Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
アリーナに入ってまず確認したのは、透明な壁の性質に関してだった。
ランサーに壁の向こうに立ってもらい、壁越しに見えるかを確認する。
想像とは違い、壁の向こうにいるランサーははっきりと目で確認できた。これだと、遠目ならともかく、近くならばすぐに見つかってしまうだろう。
「うーん、敵じゃないと意味ないのかな」
それとも、考え通りこの向こうは見えないのだろうか。
でも、そうだと白乃が見つからなかった理由が分からない。
相手は元軍人らしいし、こうも丸見えだと、例え完璧に気配を消せたとしてもすぐに見つかるだろう。相手の会話を聞ける距離ならなおさらだ。
「とりあえず、これは要確認だね」
こうなったら、一度試してみるしかない。
幸か不幸か、矢上たちは既にアリーナにいる。
解析のコードキャストとアイテムはいつでも使えるようにして、昨日のような罠には対処できるようにしておく。
慎重に先に進み初めて早数分。道中に罠が仕掛けてある訳でもなく、スムーズに昨日きた場所まで戻ってこれた。
「止まって」
前を走っていたランサーから、制止の声が掛かった。
音を立てないよう足を緩め、彼女の少し後ろで止まる。
息を潜め気配を消すランサーに倣い、私もできる限り気配を消す。
「あいつらよ」
顎で示された先には、確か大きなフロアがあったはずだ。
どうやら、そこに矢上たちがいるらしい。
壁に体を隠しながら、覗くようにフロアに目を向ける。
そこでは、矢上と赤毛のサーヴァントがエネミーと戦っていた。
一度顔を引っ込めて、壁越しにフロアを見てみる。
エネミーの姿は見えるけど、矢上たちの姿は元からなかったかのように消えていた。
なるほど。対戦相手の姿は見えないようになっているのか。
白乃が見つからなかったのもこのお陰だろう。
「確認は済んだ? なら、仕掛けるわよ」
「待って。仕掛けるなら、エネミーを倒して油断した瞬間の方がいい」
今にも飛び出しそうなランサーを抑え、向こうの様子を観察する。
ついでに、フロアに続く一本道に罠が仕掛けてないかも確かめておこう。
「
コードキャスト越しの視界に映る、小さな違和感。
もっと深く解析してみると、それは昨日と同じ罠であることが確認できた。
「君の歩幅で三歩目、かな。そこに昨日の罠が仕掛けられてる」
フロア内も確認するも、見つかった罠はそれだけだった。
なら、戦闘中は矢上本人からのコードキャストに気を付けるだけで十分だろう。
あとは、タイミングを見計らうのみ。
セイバーと、ついでにエネミーの動きも観察する。
エネミーの動きはそこまで複雑ではない。矢上たちも特に苦戦している様子には見えなかった。
体力が減ったところをと思ったけど、そううまくはいかなそうだ。
なら、せめて今のうちにセイバーの動きをよく見ておこう。
彼女の武器は片手剣だ。剣を持ってない方の手には、盾が握られている。
盾でエネミーの攻撃を巧みに防いでいるところを見ると、随分と戦闘慣れしているようだ。もしかしたら、どこかで有名な軍人や戦士なのかもしれない。
少なくとも、セイバーというクラスに間違いはないように思える。うん、思いたい。
そうこう考えているうちに、セイバーとエネミーの戦いは終わりに近づいていた。
ランサーがいつでも飛び出せるよう、脚に力を籠める。
私も、いつでもコードキャストを発動できるよう礼装の準備を整える。
セイバーの剣が、エネミーに振り下ろされた。
データの海へと還っていく姿を見届けた矢上は、周囲に向けていた警戒を解く。
瞬間、ランサーが壁の影から飛び出した。
「っな……!?」
「マスター!」
床に敷かれた罠を悠々と飛び越え、ランサーは敵へと向かって駆け抜ける。
その先にいるのは、セイバー、ではない。
「嘘だろ……っ!?」
予想外にも、ランサーは矢上に攻撃を仕掛けようとしていたのだ。
考えもしなかった選択に、少々反応が遅れてしまう。それでも何とか準備していたコードキャストを発動し、矢上を守ろうと動いたセイバーへと放つ。
放たれた『
「ッ、マスター!!」
スピードに乗ったランサーの膝が、矢上を貫こうと迫る。
一瞬でも動きを止めたセイバーは間に合わない。そして、ただの人間がサーヴァントの一撃に耐えれるわけもない。
二回戦はここで終了する。そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。
「
だけど、矢上は魔術師だ。
「それは……!」
矢上の目の前に現れる、大きな一枚の壁。
それは、間違いなく私の持つコードキャストと同じものだった。しかし、効果はきっと何倍も違う。
ランサーの強烈な一撃を受け止めた防壁は、ヒビが入っただけで、砕け散ることはなかった。
だけど、もう一度攻撃ができれば……!
