Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
また、昔の夢を見た。
記憶を取り戻した日の夢はいつもそうだ。
まるで映像を見るみたいに、昔あった出来事を夢に見る。
もしかしたら、脳が急に取り戻した記憶を整理しているのかもしれない。その過程で夢を見ている、とか。
自分こととはいえ、脳科学について詳しくはないからただの推測だけど。案外、間違ってないと思う。
「あー……でも、そっか。あれかぁ……」
初めてこの世界での死を見たとき、どこか見覚えがある気がした。だけどどこで見たのかは思い出せず、ずっと疑問だったのだ。
データに分解されて消えていく死に方を、そう目にすることなんてないはずだから。
でも、そんなものは思い込みでしかなかった。
黄色い粒子となって跡形もなく消えていく姿を、私は見たことがあったのだ。
私が昔いた、あの世界で。
なら、あの世界はここと同じ世界なんだろうか。
恐らく地上、人が住む世界ではないだろう。全く疑問にも思ってなかったが、今までの記憶に人が出てきたことはない。人のような生き物なら何人かいたけど、決して人ではなかった。
もし同じ世界でないのなら、どうして私はここにいるんだろう。
それとも記憶がないだけで、私はあそこからここに潜り込んだのか?
地上からの接続ではないから、その過程で記憶を失ってしまった。こじつけのようだけど、推測としてはありだろう。
……だけど、私一人で?
それは、ありえない……と思う。
自信はない。当たり前だ、記憶は全て戻ってないんだから。
でも、なぜか確信があった。あの子たちならきっと、私に着いてきてくれるって。
「クレア」
「っ!」
突然横から名前を呼ばれ、つい肩が跳ねる。
どうやら、とても深い思考の海に沈んでいたらしい。声をかけられただけでこんなにびっくりするなんて、恥ずかしい。
「な、なに?」
「……いえ。さっさと着替えなさい。食堂、混むわよ」
「え、あっ、本当だ」
壁にかけられている時計を見てみると、いつも朝食をとる時間はとっくに過ぎていた。
この時間だと、下手したら結構並ぶかもしれない。
今日はすぐに白乃のお見舞いに行きたかったのに、これではかなり時間がかかってしまうかも。
急いで寝巻きを脱ぎ、制服の中に着るインナーに腕を通す。
スカートを履いて、上着を手に取り……ふと、この間の決戦を思い出した。
「ねえランサー。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「なに? くだらないことだったら答えないわよ」
くだらないこと、か。
もしかしたら、ランサーにとってはくらだないことかもしれない。
それで機嫌を損ねたら大変だ。でも、それでも聞いてみないことには始まらない。
だから、意を決して疑問を口にした。
「ここで死んだ人の命は、どこへ行くの?」
「……どういうこと?」
ランサーの疑問はもっともだ。
突然こんなことを聞かれたら、誰だってそう返すだろう。
私も、普段だったらそんなこと疑問にも思いやしなかった。
そんな余裕なかったし、こんな哲学的なことを疑問に思っても仕方がない。
だけど、記憶を取り戻した。
あの日。きっと私が、始めて死を目の当たりにした日のことを。
そのとき仲間が言った、あの世界の仕組みを。
「私は……私は、幼い頃にここと似た場所にいた、んだと思う」
一瞬、彼女に私の記憶のことを話すか迷った。
ランサーは私を導いてはくれるけど、信頼はしてくれていない。私だって、彼女のことを全て信じているかと言われたらそんなことはない。
相変わらず冷たい瞳は苦手だし、自分の正体も話してくれない。そんな相手を信頼しろという方が無理だ。
白乃だったらともかく、私はそこまで素直にはなれない。
でも、ランサーが今まで私を守ってくれたのも事実だ。どんな理由があれ、私を見捨てないでいた。
だから信じたいし、信じてほしい。
そしてそれは、私から心を開かないとだめなんだ……多分。
「そこで死んだ生き物は世界に還って、巡り巡って新たな命になるんだって。だったら、それと似たこの世界で死んだ人は……小鳥遊飛鳥の命は、どこへ行くんだろう」
あんなにも凶暴な生き物がいる世界だ。
きっと私が戦ったのはあれが初めてではないし、最後でもない。
アリーナで冷静に対処できるのも、『
だとしたら、私は、もっと多くの死を見てきてる。
あの幼い私は、それをどうやって受け止めたんだろう。
今の私はそれが不思議で仕方がなかった。
幼いから? まだ、死というものを理解していなかったから?
