Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
第十六話 go-live
一回戦が終わって、二日ほどの時間が過ぎた。
でも、私の対戦相手は未だ発表されていない。
てっきりすぐにでも二回戦が始まるものだと思っていたが、そういうものではないようだ。
言峰曰く、二回戦からは開始時期がずれていくらしい。
なんでも休息とサーヴァントとの交流を深める時間だとか……笑っていたし、どこまでが本当かわかったものじゃないが。
そして、人によってはこの休息時間が存在せず、既に二回戦が始まっているマスターもいるようだ。アリーナに向かっている人がいたから、それは間違いない。
この休息期間中はアリーナにはいくことができず、やることと言えば食事と調べもの。あとは言峰が言っていた通り、サーヴァントと交流を深めることぐらい。
だが、残念ながら私はランサーと中々距離を縮められずにいる。
昨日一日はランサーとの会話を頑張ってみたが、自分のことは話してくれないし、私の話にも興味を示してくれてる様子はない。彼女の真名を知るには、まだまだ先が長そうだった。
とりあえず、今日は食事をしたら図書館に籠ることにしよう。
ランサーから話が聞けないのなら自力で探すしかない。そしてなにより、私は元々歴史や史実などの知識が少ない。図書館で知識を蓄えた方が、時間を無駄にせずに済むだろう。
*
時折休憩を挟みながらも図書室に籠り、はや数時間。
最初はランサーについて調べていたが、全く見つからなくて諦めた。
唯一わかったことと言えば、彼女が使うスキル、"
次に調べたのは、この戦争を勝ち抜いた者に与えられる聖杯に関すること。一応、元となったものを調べておこうと思ったのだ。
本来、聖杯というのはキリストの血を受けた杯のことを示すらしい。他にも、アーサー王伝説にも出てくるのだとか。
……そういえば、レオのサーヴァントであるガウェインはアーサー王伝説の登場人物。名前くらいは知っているけど、詳しくは知らない。
いい機会だし、調べておこう。
そうして手に取った本は、アーサー王伝説だけではなく、他にイギリスに関する神話や伝承などが載っていた。
目次から気になる事柄だけをピックアップし、読んでいく。その内容に一貫性はない。
まあ、ランサーのこと以外調べるものは最初から決めてなかったから、元々そんなものはないのだけど。
「……ん?」
途中飛ばしながら本を読んでいると、ポケットにある端末が振動し、音がなった。
本を棚に戻し、端末を確認する。
『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』
それは、一回戦の一日目に届いたメールと同じ内容。
二回戦が始まる合図。この時点で、戦いはもう始まったようなものだ。
「ようやく始まるのね」
「……そうだね」
まるで、待ちくたびれたとでも言いたそうな声色だった。
私としては、このまま始まってほしくなかった気持ちもある。でも、いつまでも立ち止まってはいられないのが現実だ。
とにかく、掲示板で対戦相手を確かめよう。
まずはそこから。
図書室から出て、すぐ近くの掲示板の前に立つ。
前回とは違い、そこには既に私の名前と対戦相手の名前が貼り出されていた。
「やかみ、たいし……?」
「惜しい。
背後から、聞きなれない男性の声がした。
勢いよく後ろを振り返りながら距離をとる。
そこには、苦笑いを浮かべた男性がいた。
焦げ茶の髪と目に、眼鏡をかけた普通の男性。
見た目から予測するに、私よりは年上だろう。少なくとも、学生ではないように見える。
「もしかして貴方が……」
「ああ。まさか俺も、君みたいな子が相手だとは思ってなかったよ」
どうやら、彼が次の対戦相手らしい。
まさか本人の前で名前を間違えるはめになるとは……笑われるのは嫌だからと、ランサーに聞かなかったのが裏目に出た。
すごく恥ずかしいぞ、これ。
「君は……」
「……なんですか?」
なにかを問いかけるように、彼は私に話しかける。
しかしその語尾を弱まり、目線は逸らされた。そんなにも聞きにくいことなのかと、更に警戒心は高まる。
「……君には、覚悟があるか?」
「はい?」
