Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第十話 炎上

 和室から飛び出し、無機質な通路を駆け抜ける。

 相手もこちらが動き出したことに気づいているはずだ。もしかしたら、待ち伏せをされているかもしれない。

 仮にそうだとして、奇襲を受けたら面倒だ。ランサーに先行してもらい、壁越しにも敵がいないか確認する。

 少なくとも、前のフロアには戻ってきてないようだった。

 

 奥に進んだ可能性を考え、急いで左の通路に入る。

 しかし、その心配は杞憂だったらしい。

 

 遠くにある、空色の瞳と目が合った。

 

「っくるよ!」

 

 一番に動いたのはセイバーだ。刀の柄に手をかけ、ランサーとの距離を詰める。

 小さく鯉口を切る音がしたと思った時には、既に刀は振り抜かれていた。

 あまりの速さに目を見張る。鯉口を切った瞬間に避けたとしても、あの速度では避けきれず切り捨てられてしまうだろう。

 普通の人間なら出せない速度だ。そこは流石英霊というべきか。

 

 だが、ランサーは冷静にその軌道を見極め、最低限の動きで避けてみせた。

 そのままやり返すように蹴りを繰り出すが、切り返した刀に受け止められてしまう。

 

 まるで前回と同じ状況。ランサーが攻撃すればセイバーが受け止め、セイバーが攻撃すればランサーが防ぐ。

 しかし、前回のように刀を無理矢理弾くことはできていない。警戒されているし、なにより以前よりスピードが増している。

 恐らく、あちらも魂の改竄を施したのだろう。

 

 動かない戦況に焦りが出る。このままでは、何の情報も手に入れられずに強制終了させられてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 

 その考えは向こうも同じだったらしい。

 セイバーはランサーの脚具を大きく弾くと、小鳥遊の近くまで後退する。仕切り直しのつもりなのだろうか。

 

「このままでは埒があきません。マスター、よろしいですか」

「! ええ、あなたの好きなように」

「はい」

 

 二人の会話に警戒を強める。

 セイバーの纏う雰囲気が少し変化する。先程までは静かだった殺気に、熱が籠った気がした。

 

「……ランサー、警戒して」

 

 強く感じる熱に圧倒されながらも、ランサーに警戒を促す。

 

 もう先程のようにはならない。

 戦況が変わる。そんな確信があった。

 

「───っはあ!」

 

 同時に地を蹴り、金属音がアリーナに響く。

 先程よりも激しくなったセイバーの攻撃に、ランサーは防戦を強いられた。

 今は的確に捌けているが、怪我を負うのも時間の問題だ。

 

 木刀に魔力を通し、タイミングを計る。

 相手は英霊。考えなしにコードキャストを使っても、避けられてしまうのがおちだ。確実に当てるために、セイバーの動きに注目する。

 

「……あれ」

 

 ふと、違和感を感じた。

 

 何かがおかしい。

 セイバーでも、ランサーでもない。二人とは関係のない、だけど無視してはいけない違和感。

 

 それがいったい何なのかは、頬を伝った一筋の雫が教えてくれた。

 

「これは、汗?」

 

 走った直後ならともかく、今汗をかいているのはおかしい。

 なら、なにか別の要因があるということだ。それに気が付ければあとは早い。

 すぐに違和感の正体に気づいた。

 

「アリーナの気温が上がってる……」

 

 今まで戦闘に集中していて気付かなかった。

 冬服の制服でいるには少々暑苦しいほどに、アリーナの気温は上昇していた。

 

 本来ならあり得ないことだ。

 アリーナの気温は一定に設定されている。暑くなければ、寒くもない。人間が活動するのに最適な気温が保たれている。

 それこそ、なにか外的要因がない限り変動しない。

 

 気温が変わったのは、恐らくセイバーが小鳥遊に許可を求めてから。

 つまり、セイバーが何かした可能性が高い。

 

 木刀に流していた魔力を止める。

 今使うべきコードキャストは『shock(16)(こっち)』ではなく、

 

view_status()(解析)

 

 視界に情報が浮かび上がる。

 流石にセイバーのステータスを見ることはできなかった。しかし、その手に持つ刀や身に纏う鎧の情報は浮かんでいた。

 といっても、分かるのは刀身の長さや鎧の名称など、今は必要のないことばかり。

 

 いらない情報を視界から消し、必要な情報のみを深く解析する。

 今回解析するのは気温が上がった原因について。

 案外、それは早く見つかった。

 

 セイバーの武器である緋色の刀。それが持つ魔力が、異常な速度で上がっている。

 コードキャストのお陰でよく見えるようになった刀の周囲には、小さく火花も散っていた。

 

