Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第二十話 reliability

 アリーナに入ってまず確認したのは、透明な壁の性質に関してだった。

 ランサーに壁の向こうに立ってもらい、壁越しに見えるかを確認する。

 想像とは違い、壁の向こうにいるランサーははっきりと目で確認できた。これだと、遠目ならともかく、近くならばすぐに見つかってしまうだろう。

 

「うーん、敵じゃないと意味ないのかな」

 

 それとも、考え通りこの向こうは見えないのだろうか。

 でも、そうだと白乃が見つからなかった理由が分からない。

 相手は元軍人らしいし、こうも丸見えだと、例え完璧に気配を消せたとしてもすぐに見つかるだろう。相手の会話を聞ける距離ならなおさらだ。

 

「とりあえず、これは要確認だね」

 

 こうなったら、一度試してみるしかない。

 幸か不幸か、矢上たちは既にアリーナにいる。

 

 解析のコードキャストとアイテムはいつでも使えるようにして、昨日のような罠には対処できるようにしておく。

 慎重に先に進み初めて早数分。道中に罠が仕掛けてある訳でもなく、スムーズに昨日きた場所まで戻ってこれた。

 

「止まって」

 

 前を走っていたランサーから、制止の声が掛かった。

 音を立てないよう足を緩め、彼女の少し後ろで止まる。

 息を潜め気配を消すランサーに倣い、私もできる限り気配を消す。

 

「あいつらよ」

 

 顎で示された先には、確か大きなフロアがあったはずだ。

 どうやら、そこに矢上たちがいるらしい。

 

 壁に体を隠しながら、覗くようにフロアに目を向ける。

 そこでは、矢上と赤毛のサーヴァントがエネミーと戦っていた。

 

 一度顔を引っ込めて、壁越しにフロアを見てみる。

 エネミーの姿は見えるけど、矢上たちの姿は元からなかったかのように消えていた。

 なるほど。対戦相手の姿は見えないようになっているのか。

 白乃が見つからなかったのもこのお陰だろう。

 

「確認は済んだ? なら、仕掛けるわよ」

「待って。仕掛けるなら、エネミーを倒して油断した瞬間の方がいい」

 

 今にも飛び出しそうなランサーを抑え、向こうの様子を観察する。

 ついでに、フロアに続く一本道に罠が仕掛けてないかも確かめておこう。

 

view_status()(解析)

 

 コードキャスト越しの視界に映る、小さな違和感。

 もっと深く解析してみると、それは昨日と同じ罠であることが確認できた。

 

「君の歩幅で三歩目、かな。そこに昨日の罠が仕掛けられてる」

 

 フロア内も確認するも、見つかった罠はそれだけだった。

 なら、戦闘中は矢上本人からのコードキャストに気を付けるだけで十分だろう。

 あとは、タイミングを見計らうのみ。

 

 セイバーと、ついでにエネミーの動きも観察する。

 エネミーの動きはそこまで複雑ではない。矢上たちも特に苦戦している様子には見えなかった。

 体力が減ったところをと思ったけど、そううまくはいかなそうだ。

 なら、せめて今のうちにセイバーの動きをよく見ておこう。

 

 彼女の武器は片手剣だ。剣を持ってない方の手には、盾が握られている。

 盾でエネミーの攻撃を巧みに防いでいるところを見ると、随分と戦闘慣れしているようだ。もしかしたら、どこかで有名な軍人や戦士なのかもしれない。

 少なくとも、セイバーというクラスに間違いはないように思える。うん、思いたい。

 

 そうこう考えているうちに、セイバーとエネミーの戦いは終わりに近づいていた。

 ランサーがいつでも飛び出せるよう、脚に力を籠める。

 私も、いつでもコードキャストを発動できるよう礼装の準備を整える。

 

 セイバーの剣が、エネミーに振り下ろされた。

 データの海へと還っていく姿を見届けた矢上は、周囲に向けていた警戒を解く。

 

 瞬間、ランサーが壁の影から飛び出した。

 

「っな……!?」

「マスター!」

 

