Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第二十七話 recovery

 昨日と同じように、第二層への扉を開けた。

 目の前に広がる光景は昨日と同じだけど、アリーナを包む雰囲気は微かに違うものになっている。理由は明白。矢上たちがいないからだ。

 

 だけど、彼らは私たちより先にここに入ってきている。つまり、何か罠が仕掛けられていてもおかしくはない、ということだ。

 というわけで、念のために罠があるか確認してみる。すると、地図上にはいくつかの赤い点が示された。その内の数個はまだ行ったことがない場所にあるらしく、空白の上で示している。

 これを目印にアリーナを探索するのもありだろう。今までの解析のおかげで、電撃が付与された罠は魔術師が魔力を流さなければ作動しないことは分かっている。術者である矢上がアリーナにいない今なら、これを辿った方がむしろ安全かもしれない。

 勿論、万が一を考えて罠の上を歩くのはなるべく避けるけど。

 

 とりあえず、まずは行ってない通路に入ってみよう。昨日は運よく一直線でトリガーまで行けたから、実は探索はあまり進んでない。

 ん? となると、アリーナの広さによっては白乃と一緒にご飯を食べられないかも。

 やらかしたなぁ。来る前に一言言っておけばよかった。

 

 今度からは気を付けよう、と頭の隅で考えながら、昨日は行かなかった分かれ道の片方へ足を進める。

 そちらは長く続く一本道のようで、もちろんエネミーもいた。既に行動パターンは把握している種類で、そこまで苦戦する相手ではない。ただ、人が二人通れる程度の幅の通路での連戦には、微かに不安もある。

 

 しかし、その不安もすぐになくなった。ランサーは自身の柔らかい身体をうまく使い、狭い通路でも綺麗に踊ってみせたからだ。

 服も含めれば、彼女の全身はかなり大きい。けれど、それをものともしない動きに改めて驚きを感じた。

 敵と壁の間を潜り抜けたと思えば、その身体は宙を舞っていたり。時には、人にはできないだろうと思えるような身体の捻りで蹴りを放ったり。

 狭い通路という限られた空間が、今までもしてきた動きをいつも以上に魅せていた。

 

「……きれい」

 

 やっぱり、ランサーの戦い方はとても綺麗だ。

 薄暗いアリーナの中で、銀色の具足が輝く。藤色の髪も、腰から延びる黒いコートも、まるで羽のように靡いてる。

 きっと、見慣れる日なんてやってこないだろう。何度見ても、きっと見惚れる。例えそれが戦いに用いられる残酷なものだったとしても。彼女の踊りは、こんなにもきれいなんだから。

 

 ああ、でも戦闘中なんだからなるべく見惚れないように気を付けないと。

 見惚れて敵の行動を見逃しました、なんて愚かという他ない。今回はエネミー相手だから余裕があるだけだ。サーヴァント相手にこんなことをしていたら、すぐに負けてしまうだろう。

 ここら辺の意識の入れ替えは、自分で何とかしなければならないことだ。

 

 そんな考え事をしながらも先に進んでいれば、ようやく曲がり角にまで辿り着いた。

 そこにあったのは一つのアイテムフォルダ。中には小さなキーホルダーが入っている。

 

「これ、藤村先生に頼まれてたものかな」

 

 キーホルダーの紐の部分は千切れており、これが落とした原因なんだろうというのが一目でわかる。よく見ると、繋がっているくまのぬいぐるみも微かに汚れていた。

 きっと何年も大事に付けていたのだろう。それこそ紐が千切れてしまうくらいに。

 

 これは、絶対に届けなければならない。不思議とそう思った。

 キーホルダーを端末にしまい込む……前に、ふとランサーがこちらをじっと見つめていることに気づいた。

 いや、目線が向かってるのは私じゃなくて、キーホルダーか?