 ランサーの方もよく見てみれば、火花のせいで少し服が焼け焦げている。

 今はまだ服程度で済んでいるが、刀の魔力は今も上昇し続けている。もし、あれが燃え上がるまでに至ったら……。

 

 ぞっとする光景が脳裏をよぎった。

 

「っランサー、刀の火花に注意を───」

 

 その忠告は、もう遅い。

 

 セイバーの刀に火が灯り、炎となって燃え盛る。

 炎は推進力となり、振り下ろされる刀の勢いが増す。

 

 援護しようと再び木刀へ魔力を通すも、モノクルから木刀への変更に僅かなタイムラグができてしまった。

 その間にも刀は振り下ろされ、ランサーに襲い掛かる。

 

「っ舐めないで!」

 

 勢いの増したせいで、回避することは叶わない。

 ならば、とランサーは炎を纏う刀を踵で受け止めた。

 脚具に近い素肌を焼かれながらも、刀を押し返そうと力を込める。

 

 それが、悪手だった。

 

「なっ……!」

 

 あろうことか、セイバーは柄から手を離したのだ。

 均衡していた力が偏り、刀は弾き飛ばされる。しかし、行き場をなくした力は空回りしてしまい、ランサーに隙ができた。

 

 その隙をセイバーは逃さない。

 がら空きになった懐に入り込み、拳を振りかぶる。

 拳を中心に炎が渦巻き、腕に纏わりついていく。セイバーは炎を腕に纏ったまま、拳を鳩尾めがけ振り下ろした。

 

 体制を崩したランサーにそれは避けられない。また、足で受け止めようにも距離が近すぎる。

 絶体絶命とも言えるこの状況で、なぜか私は冷静に行動できた。

 

 咄嗟に手を突き出し、今度こそコードキャストを唱える。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 指先から放たれた弾丸は、真っ直ぐセイバーの胴体に飛んでいく。

 行動不能(スタン)状態にかかったセイバーの動きが止まる。だが、相手はサーヴァント。その効果も長くは続かない。

 

「退いて!」

「くっ……!」

 

 寸前で止まった拳から逃れるため、ランサーが後ろへ跳ぶ。しかし、想像以上にスタンの効果は短く、逃げ切ることができない。

 炎を纏った拳が、ランサーの無防備な腹部へ撃ち込まれた。

 

「ぐ、ぅ……っ!!」

 

 バックステップしたことで勢いを殺せたが、炎のダメージは消せていない。遠くからでもわかるほど、彼女の素肌は爛れていた。

 

 端末からエーテルの欠片を取り出す。

 一度体勢を立て直そうとランサーに顔を向け───ギラギラと輝く青を見た。

 

「ぁ……」

 

 彼女が求めているものはこれではない。

 

 直感的にそれを感じとり、視線はセイバーへ移る。

 その手に武器はない。当たり前だ。ついさっき、ランサーがアリーナの端まで吹き飛ばしたのだから。

 

 このチャンスを、逃してはならない。

 

「行って、ランサー! shock(16)(電撃)!!」

 

 刀を失ったセイバーにこのコードキャストを防ぐ手立てはない。

 これは体のどこかに当たった時点で効果が発揮される。そのため、素手で相殺することは不可能だ。

 

「またか……っ!?」

 

 再びスタン状態に陥るセイバーに、ランサーが迫る。

 効果は一瞬。だけど、ランサーの速度なら、

 

「はぁっ!!」

 

 絶対に間に合う!

 

 ランサーが放った強力な一撃は鎧を切り裂き、その奥の体さえも深く傷つける。

 溢れ出る血液に、小鳥遊は口を抑え顔色を青くした。

 

「っ追撃を!」

「ええ!」

 

 だけど、手を緩めはしない。

 よろめくセイバーに向かって鋭い蹴りを放つ。

 

 だが、それがセイバーを切り裂くことはなかった。

 

 警告音に不愉快なノイズ。ムーンセルによる、私闘の強制終了がかかった。

 ランサーもセイバーも、お互いのマスターの近くに転移させられている。

 

「すぐに治療するわ……!」

「っ、お願い、します」

 

 小鳥遊が回復のコードキャストを唱えると、セイバーの傷はみるみるうちに塞がっていった。

 それでも血が止まらないあたり、あの一撃がどれほど深かったのかがよくわかる。

 だけどそれも、あと数回コードキャストを使われたら完治してしまうだろう。

 

 それに比べて、こちらはどうだ。

 

「ランサー、その火傷……っ!」

 