 床に敷かれた罠を悠々と飛び越え、ランサーは敵へと向かって駆け抜ける。

 その先にいるのは、セイバー、ではない。

 

「嘘だろ……っ!?」

 

 予想外にも、ランサーは矢上に攻撃を仕掛けようとしていたのだ。

 考えもしなかった選択に、少々反応が遅れてしまう。それでも何とか準備していたコードキャストを発動し、矢上を守ろうと動いたセイバーへと放つ。

 放たれた『shock(16)(電撃)』は見事セイバーへと当たり、妨害を成功することができた。

 

「ッ、マスター!!」

 

 スピードに乗ったランサーの膝が、矢上を貫こうと迫る。

 一瞬でも動きを止めたセイバーは間に合わない。そして、ただの人間がサーヴァントの一撃に耐えれるわけもない。

 二回戦はここで終了する。そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。

 

protect(32)(防壁)!!」

 

 だけど、矢上は魔術師だ。

 

「それは……!」

 

 矢上の目の前に現れる、大きな一枚の壁。

 それは、間違いなく私の持つコードキャストと同じものだった。しかし、効果はきっと何倍も違う。

 

 ランサーの強烈な一撃を受け止めた防壁は、ヒビが入っただけで、砕け散ることはなかった。

 だけど、もう一度攻撃ができれば……!

 

「ランサー、右!」

 

 セイバーがランサーに迫る。二度目の妨害は通じない。

 矢上に近いことを不利だと考えたのだろう。セイバーの剣を避けたランサーは、そのまま私の近くまで戻ってきた。

 

「まさかマスターを狙ってくるとはね。そんな奴には見えなかったけど」

「あら、人は見掛けによらないって言うでしょう? それに、先に仕掛けたのはそっちじゃない」

 

 ……もしかして、昨日のことを気にしてくれてるんだろうか。

 そうだとしたら嬉しい。でも、正直ああいう仕返しはあまり好きではない。そりゃあ、やらなければいけないならやるけど。

 こういう価値観の違いは、いつか擦り合わせないといけないのかもしれない。

 それも、もっとランサーについて知ってからだ。

 

「クレア、マスターの方は貴女が抑えなさい」

「! うん、任せて」

 

 頼られたのが嬉しくて、思わず声が震えた。

 もしかしたら、少しは私を信頼してくれているのかもしれない。私なら抑えられると、少しは期待してくれているのかもしれない。

 なら、その信頼に応えたい。どれくらいできるか分からないけど、せめてランサーの邪魔だけはさせないようにしないと。

 

 セイバーの向こう側に立っている矢上に注目する。

 彼が使うコードキャストで、今の所判明しているのは二つ。『shock(16)(電撃)』の効果を持つ罠と、私も持つ『protect(16)(防壁)』だ。しかし、両方とも矢上の方が威力が高い。

 罠が張れるということは、弾丸として打つことも可能だろう。私なら一瞬しか止められないサーヴァントの動きを、彼がどれくらい止められるかは予想もつかない。

 だが、私より長いのは考えなくてもわかる。一瞬の隙が生死を分ける戦いで、そんな隙を与えるわけにはいかない。

 

「っ……!」

 

 だけど、これは辛いよ、ランサー!

 

 彼が使っているコードキャストはただ一つ。威力は桁違いだが、指先から放たれる弾丸を見るに、おそらく『shock(16)(電撃)』だろう。それはいい、想像通りだ。

 問題は、私が使うコードキャストの数。向こうの威力が高すぎて、電撃と防壁を組み合わせないと相殺しきれないのだ。

 さらに、そこまでしても、間も置かずに行使されるコードキャストを防ぎきることはできない。いくつかはランサーが避けて対処してくれている状況だ。

 

 視線を反らし、セイバーと戦うランサーを見る。

 苦戦している様子はないが、攻めきれてもいない。その様子から、サーヴァント同士の力の差はあまりないと予想できる。

 

「っくそ……!」

 

