Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
遠くの方から、なんだか甲高い音が聞こえてきた。
軽快ながらも耳障りなそれに刺激されたのか、沈んでいた意識が浮かびあがる。
「ん、むぅ……」
朦朧とする意識のなか、重い瞼をうっすらと持ち上げる。瞬間、窓から差し込む光に目がやられた。
思わず呻き声をだし、同時に腕で目を隠す。
寝起きの目に太陽の光は眩しすぎる……。でも、お陰で少しだけ意識がはっきりした。
未だ鳴り響く不快な音を止めるために、端末に手を伸ばす。いつもの定位置にあるそれは、目で確認せずとも手の中に納まった。
いつも通り操作をすれば、アラームはすぐに止まる。そのまま端末を引き寄せ、時間を確認した。
端末が示す時間も、いつも起きる時間とそう変わらない。そりゃあそうだ、アラームの設定は弄ってないんだから。
二度寝したい気持ちを抑え込み、身体を起こす。ピントが合わずぼやけた目を擦ってしばらく、ようやく目の前がはっきりと見えてきた。
固く冷たい床に足をつけ、窓の外を見る。
外に広がるのは校庭だ。そしてその上を覆うのは、皮肉なほど清々しい、少し変わった青空。
決戦日当日。いつもとは違う、最期になるかもしれない朝。それでも、いつもと変わらない朝がやって来た。
*
朝食ついでにアイテムの補充を終わらせ、教会へと向かう。最後の改竄を施してもらうためだ。
「「あ」」
「白乃」
「クレア」
教会の扉を開ければ、バッタリ白乃と鉢合わせた。
改竄しに来た、いや、入り口に向かってきてたということは、もう終わったのかな?
「白乃も改竄を?」
「うん、丁度終わったところ」
やっぱり。
これから改竄をするわけじゃないのは、少し安心した。もし改竄の途中で鉢合わせたらと思うと、少し気まずい。
「……ねえ」
「ん?」
「この後さ、時間あるかな。もし校舎が一緒なら、その、ご飯でもどうかなぁ、って……」
そう誘ってくれる彼女の顔は、どこか不安げだ。
こんな状況で誘ったからなのか、申し訳なさそうに俯きながらもこちらを伺っている。
その姿はいつものまっすぐな姿とは真逆で、なんだか小動物のように見えてくる。
制服の色合いもあって、そう。まるでリスみたい。
かわいらしいなぁ、なんて考えながら、誘いを受けるか断るか頭を悩ませる。
用事は特にない。しかし今日は決戦日。この後はできたら作戦会議といきたいところだけど……。
「……クレア?」
せっかく頼ってくれているのに、断るわけにはいかないよね。
「そんなに時間はとれないけど、それでもいいのなら喜んで」
「あ、ありがとう!」
俯きがちだった顔は上がり、不安と申し訳なさで暗かった表情は笑顔で明るくなった。
うん。やっぱり、白乃は笑ってる方がいい。
「それじゃあ、先に食堂で待ってるね!」
「うん。終わったらすぐに向かうよ」
手を振り、元気になった背中を見送る。
これで校舎が別々だったら最悪だ。だけど、こればかりは私にはどうにもできない。どうか一緒でありますように、なんてお願いを心の中でしてみる。
扉が閉まるまで見届けて、ここにきた本来の目的を果たそうと振り返る。
瞬間、なぜかこっちをじっと見ていた青子さんの赤い瞳とかち合った。
いつもは近づくまでこちらを見ないのに、どうして今日はこんなにも見られてるんだ……。無言でじっと見られるのは少し怖い。
「仲いいのね」
「え、ええ。友達ですから」
「そう、友達……」
青子さんは小さくなにかを呟いて、それ以降は黙ってしまう。
さっきから一体何なのだろう。じっと見つめてきたかと思えば、今度は黙ってしまった。
首をかしげてみるも、こちらを見てないから反応はない。橙子さんに目線を向けても、彼女は何かの画面に釘付けでこちらを見ようともしない。いや、見ていたとしても助けてくれるかは微妙だが。
「いや、無関係な私が口に出すことじゃない、か」
あれ、これはもしかして、心配してくれた?
