Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第二十四話 glare

 扉を開け、アリーナに足を踏み入れる……ことはしなかった。

 鍵を開けようとした瞬間、前回の戦いが脳裏をよぎったのだ。妨害を任されたのに、なにもできなかった自分の失態を。

 

 このままなにも考えずに突っ込んでしまえば、前回の二の舞だ。今日中には遺物の回収もしなければならないのに、そうなってしまえば意味はない。

 アリーナに行く前に対策を立てておいた方がいいだろう。

 

 そうと決まれば、向かうのはこの先ではなくマイルームだ。

 あそこなら、誰に聞かれる心配もなく作戦をたてることができる。

 できれば矢上たちより先にアリーナに入っておきたいし、早く対策を練らないと。

 

(ランサー。アリーナに行く前に、マイルームで作戦をたてよう。遺物も手にいれないといけないし)

(……わかっているとは思うけど、先に入られたら地理的に不利になるわよ)

(うん。だから、なるべく急ごう)

 

 走る、と先生に捕まって怒られてしまうので、早足で廊下を進む。

 慣れた操作で扉を開けてマイルームへと入れば、すぐにランサーがその姿を表した。

 ベッドで足を組みながら、彼女から話を切り出す。

 

「それで、今日はどうするつもりなの」

「勿論、遺物の入手が第一だよ。でも、どうやって、何を手に入れるか……」

 

 もしアーチャーとかなら飛び道具を使うだろうし、ある程度楽に回収できたと思う。でも、残念ながら相手はセイバーだ。武器を遺物として手に入れることはできないだろう。

 と、なると。

 

「あのセイバーの遺物になりそうなもので、手に入れられるもの……髪とか?」

「まあ、そういう類になるでしょう。でも、女の命と言われる髪を切れなんて、酷いこと言うのね」

「うっ。しょ、しょうがないじゃん……」

 

 常に持っている剣と盾を奪うことはまず不可能だろうし。となると、あとは服や髪といった身に付けているものしかなくなる。

 でも、セイバーの服に切り取れるような場所はなかった。ランサーみたいに裾が広がっているわけでもない。なら、あとは髪だけだ。

 ……そりゃあ、あんな綺麗な髪を切り落とすのは少し気が引けるけど。自分の命が懸かっているんだ。そんなこと、言っている場合じゃない。

 

「クレア」

「なに?」

「遺物を手にいれたいと思うなら、今度こそ抑えきりなさい。一切、私の邪魔はさせないで」

 

 先ほど私をからかった声と同じとは思えないくらい、その言葉は真剣だった。

 一切の邪魔はさせない。前回のようなことは許されないということだ。

 

「わかってる」

 

 手数が増えたわけではない。購買でも矢上の使うくらいに強力な礼装はなかった。

 一階層で手にいれた礼装も、魔力強化ができるだけで戦いに直接使うことはできない。となると、前回と同じ方法で、今度こそ防ぎきらなければならないのだ。

 

 ……いや、待てよ。

 これは、一回戦のときとよく似ている。あのときも、『shock(16)(電撃)』ではアーチャーが射る矢を止めることはできなかった。だから賭けで『protect(16)(防壁)』一つに集中して、なんとか防げたのだ。

 今回だって、同じ要領でやれば。

 

 ああ、なんで前回気がつかなかったんだろう。気づいていれば、ランサーはもっと余裕をもって戦えたかもしれないのに。

 

「……っよし」

 

 反省は終わり!

 今後対処できればいいんだ。後ろばかりは見ていられない。

 

 とにかく、アーチャーとの戦いを思い出して、今回との違いを見つけよう。その差異を対処しなければ、完全に防ぎきるなんて不可能だ。

 

 まずは武器。当たり前だけど、アーチャーは矢だったけど、矢上が使うのはコードキャスト。

 威力としてはほぼ同等。いや、矢上のコードキャストのほうが少し強いくらいかな。そう思うと、やはりあのアーチャーはランサーと同じように、ステータスが大分下がっていたんだろう。

 

 当たる範囲としては矢尻の方が狭い。『protect(16)(防壁)』の効果範囲を狭めるにしても、前回よりは防ぐのが楽になるはずだ。

 だけど、連射性に関しては矢上の方が上。その分の魔力消費は、どうしても大きくなってしまう。

 

 考えろ、考えろ。

 前回と変わらないのなら、セイバーはランサー一人でも対処できる。私がやるべきことは援護ではなく妨害だ。

 そして、私が完全に防ぎきれると仮定して、勝敗をつける要因となるのは……。

 

「魔力量か」

 

