Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第二話 初陣

 あれから予定通り校舎の探索を終わらせ、今は屋上にいる。正確には屋上に続く入り口の上。そこに寝転びながら空を見上げる。

 雲が波のように移ろい、泡のようなものも立ち上っている空は、どちらかというと水面の様。さらに空一面が0と1の羅列で埋め尽くされているため、余計に異質感が醸し出ている。

 

 まるで水中にいるような感覚だ。でもなぜかそれに既視感を感じていて。

 これも、失った記憶の一部なのだろうか。

 

 失った記憶を思い出そうと試みるが、やはり全く思い出せない。返却の不備だと桜は言っていたが、なら私の記憶は今どこにあるのか。まさか、消えたりなんかしていないだろうな。

 我ながら恐ろしい考えに身震いがする。それはないと信じたい。

 

 そこまで考えて、ランサーの気配がする方を見てみる。保健室で話したきり、彼女はなにも言ってこない。こうして時間を無駄にしているのだから怒ったっていいはずなのに。

 ……まあ、何も言わないのならもう少しだけここにいよう。戦いが始まれば、こんなに穏やかに過ごすことなんてできないだろうから。

 目を閉じる。軽く吹いてる風の音がよく聞こえた。それが心地よくて、耳から聞こえる音に集中する。

 

 しばらく風の音を楽しんでいると、扉の開く音がした。誰かがやって来たみたいだ。

 気になったので起き上がり、誰が来たのか確認する。

 下にいたのは私が来たときには既にいた赤い少女。そして、茶色の長髪をした少女の二人。

 確か赤い方は遠坂凛、だったか。容姿端麗、成績優秀のアイドルとかいう噂を聞いたことがあるが、その認識は改めた方がいいらしい。

 ベタベタと無遠慮に茶髪の子を触る姿はどちらかと言えば、そう。

 

「変態みたい」

「だぁれが変態か!!」

 

 うわっ。

 無意識のうちに呟いてしまった。

 でもこの距離で聞こえるとか、地獄耳か……下手に彼女の悪口を言うのはやめよう。

 

 こちらを睨み付ける遠坂凛につられたのか、茶髪の子も私を見る。

 どこかで見た後ろ姿だと思っていたが、顔を見て思い出した。

 

『……──?』

 

 ランサーが誰かの名前を呟く。

 うまく聞こえなかったが、少なくとも彼女の名前ではない。発音は似ていた気がするけど、彼女の名前は。

 

「白乃」

「クレア、あなたも……」

 

 滝波(たきなみ)白乃(しらの)

 予選での偽りの日常。そこで私と彼女は友達だった。もっとも、それが本物だったのか。今となってはわからない。

 

 気まずい空気が流れる。居心地が悪い。

 適当なことを言ってこの場は流そう。

 そう思い、さっきから思っていた言葉を口にした。

 

「そういえば、君はなんで白乃を触ってたの?」

 

 遠坂を見る。

 変態ではないと否定されてしまった。となると、なにか理由でもあったのだろうか。

 

「職業病みたいなものよっ。これだけ精密な仮想世界ないんだから、調べなくてなにがハッカーだっての」

 

 意外と口が悪い。

 しかし、それならなぜ白乃を調べていたのか。彼女はマスターであってキャラではないのに。

 

「そこの彼女が悪いのよ。マスターとは思えない影の薄さとか。一般生徒(モブ)じゃないんだから」

 

 今もほら、見てよ。と、遠坂が白乃の顔を指差す。

 ぼんやりとした顔だ。緊張感や覇気といったものが感じられない。少なくとも、これから殺し合いに参加するとは思えない……って、まさか。

 

「まだ予選の学生気分。まさかとは思うけど、記憶がちゃんと戻ってないんじゃないんでしょうね?」

 

 冗談でも言ったつもりなのだろう。もしかしたら笑われるか、反発されると思ったのかもしれない。

 しかし、白乃は困ったように目を逸らした。

 その反応が示すのは、肯定。

 

「え、うそ。本当に記憶が戻ってないの?」

「……うん、まあ」

「それって……かなりまずいわよ」

 

