Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
翌朝、準備を整え廊下に出ると、今までの学校とは様子が違っていた。
生徒の姿は疎らに見えるが、見た限りマスターの姿はない。全員がNPCだった。
「これって……」
「ふむ、起きたか」
いったい何が起きているのか分からず困惑していると、突然隣から渋めの男性の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だったが、あまりに突然のことで体が跳ねる。
慌てて横を見ると、そこには言峰がニヤニヤした表情で立っていた。
……こいつ、ランサーと同じタイプの人間か。私がびっくりしたのを見て愉しんでやがる。
「他のマスターが見当たらないけど、なにかあったの?」
「いないわけではない。少なくなっただけだ」
言峰曰く、決勝戦当日は猶予期間で過ごした校舎とは、また別の校舎から始まるらしい。
そこから決戦場に赴き、対戦相手との決着をつける。
そして勝ち残った者が元の校舎に戻り、再び次に戦いが始まるのだ。
今ここにいるマスターは私を含めて数人。
その半分は、今日の戦いでいなくなる。
「決戦の時刻は端末に転送する。それまでに準備を整えておくといい」
それだけ言うと、言峰は私の前から去っていった。
もしかしたら、他のマスターにも同じことを伝えに行ったのかもしれない。
その背中を見届けていると、端末から軽快な音が鳴り出す。
なんの通知なのか確認してみると、先程言峰が言っていた、決戦の時刻を知らせるメールが届いていた。
決勝は夕方から、順次ランダムに始められるらしい。10分前に再び通知がきたマスターは、1階昇降口近くにある用具室に来るように。
そうメールには書かれていた。
今はまだ朝。夕方までにはたっぷりと時間がある。
とりあえず、購買に向かうことにしよう。まずは朝食をとって、アイテムの補充をするべきだ。
*
朝食をとった後、決勝前にすべきことを考える。
真名については既に昨日判明した。なら、あとは魂の改竄を頼むだけ。その後は、そうだな。マイルームで休むとしよう。昨日の疲れも少しだけど残っているし。
今後のことを決め、教会へと向かう。
大きな扉を押し教会の中に入ると、早速青い瞳と目があった。
「ああ、君か」
「……ん? 貴女、なんか変わった?」
橙子さんはいつもと変わらない挨拶をしてくれたが、青子さんはどこか釈然としない表情をしていた。
彼女がそんな顔をする原因に、心当たりはある。
だけど、そんなにもわかるものなんだろうか。特に彼女は、橙子さんの様に私がなにか違うことを知っている訳ではない、はず。
「……まあ、決勝当日なんだし雰囲気が違うのは当たり前か。で、貴方たちも改竄?」
「あ、はい」
「ならさっさと終わらせましょ。ご希望は?」
”貴方たちも”ということは、私以外にも改竄に着たマスターがいたのか。
いや、決勝直前にステータスを上げられるだけ上げようと思うのは当たり前のことだ。
勝手に一人納得しながら、今回の改竄についてはランサーに任せる。ランサーの要望に頷いた青子さんは、すぐさま作業に入った。
こうなってしまえば、私にやることはない。
すぐ近くの長椅子に座り、端末に入っている敵の情報を見返す。
今までの戦闘を思い返しても、小鳥遊自身はあまり脅威ではない。ただ、回復のコードキャストは厄介だから気を付けよう。
そしてセイバーは、刀に薙刀、肉弾戦を使ってくる。
また、逸話通りならその腕力は凄まじいものだろう。肉弾戦になったとしたら、なるべく捕まらないよう立ち回るしかない。
さらに、便宜上セイバーと呼んでいるが、本当のクラスは結局わからないまま。候補としてはセイバーに加え、ランサーとアーチャーと浮かんではいるが。
今までの戦闘では出さなかった弓についても注意が必要だろう。弓についてはとりあえず、頭の片隅にでも置いておこう。
「ん?」
タイピング音が止まる。
顔を上げれば、赤い壁は無くなりランサーは地に足をつけていた。どうやら改竄が終わったらしい。
「スキルの方はどう?」
「……ええ、これならいけるわ」
その言葉に、ほっと息をつく。
これで決勝の不安は一つ減ったし、なにより昨日の苦労が報われた。
「ほら、用が終わったならさっさと行った行った。君で最後みたいだし、今日はもう閉店よ」
「はい。ありがとうございます、青子さん」
肩を回す青子さんに礼だけ伝え、教会を出る。
これで、やれることは全てやった。あとは、決勝直前まで疲れを取ることに専念しよう。
マイルームに戻り、ベッドに飛び込む。