 ならば、今回装備する礼装は木盾と強化体操服の二つ。

 幸い、強化体操服は装備しているだけで魔力量を増やしてくれる。常時発動している必要はない。

 これなら、行けるはずだ。

 

「……決まった?」

「うん、大丈夫。行こう、今度こそ、君を────」

 

 守りきってみせる。

 

 なんて、弱い私がそんなこと思うのは傲慢だろうか。

 

「なら行きましょう。時間はかなり経ったわ。もしかしたら、あいつらは先に入っているかも」

 

 ランサーが言うとおり、マイルームに戻ってからそれなりの時間が経っている。

 できたら地理的有利も取りたかったが、今回はそれも無理そうだ。まだ彼らがアリーナに入っていなかったら万々歳だけど。

 

 とりあえず、まずはアリーナに向かおう。

 作戦は立てられた。これは、決して無駄にはならないはずだ。

 

 マイルームを出て、アリーナに繋がる扉のもとへ歩く。

 今度は止まることはない。出てきたパネルを操作し、ロックを解除した。

 

 先の見えない道に一歩を踏み出す。一瞬の浮遊感と、地に足がつく感覚。

 目の前に広がる光景は、パッと見一層とはそう変わらない。でも、一回戦の二層と同じように、建物のようなものがいくつか立っていた。

 ただ、一回戦は和風だったのに対し、ここは洋風の建物が多い。こういったのは、一体何を基準に決めているのか。少し気になるところだ。

 

 まあ、それはおいおい考えるとして。

 やっぱりというべきか、矢上たちは既にアリーナに来ているようだ。そして、彼らが先にいるということは、罠を仕掛けられている可能性が高いということ。

 それに関してはラニと一緒に作ったプログラムがあるけど、ちゃんと機能してくれるものか。

 

「……よかった。ちゃんと示されてる」

 

 ラニと共に作ったマップには、数ヶ所赤い点が示されている。この点の位置に、初日に引っ掛かったあの罠が仕掛けられているという仕組みだ。

 

 けれど、このマップに反応しているのはあの罠一つだけ。

 念のため類似反応は示すように工夫してはあるが、全く別の罠だったら反応はしない。矢上が使える罠はあれだけであるよう、祈るほかないわけだ。

 

 とりあえず、今はこの反応を目印に進もう。道すがら仕掛けているのなら、矢上のところにたどり着くはず。

 ランサーとマップを共有し、アリーナを駆け抜ける。進む途中で遭遇したエネミーは一階層で見たものがほとんどで、特に苦労はしなかった。

 四足のやつは一層ではいなかったけど、一回戦のときと傾向は変わらない。それが分かれば、パターンの把握にそこまで時間はかからなかった。

 

 罠を追って、奥へ奥へと進む。

 そうして数分。最後の罠を通りすぎた曲がり道。

 遠くの方から、なにかが戦っているような音が聞こえてきた。

 

 ランサーと目を合わせ、慎重に通路の先を伺う。短い通路の先、大きく開けているフロア。そこに、彼らはいた。

 でも。

 

「……なんか、様子がおかしい」

 

 彼らの雰囲気は先日とはどこか違う。

 エネミーと戦うセイバーの剣筋は荒く、この前戦ったときのように洗礼されたものではない。矢上も、そんなセイバーに戸惑いを隠せていないように見えた。

 

 何があったのか気になるところだが、正直こちらとしては好都合だ。

 あんなに荒れているんだったら、普段のように冷静には動けないはず。油断は禁物だが、彼女が冷静を取り戻す前に攻撃をしかけた方がいいかもしれない。

 それなら、前と同じように不意打ちで……。

 

「せ、セイバー、落ち着いて」

「……落ち着く? あいつがいたのに、落ち着けだって?」

「あいつ……?」

「マスターも見ただろう!! あいつだ! 倒れそうになった生徒を助けた、あのサーヴァントを!」

 

 落ち着かせようと声をかけた矢上に、セイバーは怒鳴る。

 今のセイバーは、決して正気ではないだろう。今の言動を見て、はっきりとそれがわかった。

 以前までの雰囲気は欠片もない。ここからでも見える彼女の表情は、憎しみに染まっているように見えた。

 

 果たして、今の彼女と戦ってもいいのだろうか。

 なにかを強く思う気持ちの力は、想像では図れないものだ。その気持ちだけに目がいって隙になることもあれば、逆に想像以上の力を発揮させることもある。例えそれが、憎しみだけだったとしても。

 今のセイバーは、まさにその状態だ。

 ここで仕掛ければ隙をつけるかもしれない。けど、逆にこちらが返り討ちされてしまう可能性だってある。

 そんな不確定な賭けをするより、このまま隠れて状況をうかがった方がメリットも多いかもしれない。

 

