Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
目を開けると、そこは緑が生い茂る広大な大地だった。見渡す限り地平線が広がっていて、この草原がかなり広いことがわかる。
そんな場所を、クレアは影たちと共に歩いていた。
周りを歩く影たちの数は、前回の夢と変わらない。身体的に成長している部分も見当たらない。となると、前回の夢からそこまで時間は経っていないのかもしれないわね。
しばらく後をつけてみるが、特になにかが起こったりはしなかった。
ただ楽しげに会話を交わしながら草原を歩くだけ。早くなにか起こらないかしらと期待しても、都合よくなにかが起こることはなかった。
「ねぇねぇ、ちょっと休憩しない? 私、お腹すいちゃった」
ふいに、影の一つが休憩を求めた。周りも足を止め、その影を見つめる。それからお互いに顔を見合わせたあと、それもそうだ、と賛同の声をあげた。
「なら、あそこまで休もうか」
人型の影が示すのは、大きな川のほとり。距離も然程遠くなく、近くには水がある。休憩するにはうってつけの場所だ。
彼女たちもそう思ったのだろう。特になにも言わず、川のほとりに向かって歩いていく。
「クレア、頼むよ」
「うん」
川の近くまでやって来ると、クレアが一歩だけ前に出る。そして、腰のウエストポーチから何かを取り出した。
その手の中にあったのは、一番最初の大樹の前で手に入れた不思議な端末。あの時は真っ白だった端末は、なぜか薄い水色になっていた。それに、うまくは言えないけど、なにかが変わっているような……まあ、今はいいでしょう。
それより、あの端末で一体何をする気なのかしら。
「リロード」
たった一言。その言葉を口にしただけで、端末からなにかが飛び出した。
シンプルな柄のレジャーシートに、小さい透明なコップ。そして、中身の見えない大きめの箱。
一度に出てきた品々に思わず驚くが、きっと今のクレアも持っている端末と似たようなものなんだろうと結論付ける。
まあ、あれは一言での取り出しなんて出来ないのだけど。こうやって一言で全てが行えたら、探索とかも大分楽に……あら? もしかして、マイルームで端末に施していた改造って、まさか……。
「水は川のものでよさそう?」
「ああ、綺麗な川だ。ろ過する必要もないだろう」
……あの改造がどんなものかは、この夢が覚めてからでいいわね。
それにしても、いつのまに水質なんて調べたのかしら。あの影、ついさっきまでクレアの横にいたはずなのに。
そんな些細なことを疑問に思っていれば、いつのまにか昼食の準備は整っていた。コップには川の水が汲まれ、大きめの箱に入っていたらしい大量のサンドイッチが紙の上に並べられている。
いただきます、と彼女たちは声を揃えた。そして、各々好きなサンドイッチに手を伸ばす。
これは、食べ終わるまで時間がかかりそうね。
することもなく、唯一顔が見えるクレアを眺めてみた。
談笑に花を咲かせ、幼さが残る顔で明るい笑顔を浮かべる。それは、友達だという滝波白乃にも見せたことがないような、なんともだらしのない笑顔だった。
今より幼いからか。それとも、滝波白乃をあの影たちほど信用してないのか。
……ああ、どうしてこんな下らないことを考えているんだろう。私はただ、知ることができたらいいだけなのに。
「っ、ド■■ン」
「……うん、わかってるよ、リ■■ダモ■」
昼食も取り終わり、そろそろ先に進もうと片付けを始めた頃。突然、二つの影が警戒するように川の向こうを睨み付けた。
そんな二匹の様子に気づいたクレアも、倣うように川上を見つめる。
微かに、なにかが見える。ゆっくりとこちらに向かってくるそれは、とても大きな蛇のような影だった。
ゆらゆらと水に揺られる姿に気力はない。微動だにせず、それは流されてくる。
「大変だ。あのデジ■ン、怪我してる!」
「うそ!?」
その声をきっかけに、全員が走り出した。
大きく長い体を必死に陸に引き上げると、人型がすぐさま怪我をしている部分へと駆け寄った。
「ひどいな……」
「治せそう?」
「治すことはできる。だが……いや、今はとにかく治療だ。クレア、救急箱は■ジ■■■スに入っていたな?」
「うん! すぐに出すよ」
先程と変わらない一言で、今度は救急箱が飛び出した。クレアはその蓋を即座に開け、必要なものを取り出し始める。手持ち無沙汰となった残りの二匹は、周囲の警戒をしながら、時おり心配そうな目を蛇に向けていた。
そんな周りの様子を確かめながらも、人型はてきぱきと患部を確認していた。そして、その小さな手を幹部に近づけ、小さな声でなにかを呟く。
