Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
────それは、死を目の当たりにした日のお話。
また、夢が始まった。
今回もまた森の中にいるようだ。
でも、最初の森とは雰囲気が違う。生えている木は同じに見えるのに、こうも雰囲気って変わるものなのね。
まあいい。それよりもあいつは……いた。
幼いクレアが一人、キョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていた。
その表情はどこか不安げで、足取りも決して軽くはない。
彼女の近くに、一緒に旅に出た二匹の影はいなかった。
まさか、旅に出て早々はぐれたのかしら。
「ド■■ーン! リ■■ダモー■! ■ーサ■■ン!」
あいつは不安な表情を浮かべたまま、大きな声で影の名前を呼ぶ。
その中に一匹、知らない名前が入っていた。
ノイズが入っているが、以前までの夢では一度も聞いたことがない名前なことは確か。
森の中を歩いているから、てっきりこの前の続きだと思っていたのだけど……どうやらそうでもないみたい。
よく見れば、服装も少し違っている。
半袖のパーカーの下には黒のインナーを着ているし、頭には古めのゴーグルをつけている。旅道具を詰め込んで大きくなったはずのリュックもなくなって、小さなウエストポーチだけ腰に残っていた。
恐らく、間の記憶が飛んでいるのだろう。その間で、旅を共にする仲間が増えた。
取り戻す記憶も、都合よく順番通りというわけでもないのね。
「ひっ!?」
「あら」
クレアは、背後から鳴った草を踏む音に驚いて、怯えたように肩を跳ね上げた。
その顔があまりにも情けなくて、思わず声が漏れる。
大きい彼女はこの旅で強くなったのか、こんな情けない顔はしたことがない。
それは私にとっては退屈で、つまらないことだ。もっと泣きそうな顔をしてくれたら、普段の生活でも楽しめそうなのだけど。
「な、なんだ……幼■期の子か……」
草むらから出てきたのは、クレアの膝にも届かない黒い塊。
その姿を確認し、彼女は胸を撫でおろした。
「に、人間……?」
「うん、そうだよ。はじめまして、私はクレアっていうの」
慄く影を安心させるためか、クレアは膝をつき目線を合わせる。
小さく微笑みを浮かべれば、それだけで小さな影は警戒を解いた。
「ボクはユキ■■タ■■! よろしくね、クレア!」
「うん、よろしく!」
自己紹介を交わした一人と一匹は、そのまま一緒に森を歩きだす。
影に歩幅を合わせたせいで歩みは遅いが、先程までの寂しさは感じられない。恐らく、一人でなくなったことに安心感を覚えたのだろう。
「クレアはどうしてこの森に?」
「今、仲間と一緒に■■■■■■■の城を目指してるんだ。ここにはその途中で寄ったんだけど、皆とはぐれちゃって」
「■■■■■■■のお城に行くの!? すごい!」
楽しそうに話す彼女たちの会話に、酷いノイズが混ざりだす。
あまりに醜い雑音に、思わず顔をしかめた。
相変わらず、所々に入る長いノイズには慣れない。
クレアの記憶が戻ってないのか、それとも私の記憶ではないから聞こえないのか。原因は分からないが、できれば聞きたくない音だ。
また長いノイズが入る前に、さっさと会話を切り上げてほしいところである。
しかし、そんなことを願っても、これはあくまであいつの記憶。
ノイズばかりの会話は途切れることなく続いていった。
「? どうしたの、クレア」
「いや、なんか……」
そうして、数分もたった頃だろうか。クレアが突然足を止めた。
黒い塊も釣られるように歩みを止め、振り返る。……実際は全身黒いせいで、どっちが顔なのか分からないけど。
「音、しない?」
「音?」
「うん。なんだろう、虫の羽の音、みたいな……」
不安そうな顔を隠そうともせず、彼女は周りを見渡す。
私も耳を澄ましてみれば、なるほど。微かにだが、虫の羽音が聞こえてきた。
空気を切り裂く不快な低音。それは、どんどんこちらに近づいてきている。
「この音、もしかして……に、逃げなきゃ!!」
「え、逃げる? 一体何か、ら」
疑問の言葉は途中で終わった。
その答えは、彼女のすぐ後ろのいたからだ。
そいつは、大きいクワガタのような何かだった。
普通のクワガタの何十倍もあるであろう大きさ。
二つのアゴは鋭く、硬い岩をも切り倒せてしまえそうだ。
少なくとも、この森にある木程度なら余裕だろう。こいつの背後には、切り倒された木の残骸が見えるし。
「っ!!」
「うわぁ!?」
クレアは影を抱き上げ、クワガタに背を向け走り出す。
そのスピードは、幼い子供とは思えないくらい早い。今と歩幅が違うはずなのに、同じくらいの速度で走っていた。
「な、なにあれ!?」
「クワ■■モ■だよ! 凶暴で、しかも本能寄りの個体なんだって!!」
「っ、なら、話し合いは無理そうだね……!」
本能寄り?