いやいやいや、流石にそれは自惚れている気がする。まあでも、何か言おうとしてくれたのは間違いない。だったら。
「覚悟はしてます。私も、白乃も」
「……そう、ならいいわ」
ちゃんとわかっている、と無事伝わったみたいだ。
先程まで無表情だった青子さんの顔には、いつも通りの笑みが浮かんでいた。その笑顔に安心して、ほっと息を吐き出す。
「待たせたわね。さっさと本題を終わらせましょう。で、ご要望はある?」
「はい。今日は……」
*
改竄も終わらせ、再び食堂へと戻ってきた。
お昼をするにはまだ早く、人の姿はあまり見かけない。お陰で、目当ての人物はすぐに見つかった。
「お待たせ、待った?」
「クレア! ううん、全然」
「よかった」
挨拶もそこそこに、白乃の隣の椅子に手をかける。ふと、彼女の前に何も置いてないことに気づいた。もしかして、ずっとただ座って待っていたんだろうか。
それなら、と一旦席から離れ、端に設置してある自販機に向かう。
えーと、白乃の好きな飲み物は確か……。
「ちょっ! 自分の分くらい自分で買うよ」
「あ、もう二つ買っちゃった」
「ええ……」
慌てたように止めに来たが、残念ながら遅い。二つのジュースを見せてみれば、どこか呆れたようにため息をつかれる。
でもジュースを差し出せば受け取ってくれたから、悪い意味のため息ではなかったのかも。
「ねえ、クレアはどうして、いつも奢ってくれるの?」
「え?」
席について、ジュースを一口。喉を潤して何を話そうか考えていたら、唐突にそんなことを言われた。
確かに今は奢った形になるけど、いつもって、そんなに頻繁だろうか。
「そんなに奢った覚えはないけど……」
「コーラにりんごジュース。クッキーとプレミアムロールケーキ、ジャムパンと……」
「わかったからちょっと待って」
全て覚えがある。全部白乃の好物で、一度は渡したことのあるものだ。それで、ようやく自覚した。
あ、私めっちゃ奢ってる、と。
しかし、どうしてと聞かれても意味はない。だから自覚もなかったし、覚えてもなかった。
「別に、深い意味はないよ。ただ、誰かの好きなものを見ると、その人のことが浮かんでくるから」
「つい買っちゃう?」
「うん。喜ぶかなぁ、って」
強いて言うなら、それが理由か。
友達が、白乃が喜んでくれたらそれでいい。今はともかく、学生生活を送っていたときはほしいものとかはなかったし。
それに、今はアリーナで稼げてる分あのときより懐は暖かい。ジュースの一本や二本、痛くもかゆくもないのだ。
「気持ちは嬉しいけど、やっぱり申し訳ないよ。だから、もうちょっと抑えてくれると助かるな」
「あ、うん」
とはいえ、そう言われてしまえば頷くしかない。
喜ぶといいな、と思って渡したもので困らせていたら、そんなのは本末転倒だ。
実際、奢ったものを列挙されると奢りすぎかな、とは思わなくなかったし。これからは過度にならないよう気を付けよう。
それから、お昼ご飯を食べ終わるまで食堂で話し続けた。
話の内容はなんてことのない日常の話。偽りでも楽しかった学校生活の話もしたりして、なんだかその頃に戻った気分ですごく楽しかった。
そんな楽しい時間はあっという間で、もう別れる時間になってしまった。
かといって食堂で別れるのも名残惜しくて、一緒にマイルームの入り口である教室にやってきた。
「あ、先にいいよ」
「もう、ありがとう」
いつもの癖で先を譲る。
こうやって私が先を譲るのもいつものことで、白乃はちょっと呆れた顔をしていた。けど、断ることはない。ここで断っても譲り合いになることは、きっと彼女もわかってるから。
白乃が端末を取り出し、扉に掲げる。小さな電子音が鳴った後、扉に手をかけた。
瞬間、ふいに教会で俯く白乃の姿を思い出して。
「白乃」
「ん?」
思わず、引き留めてしまった。
白乃は不思議そうに私を見てる。そんな彼女に何て言おうか迷い、そういえばまだ別れの挨拶をしていないことに気づいた。
「また、明日」
「っうん。明日は私が奢るから、ちゃんと欲しいもの考えといてよ!」
「わかった。ちゃんと、考えとくよ」
小さく手を振り、白乃を見送る。
マイルームへと入っていく白乃の顔は明るくて、声をかけてよかったと胸を撫でおろした。
私も端末を扉に掲げマイルームへと入る。
ベッドに腰を下ろし、先ほどの自分の言葉を思い出した。
「……また明日、か」
私は明日を迎えられるんだろうか。そんな不安が脳裏を掠めた。
