Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
図書室に入ると、真っ直ぐ歴史に関する本棚へと向かった。
本棚から武将に関する本を取り出し、早速中を見る。ちなみに、前に見た本とは違うものだ。
あれは多くの名前が載っていたけど、その分詳細はあまり載っていなかった。これはその逆で、載っている人物は少ない代わりに、詳細が多く載っている。
最有力候補とも言える女武将の二人も載っているし、今回はこの本で調べるのが最適だろう。
昨日手に入れた情報を思い出す。それは、セイバーが誰かの最期を見取れなかった、ということ。
酷く曖昧な情報ではあるが、ないよりはましだ。
とにかく、まずはこの本を読んでみよう。
漢字だらけの文章に気が滅入るが仕方がない。一緒に取ってきた辞書で調べながら、なんとか読み進めていく。
先日調べた源義経や平清盛と言った有名な武将の経歴には、誰かを看取れなかった、というような話はない。
後世に伝わるほど有名ではない、ということだ。
小鳥遊はあの時、本で読んだことがあると言っていた。
先程の話を聞いた感じ、小鳥遊飛鳥は一般人。少なくとも、一部の人間しか読めないような文献に載っていたわけではない。
だから多分、この本にも載っていると思うんだけど。
「……見つけた」
順番に読み進めること数十分。
ようやく似たような記述が乗っている人物がいた。
その武将の名は、巴御前。
平安後期・鎌倉時代前期の武将。
女性ながら征夷大将軍の位を得た名将であり、木曽義仲の愛妾。
常に義仲に従い、しばしば戦功を立てた彼女は、一騎当千と謳われる程強かったらしい。
そんな彼女の逸話は、セイバーが言っていた過去の無念と一致する。
粟津の戦い。
治承・寿永の乱の一つであり、木曽義仲が死亡した戦だ。
宇治川の戦い、そして六条河原の戦いにも敗れた義仲は、わずかの兵を連れて根拠地のある北陸への逃走を試みる。
義仲軍が近江国粟津に着いたとき、因縁の相手が率いる軍と遭遇。既に戦力として成り立っていなかった義仲軍は潰滅させられた。
兵の数は減り、いつしか7騎、5騎のみが残る。その中にいた一人が、この巴御前だ。
義仲は最後まで残ろうとする巴御前へと告げる。
『お前は女だから、今のうちに早く逃げろ』と。
もちろん、巴御前はこの言葉を跳ねのけた。
最期まで共にいようとする彼女を義仲は厳しく諭す。
結局、義仲の説得に折れた巴御前は、最後の奉公として敵将を打ち取り、鎧を脱ぎ捨て東国へ落ち延びた。
そして、なによりも驚くべき文章がこの本には載っていた。
「素手で首をねじ切った、ね」
本曰く、巴御前は敵将を馬から引き釣り下ろし、素手で首をねじ切ったという。
到底信じられる話ではない。だが、そう伝わっている以上注意しておいて損はないだろう。
セイバーも肉弾戦を行う。なるべく力勝負はしない方針で行こう。
今まで手に入れた情報と、巴御前の逸話は似ている。ここまで似ている武将は他にいない。
だけど。
「相変わらず、確証がないわね」
そう。セイバーは看取れなかったことが無念だ、と言っていたけど、それが木曽義仲のことを指しているのかまではわからない。
他に似ている人物はいないが、あまりにも情報が曖昧すぎる。
あと一つ。なにか分かりやすい情報が得られたらいいのだけど。
「とりあえず、アイテム補充したらアリーナへ行こうか」
エーテルの欠片は昨日の怪我でほとんど使ってしまった。
残っているのは、戦闘ではあまり役に立たないものばかり。
一度購買に行って……ついでに食事も済ましておこうか。
*
アイテム補充と食事を終え、一階に戻る。
階段を登りきると、目の前に見慣れた後姿を見つけた。
茶色の短髪に緑のワンピース。そう、藤村先生だ。
そういえば、先生から頼まれごとをされていたな。
昨日アリーナで見つけたお弁当の存在を思い出し、端末に入っているか確認する。
うん、大丈夫。ちゃんとあるな。
「あら、ヴィオレットさん」
「先日ぶりです。頼まれていたもの、持ってきました」
端末からお弁当箱を取り出し先生に差し出せば、キラキラと目を輝かせ始めた。
「わっ、もう取ってきてくれたの? ありがとう、助かったわ!」
弁当箱を受け取った先生は、早速風呂敷を解きにかかる。慌てて止めようとするが、時既に遅し。
先生は既に風呂敷を広げており、弁当箱の蓋を開けていた。
「さーて、腐っちゃう前に食べちゃわないとね……って、ないっ!?」
弁当箱の中におにぎりはない。
あるのは箱の至るところについている米粒と、少し付着している、恐らく猫の毛。
何が起こったのかは目に見えて明らかだ。
「すみません……見つけたときにはもう」
「わ、私の梅おにぎりぃ……」
先生は肩を落として落ち込む。
よっぽど楽しみにしていたらしい。もしかしたら、かなりいいお米で作ったおにぎりだったのかも。
「うぅ……とにかく、取ってきてくれてありがとう。これ、お礼ね」
軽く泣きながら、先生は私の端末に向かってなにかを送ってくれた。
これは、インテリア?