 そこから続く言葉は、白乃を心配する言葉だった。だがそれもすぐに醒めてしまう。白乃が自分が庇護する相手ではないと思い出したのか。

 茶色の目がこちらに向く。いつも真っ直ぐ前を見据えていた目が不安そうに揺れていた。

 でも、私に掛けられる言葉はない。私も、彼女と敵対するマスターであるのだから。

 

「ま、御愁傷様とだけ言っておくわ。あなた、本戦に来るとき魂のはじっこでもぶつけたんじゃない? ロストしたのかリード不能になっているだけか、後で調べてみれば?」

 

 その言葉は私にもありがたい言葉だった。

 リード不能。地上にいる私とのリンクが途絶えているということか? それなら記憶自体は失われていない。

 後で調べ方を聞いてみよう。運営側が許してくれるかは心配だが、それくらいなら答えてくれるだろう。

 

 考えを膨らましていると、気づけば遠坂と白乃の会話は終わっていた。

 なにを言われたのか、白乃が落ち込んだように顔を俯かせている。しかしそれもほんの数分。

 顔を上げ、いつもと変わらぬ表情で遠坂へと話しかけていた。

 

「遠坂。よければだけど、私にここについて教えてくれないかな? 基本的なことだけで構わないから」

「はあ? なんでわたしが……そっちのに聞きなさい。知り合いなんでしょ」

「え、無理だよ。私も記憶ないし」

「はあ!?」

 

 急に話を振られてしまった。しかもここについて教えてほしい、なんて話題だ。

 そんなのは無理に決まっている。むしろ私が教えて貰いたいくらい。

 

「クレアがもう一人の返却不備者?」

「そうなるのかな。それは桜から?」

「うん。詳しくは教えてくれなかったけど、また不備があるなんて、って」

 

 どうやら彼女は自分と同じ境遇の人間がもう一人いることを知っていたらしい。

 確か保健室で起きた時、隣のカーテンは閉まっていた気がする。あそこには白乃が寝ていたのか。

 

 一人納得していると、呟くような小さな声が聞こえてきた。

 勿論白乃じゃない、遠坂だ。顎に手をあて、ブツブツなにかを呟いている。

 本当にそんなことが、だとか。二人もなんておかしいんじゃ……、だとか。しばらく何かしら呟いた後、突然こちらを見た。

 

「まあ、考えても仕方ないか。いいわ、基本的なことなら教えてあげる。それ以上は自分で調べなさい。セラフにだって調べる場所くらいあるし」

「ありがとう! じゃあ早速、そのセラフについて教えてもらっていい?」

「あ、私も聞きたい」

「……そこからなのね」

 

 呆れられてしまった。反応から見るに、恐らくセラフというのは基本の基本なんだろう。

 実際、セラフというのは今いる仮想空間のことだった。なるほど、そりゃあ呆れるな。

 

 それからセラフについて詳しい説明を聞き、他のことについても尋ねた。

 白乃は聖杯や魔術師、あとなぜか遠坂自身について。

 私はそれに付け加え、説明の途中で出てきた西欧財閥。それから、さっき話していたリード不能を調べる方法を聞いてみる。

 遠坂は根が優しいらしく、自分のこと以外は丁寧に教えてくれた。

 

「ありがとう、遠坂。助かったよ」

「うん、それに分かりやすかった。ありがとう」

 

 素直にお礼を伝えると、遠坂は表情を変えずに返答する。

 

「別に、これぐらい基礎の基礎。お礼を言われる程じゃないわ」

 

 本人はそう言うが、私と白乃はその基礎すら知らなかったのだ。それに教えてもらったんだからお礼を言うのは当たり前だろう。

 白乃もそう思ったみたいだ。同じようなことを口にしていた。

 それを聞き、遠坂は再び呆れたような顔をする。

 

「あんたたち、分かってる? わたしは敵よ。敵にお礼なんて言わないわ」

 

 遠坂の言うことはもっともだと思う。その辺りの自覚がまだ私たちには足りていない。

 でも、遠坂は親切で私たちに色々教えてくれた。やはりお礼は言うべきだろう。

 

