Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第十八話 trap

 透明な壁の向こうに敵がいないか確認しながら、来た道を戻っていく。

 入った当初は複雑だと思っていたこのアリーナも、一度歩いてしまえばすぐに覚えられた。お陰でマップに気を取られる心配はない。

 

「……嫌な静けさ」

 

 思わず口に出た言葉は、静かなアリーナに溶けていく。

 周囲には誰もいない。エネミーは先ほど倒してしまったから分かるが、矢上たちまで見かけないのは少し不気味だ。

 

 なんだか、嫌な予感がする。

 だけど、周囲に人影はない。殺意もなければ、気配も感じない。

 分かるのはアリーナに渦巻く緊張感だけ。この感覚だけが、矢上たちもここにいるのだと教えてくれる。

 

 結局入り口近くまで戻ってきたが、やはり矢上たちとは遭遇しなかった。

 ランサーも難しい顔をしている。きっと、私と同じことを疑問に感じているんだろう。

 

「この気配の薄さ、相手がアサシンだから?」

「いいえ。アサシンならばこんな中途半端な気配の消し方はしないわ」

 

 そのまま、彼女はアサシンのスキル特性について教えてくれた。

 気配遮断。それは名の通り、自身の気配を消すスキル。欠点は攻撃態勢に移るとランクが大幅に下がること、らしい。とはいえ、その時にはすぐに相手を殺せる位置にいるだろうし、欠点らしい欠点とは思えなかった。

 

 まあとりあえず、相手のクラスがアサシンだったとしても、こんな気配の消し方で暗殺をする気はないだろう、というのがランサーの考えのようだ。

 なるほど、と頷きながら踵を返す。

 

 戦うために戻ってきたのは間違いだったと反省をする。相手に戦うつもりがないのなら、こういうこともあり得るのだ。

 今後はその可能性も考慮して動かないと。

 

 戻ってきた道を、今度は奥に進むため歩いていく。

 突き当たりに差し当たり、曲がろうと一歩を踏み出した、その瞬間。

 

 足元の違和感を感じたのと、身体中を電流が駆け巡るような感覚が襲ってきたのは、ほぼ同時だった。

 

「っが……!?」

 

 視界が点滅する。手足に力が入らず、今自分が立っているのかさえ分からない。

 ただ、その中でも自分に向けられる殺意だけは嫌に感じ取れた。

 

「ぐ、ぅ……っ!」

 

 息が詰まる。

 腹部から激痛のせいで、先ほどとは違う意味で目の前が黒くなる。

 だけど、数秒遅れて聞こえてきた金属音に、今がどんな状況かを悟った。

 

 痺れと激痛で霞む視界で、目の前での出来事をなんとか目に納める。

 ランサーは真っ赤な髪を持つ女性と戦っていた。恐らく、矢上のサーヴァントだろう。

 

 だけど、はっきりとわかるのはそれぐらいだ。

 手に持っている武器でさえ、はっきりと断言はできない。それぐらい、今の視界は酷いものであった。

 このままでは援護をすることもできない。

 

 何もできない、守られているだけの事実が心を蝕む。

 このままでは嫌だ。そうは思っても、身体は動いてくれない。

 

「セイバー!」

「ああ!」

「っく……!」

 

 ランサーが苦戦している。当たり前だ。

 背後にいる私を守りながら、援護もない状態で二人と戦っているのだから。

 

「ラン、サ……」

 

 体中に力を籠める。痺れる腕を動かして、何とか体を支える。

 大丈夫、動かせる。視界も、さっきよりは大分ましだ。

 

 指先を向ける。決して間違えないよう、しっかりと前を見つめる。

 魔力がうまく纏まらない。きっと、これもさっきの痺れのせいだろう。

 だけど、やるしかない。

 

 魔力を纏め、戦況を見極める。

 だけど、そのコードキャストを使うことはなかった。

 

「っ、今日はここまでみたいだね」

 

 強制終了が起こったのだ。

 これで、今日はこれ以上の私闘は許されない。

 

 助かったのだと理解すると同時に、今までの比じゃないほどの疲労と痛みが襲い掛かってくる。

 だけどそれを表情に出さないよう気を付け、気丈にふるまう。

 敵はまだ目の前にいるのだ。私闘はできないにしろ、隙は見せない方がいい。

 

「……行こう、セイバー」

「いいの?」

「ああ。私闘はもうできない……それに、あの怪我じゃあ今日はもう進めないだろうしね」

 

