昨日から感情が表情に出やすくなっている気がする。それとも元々だろうか。

 

 ……まあ、いいや。戦闘中は気を付けよう。

 

 準備を整えてマイルームから出る。

 食堂で軽く朝食を済ませていると、端末に運営からの連絡が入った。

 

第二暗号鍵(セカンダリトリガー)を生成。第二層にて取得されたし』

 

 どうやら二つ目の暗号鍵が生成されたらしい。これで第二層にも行くことができるだろう。

 そこにも私の記憶があればいいんだけど……こればかりは行ってみないとわからない。

 

 早速アリーナに向かおうと考え、思いとどまる。

 猶予期間は今日を含めあと三日。一日も無駄にすることはできない。

 なにをすべきかを考える。そして思い浮かんだのは、ランサーのことだった。

 私は彼女のことをあまりに知らなすぎる。実在した人物なのか、それとも神話などの登場人物なのか。それすらもわからない。一度くらい、彼女について調べておいてもいいだろう。

 

 

 *

 

 

 図書室に向かってみると、そこでは白乃と慎二が何かを話しているようだった。といっても、慎二が白乃に向かってほとんど一方的に話しているだけだ。

 慎二らしいというか、なんというか。言葉の端々にサーヴァントの情報が入っていることに気づいてないのだろうか。海賊女って、結構重要な情報だと思うんだけど。

 

「なんだヴィオレット、お前も魔術師だったのか」

「……まあね」

「いや、考えてみれば当然か。お前だって僕の友人に振り当てられていたんだから」

 

 相変わらずの発言に、苦笑いしか零せない。

 慎二は悪い奴ではないのだけど、少々自身過剰なところがある。

 

『……このワカメ、やっぱり気に入らないわ』

 

 唐突に呟かれたランサーの発言に疑問を持つと同時に、強烈な衝撃を受けた。

 慎二の頭を見る。癖の強い、少し緑がかった青色の髪。

 今まで全く気にしていなかったその髪型が、ランサーの一言によってそれにしか見えなくなる。

 

 なんだか気まずくなって、思わず慎二から目を逸らした。

 幸い二人には気づかれてないようでほっとする。髪型がワカメみたいだ、なんて考えてることが慎二にバレたら絶対にうるさい。平常心平常心。

 

「ヴィオレットも、次に僕と当たらないように祈っておくんだな。あはははっ!」

 

 好き勝手言い切った慎二は、どこか満足そうに図書室から出ていった。

 その背を見届け、肩の力を抜く。

 

「慎二は変わらないね」

「そうだね」

 

 彼は予選のときと何一つ変わっていない。自信家なところも、悪態をつくところも。

 ただ、彼が聖杯戦争のことを"ゲーム"と言っていたことが気になった。もしかして、負けたら死が待ち受けていることを知らないのだろうか。

 いいや、そんなことはない。確かにちょっと抜けているところもあるけど、ルールぐらい把握しているはず。

 だとしたら、慎二は……。

 

「いや」

 

 そのことを考えても仕方がない。慎二は私の対戦相手でもないのだから。

 考えていたことを全て振り払い、白乃と別れて本を探す。

 

 といっても、手掛かりになるものはなんにもない。そんな状況で時間を掛けても、ただ無駄に時間を使ってしまうだけだ。

 今日はそれっぽい文献をいくつか読むだけにしよう。

 

 とりあえず、神話の類が置いてある棚から一冊手に取ってみる。

 パラパラと中を流し読みしてみるが、残念ながら足が刃である、という人物や神は見当たらない。見逃しているのか、それとも神話の登場人物ではないのか。

 何度か読み返してみるが、ランサーに近しい人物は見つからなかった。こうも見つからないとなると、神話関連の英霊ではないのかな?