「……変わったやつらね、あんたたち」

 

 呆れながらそう言われたが、その表情は少しだけ微笑んでいたように見えた。

 しかしそれも一瞬。彼女は名の通り凛とした表情を見せると、冷たい声で言い放つ。

 

「それでも、わたしとあなたたちは敵同士。馴れ合ってもいいことなんてないわ。こんなところにいないで、精々残された時間を大切にしなさい」

 

 そう言って、彼女は私たちに背を向けた。話すことはもうない、という意志が伺える。

 きっと話しかけても反応はしてくれないだろう。

 そう判断し、私は白乃に話しかけた。

 

「私はもう行くよ。じゃあね、白乃」

「うん、またね」

 

 ……またね、か。白乃らしいと言えばらしいかも。

 二階へ行って掲示板を確認しよう。

 まだ少し怖いが、立ち止まってはいられない。殺す覚悟はなくとも、戦う覚悟は決めなければならない。

 

 ただ、願わくば対戦相手が白乃ではないことを。

 それだけを祈って、階段を降りていく。

 

 掲示板の周りには誰もいなかった。

 部活の紹介ポスターやらが貼ってある掲示板を見る。しかし、どこにも対戦相手など書いてない。

 階でも間違えたか? いや、掲示板があるのは二階だけだ。間違えてなんかいない。

 

 もう一度よく見ようと顔をあげた瞬間、空気が変わる。

 微かながら聞こえていた生徒の話し声が、今は全く聞こえない。周りを見渡しても人影一つなかった。

 まるでここだけ世界から切り離されたような、そんな感覚に陥る。

 

 掲示板を見る。

 先程までテストの成績発表がされていた紙には、二人分の名前と決戦場の名前が載っていた。

 一つは私の名前。そして、もう一つが────。

 

マスター:小鳥遊飛鳥

決戦場:一の月想海

 

 ことり、あそ……?

 いや、いやいやいやっ。絶対違う。

 

「ランサー」

『……なに』

 

 よかった、答えてくれた。

 恥ずかしいが、こればかりは仕方がない。本人の前で間違える方がもっと恥ずかしい。

 

「相手の名前の読み方、教えて」

 

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 その言葉を胸に刻み、バカにするように笑うランサーの声に耐えた。

 

『……っはぁ、笑った。貴女、こんなのも読めないのね』

「漢字は苦手なんだよ」

 

 しばらく笑い続けたランサーは、少し機嫌が良さそうだった。

 いいことだろうが、その理由が私の苦手が知られたことからだと思うと喜べない。

 でも、誰かにこっそり聞いても近くにランサーはいるわけで。結局、漢字があまり読めないことはバレるのだ。

 

『たかなしあすか。そう読むのよ』

小鳥遊(たかなし)飛鳥(あすか)ね」

 

 忘れないようにメモしておこうと端末を取り出すと、マトリクスの項目が勝手に開かれる。

 そこには先程知った相手の名前が既に記入されていた。どうやら、知った情報は勝手に更新されていくらしい。一々メモを取る手間がなくて楽だ。

 念のため他に更新がないことを確認し、端末をしまう。

 

「個室は後にして、先にアリーナへ行こうか」

 

 今度は返事がなかったが反対もない。

 なら別にアリーナに向かっても大丈夫だろう。確か、予選での出口がアリーナの入り口と言っていたな。

 予選で出口のあった場所へ辿り着くと、そこには既に扉があった。

 ここを抜ければアリーナに入ることができる。

 

『そうそう。アリーナに入った後、校舎に戻っても個室以外に入ることはできないわ。購買も利用できなくなる』

「え、そうなの?」

『ええ。だからアイテム補充とか、やり残したことがあれば入る前に終わらせときなさい』

 

 初耳だ。まさかそんな制限があったなんて。

 そういうのは言峰の説明の時に一緒に教えるものなんじゃ……なんかわざと教えてこなかった可能性が否定できないんだけど。

 はあ、これはまだ私の知らないルールがあるかもなぁ。

 

 アイテムというのもそうだ。言峰からはそんな説明を受けていない。まあ、普通に考えてサーヴァントをサポートするためのものだろう。そして先程の会話から推測するに、それは購買で買うことができる。