 痛々しいほどの火傷の痕は、先ほどよりも悪化しているように見える。

 エーテルの欠片を使い治療を施しすが、あまり意味はなかった。

 このアイテムの回復量は微々たるもの。この傷を治すには、数が全く足りていない。

 今持っているのをすべて使ったとしても、完治させられるかどうか。それほど、セイバーにつけられた火傷は酷かった。

 

「これぐらい痛くもないわ」

「っそんなこと」

 

 あるわけない。強がるのもいい加減にしろ。

 そう怒鳴ろうとして、彼女の顔を見たら言葉に詰まってしまった。

 

 だって、彼女の表情は、いつもと全く変わっていなかったから。

 

 一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまう。それぐらいの衝撃が、確かにあった。

 セイバーから受けた火傷は酷いものだ。いくらサーヴァントだとは言え、顔を顰めるくらいの痛さはあるはず。

 それなのに、ランサーの表情はいつもと変わらない。強がっている様子もない。

 まるで、本当に痛みを感じていないような……。

 

「君、まさか……」

「そんなことより、どうするの。あいつら、まだいるようだけど」

 

 ランサーが指さした先には、セイバーに治療を施す小鳥遊の姿があった。

 はぐらかされた気持ちになるが、今は素直に従っておく。そう簡単に踏み込んでいいことだとは思わなかったから。

 

 小鳥遊たちの様子を見る。

 万が一攻撃を仕掛けてくるようなら、対応しなければならない。

 

 だが、小鳥遊の顔色が尋常ではないほど悪い。あの状態で戦闘をするのは難しいだろう。

 セイバーの血を見たのも原因だろうが、あの顔色の悪さはそれだけではない。

 荒い呼吸を繰り返しているし、まさか過呼吸か?

 

「マスター、校舎に帰りましょう。りたあんくりすたるを」

「で、でも……っ」

「マスター」

「……ええ、わかったわ」

 

 セイバーの言う通り、小鳥遊はリターンクリスタルを取り出した。

 次の瞬間、彼女たちの姿がアリーナから消える。

 なくなった緊張感と気配に、ほっと息をついた。

 

 再びランサーの傷口を見る。

 未だ酷い傷に顔を顰め、治療を再開する。

 

「……ごめん」

「……いきなりなに」

「小鳥遊が持つ回復の礼装。あの礼装を取っていれば、その火傷だって……」

 

 少なくとも、今よりは簡単に治すこともできただろう。

 アイテムがあれば十分だと思っていたのがバカだった。十分なわけがない。

 欠片と礼装では、回復量に大きな差がある。それをわかっていたのに、なんていう慢心だ。

 せめて、アイテムをもっと買い込んでおくべきだった。

 

 そんな後悔が胸の中を渦巻く。

 気まずくなって顔を逸らす私に、ランサーは呆れたようにため息をついた。

 

「後悔している暇があるなら、さっさと奥に進むわよ」

「え?」

 

 彼女は一体、何を言っている。

 その火傷でこれ以上先に進むなんて危険だ。

 治しきるにはアイテムも足りない。一度校舎に戻って、体制を整えた方がいい。

 

「これぐらいの怪我で戸惑っていたら、この先勝ち残ることはできない。それにサーヴァントの治癒能力を舐めないで。一晩経てば完治するわ」

「それは、そうなんだろうけど」

 

 このまま進んで大丈夫なのか、という不安が残る。

 だけど、ランサーの言うことは全て正しい。

 

 猶予期間も余裕があるとは言い難い。今日このまま校舎に戻ってしまえば、アリーナに来れるのはあと二回。

 トリガーをゲットし、記憶があったのならそれを取り戻す。さらに、セイバーの対策も考えねばならないと思うと、時間はない。

 今日トリガーを手に入れた方が、余裕を持つことができる。

 

 でも……。

 

「全て取り戻すんでしょう」

 

 その言葉に、うじうじしていた思考が止まった。

 それは、私が今ここにいる理由。戦い、生き残る理由だ。

 

「……ああ」

 

 ランサーを信じよう。

 彼女は強い。ステータスさえ落ちていなければ、きっと一人でも戦い抜くことができる。

 それなのに彼女は、ステータスを落としてまで私の傍にいてくれる。何か理由があるんだろうが、それでもだ。

 傍にいてくれる彼女を、私は信じよう。

 

 今できる治療を施し、左側の通路に入る。壁があっただろう所を抜け、さらに奥へと進んだ。

 道中で合うエネミーに新しいタイプはいなく、苦戦を強いられることもなかった。

 ランサーの動きにも変化がなく、特に問題はないように感じられる。

 だが、それでも早く帰るに越したことはない。

 先程彼女を信じると決めたが、不安があるのもまた事実。できるだけ寄り道せず、真っ直ぐ先へ進む。

 