 

「……今日はもういいか」

 

 他の本を手に取ってみるも、結局収穫はなかった。

 セイバーが絞れたからランサーもと思っていたのだけど、そう簡単にはいかないみたいだ。

 しかし、そう思えばセイバーは見た目からわかることがかなり多かった。だけどランサーのように、見た目だけでは全くわからないサーヴァントもいる。今回が少し分かりやすいだけで、情報がないなかで真名を探るのはこんなにも大変なのか。

 改めて情報の大切さを実感し、手にしていた本を棚に戻す。

 

「おや、あなた方は……」

 

 調べ物も終わり、図書室から出ようと扉へ向かう。その途中、精悍な声に呼び止められた。

 振り返ると、そこには本を手にしたレオが立っていた。見たところ、彼も情報を探しに来たのだろう。

 

 呼び止められたのだから無視をするわけにはいかない。

 踵を返しレオのところに向かうと、近くには白乃も一緒にいた。あなた方、というのは私と白乃のことだったらしい。

 

「滝波白乃さん、クレア・ヴィオレットさん。改めて、本戦出場おめでとうございます」

 

 嫌味、ではない。彼は本心から私たちを祝福しているようだ。いつか戦うかもしれない敵同士とはいえ、そう言われるのは悪い気分ではない。 

 

「一回戦はマトウシンジさんと、タカナシアスカさんですか。お二人とも強力なサーヴァントを持っているようですね。お気をつけください」

「……よくご存知で」

 

 白乃の対戦相手を知っているのはいい。図書室にいたということは、さっきの慎二と白乃の会話を見ていたのだろう。

 だけど、私の対戦相手を知っているのは少しおかしい。白乃にも教えていないし、小鳥遊とはアリーナでしか会っていない。唯一知られた可能性が高い情報収集のときも、周囲には彼の影すらなかったというのに。

 一体どこから情報が漏れたんだ。

 

「ふふ、それはトップシークレットというやつです」

 

 自分の情報源をそう簡単に教えてくれるはずもない、か。まあ、NPCが漏らすとは思えない。となると、誰かが話していたのを盗み聞きしたか、他のマスターと手を組んでいる、と考えるのが妥当なところだろう。

 

「それにしても」

 

 と、レオは白乃に不可解そうな目を向ける。

 白乃は突然話の矛先が自分に向かったからか、少し肩を震わせて驚いていた。

 

「もしかして、まだ仮初()の学園生活がどういうものだったのか、理解されていないのですか?」

 

 彼の言う学園生活というのは、予選のことだろう。

 それについては桜から話を聞いている。でも、それはルールに関することだけ。思えば、あの世界がどういうものだったかはよく知らないな。

 

 それは白乃も同じだ。恐らく、彼女と私が持つこの世界に関する情報量に、そこまで差はない。

 だから、レオの言葉に頷くのは容易に想像できた。

 

「うん、実はよくわかっていなくて。よければ教えてくれないかな?」

「そうですね……あなたとは縁もある。ええ、僕でよろしければ、少しばかり説明してあげましょう」

 

 クレアさんもよければ、とレオは言ってくれた。

 こちらから頼む手間が省けて助かる。礼を伝え頷くと、彼は近くの椅子に座るよう促した。

 

「お茶の一つでもあればよかったのですが、仕方がありませんね」

 

 軽く冗談を交え、レオも向かいの椅子に腰かける。

 その些細な動作すら洗礼されていて、高貴な雰囲気が感じ取れた。本当に彼と私は住む世界が違うのだと、一層感じさせられる。

 

 しかし、図書室でお茶って。その冗談は少し笑えない。

 万が一、本を少しでも汚してしまったら……ああ、想像するだけで身震いがする。

 

 彼女は怒ると怖いからなぁ。あの説教で何度地獄を見たことか。

 

「……あれ?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもないよ。気にしないで」

 

 彼女って、誰だっけ?