すると、突然手と患部の間に淡く暖かな光が現れた。
その淡い光を、私はどこかで見たことがある。
……そうだ。この光は、治療系の低級コードキャストに似ている。
じゃあ、これは。
「もしかして、魔術?」
コードキャストじゃないのはわかった。発する光は似ているが、同じものではない。
興味を引かれ、その光をじっと見てみる。よく見ると、引き裂かれていた皮膚が徐々に塞がっていた。しかし、範囲が広く、すべて塞がるには大幅な時間がかかるだろう。
しばらくじっと眺めてみるが、どんな理屈で傷が治っているのか、全くわからなかった。
わからないなら、これ以上見ていても意味がない。また、適当なところで待ってるとしましょう。
治療が終わったのは、太陽が沈んだ頃だった。傷は大体塞がったが、完治した訳ではないらしい。蛇が目を覚ます様子もなく、クレアたちはここで一夜を明かすことになった。
そして蛇が目覚めたのは、次の日の朝。彼女たちが朝食を取り終わった後。
今まで微動だにしなかった大きな体が、微かに動いた。
「! 起きたのっ?」
目ざとくそれに気づいたのはクレアだ。
相手を驚かせない程度の距離を保ちながら、蛇の顔を伺う。ゆっくりと、閉じられていた瞳が開いていく、気がした。
「こ、こは……?」
「■■■■■■周辺の大草原に流れる川のほとりさ。私は■ーサ■■ン。そして、こっちの人間が……」
「クレアです。この子たちは私のパートナー」
「僕はド■■ン」
「私はリ■■ダモ■! よろしくね!」
相も変わらず、クレア以外の名称は聞こえてこない。それは、蛇の方も変わらなかった。
「俺は■ード■モン。この川を上った先にある湖、の……!!!」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。蛇が突然飛び起きたからだ。
それは慌てたように川に戻ろうと踵を返す。しかし、まだ怪我が完全に治ったわけではなかったのだろう。振り返った瞬間、すぐにバランスを崩し、崩れ落ちてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「傷は塞げたが、完璧じゃないんだ! しばらくは安静にしていろ!」
「だめ、だ……! それじゃあ、間に合わない……!!」
様々な感情が混じったような声。無理矢理体を動かす大きな蛇を、小さなクレアが止められるはずがない。
そのまま蛇は川に戻ろうとして……竜に止められた。
「ギ■リュ■■ン……!」
「落ち着いて、何があったのか教えて。そうじゃないと、怪我してる君を行かせることなんてできない」
体の大きさは、明らかに蛇の方が大きかった。それでも怪我をしているせいか、竜を押しのけることはしなかい。というより、できないと言った方が正しいわね。
渋々と蛇は事情を説明した。
どうやら、蛇の故郷が何者かに襲撃を受けたらしい。この蛇は仲間に逃がされたが、怪我で意識を失い、ここまで流されてしまったようだ。
「クレア」
「……っ。止めても、行くんでしょ?」
「うん、ありがとう!」
私たちが行くよ、と竜は言った。
先程の名前を呼んだのは、許可を求めるためだったらしい。
よくわかったものだと感心すると共に、一瞬だけ顔にしかめたクレアの反応に、少し違和感を覚えた。
クレアはお人好しだ。無視すればいいのに、藤村大河の頼みをよく聞いている。いつか対戦相手になるだろう滝波白乃を友と呼び、ラニ=VIIIには協力する。
そして、一回戦では対戦相手だった小鳥遊飛鳥のことも、口には出さずとも心配していた。
だから、私はクレア・ヴィオレットをお人好しだと思っている。けれど、幼い彼女は助けにいくことに一瞬とはいえ難色を示した。今もあまり乗り気ではない。
その反応は、私の知るクレアと違っていて。なんとも言えない違和感を、私の中に刻み付けた。
助けにいくと決めたあとの行動は早かった。
クレアたちは蛇に湖までの道を聞くと、すぐさま湖に向かって歩きだす。
その傍らに、蛇の姿はない。
クレアの持つ不思議な端末に吸い込まれたからだ。
どうやら、あの端末には影をしまいこめる機能があるらしい。同意の上でないとできないみたいだけど。でも、あの大きな体が小さな端末に吸い込まれていったのは流石に驚いたわ。
しかも中から外は見えるし、声も出せる。うまく活用できれば、とても便利な機能ね。
とはいえ、こっちでは必要ないでしょう。あったとして、いったい何をしまいこむ……もしかして、立場的には私……?