 そう言って、矢上たちはアリーナの奥へと進んで行ってしまった。

 その背中を見えなくなるまで見届け、ほっと息をつく。

 

 ペナルティを恐れずに襲い掛かってきていたら、それこそ危なかったかもしれない。

 改めて息をつき、アリーナの壁に寄りかかる。

 

「怪我は?」

「ない、とは言えないかな」

 

 そんな私の様子を見かねたのか、ランサーは顔を顰めながらも問いかけてきた。

 その問いに、未だ痛みが引かないお腹をさすりながら答える。

 触ると痛いし、もしかしたら痣になっているかもしれない。アリーナから帰ったら、保健室で見てもらおうかな。

 

「悪いけど、今日の探索はここまでにしよう。これ以上はちょっときつい」

 

 痛みもそうだけど、痺れもまだ残っている。

 あの時足元からの違和感を感じたのは、設置型のコードキャスト()に引っかかってしまったから。

 きっと私も持ってる『shock(16)(電撃)』と同じ効果で、より強力な威力を持った罠。あの罠についても、ちゃんと調べないと。

 また引っかかってしまえば今回の二の舞だし、その後のアリーナ探索にも支障が出る。それだけは避けなければならない。

 

 それから。

 

「さっきは助けてくれてありがとう、ランサー」

 

 この腹部の痛みは、ランサーに助けてもらったときのものだ。

 罠に引っかかって動けない私を、咄嗟に蹴り飛ばしたんだろう。

 

「でも、できれば次は投げ飛ばしてくれると助かるかな」

「次があると思っているの?」

「そうだね、ごめん。もうないようにするよ」

 

 軽口を叩きながら、リターンクリスタルを使う。

 掌のクリスタルが砕け、目の前を鮮やかな緑が覆っていく。

 それから、まるで宙に浮いたような感覚。それを感じたときには、もう校舎に戻ってきていた。

 

 保健室、まだ空いてるといいな。

 

 *

 

 

「はい、これで治療は終わりました。気分はどうですか?」

「……うん、痺れも痛みもない。ありがとう、桜。助かったよ」

 

 あの後、無事保健室に入ることができた。

 桜に事情を説明すれば、迅速に治療を施してくれた。お陰で後遺症が残るとかはなく、ほぼ万全の状態にまで回復できた。

 もちろん、疲れが取れたわけではないし、もう今日はアリーナを探索することはできないのだけど。

 

「あ、そうだ。今渡すのもあれなんだけど……」

 

 端末から、購買で買ったものを取り出す。

 一回戦のときから沢山お世話になっている桜に、お礼として渡そうと思っていたデザートだ。

 休息期間中に買っておいたはいいけど、タイミングが見つからず中々渡せずにいた。今渡すのは少しどうかと思ったが、このあと渡せる機会がくるとは限らない。早めに渡せるに越したことはないだろう。

 

「そんな、私はただ自分の役目を果たしただけです。わざわざお礼をいただくことではありません」

「君にとってはそうでも、私はなにかお礼がしたいんだ。だから、迷惑じゃなかったら受け取ってほしい」

「迷惑、ではありませんけど……」

 

 デザートを受け取った桜はどこか困惑気味で、あまり嬉しそうではない。

 やはり迷惑だっただろうか。あんな言い方じゃあ、優しい彼女は断り辛かったのかもしれない。

 

「あの、桜? 気は使わなくてもいいから……」

「い、いえ! 無理はしていません! ただ、今までこういうのを頂いたことがなかったので、その」

 

 恥ずかし気に頬を染める姿は、どこか嬉しそうに見える。

 その表情から、決して迷惑ではなかったのだということが分かってほっとした。

 

 戸惑っている桜に食べるよう促せば、彼女はおずおずとした様子で包装をはがしていく。

 一口デザートを口にすれば、花が咲いたように柔らかな笑みを浮かべた。

 どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「これ、おいしいですね」

「でしょ? それ、購買で安く買えるんだ。暇なときにでも買いに行ってみなよ。あそこ、結構品揃えもいいから」

 

 食堂が併設しているせいか、食堂にあるものは大体購買でも売っている。今回桜に渡したデザートだってその一つだ。

 食堂以外で食べるなら購買で買うか持参する。この学校では、それが当たり前だった。

 

「いえ、それはできません」

「え?」

「私は、健康管理AIですから」

 

 桜の言っている言葉の意味を、私は理解することはできなかった。

 だけどそれも一瞬。すぐに、彼女がどんな存在だったかを思い出す。

 