「マイルームに飾ることができるから、使ってみて」
「ありがとうございます」
マイルームに戻ったら置いてみよう。
部屋の雰囲気に合うといいな。
「あ、そうそう!」
突然、先生がなにかを思い付いたかのような声をあげた。
人差し指をこちらに向け、少し怒った様子で話し出す。
「あるマスターがハッキングを仕掛けて、アリーナへ続く扉を塞いじゃったの! 対戦相手への妨害目的だったし、その子がなんとかしてくれてもう解決したんだけど……」
私たちが色々やっている間に、そんなことが起こっていたらしい。
通りで、いつもよりアリーナ付近の廊下が騒がしいわけだ。
「ムーンセルが見逃したからよかったものの、最悪ペナルティを受けちゃうんだからね? ヴィオレットさんは、そんな危ないことしちゃ駄目よ」
「あ、はは……肝に免じておきます」
もうしました、とは流石に言えなかった。
でも、まさか私以外にアリーナをハッキングするマスターがいるとは、思ってもなかった。
一体誰なんだろう。
「ちなみに先生、そのマスターの名前は……」
「あ、だめよ。先生は一生徒を贔屓したりしないの」
やっぱりだめか。
先生はNPC。つまり運営側の人間だ。そう簡単に教えてくれるはずもない。
仕方がない。事情を知ってそうなマスターにでも尋ねよう。
最後に先生と軽く会話を交わし、その場を後にする。
そして、アリーナの扉へと続く廊下の途中。そこで優しそうな顔をしたマスターを見かけた。
彼ならきっと、何が起こったのかも教えてくれるだろう。
なんとなくそれを感じ取り、早速話しかけてみる。
「あの、アリーナの扉が封鎖されたって聞いたんだけど……なにかあったのか、詳しく教えてもらってもいいかな」
「ん? ああ、実はな……」
予想通り、彼は丁寧に教えてくれた。
先生が教えてくれなかったマスターのことも。
どうやら、アリーナの扉を封鎖したのは慎二だったようだ。
慎二がとの付き合いは短くない、わけでもないが。そんな大胆なことをするなんて、あまり想像できない。
よほど追い詰められているんだろう。
昨日会えなかった白乃を思い浮かべる。
彼女は大丈夫だろうか。慎二を追い詰めているということは、そこまで心配しなくても大丈夫そうだけど……。
いや、それでもやっぱり心配だ。今日は一緒に食事を取れるように、なんとかしよう。
*
アリーナは既に緊迫した雰囲気に包まれていた。
恐らく、私たちが調べ物や補充を行っている間に来たんだろう。
「ランサー、位置は分かる?」
「大分奥の方まで進んでいるわ。このまま逃げられたら間に合わない」
「なら急ごう。道中の敵は無視。最短で一直線に、小鳥遊たちがいる場所まで突っ切るよ」
今装備している礼装を確認し、端末からマップを投影させる。
一度行った場所を自動で記録し、マップを作ってくれるこの機能は案外便利だ。
これなら迷うことなく、小鳥遊がいるであろう場所まで向かうことができる。
マップで道を確認しながら、アリーナを駆ける。
二つ目の赤い壁を抜けた先にある広々としたフロア。その場所で、彼女たちは待ち構えていた。
「先刻ぶりね、ヴィオレットさん」
「ああ、そうだね」
セイバーは既に刀を構え、こちらに殺意を向けてくる。
以前までは隠していた炎も、もう隠すつもりはないのだろう。
アリーナの気温は上がり、セイバーの周囲には陽炎ができていた。
「あら、怖い怖い。そんなにも熱くなるなんて、よほど自分のマスターが心配なのね」
ランサーがまるで挑発するかのように言い放つ。
その言葉につられ、セイバーの後ろに立つ小鳥遊に目を向ける。
小鳥遊の顔色は、お世辞にもいいとは言えない状態だった。
額には汗をかき、軽く呼吸を乱している。
地上の彼女は病弱とは聞いたが、まさかこの電脳空間でもそれが引き継がれているのか?