迷った挙句聞かれた質問の意味を、私は理解することができなかった。
いや、違う。質問の意味自体は分かる。だけど、それを今する意図が掴めない。
そのままの意味で聞いたのか、それともなにか別の意味があるのか。
初めて会った相手で何もわからないが、警戒するに越したことはない。
ない、けど……。
「いや、答えたくないならいいんだ。ただ、気になっただけだから」
警戒する意味は、なさそうなんだよな。
そう思ってしまうほど、彼は柔らかな物腰をしていた。
「それじゃあ、アリーナで会おう」
結局私の答えを聞かないまま、彼は階段を下りていった。
彼の背中が見えなくなったのを確認し、我慢していたため息をはく。
それはいつの間にか戻っていたざわめきにかきけされ、誰にも聞かれることはなかった。
「……あれ、演技だと助かるんだけど」
可能性は低そうだ。
どうしてこう、私の対戦相手は……。
それ以上は、口に出すことも思うこともしなかった。それをすれば、今以上に迷ってしまう気がしたから。
思わず出てきそうなる愚痴は抑え込み、代わりに先程の質問を思い出す。
「覚悟があるか、ね」
記憶を取り戻せるならなんでもすると決めた。その覚悟ならある。
だけど、それが殺せる覚悟と同じかと聞かれたら、それはまた別のものだと思う。
だって私は、小鳥遊飛鳥の死が嘘であればいいと、心のどこかで願っている。あれが本当だと分かっているはずなのに。
二日間くらいの休憩では、この感情を消化することはできなかった。もっと時間があれば、もしかしたら受け止められたのかもしれない。
だけど、戦いは既に始まった。待ってほしいなんて言葉に意味はない。それが通用するほど、甘い戦いではない。
今は、前に進む以外の選択肢は存在しないんだ。
「……とにかく、軽く情報収集でもしようか」
だから、まずは行動をしよう。
もうすぐ夕方だが、校舎には多くの生徒がいる。誰か、矢上の情報を教えてくれたらいいのだけど。
とりあえず、話しかけやすくて詳しそうなのは遠坂かな?
いつも屋上にいるし、見に行ってみよう。
早速階段を上り屋上に出てみると、予想通りいつもの場所に遠坂が立っていた。
扉の開く音でこちらに気づいた彼女は、なんだか驚いたような表情を浮かべる。
「久しぶり、遠坂」
「なんだ、あなたも勝ち上がっていたのね」
貴女
そして、私と一緒くたにされる人間は一人しか思い浮かばない。
「白乃も勝ち上がったんだ」
「え、知らなかったの?」
遠坂は再び驚いた表情を見せた。そんなにも意外だろうか。
いや、まあ一緒にいた時間は長いし。既にお互いが生きているか確認しているとでも思ったんだろう。
でも、私はこの二日間で白乃に会おうとは思わなかった。
怖かったんだ。もし、彼女が負けてしまっていたら。そう考えると、探すのが怖かった。
だから考えないようにして、偶然にも彼女に会うこともなくそのまま今日がやって来た。
でも、そっか。白乃は、まだ生きているんだ。
「よかった……」
白乃にとっては、あまりよくないことだとは思う。
彼女が生きているということは、友人を殺したということなんだから。
それでも、生きていてくれて嬉しい。今日は、ちゃんと約束の時間に食堂へ行ってみよう。
「それで? 私に用があってきたんでしょう」
「え、あ、そう」
白乃が生きているという安心感で、早くも目的を忘れていた。
気を取り直し、遠坂へ本来の目的を話す。
下手に隠しても意味はない。率直に情報が欲しいと伝えた。
予想通り、渋い顔をされたけど。
「私が素直に答えると思っているの?」
「いやぁ……」
正直、少しだけ。
なんだかんだ甘い部分があるのは知っている。もちろん、それは私が対戦相手ではないからだし、敵にならないと判断されているのもあるだろう。
そう思うと、悔しい気持ちがないわけではない。でも、今は使えるものを使わないと。
「そうね……まずはあなたの対戦相手を聞いてからからよ」
なるほど、場合によれば教えてくれるということか。
なんとなくその場合は予想できるが気にしないでおこう。
「矢上大志っていう、眼鏡をかけた茶髪の男性だよ」
「矢上大志…………OK、教えてあげる」
「本当? 助かるよ、ありがとう」
とはいえ、遠坂が教えてくれるということは、相手は私よりも強いということだ。