 手元にそういったものがないのは不安だが、今は買うための資金もない。

 まずはどこかでお金を増やさなければ。

 

「とりあえず行こう。今日は空気に慣れるのが目的だし」

 

 今度こそアリーナへ入るため扉に手を掛ける。すると電子メッセージが取っ手部分から投影された。

 どうやら、アリーナは第一層と第二層に別れているらしい。これまた初耳だ。

 二つの階層に別れていることに意味がないとは思えない。明日にでも言峰に聞いておこう。

 第一層を選択すると、扉が音を立て開いていく。

 

 さあ、初陣だ。

 

 

 *

 

 

 扉をくぐった先に広がるのは、予選で通ったような電子の世界。

 周囲は壁のような何かに囲まれており、それより向こうは行けなくなっている。

 壁の外は暗く、遠くはよく見えない。校舎が海の上部に位置するなら、ここはまるで深海だ。

 

 ランサーが斜め後ろに現れる。

 変わらない姿。未だ見慣れず、あまり直視できない。

 

「そうね……今日はあの敵辺りまで行けばいいでしょう」

 

 そんな私の気持ちは露知らず、ランサーは今日の目標を定めていた。

 彼女が見ている先を確認する。蜂のようなエネミーが彼女が言ったやつなのだろう。他のエネミーとは少し様子が違っていた。

 あれがいる場所はそこまで奥じゃない。一日目に進むにはいい距離だ。

 

 反対することはない。わかったと了承を返し、アリーナを進んでいく。少し歩けば、すぐに開けた場所に出た。

 そこには箱が二つ繋がったようなエネミーが一体。

 初めての敵に身構える。が、そんなことをする前にランサーが飛び出してしまった。

 

「ランサー!?」

「初めは見ていなさい」

 

 エネミーもこちらに気付き、素早く突っ込んでくる。

 避けるよう指示を出すが、彼女は足の刃で受け止めた。そのまま体を捻り回し蹴りを繰り出す。

 指示を無視された驚きと華麗な動きへの感嘆が混ざり合い、逆に思考がクリアになる。そして、すぐに彼女が言った言葉を思い出した。

 

 初めは見ていろ、と彼女は言った。

 あの人形を一瞬で切り刻んでいた彼女が、今は防戦一方。時にカウンターを仕掛けているが、敵にはあまりダメージが入っていないように見える。

 だけど決して苦戦しているとは思わなかった。

 

 ランサーはわざと戦闘を長引かせているんだ。

 なぜ、なんて問わなくても分かる。私のためだ。

 防戦一方なのは敵の行動を見せるため。そして指示に従わないのは、恐らく自分の戦い方を見せるため。

 

 だったら今はこの戦闘に集中しなければ。

 初戦の私の役目は指示を出すことじゃない。ランサーの動きを知り、的確な指示を出せるようになることだ。

 

「……やっぱりだめね。表情がないのはつまらないわ」

 

 一方的だった戦況は、そんな一言で終わりを告げる。

 敵が大きく体を揺らした隙に、ランサーは素早くその懐に入り込んだ。低い姿勢からの一閃。鋭く入った一撃にエネミーは怯む。

 その隙をランサーは逃さない。

 地を蹴り、その勢いのまま敵を蹴りあげた彼女は、宙を舞い私の目の前に着地する。踵から鳴る甲高い音は、まるで戦いの終わりを示しているようで。

 

「次にいくわよ」

「……ああ」

 

 勝利したことに喜びすらせず、彼女は静かに告げる。

 黒いコートの奥で、敵が粒子となり消えていくのが見えた。

 

 これが英霊の、ランサーの戦い方。

 鋭い脚具を用い踊るように敵を翻弄する。特にそのスピードは他と一線を画しているように見えた。

 そうなると、やはりスピードを活かした戦い方が定石だろう。

 

 でも、私は彼女に的確な指示を出せるのか。あんなにも綺麗に戦う彼女の邪魔をしてしまわないだろうか。

 不安になるのを隠しきれず、思わず俯いてしまう。

 