だが、それはこちらは好都合な情報だ。
小鳥遊に長期戦はできない。途中で体力が尽きてしまうだろう。
「ああ、心配するのは当たり前ね」
挑発はまだ続く。
楽し気な表情と声色でクスクスと笑っている。
「貴女、生前は愛しい人を見捨てたもの。義仲、だったかしら。さしずめ、彼女はそのかわ……!」
その言葉は、言い切る前に止められた。
金属をぶつけ合う音が鳴り響き、ランサーの足とセイバーの刀が交わる。
あまりに急な出来事に、小鳥遊は目を白黒させていた。
「……それ以上の戯言は許しません」
「あら、図星?」
「っ黙れ!」
セイバーの猛攻が始まる。
だが、それは今までよりもキレがなく粗が目立つ。
私でもわかる隙をランサーが逃がす訳もなく、セイバーの体に切り傷が増えていく。
「っ、落ちついて、一度下がって!」
刹那、小鳥遊が声を荒げた。
その声に気づいたセイバーは、ランサーから距離をとろうと後ろに飛ぶ。
だけど、その行動すら隙だらけだ。
「ランサー!」
「
十字に振られた踵から衝撃波が放たれる。
教会で取り戻したと言っていたスキルの一つだ。
それは真っ直ぐセイバーに向かい、その体を傷つける。
しかし、致命傷までには至らない。
「っ
「
コードキャストを使わせはしない。
小鳥遊に向かっていく電撃はセイバーに止められてしまったが、それでも回復を止めることはできた。
その間にもランサーは距離を縮め、再び戦闘に移る。
「っ仕方が、ありませんね!」
刀の軌道を追うように、炎が燃え盛る。
ランサーの視界が遮られるが、彼女にとってそれは意味がない。
恐れることなく、ランサーは炎の中を突っ切ろうと足を踏み出した。
セイバーもそのことを予想して、刀を構え────。
「──違う! ランサー、避けて!」
『
ランサーの膝と、セイバーの
その一瞬で状況を把握したランサーは、そのまま壁を蹴り距離をとった。
「どうして薙刀が……!」
「セイバーじゃなかったみたいね」
つまり、最初からクラスを間違えていたと。
でも日本刀使ってたらセイバーだと思うでしょう普通!
「……いや、それが目的か」
思い返せば、小鳥遊は一度もセイバーと呼んだことはない。
というか、彼女はどのクラス名も呼んだことすらないのだ。
これじゃあ、薙刀を使うからランサーだという考えも間違っている気がしてくる。
「クラスを考えるのは後。今は目の前のことに集中なさい」
「……それもそうだ」
ここまで来たら、セイバーだろうがランサーだろうが関係ない。
ただ、他の武器を警戒する必要ができただけ。
「薙刀と刀じゃ間合いが違う。気をつけて」
今一番注意すべきは、セイバーの間合いだ。
先程、彼女が薙刀を出したときに生じたタイムラグは少ない。
それは恐らく、刀の時も同じだ。
手に持っている武器だけに注意していては、僅かな隙にもう片方の武器での攻撃を受けてしまうだろう。
それだけは避けなければならない。
それに、もし二つの武器を封じたとしても、セイバーは肉弾戦も行える。
逸話通りだとしたら、彼女の腕力は脅威になるし、炎も厄介ときた。
まさにオールラウンダー。戦いにくい相手だ。
「……っち、面倒、ねっ!!」
薙刀で距離をとられ、ランサーの踵は届かない。
スキルを使い遠距離攻撃をするも、冷静になったセイバーに対処されてしまう。
さらにセイバーは薙刀に炎を纏わせると、力強く地面を蹴り駆けだす。
足元から盛る炎は推進力となり、今まで以上の速さでランサーに迫った。
「
防壁でセイバーの進路を妨害するが、薙刀に切り裂かれ意味をなさない。
それなら!