 本好きだっていうのは分かるんだけど……。

 

「では早速、あなた方は固有結界というものはご存知ですか?」

 

 考え事をしているうちに、レオの話が始まってしまった。慌てて意識を戻し、彼の話に耳を傾ける。

 そして固有結界という、聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 

「固有結界とは、強力な魔術を以て、術者の周りの空間をまったく別の空間に作り変える魔術のことです。サーヴァントの中にも、この固有結界を持ち合わせる者がいます」

 

 その説明に驚き、目を見開く。

 空間を作り替える? そんなことができるサーヴァントがいるなんて。一体どんな魔術なのか、想像もできない。

 

「固有結界の維持には大変な熱量を要し、サーヴァントの強力な魔力を以てしても維持するのは難しい。長くて数分が限度です」

 

 だが、やはりデメリットは大きいらしい。

 数分、となると使い所は難しい。さらに、固有結界を展開したあとの消耗は激しそうだ。

 

「そして予選で我々が過ごした学園は、聖杯がその所有者を決める為に作り出した固有結界なのです。予選の学校と同様に、本戦の学園、アリーナ、そして、マスター同士が雌雄を決する決戦場。これらも全て、聖杯がその桁外れな魔力を元に作り出した、個別の固有結界なのです」

 

 あれだけの規模の固有結界を長時間、しかも複数同時に維持するのは、現在ある最新鋭のスパコンでも不可能だと彼は言う。

 サーヴァントでも数分しか保てない固有結界を、ムーンセルは幾つも展開し、維持している。

 それだけ聖杯が有する魔力はすごいということだが、対象が大きすぎてあまり実感はわかなかった。

 

「聖杯戦争に参加した全てのマスターは、一度記憶を完全に削除(デリート)されます」

 

 レオの話は続く。それは、一番初めに桜や言峰から聞いたことだった。

 だが、制限時間が設定されていたとは初耳だ。

 

 横目で白乃の顔を盗み見る。

 彼曰く、予選期間は4日間。私と白乃と知り合ったのは多分予選から。つまり、今日を含めてもまだ8日しか共にいないということだ。

 もう半年近くは一緒にいる感覚なのに。これも、聖杯から与えられた偽りの記憶なのか。

 

 それは少し寂しい。けど、悲観することはない。

 白乃は私を友達だと言ってくれた。私はただ、その言葉を信じればいい。

 

「もっとも、トオサカさんはすぐに役割を抜け出していたようですね」

 

 笑いながら紡がれた言葉に、こちらも笑いが零れた。

 なんて遠坂らしい。きっと、自分ではない自分を演じるのが嫌だったんだろう。

 

 ちなみに、と話は少し脱線した。

 藤村先生や一成はNPC、またはAIであるということまで教えてくれた。

 

 今この校舎にいるのは、マスターとサーヴァント、そしてNPCだけ。

 彼らがマスターでない以上、NPCであることは容易に想像できる。でも、そうか。そういえば、先生や一成はNPCだったな。

 

 私は彼らがNPCであるということをよく忘れてしまう。ここで活動しているNPCが、私たちとあまり変わらないように見えるからだ。確かにどこか機械的な部分があるのは否定できないけど、見た目や考え方、そしてその行動も。人とそう変わらない。彼らは、ここで生きている。

 そんな彼らがNPC、作られた存在だと思うのは、少し違和感を感じるのだ。

 特に藤村先生。彼女の自由気ままな行動の数々を見ていると、どうしても彼女がNPCだと忘れてしまう。

 

 閑話休題。

 レオの話はまだ続く。今は、彼の言葉に集中するとしよう。

 

「予選で役割に気づくことが出来なかったマスター達は、そのまま精神の死、という形で結末を迎えました。悲劇的ですが、弱い者には生きる余地さえ与えられない。それが聖杯戦争です」

 

 まさに弱肉強食。強い者が勝ち上がり、弱い者には生きる権利すら与えられない。

 それがこの世界における掟。それが、聖杯戦争。

 

「この戦いで生き残るには、可能な限りの情報を集めることです。それが、やがてあなた方の力となるでしょう」

 