 

「……もしかして、これがほしいの?」

 

 あまりに熱心に見ているものだから、思わずそう聞いてしまった。仮に頷かれても、渡せないから困るのに。

 

「別に。ただ、良くできたものだと思っていただけ。…………この制作者、私専属の職人にできないかしら……」

「? ごめん、最後の方なんか言った?」

「貴女には関係ないことよ」

 

 あ、はい。

 ここは素直に引き下がる。もしかしたら、私に聞かれたくないことだったかもしれない。

 

 にしても……なるほど。このぬいぐるみ、確かにいい出来だ。

 さっきは気づかなかったが、縫い目は均等で歪みもない。中の綿も今は少し潰れてしまっているが、元々は均等に入っていたんだろう。

 さらに驚くべきは、後ろに刺繍されている名前。恐らく落とした生徒のものなんだろうけど……。これがあるということは、このぬいぐるみは手作りである可能性が高い。

 

 その事に一瞬で気づくとは……。さてはランサー、結構なマニアだな?

 

「ぬいぐるみ、好きなんだね」

 

 これくらいなら許されるだろう。いや、というか許されたい。という希望を捨てきれず、少し突っ込んでみた。

 ランサーは自分のことについて、基本話してはくれない。ステータスやスキルは戦闘に必要だから教えてくれるだけ。

 だから、趣味に関する質問だとしても、彼女が答えてくれるかわからない。

 ただ、やっぱり私は彼女のことをもっと知りたいから。せっかくできたチャンスを、逃したくはなかった。

 

「ぬいぐるみ、というよりは人形かしら」

「人形?」

「ええ! 人形はいいわ。ひたすら愛しても文句を言わない、不満をこぼさない、変わらない」

 

 そこから語られたマシンガントークは、正直よくわからないものだった。

 でも、ランサーの声色は今まで聞いたことがないくらい楽しそうで。表情も生き生きしていて、口角は上がりっぱなし。

 内容はわからなくとも、もっと聞いていたい。楽し気なその表情も、もっと見ていたい。

 

 しかし、ふいにその語りは止まってしまった。

 すごい勢いで紡がれていた言葉が突然止まり、逆に驚いてしまう。いったいなにがあったんだ?

 

「……取り乱したわ。貴女に話しても意味なんてないのに」

「えっ!?」

 

 ど、どうしてそうなった!?

 確かに、話してる内容のほとんどは理解できなかったけど! 好きなのはすごい伝わったし、なんなら語る顔を見るだけでもすごい楽しかったし!

 

 だから、だから、えと……!

 

「私は楽しかったよ! だから、その、また話してくれると、嬉しい、です……」

 

 とは言っても、結局彼女が楽しくなければ意味がないわけで。その事に気づいてしまえば、咄嗟に出た言葉はどんどん小さくなってしまった。

 何で私はこんなにもコミュニケーションが苦手なんだ……。

 

「……貴女、人形に興味があるの?」

「え、あ、うん。そう、だね。全然詳しくないけど、興味は沸いたよ」

 

 ランサー、本当に楽しそうに話してたし。

 あれだけ楽しそうにされたら、興味も沸いてくるものだ。

 

「へえ、いい趣味してるじゃない!」

「へっ、ありがとう……?」

 

 想像してなかった返答に、思わず変な声が出た。

 ランサーの顔は先ほどではないにしろ、明るくどこか楽しそうだ。

 

「貴女、手先は器用そうだし、ガレキを作ってみるのもいいんじゃ……いえ、初心者にいきなりガレキを組み立てさせるのは酷かしら……やっぱり最初は人形の観賞から……」

「え、ーと。その、がれきってなに?」

「ガレージキットの略称よ。簡単に言えば、自分で組み立てて塗装するフィギュアのこと」

 

 へえ、そんなものもあるのか。なんだか難しそうだ。

 ……でも、ランサーは私ならできるかもしれないと思ってくれてるんだ。それは、うん。悪くない。

 落ち着いたら一度調べてみよう。フィギュアも人形も、きっと私が思っている以上に奥が深い。

 

 それに、もっと人形の知識を蓄えたら、あのマシンガントークにもついていけるかも。

 興味があるもので、ランサーとの仲も深められる、かもしれない。これは、いいこと尽くしじゃないか?