「
使おうとしたコードキャストを、最後まで紡ぐことは叶わなかった。
突然、炎が目の前で立ち上がり視界が眩む。
「しまった……!」
慌てて炎から離れ戦闘に目を戻すが、セイバーとランサーは接触寸前。
しかも私の立ち位置が悪い。
これじゃあコードキャストで援護することができない!
「燃えろ!」
セイバーが器用に薙刀を回し、勢いをつけ上段から振り下ろす。
その攻撃自体を避けることはできたが、アリーナに叩きつけられた刃から炎が吹き上がる。
予想できなかった猛炎を避けることはできず、ランサーの姿は炎の中に消えた。
「ランサー!!」
反応はない。
まさか、と最悪の状況を想像し、冷や汗が流れる。
しかし、炎の中に影が揺らめくのが見えた。
それは徐々に大きくなり、こちらに向かって飛びあがる。
所々服は破れ肌が見えているが、怪我はそこまで酷くない。
むしろ不機嫌そうな顔が逆に元気に見えて、少し安心した。
「ッ、マスター!」
ランサーが地面に着地すると同時に、警告音が鳴り響く。
ムーンセルによる強制終了。ノイズがないのは、戦闘を行っていなかったからだろう。
そしてセイバーは戦闘が終わったことを悟ると、慌てた様子で小鳥遊に駆け寄った。
彼女の顔色は先程よりも酷い。立っているだけでも辛そうに見える。
「大丈夫よ。行けるわ」
「ですが……っ!」
「お願い、信じて」
いつもはおっとりしている小鳥遊の瞳が、強くセイバーを見つめた。
強い瞳に見つめられたセイバー一瞬だけ戸惑い、小さく頷く。
片手に薙刀を持ったまま、小鳥遊の体を支える。武器を持ったままなのは、私たちを警戒してのことだろう。
小鳥遊が最後に私たちに目を向ける。だが何かを言うわけでもなく、そのままアリーナの奥へと歩き始めてしまった。
その背は無防備で、攻撃をすれば簡単に殺せてしまいそうだ。
「どうするの」
「……決勝戦の雰囲気に慣れる必要もある。深追いしなくても問題はない」
だが、このまま見逃すのはもったいない。
素早く礼装を変え、向こうにバレないよう解析のコードキャストを唱える。
瞬間、目に見える世界が変わった。
多くの情報を捨て、必要なものを選択する。
解析するのは、セイバーが手にしている薙刀だ。
僅かな時間で、あの薙刀についていくつか分かった。
重さに長さ。そして、あの薙刀は巴形と呼ばれる種類だということ。
だけどそれだけでは足りない。
魔力量を増やし、更に深く解析する。
入ってくる情報量に顔をしかめたが、なんとか真名に繋がりそうな情報を得ることができた。
急いで魔力を断って目を閉じる。
次に目を開けたときには、既に彼女たちの姿はなく、世界も元の状態へと戻っていた。
目頭を押さえ疲れをほぐす。
今回得られた情報は二つ。
ランサーの挑発のお陰でほとんど確信は得られたが、念のため明日も図書室に行って情報を整理しよう。
「さて、私たちもエネミーを倒して帰ろうか」
ランサーの傷の手当てを終わらせ、アリーナの探索を進める。
昨日は行けなかった脇道にも入ってみよう。
もしかしたら、どこかに私の記憶があるかもしれないしね。
というわけで、Matrix3まで。
本当は真名看破までいきたかったんですが、長くなったんでここで切ります。
そして、一昨々日の8/21にクロスオーバーの件で、活動報告を投稿しました。
そちらの方をお読みいただければわかると思いますが、クロス先を公開しています。
気になる方は、そちらを一読ください。