ぜっっったいに嫌。もしこの機能をつけようとしたら、溶かしてでも阻止しましょう。ええ、それがいい。
少々起こり得そうな未来への対策を思い浮かべていると、一瞬だけ変な違和感を感じた。瞬間、クレアたちの足が止まる。周囲にはいつのまにやら木々が生えていて、彼女たちは木の影に隠れるように身を潜めた。
どうやら、いつのまにやら湖の近くまで来ていたらしい。夢ならではの移動方法というか、まるで瞬間移動ね。
ここは所詮は夢だからと、私は堂々と湖を見てみる。湖の前には大きな影が二つと、その半分程度の大きさの気持ち悪い影が一つ。その奥に今クレアの端末に入っている蛇と同じ形の影と、小さなペンギンみたいなやつがが何匹も集まっていた。
なるほど、皆殺しにしているわけではないみたいね。何匹か湖の上を揺蕩っているけど……データになっていないところを見ると、死んでいないのかも。
「……まずいな」
「どうしたの?」
「あの真ん中のやつが見えるか。あれは、完■体だ」
かん、なに?
「それって、確かみんなの一つ上の……」
「ああ。両端の二体だけならどうにかなっただろうが……完■体がいるとなると、どうするべきだ……?」
相変わらず不親切な夢。だけど、どうやらここにいる彼女たちが、あの気持ち悪いやつより劣っているのはわかった。
じっと、クレアたちを悩ませるやつを観察してみる。すると、確かにあれが残りの二体に向かって指示している様子が見てとれた。強さも、並みのサーヴァントよりは確実に強いだろう。
完璧な私なら取るに足らない相手。だけど、今の私なら……。ああ、嫌だ嫌だ。早く力を取り戻しましょう。
まだわからないのだから、二回戦なんかで負けていられないのだし。
まあ、それも目が覚めてからでいい。今は、仕方がないからこの夢を見てあげましょう。
さて、絶対に敵わない相手がいるなら、撤退するのが定石。情報を持ち帰って、どこかで救援でも呼べばいい。
あ、でもああなると撤退はしないわね。
「や、めっ……! やめて、殺さないで!!」
一匹でも殺されそうになってしまえば、そ見捨てて撤退なんて選択、彼女たちにはできないでしょうし。
「「やめろぉ!!!!」」
予想通り、とでもいうべきか。影が二つ、叫びながら飛び出した。
敵は予想外の襲来だったのか、手を振り上げた姿で固まっている。それはたった一瞬だっけど、二匹には十分な時間だ。
途中で姿を変えたドラゴンと竜は素早く距離を詰め、零距離で鉄球と槍を突きだした。
勢いをつけられた上に零距離での攻撃。大きな敵は面白いぐらい吹き飛んでいった。大きな木にぶつかり止まった影たちは、それからピクリとも動かない。
ずいぶんと弱い敵。まあ、強いと言われていた気持ち悪いのがまだ残っているのだけど……。
「二人とも、後ろ!」
速いな、と素直にそう思った。とはいえ、目で追えない速さではない。
敵を吹き飛ばした衝撃で浮かび上がった二匹の着地を狙い接近してきたそれは、触手のようななにかで二匹を殴り飛ばした。
これまた面白いほどに吹き飛ぶが、二匹ともうまく空中で体制を整える。けれど、遅い。敵は既に二匹の目の前に……あら?