 レオは最後に笑みを浮かべ、そう締めくくった。

 

 一気に教えられた情報を整理していく。

 固有結界、聖杯、NPC、予選。

 中には知っている情報もあったが、それでも彼らの情報量には及ばない。今回教えてもらった内容も、知らないことの方が多かった。

 やっぱり、私たちは基礎的な知識からして足りていない。この世界についてすら知らないのだ。今後の戦いに役立つかはともかく、これぐらいは知っておいた方がいい。

 また暇を見つけて誰かに尋ねるか、ここでムーンセルについて調べておこう。

 

 レオには改めてお礼を伝える。正直まだ色々と教えてもらいたいことは多いが、そろそろアリーナに行かなくては不味い。またいつかが来ることを期待しよう。

 

 椅子から立ち上がり、別れを告げようとした瞬間、ふと疑問が浮かんだ。

 とても些細な疑問だ。これくらいなら、そう時間も取られない。次の機会があるかもわからないし、聞いてみよう。

 

「レオは、どうして私に話しかけたの?」

「どうして、ですか?」

「そう。あの時、君は食堂で私に話しかけた。その理由がわからない」

 

 私は遠坂のように地上で有名でもなければ、白乃のように彼と交流があったわけではない。それなのに、彼は私に話しかけ、あまつさえ手を差し出した。

 彼が無名のマスターである私に話しかける理由など、一つもないはずなのに。

 

「そう、ですね……あなたは大変興味深い存在だ」

「え?」

「他のマスターとはどこか違う。雰囲気とかではなく、もっと根本的な所から。そんな気がするんです」

 

 私が、他のマスターとは違う?

 思わず隣にいた白乃を観察する。けど、違うところと言えば容姿とか体型とか、そんな当たり前のところだけ。

 彼は一体、何を言っているんだ。

 

「僕はそろそろ行くことにします。また、機会があればお話ししましょう」

 

 レオは最後に軽く一礼して歩きだした。

 引き留めようと手を伸ばす。しかし、待ってという一言が出てこない。

 結局、私は何も言えないまま、彼の背中を見送ることになってしまった。

 

 今にして思えば、昨日教会で橙子さんに言われた"珍しい"という言葉も、彼と同じことを指していたのではないだろうか。

 だけどその真意までは分からない。レオの表現は曖昧だった。橙子さんはどこか確信を持っているような気もするが、もしかしたらレオと同じで、何かを感じ取っているだけかもしれない。

 

 なんてことだ。ただでさえ記憶がないのに、私が何者か、なんて。そんなこと、今は考えている余裕がないというのに。

 

「クレア……?」

 

 白乃が心配そうな顔で覗き込んでくる。

 そんなに酷い顔をしているだろうか。今、自分がどんな表情を浮かべているのか分からない。

 でも、友達のそんな顔は見たくなかった。

 

「大丈夫。ありがとう、白乃」

 

 口角を上げ、笑みを浮かべる。まだ少し心配そうだが、さっきよりは安心させることができた。

 それでも彼女はなにか言おうと口を開くが、言葉が発せられることはない。恐らく、言葉が見つからないんだろう。

 でもなんとなく、励まそうとしてくれているのは分かる。その気持ちが伝わってくるだけで、充分だ。

 

 こうして、誰かが私のことを想ってくれる。心配してくれる。たったそれだけの事実が、不安を軽くしてくれる。

 

 ああ、そうだ。私が何者かなんて、そんなこと考える必要すらなかった。

 

 私は、人間だ。

 




プラバンに手を出したらハマってしまった……。
そのせいで中々執筆が進みません。

でも、なんだかんだ週一更新(ギリギリ)はできているので、今後もそれを目標に頑張りたいと思ってます。

あ、そうそう。話は変わりますが、前回でfate以外のクロスオーバーキャラが出ました。詳しくは活動報告で書いていますが、暫くはああいう感じで登場していきますので、どうかよろしくお願いします。
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