慌ててそんな考えは振り払う。今はそんなことよりも、これからの戦いに備えなければ。
気持ちを切り替えて、今まで集めた情報を取り出す。これを一つずつまとめながら、改めて対策を練っていこう。
まずは、マスターについて。
彼の名前は
遠坂は聖杯戦争に参加していることから、戦争嫌いというのはただの噂だと思っていたみたいだが、接してみればすぐにわかる。あの人は、確かに戦いを厭っていた。
それでも戦争に参加したと言うことは、それほど叶えたい願いがあると言うこと。それは、小鳥遊と変わらない。
ここではない違う場所で出会っていたら、少なくとも命を奪い合う関係にはならなかっただろう。そう思えるくらい、彼はいい人だ。……好きになれるかは、わからないけど。
しかし、戦争嫌いというわりには、マスターとしての能力はかなりのものだ。
特にコードキャストについては、いくつ持っているのか想像もつかない。彼はプログラマーだし、いくつかは彼オリジナルのものもあるだろう。
ただ、やはり戦闘経験がないせいか、判断能力はないように感じる。
アリーナで彼と戦った最後の日に判明した、三つ目のコードキャストの使用。あれは間違いなく彼らの切り札だ。本人も、ここで出すつもりはなかったようだし。
そして、それをあの場面で出したのは間違いなく悪手だ。あの時点で、強制終了の時間はすでに迫っていた。セイバーに与えた損害も精々髪を切り落とした程度。体力の消耗はあっただろうが、それはこちらも同じ。
故に、あのときにあの切り札を切る必要はなかった。その判断をあの場でできなかったということは、言い方は悪いがその程度、ということでもある。
けれど、あの時は私も人のことを馬鹿にできないほどの失態を犯していた。
敵に背を向けるわ、感情を抑えられず遺物の回収を忘れるわ。振り返れば頭を抱えることしかできない失態だ。よく生き残れたな、と本気で思う。
そういう意味では、矢上の人のよさに感謝すべきなんだろうけど……。
「……やっぱり、解せない」
矢上にも願いがある。それは、彼が嫌っているはずの戦争に参加するほどの願い。
私や白乃のように、訳もわからず参加したわけではないだろう。慎二のように、ただのゲームだと思って参加したわけでもないはずだ。
なら、なぜ彼は手加減をするのだろう。どれだけ考えても、それだけがわからなかった。
いや、わからないことをいつまで考えても仕方がない。
とりあえず、矢上の情報はこれくらいか。他に思い出すことは……うん、大丈夫。
「注意すべきはコードキャストの多種類使用……うまく対応できればいいけど……」
対抗するために作ったプログラムは試運転もばっちりだ。しかし、矢上相手に使うのは今回が初めて。うまく活用できるかはいまだ分からない。
そして、セットする礼装を間違えれば、なんの意味のないプログラムとなってしまう。あの後、改良を施してセットできる数を二つにできたものの、ここは慎重にに決めなければならない。
現在所有している礼装は木刀、聖者のモノクル、木盾、強化体操服、癒しの香木の五つ。改めて見ると、やっぱり数が少ない。とはいえ、今はこの数の少なさに感謝だ。お陰で必要ない礼装が一つに絞れる。
まず、木刀と木盾は戦闘では非常に役立つ礼装だ。この二つは必ず入れたい。
となると、残りは二枠。しかし、残ったどれもが捨てがたい礼装だ。強化体操服は『
「うーん……」
「なにを唸っているの」
「あ、ランサー」
今まで沈黙していたランサーが、突然話しかけてきた。なんだか変な顔をしているが、そんなに唸る私は変だったのか……。
まあいい。出てきてくれたんだ、ランサーに意見を乞おう。
セットする礼装を悩んでいると言えば、彼女は目の前に写し出された礼装一覧へと目を移す。
上から下まで一巡。たったそれだけで判断したのか、すぐに一つの礼装を選んでしまった。
「いらないのはこれね」
「でも、それがないと魔力量が足りなくなると思うんだけど」
「……まさか、自覚してないの?」
「え?」
ありえない、というようにランサーは私を見た。しかし、一体なんのことを言っているのか見当もつかない私は、きょとんとするだけ。
はぁ、と大きなため息が彼女の口からこぼれた。
「貴女の魔力量、最初の頃より大分増えてるわよ」
「うそ!?」
「そんなくだらないこと、私がすると思ってるの?」
いやっ、それは全く思わないけど!