知らない単語に気を取られるが、それの意味を知っている彼女たちに余裕はない。
クレアはその言葉の意味を知っているみたいだし、この記憶では意味を知ることはできなさそうね。
意識を戻し、背後から追いかけてくるクワガタに目を向けた。
子どもにしては早いとはいえ、相手は人外。
向こうの方がスピードが速く、確実に距離は詰められている。
さて、彼女はどうするのかしら。
「ど、どうしようクレア……!」
「大丈夫! なんとかするよ!!」
そう言いながら、怖いのを隠してクレアは笑う。
ひくつく口角を無理矢理あげて、震える腕は恐怖と共に抑えつける。
後ろを確認し、再び前を向く。
そうして何かを見つけたのか、突然走るスピードを速くした。
「ぐっ、ぅ……!」
木の幹を掴み、無理矢理走る方向を変える。
クワガタもそれを追うため、大きく旋回を始めた。
あの図体では鋭い切り返しをすることはできなかったのだろう。クレアも、恐らくそれを狙っていた。
方向転換をしたまま走り抜けることはせず、相手の動きに合わせて木の陰に隠れたのだ。
息を潜め、音が遠ざかるのをひたすら待つ。
そうして羽音が聞こえなくなったこと、クワガタとはまた別の方向へと走り出した。
「……バレてないかな?」
「多分、大丈夫だと思う……! 一応距離は取っておこう!」
すぐに休むことはせず、彼女たちはしばらく走り続けた。
落ちてる葉で音が鳴らないよう注意しているところを見るに、用心深いところは昔からみたいだ。
こういうところは、記憶がなくなっても変わっていないらしい。
「っはぁ、はぁ……! ここで、休憩、しよ……!」
「う、うん……クレア、大丈夫?」
「なん、とか……」
音も気配もしなくなったころ、ようやくクレアは立ち止まった。
肩で息をしながら木の幹へ寄りかかる。
その顔は随分と辛そうだったが、それでもすぐに息を整え、影を再び抱き上げる。
心配そうな雰囲気を出す影の頭を撫で、安心させるように笑みを浮かべた。
「ド■■ンたちか、君の家族と合流しよう。私たちだけだと危ないからね」
「うんっ!」
周囲を警戒しながら、一人と一匹は森の中を進む。
あのクワガタが再び襲ってくる気配もしなくなれば、緊張した空気も緩み、警戒も解け始める。
襲われる前のように、他愛のない会話を交わし始めた。
「それにしても、クレアって足が速いんだね。人間ってみんなそうなの?」
「ううん、そんなことはないよ。私は元々運動が好きだったし、それに仲間に■■の使い方を教えてもらったんだ」
「えっ、■■も使えるの!? すごい、すごい!!」
ん? なんだか今の感じ、聞き覚えがあるような……気のせいかしら。
まあいい。重要そうな単語だし、今後の記憶で分かることだろう。
今は、それよりも重要なことがある。
「今度はどうするのか、楽しみね」
手元を口に当てて笑う。
思った以上に、私は今の状況を楽しんでいるらしい。
「っ!?」
なにかに反応して、クレアは背後を勢いよく振り返る。
驚愕と焦り。そして僅かな恐怖。色々な感情が入り混じったような表情を浮かべながら、彼女は木々が生い茂る森の先を見つめる。
遠くからは、木々が倒れる鈍い音と、虫が羽ばたく不愉快な音が聞こえてきた。
「っ逃げるよ!!」
流れるように影を抱き上げ、再び走り出す。
しかし、その速度は先ほどと比べるととても遅い。まだ疲れが完全に取れてないんだろう。
そして、クレアもそれを自覚していた。
荒い呼吸は無理矢理整える。
恐怖と疲労から震える脚に鞭を打ち、ただひたすらに逃げ続けた。
その判断は間違いではない。
戦う能力のない彼女たちに残された選択肢は、逃げの一択だけなのだから。
だけど、クレアには運がなかったらしい。
「っクレア、こっちはだめ!!」
「どうして!?」
「こっちは確か……」
薄暗かった森が徐々に明るくなり始めた。
木々は減り、クレアが向かう先からはさらに光が漏れ出ている。
森を抜け、その先にあったのは……。
「─────崖になってるんだ!」
「うそ……」
まさに断崖絶壁。