ううん、そんなことはきっとない。
なんとか自分の中で消化して、受け止めたはずだ。憶えてはないけど、覚えてる。
だから、もし私が受け止められた理由があるなら。それが、あの世界で死んだ命がどうなるかを知ったおかげだったら。
私もこの世界の仕組みを知ることができれば、一歩前に進めると思ったんだ。
「……サーヴァントはムーンセルへと還るわ。でも、マスターがどうなるかまでは知らない。ただ一つ言えるのは、地上には帰れないということよ」
「それだけ?」
「それだけよ。人間がどうなるかなんて、興味ないわ」
ああ、なんてランサーらしい。
しかし、これは誤算だ。
こういうのはルールと一緒に知識として持っているものだと思っていた。
けど、ランサーははっきり知らないと断言した。これでは、桜や言峰も知らない可能性がある。
それとも単に、参加者に知らせてはならないようなことなのか。
「忘れなさい」
「え」
「あの人間のことよ。憶えていても意味はないし、ただ枷になるだけ。そんな足を引っ張るだけのもの、背負うだけ無駄よ」
ランサーの言っていることは、的を獲ているように感じた。
確かに死んだ人間のことを憶えていたって、なんの利益にもならないだろう。
さらに今は聖杯戦争中だ。いくらマイルームとはいえ、戦争中に受け止められず考え込むようでは、無駄と思われるのも仕方がない。
……でも。
「意味がなくても、憶えていたいんだ」
忘れてはいけない。私が、自分のためだけに殺した人のことを。
例えそれが重荷になって、足を止めそうになったとしても。全部背負って進めるくらい、強くなるんだ。
「……好きにしなさい」
「うん。ありがとう、ランサー」
なんだかんだ、心配してくれているんじゃないかと思う。
私に興味がなければ、あんなことは言わないだろう。
とは言え、本心は違うかもしれない。そう思ってくれたら私が嬉しいから、勝手にそう思っておくことにしよう。
そんなほんの少しの喜びと虚しさを感じなから、着かけだった上着を羽織る。最後にリボンを結び、ペンダントも忘れずにつけたら、着替えは完了だ。
年のため鏡の前で少し確認をして、マイルームから外に出る。
今日もまた、非日常が始まった。
*
さっさと朝食と白乃へのお見舞いの品を買い、保健室に向かう。
食堂から保健室への短い距離が、嫌に長く感じる。
逸る気持ちを抑えきれず、階段を一段飛ばしで登っていく。
この心配は杞憂で、既に元気になっていると願いたい。だけど、桜は強力な毒だと言っていた。
もしかしたら、昨日から治療が進んでない可能性もあるわけで……。
ああっ、やっぱり心配だ。
早く白乃の様子を見に行こう。
階段を上りきり、廊下を早足で歩く。
ランサーの呆れるような声が聞こえてきた気もするが、無視だ無視。
そして、ようやく保健室にたどり着いた。本当は五分もかかっていないだろうに、今の私には数十分経っているような気までする。
一刻も早く中へ入ろうと、ドアに向かって手を伸ばす。瞬間、ひとりでに扉が開いた。
「失礼」
「あ、いえ……」
中から出てきたのは、緑の服を着た老人。
彼の芯のある佇まいから、只者でないことが手に取りように分かる。
警戒で強張る身体をずらし、道を譲る。
彼は一言お礼を言うと、そのまま去って行ってしまった。
あの人は、一体……。
いや、今は白乃が優先だ。
あの人が敵になれば厄介だろうが、今は関係ない。
彼の背中から目を逸らし、保健室に入る。そこには、何事もなかったかのように立つ友達の姿があった。
「クレア」
「白乃! もう平気なの?」
「うん。実はさっき色々あってさ。毒も抜けて完璧!」
本当に、まるで何事もなかったかのように笑っている。
顔色も悪くないし、本当に完治したんだろう。無理をしている様子もない。むしろ前よりも元気なんじゃないかという雰囲気に、さっきまでの心配は跡形もなく吹き飛んだ。
「ほんと、元気そうでよかったよ。これ、朝食とお見舞いのお菓子」
「え、いいの?」
「もちろん。むしろもらってくれないと困る」
「そっか、ありがとう。昨日も助けてもらったし、色々とお世話になっちゃってるね」
そう言ってどこか申し訳なさそうに笑うが、そんな顔をしてほしかったわけじゃない。
今回のことは私が勝手にしただけだ。それに、保健室へ行くのを邪魔したこととか、いきなり抱き上げたこととか。むしろ、そういうところは怒られると思っていた。
「あっ。でも、人前で抱き上げるのはなるべくやめて。恥ずかしいから」
「そこかぁ」
想像もしてなかった指摘に、思わず笑みがこぼれた。
白乃は突然笑いだした私を不服そうに見ているが、笑いは止まらない。
「なんでそんなに笑うのさ」
「ごめんごめん。ただ、白乃だなぁって」
「意味わからないよ、もう……」
笑った理由を素直に話せば、白乃も呆れたように笑いだす。
そんないつものやり取りをしていると、ふとさっきの老人のことを思い出した。
あの人は一体誰だったんだろう。白乃に聞いたら分かるかな?