 なら、勝敗を決めるのはマスターの差だ。

 そして、その差は目に見えてわかるほど離れている。

 

 地上でプログラマーとして電脳世界に関わってきた矢上と、記憶がなく、多少のプログラミングしかできない私。どちらが優れているかなんて、考えなくてもわかる。

 現に、その差は今のこの状況を作り出していた。

 

「終わりね」

 

 結局何もできないまま、戦闘は終わりを告げる。

 致命傷を与えられず、情報もあまり得られてない。ただ、私と彼の実力差を思い知っただけ。

 

「ごめん、セイバー。援護できなかった」

「気にしないで。相手のマスターを抑えててくれただけ十分さ」

 

 聞こえてくる会話に、思わず唇を噛みしめた。

 抑えきれてはなかったけど、抑えていたつもりだった。少しでもランサーの手助けになればと、頑張ったつもりだった。

 

 でも、違う。そんなのはただの思い上がりだ。

 私が矢上を抑えていたんじゃない。私が、矢上に抑えられていたんだ。

 マスターだけに集中し、サーヴァント同士の戦いに指示を出させないために。

 

 情けない。

 折角、ランサーが私を頼ってくれたのに。それに、応えることはできなかった。

 

「クレア」

「っ、どうしたの、ランサー」

「あいつらは先に進んだわよ。どうするの」

 

 名前を呼ばれ、我に返る。

 確かに、目の前にいたはずの矢上たちは既に姿を消していた。

 ランサーの言う通り先へ進んだのだろう。それに気づかないほど、意識はさっきの戦闘の反省に向けられていた。

 

 このままじゃあだめだ。ちゃんと切り替えよう。

 反省は後でもできる。今は、ここでできることを考えないと。

 

「とりあえず、そこに設置されてるコードキャストを調べよう。もしかしたら、何かわかるかもしれない」

 

 指差すのは、矢上が仕掛けたコードキャストの罠。表面上は見えないが、確かにそこに存在する。

 礼装を変更し、解析を始める。

 

 これは、結構複雑な構造だ。きちんと解析をしようと思うと、結構な時間がかかるだろう。

 解析に集中すれば私は無防備になるし、アリーナの探索も進まない。ただ時間を無駄にするだけだ。

 それは避けたい。プログラムのコピーだけして、解析は校舎に戻ってからにしよう。

 

 コードキャストで見える限りのプログラムを端末に書き写し、間違いがないかだけ確認する。

 うん、大丈夫そうだ。

 

「お待たせ……って、あ」

 

 何もいなかったフロアにエネミーが現れる。

 ついさっき、矢上たちが戦っていたエネミーだ。

 

「リスポーンしたわね」

「……倒そうか」

 

 改竄のリソースになると思えば、まあいいか。ポジティブに行こう。

 幸い、行動パターンはセイバーが戦っていたのを見てもう把握してる。ランサーなら負ける相手じゃない。

 

 実際、ランサーは怪我をすることなく敵をいたぶり尽くした

 その顔がどこか満足気に見えたのは、決して間違いではないだろう。

 

 エネミーを倒しつつ、更にアリーナを進んで行く。

 長い一本道を進んでいると、奥の方に道を塞ぐ扉が見えた。今まで通り、どこかにあるスイッチを押す必要があるようだ。

 見渡せる範囲にはない。横道が多いから、そのどれかだとは思うけど。当たりを見つけるまで、少し時間がかかりそうだ。

 

 とりあえず、一番近かった横道に入ってみた。

 そこの道は長くなかったようで、すぐに奥に辿り着く。そこにあったのは、オレンジのアイテムフォルダ。中身は、礼装だ。

 

「これ、購買に売ってたやつだね」

 

 『強化体操服』。この世界で私が初めて見た礼装だ。あの時はお金もなく、礼装も持っていなかったから購入を諦めたものでもある。

 こうして手に入ったことを思うと、むしろ買わなくて正解だったのか。

 

「それ、使う機会はあるの?」

「……多分、ないんじゃないかな」

 