私が勝ったら強敵が減って万々歳、みたいな感じなんだろう。じゃないとそう簡単に情報を渡す訳がないし。
仕方がないとはいえ、やっぱり悔しい。
「彼は、ウィザードなら知らない人間はいないくらいには有名なプログラマーよ」
「プログラマー? ハッカーとかウィザードじゃなくて?」
「私の知る限り、そっちで有名になったことはないはずよ。あくまでプログラマーとして有名なだけ。でも、たまにコードキャストの作成委託を受けていたらしいわ。あなたみたいに、決して無知なわけではない」
彼が、ウィザードの間でも有名なプログラマー。見た目だけではとてもそう見えないが、人は見かけによらないということか。
しかし、彼がコードキャストを自作できるとなると、それはとても厄介だ。
彼が使うコードキャストはここで手に入れられるものじゃなくて、自作のものが多くなるだろう。ここで手に入れたものだけならある程度予想できると思っていたが、自作のものとなれば話は別。いくつ作っているかはわからないけど、私よりは持っている数も確実に多いだろう。
前回は治療だけを警戒していればよかったけど、今回はそうもいかない。
猶予期間の間で、できるだけコードキャストの種類を把握しておかないといけないな。
「私が知っているのはこのくらいかしら。ウィザードとしては有名じゃないからか、あまりいい情報は手に入らなかったのよね。それに、参加するとは思ってなかったから」
「どういうこと?」
「戦争とか争いごとが嫌いだっていう噂があったのよ。けど、所詮は噂だったってことね」
なるほど、と思わず呟いた。
さっきの態度を思い出す感じ、遠坂が言う噂は本当のことだろう。
「ありがとう、遠坂。助かったよ」
思ったよりも分かったことは少ないが、なにもわからなかった前回よりは随分ましだ。コードキャストの警戒はできるし、もしかしたらそれ以外の妨害もあるかもしれない。日常生活でも注意は怠らない方がいいだろう。
あとは彼のサーヴァントについてだが……これは地道にいくしかないか。
「で、報酬は?」
「……え?」
「え、じゃないわよ。まさか、私が見返りなしで情報を渡すとでも思ってたわけ?」
正直思ってました。
いや、だって前回は特になんも言われなかったし。
「前回はサービスよ、サービス。ほら、さっさとなにか寄越しなさい」
「ぐっ……」
浅慮だった。
彼女と私は敵同士ではないが、決して味方ではない。それに、情報の見返りを求めるのは当たり前だ。
ここで逃げても、この閉鎖空間に逃げ場はない。それになにより、ここで彼女と敵対するのはよくない。
なにか、下らなくとも彼女の興味を惹ける情報は……。
「なんて、冗談よ」
「え?」
「あの程度の情報は他の奴からでも聞けるだろうし、今のあなたから有益な情報を得られるとは思わないもの。だから、
「あ、はは……」
つまり、なにか有益な情報を得たらすぐに教えろ、というわけか。
今後遠坂に教えを乞うのは控えよう。これ以上借りが増えたら返せなくなりそうだ。
まあ一応、興味を惹けそうな情報はあると言えばあるけど……これは、後々に残しておこう。
逃げるように遠坂に別れを告げ、屋上から去る。
一応、他のマスターにも色々と聞いてみようか。……報酬を要求しなさそうな人を探して。
校舎内を見渡しながら階段を降りる。
途中で雰囲気が柔らかなマスターを見つけたら話しかけ、矢上の情報を得ていく。
とはいえ、その情報のほとんどは遠坂に教えてもらったものと同じだ。知らなかったことと言えば、彼が家庭を持っているということくらい。しかし、そんなことを知っても戦闘には役に立たない。
むしろ、少しやり辛くなってしまった。
「今はこのくらいか……」
端末で手にいれた情報を整理する。
改めて文字にすると、今回の相手は強敵だということがよくわかった。
戦闘指揮についてはまだわからないが、電子技術は圧倒的に相手が上。コードキャストやハッキングなどには十分注意が必要だろう。
今分かるのはこれくらい。しかも、他のマスターからの又聞きだ。
実際の実力は、戦ってみないと本当には理解できない。
とりあえず、今日の校内探索はこれくらいにしておこう。他に用もないし、アリーナにでも向かおうかな。