「ランサー、右!」
セイバーがランサーに迫る。二度目の妨害は通じない。
矢上に近いことを不利だと考えたのだろう。セイバーの剣を避けたランサーは、そのまま私の近くまで戻ってきた。
「まさかマスターを狙ってくるとはね。そんな奴には見えなかったけど」
「あら、人は見掛けによらないって言うでしょう? それに、先に仕掛けたのはそっちじゃない」
……もしかして、昨日のことを気にしてくれてるんだろうか。
そうだとしたら嬉しい。でも、正直ああいう仕返しはあまり好きではない。そりゃあ、やらなければいけないならやるけど。
こういう価値観の違いは、いつか擦り合わせないといけないのかもしれない。
それも、もっとランサーについて知ってからだ。
「クレア、マスターの方は貴女が抑えなさい」
「! うん、任せて」
頼られたのが嬉しくて、思わず声が震えた。
もしかしたら、少しは私を信頼してくれているのかもしれない。私なら抑えられると、少しは期待してくれているのかもしれない。
なら、その信頼に応えたい。どれくらいできるか分からないけど、せめてランサーの邪魔だけはさせないようにしないと。
セイバーの向こう側に立っている矢上に注目する。
彼が使うコードキャストで、今の所判明しているのは二つ。『
罠が張れるということは、弾丸として打つことも可能だろう。私なら一瞬しか止められないサーヴァントの動きを、彼がどれくらい止められるかは予想もつかない。
だが、私より長いのは考えなくてもわかる。一瞬の隙が生死を分ける戦いで、そんな隙を与えるわけにはいかない。
「っ……!」
だけど、これは辛いよ、ランサー!
彼が使っているコードキャストはただ一つ。威力は桁違いだが、指先から放たれる弾丸を見るに、おそらく『
問題は、私が使うコードキャストの数。向こうの威力が高すぎて、電撃と防壁を組み合わせないと相殺しきれないのだ。
さらに、そこまでしても、間も置かずに行使されるコードキャストを防ぎきることはできない。いくつかはランサーが避けて対処してくれている状況だ。
視線を反らし、セイバーと戦うランサーを見る。
苦戦している様子はないが、攻めきれてもいない。その様子から、サーヴァント同士の力の差はあまりないと予想できる。
「っくそ……!」
なら、勝敗を決めるのはマスターの差だ。
そして、その差は目に見えてわかるほど離れている。
地上でプログラマーとして電脳世界に関わってきた矢上と、記憶がなく、多少のプログラミングしかできない私。どちらが優れているかなんて、考えなくてもわかる。
現に、その差は今のこの状況を作り出していた。
「終わりね」
結局何もできないまま、戦闘は終わりを告げる。
致命傷を与えられず、情報もあまり得られてない。ただ、私と彼の実力差を思い知っただけ。
「ごめん、セイバー。援護できなかった」
「気にしないで。相手のマスターを抑えててくれただけ十分さ」
聞こえてくる会話に、思わず唇を噛みしめた。
抑えきれてはなかったけど、抑えていたつもりだった。少しでもランサーの手助けになればと、頑張ったつもりだった。
でも、違う。そんなのはただの思い上がりだ。
私が矢上を抑えていたんじゃない。私が、矢上に抑えられていたんだ。
マスターだけに集中し、サーヴァント同士の戦いに指示を出させないために。
情けない。
折角、ランサーが私を頼ってくれたのに。それに、応えることはできなかった。
「クレア」
「っ、どうしたの、ランサー」
「あいつらは先に進んだわよ。どうするの」
名前を呼ばれ、我に返る。
確かに、目の前にいたはずの矢上たちは既に姿を消していた。
ランサーの言う通り先へ進んだのだろう。それに気づかないほど、意識はさっきの戦闘の反省に向けられていた。
このままじゃあだめだ。ちゃんと切り替えよう。
反省は後でもできる。今は、ここでできることを考えないと。
「とりあえず、そこに設置されてるコードキャストを調べよう。もしかしたら、何かわかるかもしれない」
指差すのは、矢上が仕掛けたコードキャストの罠。表面上は見えないが、確かにそこに存在する。
礼装を変更し、解析を始める。
これは、結構複雑な構造だ。きちんと解析をしようと思うと、結構な時間がかかるだろう。
解析に集中すれば私は無防備になるし、アリーナの探索も進まない。ただ時間を無駄にするだけだ。
それは避けたい。プログラムのコピーだけして、解析は校舎に戻ってからにしよう。
コードキャストで見える限りのプログラムを端末に書き写し、間違いがないかだけ確認する。
うん、大丈夫そうだ。
「お待たせ……って、あ」
何もいなかったフロアにエネミーが現れる。
ついさっき、矢上たちが戦っていたエネミーだ。
「リスポーンしたわね」
「……倒そうか」
改竄のリソースになると思えば、まあいいか。ポジティブに行こう。
幸い、行動パターンはセイバーが戦っていたのを見てもう把握してる。ランサーなら負ける相手じゃない。