 桜は、彼女自身が言っている通り、健康管理AIだ。

 私たちマスターとは違う、ムーンセルが聖杯戦争のために生み出したNPC。

 だから、そう。きっと、保健室からは基本出られないように設定されているんだろう。彼女がいない間にここを利用するマスターが現れたら、意味がないから。

 

「そ、っか……」

 

 それを可哀そうだと思ってしまうのは、私が桜の境遇を不幸だと思っているからだ。一箇所に縛り付けられるなんて、考えたくもない。

 だけど、それは私の考えで。桜は決して、自分が不幸だとは思っていないだろう。

 だからこんな思い、本当は抱いてしまってはいけないのに。

 

「ヴィオレットさん?」

「……ううん、なんでもない。それより桜、次はどうしようか。また、何か持ってくるよ」

「え、いいんですか?」

「もちろん。私、桜ともっと色んな話をしたいんだ」

 

 それなら、と桜は微笑む。

 断られるんじゃないかと思ったが、大丈夫そうだ。

 

 私も桜に微笑み返し、会話を続けるために適当な話題を上げる。

 彼女との他愛のない会話は、陽が沈み始めるまで続いた。

 

 *

 

 桜との楽しい談笑を終え、時刻は夕方。

 以前まで白乃と食堂で待ち合わせをしていた時間になった。

 

 いつもの場所で彼女を待つ。

 一回戦が終わって二日が経っているし、もしかしたら向こうは私が負けたと思っているかもしれない。

 だから、彼女がここにくる保証なんてない。先に約束を破ったのは私だから、仕方のないことだ。

 でも、できるならもう一度、白乃と話をしたい。

 

「…………クレア?」

 

 ふいに、背後から声をかけられる。

 それが誰かなんて、見なくてもわかる。

 だって私が、この二日間避けてきた友達の声なんだから。

 

「白乃……」

 

 目を見開いて驚いたまま、彼女はなにも言わない。

 本当に、私が死んだと思っていたんだ。

 

 何て言葉をかけようか迷う。

 死んだかもしれないと思うと怖くて、約束を破ったのは私だ。そんな私が、今更なんと声をかければいいんだろう。

 

「生きて、たんだ……」

 

 白乃の声は、こっちが悲しくなるくらい震えていた。

 その声で、私がやったことがどれほど酷いことだったかを察する。

 

 約束をしたのは私からなのに。

 それを理由に頑張ろうと。それが彼女の支えになれたらいいと。そう思ったのは、私だったのに。

 

 ああ、本当に今更だ。

 

「うん。約束、破ってごめん」

「謝るくらいなら、最初からしないで」

 

 震えていた声は、いつの間にかいつもの声色に戻っていた。

 けれど、目の端は少し赤くなっている。

 

 その顔にさらなる罪悪感が生まれる。

 それが表情に出ていたのか、彼女は私の頬を引っ張った。

 突然のことに面食らう私を見ながら、白乃はやはりいつも通りの笑みを浮かべる。

 

「生きてたんならそれでいいよ」

「……相変わらず、君は優しいね」

「そうかな」

 

 そうだよ、と思わず笑みをこぼす。

 白乃は不思議そうに首をかしげているから、優しい自覚はないみたいだ。

 だけど、約束を破って自分を不安にさせた相手をすぐに許しているのだから、大分優しいと思う。

 

「そんなことより早く行こう。今まで来なかった理由とか、色々教えてもらうからね」

 

 ……やっぱり意外と怒っているのかも。

 いや、でも自業自得か。

 

「お手柔らかにお願いします」

「どうしようかなー」

 

 やっぱり、白乃と話すのはとても楽しい。

 さっきまで桜と話してた楽しさとはまた違う楽しさだ。これも、今の私にはかけがえのない大切なもの。

 

 食事を受け取り、席に座る。

 そこでは早速、今まで集合場所に来なかった理由を聞かれた。

 素直に怖かったのだと話せば、白乃から私だって同じだったと怒られてしまった。

 

 普通に考えれば当たり前だ。むしろ、真実を確かめようとしなかった私より、白乃の方が怖かっただろう。

 そう思うと、何とも言えない罪悪感に襲われた。

 もうしないでと念を押す白乃に、力強く頷く。彼女は私の返事に満足したのか、嬉しそうに笑った。

 

 それから、白乃と色々な話をする。

 だけど、こんな生活をしているとそこまで話す話題はない。話は、自然と聖杯戦争に関わることに移っていった。

 

「ダン・ブラックモア……」

「知ってる?」

「全然。でも、地上では有名なんでしょ?」

「そうみたい。狙撃で有名な軍人だったらしいよ」

 