 

 突っ込んでみてよかった、と気分は急上昇だ。

 浮き立つ気持ちのまま、続く一本道を進んでいく。結局来た方向へと続く道を見るに、きっと昨日矢上たちと戦ったフロア辺りにでも繋がっているのだろう。あのフロアには右へと行ける道があった気がするし。

 

 うん、地図を見る感じその推測は間違ってはなさそうだ。

 隠し通路もなかったと思うし、これでアリーナの右半分は全部確かめられた……あ、横道あった。

 壁から奥を覗いてみる。そこには小さなフロアが広がっていた。あるのはアイテムフォルダだけで、エネミーも見当たらない。

 

「中身は、礼装だね」

 

 名称は『癒しの香木』。付与されているコードキャストは『cure()(解除)』。猛毒、麻痺、呪いといった状態異常を治してくれるコードキャストらしい。

 欲を言えば、もうちょっと早くに手に入れたかった礼装だ。とはいえ、他のコードキャストで枠が埋まってしまう現状では、アイテムの方が使い勝手はいい。もっと早くに手に入れていても、使えなかったかもしれない。

 まあなんにせよ、とても便利なコードキャストに間違いはない。手に入れておいて損はないだろう。

 

 さっさと礼装を仕舞い込み、再び元の道を戻る。地図に記録されている大きなフロアはもう目の前だ。

 そして、そこに近づくにつれて大きくなる懐かしい気配。

 

 マップを確認する。アリーナの中央の一番大きなフロアが、昨日矢上たちと戦った場所。そこからさらに左、まだマップにも記録されていない空白部分。そこには、矢上が設置した罠を示す赤い点が数か所だけ点在していた。

 恐らく、私の記憶もこのまだ記録されていない場所にあるんだろうと当たりをつける。

 

 これで、四つ目。

 また一つ記憶を取り戻せるという興奮と、微かに感じる恐怖感。

 竦みそうになる足を、一歩ずつ前に進ませる。

 

 そして、アリーナの左端に辿り着いた。

 間違いない、ここだ。でも、なんか今までよりわかりにくいな……。

 

 今までは細い行き止まりに隠し通路が作られていたが、今回は横に広がる壁に作られてる、と思う。この横に広がる壁から、たった一つの隠し通路を見つけなきゃならないのか。んー、しらみつぶしにやるしかないよなぁ。

 手を壁に付けて、触れながらゆっくりと歩いていく。 そして、曲がり角に到達する直前。ようやく手が壁をすり抜けた。

 

「っ……」

 

 息を飲む。

 無意識に、胸元のペンダントを握りしめた。再度深呼吸を数回して、覚悟を決める。

 

「よし……!」

 

 そして、記憶へと続く道へと踏み出した。

 歩く道は変わらない。暗い道をひたすら真っ直ぐ進んでいく。すると、やっぱりと言うべきか、いつもの赤い壁が見えてきた。

 

 後ろで響いていたランサーの足音が止まる。

 これもいつも通り。彼女とは、ここで一旦お別れだ。

 

「じゃあ、また後で」

「……ええ」

「!!」

 

 返事を、してくれた。

 

 どうしよう。なんだかとっても嬉しい。

 たかだか返事一つ。でも、今までランサーはどんな挨拶にも返してくれなかった。いつも無言で、さらには目線も向けてくれない。それがとても寂しくて、いつか返してくれたらと少し夢見てた。

 それが、今叶ったんだ。

 

「ふふっ」

 

 少しずつ、本当に少しずつだけど。ちゃんと前に進めてる。

 記憶も、ランサーとの関係も。微かだけど、いい方向に進展してる。もちろん、いいことだけではないけれど。まだ進めていない部分も多いけれど。

 この喜びを、忘れないよう噛み締めたい。

 

 だから、どうか。

 今回の記憶も、いいものでありますように──────。

 

「────こ、こは……」

 

 目の前に広がるのは広大な湖。

 水平線も見えるそこは、湖というよりも海のようだ。

 

 ああ、そうだ。ここは、彼の故郷だ。

 懐かしい。彼に出会ったのは、旅に慣れてきた頃だったっけ。

 確か、そう。ここから結構離れた場所で、倒れている彼を見つけたんだ。

 

「あ」

 

 遠くの方に、湖から伸びるいくつもの長細い影が見えた。

 そのうちの一つがこちらをじっと見ている、気がする。もしかして彼、かな?