「白乃。さっき保健室から出てきた人、誰か知ってる?」
「え、ダンさんに会ったの?」
「会ったっていうか、偶然すれ違ったというか……あの人がダンさんなんだ」
なるほど、あの老人が白乃の対戦相手だったのか。
でも、そうなると色んな疑問が湧き出てくる。
聞いてみようと思った瞬間、白乃は私が来る前に起こった出来事を話してくれた。
なんでも、彼女に毒を負わせたのはサーヴァントの独断だったらしい。独断だったのは驚きだが、毒については予想がついていたからそこまで驚きはしなかった。しかしその後のことは驚きしかない。
「本当に、令呪を使ったの……?」
「うん。そうじゃなかったら、きっとまだベッドで寝込んでいたよ」
あっけらかんと言っているが、そんな風に言うことじゃない。
そうは思っても、口にすることはできなかった。
あまりに予想外な令呪の使い方に絶句して、一瞬声を出すことすら忘れてしまっていたからだ。
「本当に、正々堂々とした人なんだね……」
ようやく出てきたのは、そんな感想だった。
正直言ってしまえば、私には理解できない。
もし、ランサーがそのアーチャーと同じ行動をしたとしたら。私は、その状況を利用するだろう。そりゃあ咎めはするし、同じことをしないよう監視もする。でも、それくらいだ。
令呪を使って解毒させることもなければ、使用を禁じたりすることはありえない。
ダン・ブラックモア。
こうして話を聞いただけだというのに、彼の強さが伝わってくる。
すれ違っただけの私には、そんな曖昧なことしか分からないけれど。実際に敵対している白乃には、自身との差を明確に分かってしまっているはずだ。
でも。
「白乃」
「なに?」
「勝って、生き残ってね」
「……もちろん。クレアもね」
白乃は諦めない。
輝きを失わない真っ直ぐな瞳は、それを強く物語っているように見えた。
*
白乃と別れた後、タイミングよく端末にメールが届いた。
早速第二層へ行こうと入り口に向かって歩き出す。
そして、先生に捕まった。
「またですか、先生」
「うぅ……ごめんねぇ……!!」
縋り付くように泣く姿は、正直言って情けない。
だが、ここまでされてお願いを受けないのは人としてどうか。
元より聞かないという選択肢はほぼないから、まあいいのだけど。
だから泣かないで先生。
大の大人に泣かれると、どうしたらいいのかわからなくなるから。
「実は、今回は生徒からお願いされたことを代わりに聞いてほしくて……」
「生徒から?」
「ええ。その子、アリーナでキーホルダーを落としちゃったらしいの。友達にお揃いで作ってもらった、大切なものなんですって」
ああ、なるほど。確かに、それはとても大切なものだ。
落としてしまったのはその生徒の不注意だが、どうしても取り戻したかったのだろう。
だから、先生に頼んだ。
もともと断る気はなかったけど、これは余計断れないなぁ。
「そのキーホルダーって、いつまでに持ってこればいいですか?」
「っありがとう! 第二層のアリーナに落としたものだから、二回戦の間に探してあげたら助かるわ」
なら、時間はまだ十分にある。
丁度今日から二層に行くし、期間中に見つけられそうだ。
「それじゃあ、よろしくね!」
泣いていたのが嘘のような笑顔を浮かべる先生に手を振って別れる。
そして、今度こそアリーナへ向けて足を進めた。
今日で無事一周年を迎えましたー!
なんとか更新も続けられています。まだ二回戦と亀進行ではありますが、丁寧に進めていきたいと思っています。
今まで読んでくださった方、ありがとうございました!
そして、これからも拙作「Fate/Digital traveller」をよろしくお願いします!!