「っ助かった!」
「ありがとう■ーサ■■ン!!」
背後を振り返る。そこには、杖をこちらに向けた人型がいた。
急に氷が落ちてきて邪魔をしたかと思えば、あれは魔術だったのね。
ふむ。ドラゴンと竜が前衛。人型が後方支援、ってところかしら。で、人間であるクレアは……。
「クレア! 君は彼らを■ジ■■■スに! せめて成■期以下の子を匿ってくれ!!」
「わ、わかった!」
非戦闘員。今と違って援護もできやしない。他の役目はあるとしても、戦闘に関してはただのお荷物、ってところかしら。
なら、クレアの方を眺めていてもつまらない。ならば、戦闘を眺めていた方がずっとましだ。
再び戦闘をしている彼らに目を向ける。
気持ち悪いのは消耗している様子はないが、竜とドラゴンの方は身体を上下に揺らし、大きく呼吸を繰り返していた。
敵との力の差がありすぎる。何度か攻撃を加えられているようだが、そこまでダメージになってないように見えた。
このままだと明らかに負けるだろう。何かのきっかけでもない限り、絶対に。
二匹もそれを察している様子だけど、逃げようとはしない。むしろ、鋭い瞳で敵を睨んでいる。
結局、そのまま戦闘は進んで行く。敵に確実なダメージも与えることができず、ついにドラゴンが膝をついてしまった。
「ドル■■ン!?」
龍がこちらに向かって空を飛ぶ。しかし、直前に離されてしまったせいで、到底間に合う距離ではない。人型の魔術も、明らかに間に合っていなかった。
まあ、どうせ死にはしないでしょう。
「サンダージャベリン!」
想定通り、敵の攻撃が届く前に何かが飛んできた。バチバチとうるさいそれは、まるで雷だ。
ドラゴンを害そうと伸ばされた触手に、その雷は直撃する。さらに、触手を伝って体にまでダメージを与えた。
雷撃が飛んできた方を見る。そこには、あの蛇よりもさらに大きな蛇の形をした影がいた。それの頭部についている鋭い刃には、小さな電気がちらついている。
「いけるな、■ード■モン」
「おう!」
それの傍らには、恐らく最初に出会っただろう蛇とクレアがいた。
おそらく、あれがここのリーダー。他のものと明らかに気配が違う。きっと、あの気持ち悪いのと同じのかんなんとか、というやつなんだろう。
味方が二匹の増えたことを期に、一気に戦況が変わった。
敵はたったの一匹。元より、数の利はクレアたちの方にある。それでも今まで苦戦していたのは、三匹の力であの一匹の力に及ばなかったからだ。そこに同格の影が味方になったことで、力の差は埋まったと言っていい。なら、あとは単純だ。ただ、数の多さが有利となる。
初めての共闘とは思えない程度の連携をしながら、着実に敵を追い詰めていく。
そして─────ようやく、彼女たちは勝利した。
こういうのを、辛勝というのかしら。戦ってないクレア以外はボロボロで、立ち上がっているだけでも辛そうだ。
それでも、彼女たちの雰囲気は明るい。あの敵に犠牲なくして勝てたからだろう。クレアもどこか安心したように体の力を抜き、影たちに近寄っていく。
そんな彼女を横目に、私は傷だらけの影を見上げた。
戦いには犠牲が付き物だということを、彼女はきっと、まだ知らなかったのだ。
大きな影が、ふらりと揺れる。
「え……」
地響きのような音が、嫌なほどその場に広がった。
誰も動かない。目の前の光景が認識できないのか、したくないのか。
そんな静寂を破ったのは、あの人型だった。
「クレア! 治療だ!」
「え、あ……?」
「クレアッ!!」
「は、はい!」
呆然と立ち尽くすクレアを呼び戻す。ようやく目の前の出来事を認識できたのか、彼女は慌てたように動き出した。
端末を取り出し、中から救急箱を出す。そしてその中身を見て、再び固まった。
「ど、どうしよう■ーサ■■ン!? もう治療薬の数が……っ!」
「っ、なら私が魔■を……!」
「……もう、いい」
混乱に包まれていく空気に、小さな声が響く。
その声は、倒れた影本体のものだった。
「メ■、■ード■モン……?」
「そんな、そんなこと言わないでくれよ!」
泣きそうな声で名前を呼ぶ。
蛇も必死に呼び掛けているが、リーダーと呼ばれたそれは、静かに首を降るだけだった。
「どうか、最期に……みんなに、会わせてくれないか」
「っ、ぁ……わ、かった……」
なにかを言おうとして、彼女はそれを言葉にしなかった。ただ、静かに端末から匿っていた影たちを呼び出す。
小さな影も、大きな影も、出てきた瞬間一斉に駆け出した。泣き混じりの震えた声で名前を呼び、死なないでと請う。
よほど慕われていたのだろう。けれど、その言葉は届かない。
データが、光のように輝く。
キラキラと、太陽に照らされながら空へ上っていくその光景は、皮肉にもとても綺麗なものだった。
「────ソーサリモン」
ふいに、知っている声が聞こえてきた。思わず後ろを振り返る。幼いクレアは、目を背けることなく影の死に際を見ていた。
悲しみの色を宿しながら、それでもまっすぐに。その顔を、私は知っている。
だから、そう。そのあとに紡がれる言葉を、私は容易に想像することができた。
「私に、魔■を教えて」
彼女は、私の知るクレア・ヴィオレットと同じ人間なのだから。