 この礼装で使えるコードキャストは、魔力強化の一つだけ。その分効果は大きいみたいだけど、二つしか礼装を装備できない以上、あまり役には立たなそうだ。

 購買では売ることもできるみたいだし、本当に必要なかったら売ってしまおう。

 

 礼装を端末にしまいながら、次の横道に入る。その奥にも、アイテムフォルダが置いてあった。

 色的にはトリガーだ。その前に配置されているエネミーは蜂型。

 少し面倒なタイプだが、動きさえ止められれば後は簡単だ。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 敵が気づかない距離から電撃を放つ。

 吸い込まれるように当たった電撃は、その効果を発揮させ敵の動きを止める。

 瞬間、後ろにいたランサーがもの凄いスピードで隣を駆け抜けた。

 

 一閃。手始めに羽を切り落とし、動きを制限する。

 そうしてしまえば、もう敵にできることはない。電撃の効果が切れた後でも、飛べない敵は胴体を動かすのみ。

 ランサーが足を振り下ろす。容赦ない攻撃は、一撃で相手を屠り去った。

 

「よし、今日はこれで終わり、かな」

 

 アイテムフォルダからトリガーを取り出す。

 無事に手に入れたことを確認し、端末をしまい込んだ。

 

「記憶は?」

「えー、と……気配は感じるけど、どこにあるかまでは。だから、探すのは明日かな」

 

 前回と同じなら、第二層が開くのは四日目。

 今日が二日目だから、明日はまたここにくることになる。

 記憶を取り戻すのはその時でもいいだろう。

 

 そこから先の道は、特に何もなかった。

 ただ、気配の強さから、記憶がどこにあるのか大体の場所を把握することができた。明日になれば、正確な位置もわかるようになるはず。

 トリガーも手に入ったことだし、今日はここまでにして校舎に戻るとしよう。

 

*

 

 白乃との食事も終え、マイルームへと戻ってきた。

 明日の準備もすれば、窓の外は既に真っ暗。いつもならやることもなく寝てしまうが、今日はコピーしてきた矢上のコードキャストの解析をすることにした。

 

「それ、あいつらのコードキャスト?」

「うん。プログラムだけだから、使うことはできないけど……なにかに使えたらいいと思ってね」

「ふぅん……」

 

 興味なさげに、ランサーが隣からプログラムを覗き込む。

 近づいてきた綺麗な顔に少しドギマギしつつ、意識は解析に集中させる。

 

 コードキャストを使いながら解析を進めるが、順調とは言えなかった。

 決して解析できないわけではない。でも、想像以上に複雑にプログラムが組まれていて、全てを解析するのには大分時間がかかりそうだった。

 少なくとも、今のように夜だけに作業するとなると、時間は確実に足りない。

 どこかで時間を取るべきか、それとも適当な所で切り上げるのか。どちらにすべきか、なるべく早く決めた方がいいだろう。

 

「ねえランサー、少し相談があるんだけど」

 

 というわけで、早速ランサーに相談してみた。

 一人で決めても仕方がない。彼女の意見も聞いて、決まらなければラニや白乃にも意見を乞うつもりだ。

 

「別に、解析をしたって使えるわけではないのでしょう? なら、無理に全部をする必要はないわ。必要となる部分だけをすればいい」

「やっぱり、そう考えるのが妥当な所かな……」

 

 ランサーの答えは、至って正論だった。

 使えるならまだしも、使えないものに時間をかける必要はない。

 とはいえ、これを解析しきれば私の力になることは間違いないだろう。これを基に、コードキャストを自作できるかもしれない。いや、流石にそれは高望みしすぎか。

 

「まあ、何はともあれ、ある程度は進めないと話にならないわ」

 

 またしても正論だ。

 この解析結果が絶対に役立つという保証はない。結局、一度やってみないと分からないのだ。

 

「……よし、とりあえず頑張るか!」

 

 ある程度遅くなっても、明日に響かなければ大丈夫だ。

 今日は、少し夜更かしをすることにしよう。

 






4/28追記
戦闘開始時と、マイルームの文章を少し変更しました。

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