このまま一眠りしてしまっても余裕があるほど、決勝までの時間はまだある。
でも実際に眠れるほど神経は図太くないから、もう見慣れた天井を見つめ続けた。
「……」
不思議なことに、私はそこまで緊張していなかった。
心臓の鼓動はいつもよりうるさいし、恐怖だってないわけじゃない。でも、どこか落ち着いている自分がいて。
「……はぁ」
上手く言い表せない感情がわき出る。
昔の私は、こうした命の奪い合いもしていたのだろうか。わからない。だから、取り戻す必要がある。
結局、目的は変わらないってことだ。
「……時間か」
気がつけば、空は茜色に焼け初めていた。
静かだった部屋に、なにかを知らせる機械音が鳴り響く。
端末を手に取り時間を見ると、一通のメールが届いていた。それを確認することなく、端末の画面を消し立ち上がる。
「行こう」
もう、迷いはない。
*
一階に降りると、用具室の前に言峰が立っているのが見えた。
彼もこちらに気づいたようで、不適な笑みを浮かべ私に目を向ける。
「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えてきたかね?」
淡々とした声色で、言峰は最後の確認をする。
その言葉に頷き、胸元を握りしめた。
「扉は一つ、再び校舎に戻るのも一組。覚悟を決めたのなら、
その問いにも、しっかりと頷いた。
覚悟なんてものはもうできている。脆く、弱い覚悟なのかもしれないけど。でも、今この瞬間、最後の一歩を踏み出せるのならそれでも構わない。
「よろしい、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた」
端末からなにかが飛び出した。それは、今まで集めてきたトリガー。
それは用具室の扉にある穴へと近付き、嵌め込まれていく。
「ささやかながら幸運を祈ろう。再びこの校舎に戻れる事を。そして───存分に、殺し合い給え」
トリガーに反応したのか、扉にはなにかしらの紋様が浮かび上がり、巻き付いていた鎖は消滅する。
一瞬の瞬き。その間に、校舎の扉はエレベーターへと変わっていた。
音を立て開いたエレベーターの中は暗くてよく見えない。アリーナと同じようで違う、なんとも言い難い雰囲気だけ感じ取れる。
このエレベーターに入ってしまえば、もう後戻りはできない。
いいや、どうせ乗らなければ死んでしまう。戦うことを選んだ私は、逃げるという選択肢を既に失っている。
「……よし」
この六日間のモラトリアムの間に、他にやれることがあったんじゃないかと、そう思うことがある。でも、私が思い付けるだけのことはやったつもりだ。
あとできるのは、ここまで付き合ってくれたランサーを信じることだけ。
ゆっくり、エレベーターに足を踏み入れる。ランサーが入ったのを目視すると、エレベーターの扉は閉じられてしまった。
息つく暇もなく動き出したエレベーターは、どうやら下に向かっているらしい。アリーナの更に深海へ向かい、エレベーターは静かに降りていく。
暗闇に目が慣れてきた頃、目の前に誰かがいることに気づいた。
電気が付き、視界が明るくなる。
目の前にいる人物は、予想通りの人物。
「二日ぶりですね、ヴィオレットさん」
対戦相手である小鳥遊が、壁の向こう側に立っていた。その後ろには、セイバーが鎧をまとった姿で付き添っている。
大鎧の、確か前板だったか。そこには、以前まではなかったある紋様が描かれていた。
「もう隠さないんですね」
「え、ああ……あなたならもう分かっているかと思って」
それは家紋。日本を象徴するそれは、紋様の形で誰なのか判別することができる。
前板に描かれている家紋は三つ巴。巴御前が使っていたとされるものだ。
「
「そう、なるのかしら。あなたは戦い慣れているように見えたから、余計にバレているのだと思ったのよ、きっと」
嫌みのつもりで言った言葉が、なぜだか誉め言葉のようになって返ってきた。こうも純粋に返されると、罪悪感が積もるからやめてほしい。
なんかやりにくいなぁ。
「それに本で読んだのだけど、武士は戦いの前に名乗りを上げるでしょ? いつまでも真名を隠したままなのは、もしかしたら心苦しいんじゃないかって」
「いえ、そんなことは。私の頃はあまり名乗りを挙げたりはなかったですし」
「え!?」
なるほど、と納得したのもつかの間。セイバーから衝撃の事実が知らされた。当時、実際に名乗りを上げることはあまりなかったらしい。
小鳥遊は軽く頬を染め、どこか恥ずかしそうな顔を見せる。