海を挟んだ向こうに陸はあるが、離れすぎていてジャンプで届くことはあり得ない。
隠れられるような場所もなく、さっきみたいにやり過ごすことも不可能だろう。
そして、今更引き返すこともできない。
完全に逃げ道が塞がれていた。
「どうしよう、どうしようクレアァ……」
「そんなこと、言われたって……!」
今まで強がっていたクレアからも、弱音が漏れる。
彼女は子どもにしては随分と大人びているし、冷静に状況を把握できる能力も持っている。とは言え、まだまだ幼い子どもだ。
旅に出てどれくらいの時期なのか分からないが、まだこういう状況の経験は少ないのだろう。
「戻る……? 追ってきてるのに、どうやって……それに、もし戻れたとして、また逃げ続けるの。こんな広い森を、当てもなく……!」
実際に、思考が散漫している。
こういうときこそ冷静に考えなければならないのに、焦りで考えが纏まっていない。
ああ、ほら。そんな無駄なことを考えてるうちに、どんどん音は近づいてきてる。
どれだけ願ったって、敵は待ってくれないわよ、クレア。
「あ……っ」
クワガタが、彼女たちの目の前に姿を現した。
その距離は今までの比ではないほど近い。
今までは距離があってあまり意識してなかったが、こうも近づくとクワガタの大きさが異常であることがよくわかる。
彼女も、それを認識したのだろう。まるで生まれたての小鹿のように足を震わせ、立っているのもやっとな様子だった。
そんな様子を嘲笑うかのように、クワガタは大きなアゴをならし、気味の悪い声をあげる。
その意味のないようにも思える行動は、明らかにクレアたちの恐怖を煽っていた。
後ろが崖になっているのも忘れ、クレアは後退る。もしかしたら、それすら無自覚に行っていたのかもしれない。
クワガタが近づくと、クレアは一歩後退る。
それを繰り返しているうちに、ついに崖の縁にまで追い詰められてしまった。
「ひっ……!」
「大丈夫……っ。大丈夫、だから……!」
追い詰められても、口から出る言葉は強がりばかり。
先程溢した弱音はもうその口から漏れ出すことはなかった。
クワガタがアゴを振り上げる。
けれど、クレアは目をそらさない。
振り上げられたアゴが、ものすごいスピードで振り下ろされる。
それでも、クレアは目を瞑らない。
振り下ろされたものは止まらない。
ならば、それを利用するまでのこと。
「───────っ!!」
一瞬の隙。
もう止められないというタイミングを見計らい、クレアは前方へと飛び込んだ。
その賭けは見事に成功し、アゴに潰されることなく、彼女たちは生きている。
「や、った……!」
思わず漏れた声は、安心と喜びが込められていた。
しかし、ここで安心している暇などない。
震える足を無理矢理動かし、再び逃げようとして……失敗する。
「あ、え……?」
地面に突き刺さったアゴなら亀裂が走り、崖が崩壊を始めたのだ。
そして彼女たちは、それから逃れることはできなかった。
こうなることを予想できなかった、クレアの失態だ。
地面はなくなり、彼女たちは重力に従い落ちていく。
空を飛べるクワガタとは違い、助かる手段は今度こそない。少なくとも、クレアと小さな影はそんな手など持っていないだろう。
だけど、クレアが死ぬことはありえない。
これが過去であり、今を生きている彼女がいる以上それは絶対だ。
ならば、彼女を助けるなにかがある。
それが一体なんなのか。今の私は、それを知ることがとても楽しみだった。
「「うわああああああああああああ!!!!?」」
落ちる、堕ちる、墜ちる。なす術もなくひたすら落ち続ける。
恐怖から強く目を瞑り、口からはつんざくような悲鳴をあげる。
どうやって助かるかなど、考えている余裕もない。
ただ、それでも、クレアは影を守るように、強く腕の中に抱えていた。
「ド■■ン……リ■■ダモ■……っ助けて────!!」
───瞬間、クレアがしているウエストポーチから、眩い光が漏れ出した。
あの夢と同じ光だ。
最初の夢で見た、あの暖かな光は一体……?