 確証はなかったが、とりあえず手を軽く振ってみる。すると、こっちをじっと見ていたと思われる影が、突然湖に潜ってしまった。

 

 あっ、これまずいやつでは?

 慌てて湖から離れようとしたが、時すでに遅し。私の目の前に、その影が現れた。……水の中から。

 

「わぶっ!!?」

 

 影と共に巨大な水しぶきが上がり、私に襲い掛かった。

 巨大なそれを避けられるわけもなく、頭から水をかぶる。お陰で下から上まで、更に言うなら中身までびしょ濡れだ。

 

 うへぇ、服が張り付いて気持ち悪い。

 

「うん? ああ、大丈夫大丈夫! 濡れただけだよ」

 

 とりあえず水分を逃がそうと服を絞っていると、影が大きな顔を近づけてきた。

 どこか申し訳なさそうに、そして心配そうな雰囲気を感じる。きっと、私に水をかけてしまったからだろう。

 とはいえ、本当に濡れただけで怪我とかはない。むしろ、彼が少し抜けているのを忘れて逃げ遅れた私も私だし。

 

 平気だと笑いながら、彼の頭を撫でる。

 片手から伝わる堅い感触が懐かしくて、残った方の手も伸ばした。冷たいけど暖かい、そんな体温も懐かしい。

 できたら、こうしてまだ彼と触れ合っていたい。でも、私は行かなくちゃ。

 

 ランサーが待ってるから。

 

「■ード■モン、行ってきます」

 

 彼は何も言わない。ただ、持っていた欠片を私に渡してくれた。

 それをしっかりと受け取り、彼から離れた。もう一度手を振って、踵を返す。瞬間、いつも通りのアリーナに戻ってきていた。

 

「っへくしゅ!」

「……なんでそんなにびしょ濡れなのよ」

「……ちょっと、色々あって」

 

 まさか濡れたまま帰る羽目になるとは……風邪ひいたらまずいし、今日は帰ろう。

 

 

 *

 

 

 アリーナから戻ってきて、すぐにマイルームへと直行した。流石に濡れたまま校舎を歩くのは憚られたからだ。

 そのままお風呂に入って髪を乾かす。そして、購買で部屋で食べられるものを適当に買ってきた。

 

 菓子パンを片手に、二日目にコピーしたコードキャストのプログラムを開く。

 空いた時間に解析は進めていて、既にあともうちょっとのところまで来ている。今日中にこれの解析を完了させてしまおう。

 ゆっくり、丁寧に解析を進めていく。そして、どれぐらい時間が経ったのか分からなくなってきた頃。ようやくすべての解析が終わった。

 

「これって……」

 

 そうして分かったことは、正直信じられないものだった。

 困惑と、微かな怒りがこみ上げる。

 

 どうして、矢上は……。

 

「明日、きちんと確かめよう」

 

 もしかしたら、これが間違いだってこともあるかもしれない。

 でも、間違いで無かったら……ああ、もう! やめだやめ。間違いであってもなくても、私に彼の意図を察することなんてできやしない。

 意図を聞くにしても、全部が終わってからだ。

 

 明かりを消し、布団を被る。そしていつも通り、小さくランサーへを挨拶を投げかけた。

 

「…………おやすみ」

 

 曖昧な意識の中、何とか拾えた小さな言葉。

 それは彼女のものであったらいいと、心の底から思った。

 

 


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