 白乃の対戦相手は、当たり前というか私の記憶にはない人物だった。

 でも、地上では有名な人らしい。

 

 相手が元狙撃手となると、やはり注意すべきは奇襲だろう。

 決戦場まで行けばともかく、アリーナで待ち伏せをされた上に遠距離から攻撃を受けるとなると最悪だ。特に、入るときと出るときは油断もあるだろうし……。

 

「いや、多分、ダンさんからの奇襲はないと思う」

「? どうして?」

「実は……」

 

 白乃は、今日アリーナで会った出来事を教えてくれた。

 アリーナは、毒の結界で覆われていたらしい。毒自体は少しずつ体を蝕むものであったから、結界を壊しアリーナから出た今は特に問題はないという話だったけど……一度保健室で見てもらうよう薦めておいた。何かあってからでは遅いし。

 まあそれはともかく、アリーナを探索中、言い争いをするダンさんと彼のサーヴァントを見かけたそうだ。

 内容は、アリーナを包む毒の結界について。

 話を聞く感じ、ダンさんは正々堂々と。サーヴァントの方は、奇襲や罠といった戦術をとりたい、ということか…………あれ?

 

「ねえ白乃、それってアリーナでの話だよね?」

「え、そうだよ」

「どうやって盗み聞きしたの? 相手は元軍人でしょ。バレたりはしなかった?」

 

 ほんの少し違和感を覚えたのはそこだった。

 白乃は私と同じ記憶喪失。だから、コードキャストはアリーナで拾う礼装に付属しているものしか使えないはずだ。

 でも、彼女はアリーナで相手の情報を得てきた。しかも耳で、だ。盗み聞きと言うと人聞きが悪いけど、隠れる場所の少ないアリーナでそれはとても難しい。

 

「普通に壁の影に隠れて見ていたよ。そりゃあ、気配とかはなるべく消してたけど、特別なにかをした訳じゃないかな」

「……壁って、アリーナの?」

「それ以外になにがあるの」

 

 急にどうしたんだ、とでも言うかのように白乃は首を傾げた。

 それにはなんでもないと曖昧に返し、自分の考えすぎなところには内心頭を抱えた。

 所謂、先入観というやつだ。

 半透明な壁で、向こう側を見ることができる。だから隠れることはできないと思っていたが、ここは電脳世界。人だけを見えなくするプログラムが組み込まれていない、とは言いきれない。

 

 今回も、私が罠にかかったタイミングで彼らは襲ってきた。てっきりコードキャストで姿を隠し様子を伺っていたと思っていたが、もしかしたら壁の影に隠れていただけかもしれない。

 どちらにせよ、確かめないといけないことが増えたことは確かだった。

 

「そういうクレアはどうだったの?」

「私は……」

 

 アリーナであったことを語る。自分の失態を語るのは正直恥ずかしいが、設置型のコードキャストも存在することは白乃にも伝えといた方がいい。

 些細なことだけど、知らないよりはましだから。

 

 ただ、罠に引っかかったことに関しては大分心配をさせてしまった。

 今は大丈夫だと言っても、どこか心配そうで。それがくすぐったくて、少し恥ずかしかった。

 

「それじゃあ、そろそろ戻ろうか」

「だね」

 

 色々なことを沢山話していたら、時間はあっという間だ。 

 陽は完全に沈み、校舎の外はもう真っ暗。校舎の光はあるし人がいるお陰で不気味さはないが、正直あまり出歩きたくないシチュエーションである。

 

 教室の前で白乃と別れ、私も自分のマイルームへと戻っていく。

 なんだか、今日は色々なことが起こったな。

 

 お風呂に入りながら、今日起こった出来事を振り返る。

 そしてそこから、明日やるべきことを考える。

 

 アリーナでの出来事はラニに相談した方がいいだろうし、ラニからの頼みもやり遂げなければ。

 あのサーヴァントの遺物、か。敵が飛び道具使いであれば簡単だが、相手はセイバー。矢上がそう呼んでいたから。ブラフではない限り間違いではない。

 うーん、少し難しいかもしれない。

 

「まあ、なんとかするしかないか」

 

 寝間着を身に包み、髪を手早く乾かす。

 それが終わるころには、ランサーは既にベッドで横になっていた。

 寝ている、のかな?

 

 起こさないよう、足音に気を付け電気を消す。

 

「おやすみ……」

 

 明日は、今日みたいに足手まといにならないように。

 小さな決意を胸に秘め、瞼を閉じた。

 

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