 すると、首もとのペンダントが視界に入ってきた。あの日常を抜け出す時、最後に背を押してくれた誰かからの贈り物。

 それを握り締め前を向く。怖がっていても仕方がない。

 

 アリーナを進みながら、先程の戦闘を振り返る。

 わかったことはいくつかあるが、一番朗報なのは敵性プログラムには行動パターンが設定されていることだ。何度か同じ攻撃を繰り返してきたので間違いないだろう。

 パターンさえ把握できれば、エネミー相手に苦戦することも少なくなる。次同じ敵に遭遇したらもう一度確認しておこう。

 

 次のことを考えているうちに、先程と同じキューブ型のエネミーを見つけた。もしかしたらこの階層はあのエネミーが多いのかもしれない。

 向こうに気づかれないよう距離を保ちながらランサーに話しかける。

 

「行動パターンが同じか確かめたい。さっきみたいに戦闘を長引かせてほしいんだけど」

「……いえ、わかったわ。今度は指示を聞いてあげる。けど、無様な真似は許さないから」

「ああ、尽力するよ」

 

 先程の戦闘が余程つまらなかったらしい。あからさまに嫌そうな顔をしたが、一応了承してくれた。

 だが彼女が不機嫌なのがよく分かる。下手に長引かせず、さっさと倒してしまった方がよさそうだ。

 

 ランサーが綺麗な足音をたてながら歩いていく。

 一定の距離まで近づくと、エネミーもこちらに気づき突進してきた。これも行動パターンの一つなんだろう。

 幾度かの攻防が続く。大振りの攻撃を主とし、時折防御とフェイントが混ざっている。

 それは先程把握した行動パターンと変わりはない。確認はできた。もう戦闘を長引かせる必要はない。

 

「ランサー、次の攻撃を防いだ後斜め右に蹴りこんで!」

 

 一度フェイントを交えたような動きをし、大きく体を揺らし強力な攻撃を繰り返す。このパターンなら次の行動は……!

 

「よしっ」

 

 予想通り右へ動いた敵に攻撃が入る。指示が成功し、思わず声が出た。

 だが浮かれている場合ではない。高揚する気持ちを落ち着かせ、次の指示を出す。

 

 数回の剣戟の後、消滅していく敵にほっと息をついた。

 見ていた限り彼女は攻撃を受けていない。先程の無様な真似は許さないという言葉には答えられたのではないか。

 

 構えを解いたランサーに声を掛けようと一歩を踏み出す。

 瞬間、ぞっとするような悪寒が走った。固まったように足が動かない。

 目の前のランサーはこちらを見て、驚いたように目を見開かせた。

 

「後ろよ!」

 

 焦る声に突き動かされ、慌てて後ろを振り返る。

 先程倒したはずのキューブ型のエネミーがこちらに迫ってきていた。

 咄嗟に腕を組み急所を庇いながら、後ろに向かって飛ぶ。

 

「っく……!」

 

 なんとか衝撃を緩和することができたが、避けきることはできず腕に痛みが走った。

 だが敵が目の前にいる今それを気にしている暇はない。ランサーの隣まで下がりながら、改めて敵を見る。

 キューブ型が二体。復活したのかと一瞬思ったが、新たに現れたやつだ。二対一は辛いかと思いランサーを見るが、その顔に焦りは浮かんでいない。あの程度の敵には負けないという自信があるからだろう。

 ここはまだ一階層。この程度の敵に怖じ気づいていたら今後はやっていけない。二対一だろうが、やるしかないんだ。

 

 それに行動パターンなら先程把握した。イレギュラーがない限り攻撃は読むことができる。

 冷静に立ち回れば、無傷で切り抜けることだって可能なはずだ。

 

 痛む腕を抑え、もう一度ランサーを見る。好戦的な笑みを浮かべた彼女と目が合った。

 

「指示を」

「……ああ」

 

 一言。それには恐らく信頼もなにも籠っていない。

 けど、だからこそ。いつかその声に信頼が色付くように。

 

「行こう、ランサー!」

 

 不思議と、頑張りたいと思ったんだ。

 

 

 


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