いえ、それよりもっ。
「……っ?」
「クレア! 大丈夫!?」
「ド■モン……?」
落ちていた体はなにか大きな影にに受け止められた。
その影の姿は、クレアと共に旅に出た片方とどこか似ている。でも、あの影はこんなに大きくはなかったし、翼なんてものも生えてなかった。いえ、確かに小さいなにかは背中から生えていたけれど、あれは翼なんてものには見えなかったし……これでは、まるでドラゴンのようだ。
別個体ではないかと思ったが、クレアは彼を聞き覚えのある名前で呼んだし、泣きそうなくらい安心した表情を浮かべている。
そんな表情、信頼しているものが助けに来なければまず浮かべないだろう。
それに、前回までの記憶でこの影が姿を大きく変えることは知っている。今回も、その現象かしら。
「すごい……もしかして、また■化したの?」
「ああ。それに、僕だけじゃない」
「あっ、もしかして!」
顔を上げ、空を見上げる。
そこには飛んでいるクワガタと、それと戦うように宙を舞う、東洋の竜のような影がいた。
「あれは、リ■ウダモ■?」
「そうだよ。でも、詳しい話はあとにしよう」
クレアを乗せたドラゴンは、クワガタとは離れた陸地に降りる。
そのまま背に乗った彼女たちを降ろし、再び翼を羽ばたかせ飛び立った。
「ここで待ってて! すぐに■ーサ■■ンが来てくれるから!!」
「ド■モンは!?」
「僕は、あいつを倒してくる!」
勇ましく言い切ったドラゴンは、その大きな体からは想像できないスピードで竜の加勢に向かう。
その後ろ姿を、クレアは不安そうに見つめていた。
「クレア、無事かい?」
「■ーサ■■ン……」
新たに現れた人型の影が、クレアに話しかけた。
名前からして、こいつがここまで来る途中で仲間になった奴なのだろう。
とはいえ、相変わらず外見の形しかわからない。下手したら、クレアの腕にいる小さな影よりも見辛いかも。
「そんな不安な顔をしなくてもいい。彼らはクワ■■モ■と同じ■■期だ。■化したてとはいえ、負けることはないよ」
「うん……ねえ、■ーサ■■ン」
悲しそうに空を見上げるその表情は、どこかで見覚えがあるような気がした。
ああ、でも、どこで見たのだったっけ。
「なんだい」
「私は、見てることしかできないんだね」
見上げる先で、影たちは戦っている。
傷を作り、ぎこちない動きでそれでもと食らいつく。
その姿は決して美しくない。でも、なぜだかあの人を思い出した。
「クレアがいるから彼らは強くなれる。パートナーデ■■ンとはそういう存在だよ。だから、何もできないと自分を責めないで」
「それは、そうかもしれないけど……」
励ましか、それともただの事実か。
どちらにせよ、クレアは納得できてない様子だ。
人型はそんな彼女を見つめていたように見えたが、少しして戦闘を続ける三体へと目線を変える。
倣うようにそちらを見れば、もうすぐ決着は着きそうだった。
ドラゴンは空中で停止し、まるで力を溜めるような動作に移る。
竜はそんなドラゴンを守るためか、素早い動きで敵を翻弄していた。
「キャノンボール!」
ドラゴンの口から、大きな鉄球が……鉄球!?
おかしい、絶対におかしいわ。あれは生物ではないの?
「徹甲刃!」
さらに竜の口からも長い槍が飛び出した。
これも絶対にありえない。生物の口から無機物が出るなんて、それこそマジシャンやキャスターでも中々しないと思う。
ましてや鉄球と槍なんて……この世界では普通なのかしら。
「やった!」
クレアの喜びに満ちた声で、現実逃避をしていた思考が戻ってくる。
改めてクワガタを見れば、大きな鉄球と槍にやられ、崖の壁にその体を沈めていた。
ピクリとも動かない。どうやら死んでしまったようだ。
「……あのクワ■■モ■、死んじゃったの?」
「ああ、そうだね」
「そ、っか」
クワガタの体から、なにやら細かい粒子が溢れ出す。
それは徐々に数を増し、それに比例するかのように、クワガタの体はまるで糸が解けるかのように消えていった。
まるで、一回戦で負けたあの人間のように。
「デ■■ンは死んだらこの世界の糧となる。それが巡り巡って、また新たな命が生まれるんだ」
「世界の、糧に……」
クレアは消えていくクワガタを見つめる。
一言も喋らず、静かに。まるで、その最期を目に焼き付けるように。
彼女は、クワガタの体がなくなるまでずっと、消えていく様子を見届けた。