 途中で見つけたアイテムフォルダには、藤村先生から頼まれたお弁当もあった。

 なんとなく中を覗いてみれば、そこにおにぎりはない。ただ、米粒がくっついて汚れているだけだ。

 

「た、食べられてる」

「猫って、おにぎり食べれたかしら?」

「さぁ……」

 

 まあ、アリーナには入れたってことは普通の猫ではないだろうし。

 うん、深く考えないようにしよう。

 

 とりあえずお弁当は端末にしまい、先を急ぐ。

 小道を抜けた先。そこには四足のエネミーと、お弁当が入っていたものと同じアイテムフォルダが設置されていた。

 四足のエネミーの行動パターンは既に読めている。一手目だけを避け、残りは冷静に対処していく。そうすれば、数回の攻撃で戦闘は終わった。

 

 アイテムフォルダに入っていたのは礼装だ。

 名称は木盾。効果は『protect(16)(防壁)』。言葉通り、防壁を張るためのコードキャストだ。

 これで攻撃と防御、二つのコードキャストを得ることができた。あとは回復があれば最高なのだが、そこは仕方がない。

 今はアイテムを買い込むしか手はないだろう。

 

 さて、これで礼装は3つなった。しかし、端末から装備できるのは2つ。

 戦闘の途中でも変えることはできるが、それは隙ができるから極力やめた方がいいだろう。

 これからは、礼装の取捨選択も大切になってくる。

 

 とりあえず、今は木刀と木盾を装備しておこう。

 やはり使い時が多いのはこの二つだろうし。

 

 本当は効果を確認しておきたいけど、今日は少しでも早く校舎に戻りたいからそれは後回し。

 今はとにかく先を急ぐことを優先する。

 

 礼装を獲得したフロアから少し進めば、奥の方に帰還用のポータルが見えた。

 横にずれた道には、一層にもあった緑のアイテムフォルダもある。一層と同じなら、あれにトリガーが入っているはずだ。

 その付近を闊歩するのは四足のエネミー。動きは単調だが、二体となると少し厄介かもしれない。

 だが、一定の距離を開ければ向こうがこちらに気づくことはない。距離にさえ気を付ければ、一体ずつ仕留めるのも可能なはずだ。

 

「距離に気を付けて一体ずつ倒そう。最悪、トリガーを取ったらポータルに逃げ込むこともできそうだけど……」

「それを、私がすると思っているの?」

「いや、全然」

 

 相手が強敵ならともかく、今まで何体も倒してきた敵相手にはしないだろう。

 いつでも礼装が使えるよう準備を整え、前の方にいる一体に攻撃を仕掛ける。

 

 逃げようとする敵の動きをコードキャストで制限し、その隙にランサーが攻撃する。

 危なげなく一体目を倒して、二体目に移る。 距離の取り方はうまくいったらしく、向こうはまだこちらに気づいていない。

 

 これは好都合だ。

 ランサーは滑るように敵に迫り、膝の鋭い棘を突き刺す。

 反応すらできずそれを食らった敵は、苦しそうな声をあげて消滅した。

 

「一撃……」

「このスキルはまだ使えないようね」

 

 どうやらスキルの確認を行ったらしい。

 スキルというのは、サーヴァントが有する能力のことだ。

 生前の活躍や生前に培った技術。それらが特殊能力として具現化するもの、らしい。

 

 魂の改竄のお陰で、スキルの一つでも使えるようになったと思ったのだが。

 手を強く握りしめる。もっと私に力があれば。そう思わずにはいられない。

 

「他は今度試すとして……早く取ってきなさい、帰るわよ」

「うん、わかった」

 

 脇道に入り、アイテムフォルダを開ける。

 中から出てきたトリガーを手に取り、しっかりと端末に仕舞いこんだ。

 

「それじゃあ、帰ろうか」

 

 トリガーを手に入れ、あとは決勝を待つのみとなった。

 だが、未だセイバーの真名は判明しておらず、記憶もあるかどうかわかっていない。

 決勝まであと二日。この二日をどう過ごすのかが、勝利へのカギとなる。

 

 トリガーと礼装を取った今、もう無理に急ぐ必要はない。

 明日からの方針はまだ決まっていないが、今日はもう休むことにしよう。

 




今回もオリジナル礼装を出してみました。
名称は「木盾」。
最初は「木の盾」だったんですけど、とあるゲームでは木盾で出てるらしいのでこちらに。木刀と対になるようにしました。

ちなみに、コードキャストの「protect(16)」はドラマCDから。

また、ゲームだと戦闘中礼装の切り替えは不可能ですが、実際にできないとおかしいと思いあんな感じに。でも、できる限りゲーム本編のシステムは変えないでいきたいと思っています。
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