実際、ランサーは怪我をすることなく敵をいたぶり尽くした
その顔がどこか満足気に見えたのは、決して間違いではないだろう。
エネミーを倒しつつ、更にアリーナを進んで行く。
長い一本道を進んでいると、奥の方に道を塞ぐ扉が見えた。今まで通り、どこかにあるスイッチを押す必要があるようだ。
見渡せる範囲にはない。横道が多いから、そのどれかだとは思うけど。当たりを見つけるまで、少し時間がかかりそうだ。
とりあえず、一番近かった横道に入ってみた。
そこの道は長くなかったようで、すぐに奥に辿り着く。そこにあったのは、オレンジのアイテムフォルダ。中身は、礼装だ。
「これ、購買に売ってたやつだね」
『強化体操服』。この世界で私が初めて見た礼装だ。あの時はお金もなく、礼装も持っていなかったから購入を諦めたものでもある。
こうして手に入ったことを思うと、むしろ買わなくて正解だったのか。
「それ、使う機会はあるの?」
「……多分、ないんじゃないかな」
この礼装で使えるコードキャストは、魔力強化の一つだけ。その分効果は大きいみたいだけど、二つしか礼装を装備できない以上、あまり役には立たなそうだ。
購買では売ることもできるみたいだし、本当に必要なかったら売ってしまおう。
礼装を端末にしまいながら、次の横道に入る。その奥にも、アイテムフォルダが置いてあった。
色的にはトリガーだ。その前に配置されているエネミーは蜂型。
少し面倒なタイプだが、動きさえ止められれば後は簡単だ。
「
敵が気づかない距離から電撃を放つ。
吸い込まれるように当たった電撃は、その効果を発揮させ敵の動きを止める。
瞬間、後ろにいたランサーがもの凄いスピードで隣を駆け抜けた。
一閃。手始めに羽を切り落とし、動きを制限する。
そうしてしまえば、もう敵にできることはない。電撃の効果が切れた後でも、飛べない敵は胴体を動かすのみ。
ランサーが足を振り下ろす。容赦ない攻撃は、一撃で相手を屠り去った。
「よし、今日はこれで終わり、かな」
アイテムフォルダからトリガーを取り出す。
無事に手に入れたことを確認し、端末をしまい込んだ。
「記憶は?」
「えー、と……気配は感じるけど、どこにあるかまでは。だから、探すのは明日かな」
前回と同じなら、第二層が開くのは四日目。
今日が二日目だから、明日はまたここにくることになる。
記憶を取り戻すのはその時でもいいだろう。
そこから先の道は、特に何もなかった。
ただ、気配の強さから、記憶がどこにあるのか大体の場所を把握することができた。明日になれば、正確な位置もわかるようになるはず。
トリガーも手に入ったことだし、今日はここまでにして校舎に戻るとしよう。
*
白乃との食事も終え、マイルームへと戻ってきた。
明日の準備もすれば、窓の外は既に真っ暗。いつもならやることもなく寝てしまうが、今日はコピーしてきた矢上のコードキャストの解析をすることにした。
「それ、あいつらのコードキャスト?」
「うん。プログラムだけだから、使うことはできないけど……なにかに使えたらいいと思ってね」
「ふぅん……」
興味なさげに、ランサーが隣からプログラムを覗き込む。
近づいてきた綺麗な顔に少しドギマギしつつ、意識は解析に集中させる。
コードキャストを使いながら解析を進めるが、順調とは言えなかった。
決して解析できないわけではない。でも、想像以上に複雑にプログラムが組まれていて、全てを解析するのには大分時間がかかりそうだった。
少なくとも、今のように夜だけに作業するとなると、時間は確実に足りない。
どこかで時間を取るべきか、それとも適当な所で切り上げるのか。どちらにすべきか、なるべく早く決めた方がいいだろう。
「ねえランサー、少し相談があるんだけど」
というわけで、早速ランサーに相談してみた。
一人で決めても仕方がない。彼女の意見も聞いて、決まらなければラニや白乃にも意見を乞うつもりだ。
「別に、解析をしたって使えるわけではないのでしょう? なら、無理に全部をする必要はないわ。必要となる部分だけをすればいい」
「やっぱり、そう考えるのが妥当な所かな……」
ランサーの答えは、至って正論だった。
使えるならまだしも、使えないものに時間をかける必要はない。
とはいえ、これを解析しきれば私の力になることは間違いないだろう。これを基に、コードキャストを自作できるかもしれない。いや、流石にそれは高望みしすぎか。
「まあ、何はともあれ、ある程度は進めないと話にならないわ」
またしても正論だ。
この解析結果が絶対に役立つという保証はない。結局、一度やってみないと分からないのだ。
「……よし、とりあえず頑張るか!」
ある程度遅くなっても、明日に響かなければ大丈夫だ。
今日は、少し夜更かしをすることにしよう。
4/28追記
戦闘開始時と、マイルームの文章を少し変更しました。