 それに、倒れそうになった生徒って……昨日の白乃以外にはいないはずだ。

 なら、このまま情報を得て彼女の真名が分かれば、白乃のサーヴァントの真名だって……。

 

「あいつが、あいつらが! 私から家族を、国を奪ったんだ!!」

「セイバー……」

「マスター、あなたならわかるだろう!?」

 

 え、それってまさか、彼も。

 

「わかるよ……でも、俺には……」

「……ごめん」

 

 ここから矢上の顔を見ることはできない。けれど、セイバーは彼の表情を見て、少しだけ落ち着いていた。

 もしかしたら、相当ひどい表情をしていたのかもしれない。

 二人の間に沈黙が訪れる。もう、これ以上は情報を得ることはできなそうだ。

 

 ……でも正直、この雰囲気の中不意打ちするのはやりづら

 

「行けるわね、クレア」

 

 い。

 ……わかってる、わかってますとも! 

 

「ああ、もちろん」

 

 落ち着いて気持ちを切り替える。

 未だ沈黙していた二人だが、気まずくなったのか、とうとうセイバーが顔を背けた。

 体ごと振り返り、アリーナの先へ行こうと足を踏み出す。

 

 そして、私たちは同時に壁から飛び出した。

 

 矢上たちは振り返る。セイバーは瞬時に状況を判断し、剣と盾を構え、そのままこちらに飛び出してきた。

 

「ランサー、セイバーを離して!」

「わかってる!」

「セイバー、冷静に! 援護は任せろ!」

「ああ!」

 

 お互い、考えることは同じだ。

 

 ランサーはうまいことセイバーを誘導してくれたらしく、戦っている音が背後から聞こえてくる。

 そんな音を聞きながら、私は一人で矢上と向かい合っていた。

 

 正直、不安でたまらない。前回の失敗だけが頭をよぎる。

 今回はちゃんとできるだろうか。先程思いついたあの方法で本当にいいんだろうか。

 不安で埋め尽くされそうになる心を、それでもと奮わせる。

 

 やれないなんて許されない。やるしかないんだ。

 大丈夫、私ならやれる。

 

 私はもう、見ているだけの弱い人間ではないんだから────!

 

「り、お……?」

「……?」

 

 ふいに、矢上の瞳が大きく開かれた。

 その瞳に宿るのは、悲しみの色。そして、その目に映るのは……。

 

「っ!!」

 

 ただただ、不愉快だった。

 そんな目で私を見るなと、叫んでしまいそうだった。

 

 だけど、矢上がそんな目をしていたのはほとんど一瞬で。気づいたときには、いつもと同じように私を見ている。

 それに気づけば、不愉快な思いはすぐに消え去った。今では、どうして自分がそんな感情を抱いたのかさえ分からない。

 だから、今それはどうでもいい。

 ああ、そうだ。不愉快になった理由なんて、知ったところで碌なことになりやしない。そんなの、知りたくない(・・・・・・)

 

 いらない考えは捨てる。

 目の前にいる矢上の行動を見逃さないように集中する。

 

 そして、彼は動いた。

 いくつもの数字の羅列が空中に現れ、小さな弾丸になっていく。少なくとも、片手では足りない数の弾丸が作られた。

 それを見て、礼装に魔力を回す。『shock(16)(電撃)』は放たれたら最後、真っ直ぐに飛ぶだけだ。進行方向を変えられないし、誘導弾でもない。ならば、コードキャストを設置するのは、現在ある位置の正面!

 

shock(36)(電撃)!」

「っprotect(16)(防壁)……!」

 

 私より幾分か大きい『shock(16)(電撃)』が放たれる。それに合わせて、通常より多目の魔力を注いだ『protect(16)(防壁)』を展開した。

 

 弾丸と壁がぶつかり、拮抗する。勢いよく放たれた弾丸は進行を止めようとはせず、行く手を阻む壁を削る。

 パリンと、弾ける音がする。

 ひびは入ったが、まだ砕けることはない。

 注ぐ魔力を増やし、砕けないよう『protect(16)(防壁)』を強化する。

 

 そして、また弾ける音がして。

 壁が壊れると同時に、弾丸も消滅した。

 

「……っは! は、ぁ……!」

 

 ああ、これは燃費が悪すぎる!

 片手で足りないとはいえ、二桁には達しない数だったはず。なのに、たった一回の攻防でこんなにも魔力を消費してしまうなんて!