間違った知識を本人の前で言ってしまったのが恥ずかしいんだろう。私もそれに関しては知らなかったし、余計なことを言わなくてよかった。
「えと……ごめんなさい。余計なお世話だったかしら」
「いいえ、そのようなことは決して。貴女の優しさは弱点でもありますが、長所でもあります。どうか、無くしてしまわないように」
セイバーのどこか矛盾している言葉に、小鳥遊は少し困ったように眉を下げた。ただ、それでも褒められているということは分かったんだろう。眉を下げたまま礼の言葉を口にする。
なんとなく、セイバーの言っている意味が分かる気がした。
私が小鳥遊と話したのはたったの数回だけど、それでも彼女が優しい人間だということくらいはわかる。
その優しさは甘さでもあるかもしれないけど、決して悪いものではない。今の状況では、いいものとも言いにくいだけで。
少なくとも、私が昔であった人間よりは───。
「……ついた」
ガタン、とエレベーターは音を立て動きを止める。
エレベーターが示す階は0。ここが最終地点。私たちが戦う決戦場。
「こういうときは、いい試合にしましょう、とでも言えばいいのかしら」
「そんなこと言ってる状況ではないと思いますよ」
「ふふ、そうね」
決戦場は目の前だと言うのに、彼女は変わらずマイペースなままだ。やっぱりやりにくい。
思わず目を逸らすと、彼女の手元が目に入る。その手は、小刻みに震えていた。
「行くわよ」
「……そうだね」
既にエレベーターの扉は開いている。
アリーナと同じ通路に見えるが、その先を見ることはできない。
それを恐れることなく、ランサーは先へ進んでいく。私も遅れないよう、彼女の後を追いかける。
僅な暗闇を抜けると、そこはアリーナとはまた違う場所だった。
周囲を囲むように崩れている日本風の家や小屋。セイバーの後ろにある大きな屋敷だけが、唯一綺麗に形が保たれていた。
周りを見渡すが、奥の方まで行ける気はしない。
どうやら、戦える範囲は決まっているらしい。
まさに一対一の真っ向勝負。暗殺や罠を張ったりするのは、少し難しそうだ。
「ここが
「観客の一人もいないのね。踊り甲斐がないわ」
ランサーはどこか不満そうだ。
私としては観客なんてものいない方がいいのだけど、彼女はそうじゃないらしい。
なにも言うことはできず、目の前の小鳥遊とセイバーを見る。
セイバーはこちらを警戒し既に刀を手にしていたが、小鳥遊はどこか上の空。
私の方を見ず、空を見上げていた。
つられるように私も上を見る。
天井はなく、空もない。ただ、壊れた家の破片が漂っているだけ。海が暗いのも相まって、まるで深海の中にいるような気分だ。
「?」
今、鳥のようななにかが横切ったような気が……。
目を擦りもう一度上を見渡すが、先ほど見た影はどこにもない。破片を見間違えてしまったのだろうか。
「さて、これで本当に後戻りはできなくなったわ。私とあなた、どちらかが死ぬしかない」
まるで自分に言い聞かせているようだと、そう思った。
震える腕を抑えつけ、小鳥遊は真っ直ぐと私を見つめている。
空色の瞳には、隠し切れない恐怖と、前に進もうとする希望が宿っているように見えた。
「負けないわ。ええ、そうよ。こんなところで、終わるわけにはいかないの」
「それは、私だって同じだ」
まだ私は全てのの記憶を取り戻していない。
こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。
私にも、そして小鳥遊にも譲れないものがある。
相手を殺してでも、私たちは前に進むことを望んだ。
だから私たちはここにいる。
「無駄話はそこまでよ」
ランサーが、更に一歩前に出る。
それに反応したセイバーは、手に持っていた刀を構えた。
「せいぜい、私を楽しませなさい。そしたら楽に殺してあげるかもね」
「戯言を」
ランサーの言葉は一蹴される。
セイバーは既に殺意を高め、その周囲には炎を纏わせていた。
「巴御前、いざ参る!」
「いいわ、ズタズタに切り裂いてあげる!」
会話はもう必要ない。
必要なのは戦う意志のみ。
それ以外の感情を、今だけは捨て去ろう。
情けは不要。生き残れるのはただ一人。
私は私のためだけに、彼女を殺すのだ。
前回戦闘描写に時間がかかると言ったが、あれは嘘だ。
と、いうわけで。今回は戦闘まで行くことはできませんでした。
次回が本当に決勝戦開始となります。
さらに最近は少し忙しいこともあり、次回も一週間更新は難しそうです。二週間の間には投稿したいと思っているのですが。
知識の間違いや誤字脱字の指摘、そして感想はいつでもお待ちしております。これからもどうかよろしくお願いします。