 だけど、防ぎきれたのは確かだ。後はこれを繰り返すだけ。矢上が手段を変えるか、セラフが戦闘を強制終了させるまで、ずっと。

 

 魔力は足りる? 集中力は? ランサーだって、セイバーに勝てる保証は───。

 

「うるさい……っ。やるよ、やってやるさ……!」

 

 弱音は握り潰して、不安は他の感情で押し潰す。

 戦闘は、まだ終わってない。

 

 弾丸が放たれる。それに合わせて壁を作り出す。

 放たれて、作って、放たれて、また作る。

 それを、何度繰り返しただろう。余裕がなくて覚えてない。

 

 魔力消費の激しさに息が乱れる。

 しかしそれを度外視にして、ひたすら防御に専念していると、ついに戦局が変わった。

 

「っセイバー!」

「……っやってくれたね!!」

 

 突然、矢上が声を荒らげた。

 それとほぼ同時に聞こえてきたセイバーの声は、どこか焦っているようで。

 

 不思議と、ランサーは成功したんだという安心感に包まれた。

 気が抜けそうになる足を踏ん張り、気になっても矢上から目はそらさない。

 

「まだ、使いたくなかったけど……!」

 

 矢上の手に、茶色の本が現れた。

 でも、あれはただの本ではない。あれは、礼装だ!

 

gain_str(32)(筋力強化)gain_agl(32)(敏捷強化)!」

 

 その本から放たれたコードキャストは、二つ。

 つまり、それは……!

 

「三つ目の、コードキャスト……!?」

 

 装備できる礼装は二つのはずだ! それなのに、どうして……。

 いや、それよりも!

 

「ランサー!」

 

 背後を振り返る。

 押し負けたのか、バランスを崩したランサーの姿が見えた。セイバーの剣が無防備な体に近づく。

 

 思わず腕をあげるが、そこから『shock(16)(電撃)』が放たれることはない。

 当たり前だ。今装備しているのは、それが付与された木刀ではないのだから。そして、今更木刀に変えてる時間はもうない。

 

 さらに、背後からは不穏な空気を感じて。

 

「なっ、危ない!!」

「え」

 

 体は、無意識に反応していた。

 

 手への衝撃と、全身を駆け巡る電流。

 初日の比ではないほどの猛烈な痛みを伴ったそれが、一瞬だけ意識を刈り取った。

 

 気がついたときには、もう戦いは終わっていて。ランサーは怪我なく私の隣に立っていた。

 ああ、また強制終了に救われたのか。

 そう察するのに、時間はかからなかった。

 

 けれど、今だ全身を蝕む痛みは引くことはない。

 私に当たったのは、きっと矢上が使う『shock(16)(電撃)』だ。一番弱い威力だろうとサーヴァントの動きを止めるコードキャストを、人間の私が受けたら致命傷だ。むしろ、ここまで思考が回ることだけでも誉めてほしい。

 

 とにかく、治療をしないと。このままでは、校舎に帰ることすらままならない。

 ランサーに……いや、きっと彼女に治癒能力はない。だったら、何とかして端末からアイテムを取り出さないと。

 

「……え?」

 

 どうにか体を動かそうと四苦八苦していると、突然体は軽くなる。

 痺れは全部取れたわけではないが、アイテムで全快する程度までに治されていた。

 

「一体、誰が……」

「あいつよ。どんな心境の変化かしらね」

 

 私の疑問に答えたのは、隣にいたランサーだった。

 彼女の向ける視線の先にいるのは、ただ一人。

 

「マスター」

「ごめん、セイバー……」

 

 矢上だ。

 矢上が、私に向けて腕を伸ばしている。

 

「どうして……」

 

 彼は答えない。だけど、またあの目をしていた。

 

「……礼は言わない」

 

 その目を見たくなくて俯く。

 溢れ出そうになる激情を表に出さないために。情けなく歪む顔を、誰にも見られないために。

 

「……」

 

 そんな私に、矢上もなにも言わなかった。

 そのまま、彼らの気配はアリーナから消えてなくなる。校舎に帰ったのだ。

 残ったのは、私とランサーの間に流れる嫌な沈黙だけ。

 

「それで? このあとはどうするの」

 

 けれど、ランサーはそんなのは気にせず、いつもの調子で問いかけてくる。

 彼女は本当に気にしてないし、なんなら興味もないんだろう。今は、それが救いだった。

 

「大分消耗したし、細かい探索は明日にしよう。でも、そうだな……トリガーだけは取っておこうか」

 

 返事を聞かないまま、先へ進む。

 反対があるなら道中で言うだろうし、今は何より、早く校舎に帰りたかった。

 

 それで、いつも通り白乃と食事をしよう。

 楽しい気持ちで、こんな感情を塗りつぶそう。

 

 ──────一刻も早く、あの目を忘れたい。

 





8/25
戦闘部分の改行修正、文章追加しました。
流れに変化はないかと思います。
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