でも、魔力量が増えるなんて、そんなことがあるの?
「位階が上がるということは、その分成長するということ。だから、魔力量が上がることもここでは珍しくないわ。まあ、貴女の場合別の要因もあるみたいだけど」
「……もしかして、記憶のこと?」
「ええ。記憶を取り戻すにつれ、貴女の魔力は大幅に上がっている。元々、かなりの魔力を保有していたのでしょう。それがどういうわけだか、今はちっぽけなものになっているけど」
今の私よりも、多くの魔力を……。
記憶がないのはどうしようもないとはいえ、過去の幼い自分が今の私よりも強かったというのは、正直とてもショックだった。いや、ショックというよりは悔しい、だろうか。
「まあ、そういうことよ。今の貴女なら、少なくとも枯渇するようなことはないわ」
「なるほど」
ランサーがそう言うなら、それを信じよう。
聖者のモノクルと癒しの香木をセットし、ちゃんと交換が行えるか確認する。……問題はなし、と。
「ありがとう、ランサー。助かった」
「こんなのに時間をかけるなんて無駄なこと、したくなかったからよ」
彼女らしい答えだ、なんて思いながら次の情報を映し出す。
サーヴァント、セイバーについてだ。
真名はブリタニアの勝利の女王、ブーディカ。
幸せな日常を送っていたが、それは夫の死と共に終わりを迎える。ローマ帝国に全てを奪われた彼女は復讐を誓った。結局、その復讐は志半ばで終えることになる。けれど、復讐を諦めたわけでないのは、あの日見た姿から簡単に察せられた。
そんな彼女が使う武器は片手剣。左腕に装備した盾で攻撃をいなし、剣で素早く切りつける。
セイバーというだけあって、彼女の剣は速くて鋭い。けど、それ以上に厄介なのはあの盾裁きだ。エネミーの攻撃も、ランサーからの攻撃も、ほとんど盾で防ぎきっていた。
あの盾を何とかしない限り、なかなか攻撃を当てることなんてできないだろう。
うーん、どうすべきか。
「定石なのは、頭部や足元への攻撃ね。でも、それだけじゃ足りないわ」
「だよねぇ」
ランサーの言うとおり、防ぎにくい場所への攻撃なんて相手も慣れているだろう。
効果がないわけではないだろうが、それだけで倒せる相手ではない。
「まあ、盾に関しては私に任せない。貴女の出る幕はないわ」
「……君が、そう言うなら」
ランサーは、戦闘に関して嘘はつかない。だから、彼女がないと言うなら、本当に出る幕はないのだろう。
不満がないわけではないが、それはどうしようもできない自分に対するものだ。ここでそれを表に出したって、どうしようもない。
なので、さっさと次のまとめへと移る。
残るは戦闘能力についてだ。これに関しては、ほぼ同じと見ていいだろう。勝っている部分もあれば、負けている部分もある。
問題は、向こうにはその差を埋める術があるということ。あのとき使っていたのは、筋力強化と敏捷強化の二つだったか。きっと、他にも防御や幸運といったステータスをあげるコードキャストもあるはずだ。
とはいえ、これも対策という対策はとれない。唯一できることが、発動する前に止めることだからだ。
発動させてしまえば最後。どこまでの強化がされるか分からないが、押し負けたのを考えると、それなりの差がついてしまう。
でもこれ、効果はどれくらい続くんだろうか。永続だったら最悪だな。
「というわけで、身体強化系の効果継続時間ってどれくらいかわかる?」
「……ものによって違うけど、最長で十分程度かしら」
結構長いな。
やっぱり、できるだけ発動させないよう行動しよう。
……さて、まとめる情報はこれくらいかな。
矢上のこと、彼が使うコードキャストについて。そして、セイバーの戦い方に戦闘能力。まとめ残しはない。
一息ついて、座っていたベッドに倒れこむ。それから、投影した画面を自分の前に持ってきた。
こうして見ると、かなりの情報量だ。約一週間で手に入ったとは到底思えない。
でも、私たちは実際にこれだけの情報を手に入れた。勝つために、生き残るために。
あとは、これを戦闘で役立てるだけ。それができるかどうかは、私たち自身の力量にかかっている。
勝たなくてはならない。
明日、白乃との約束を守るために。また、記憶を取り戻すために。
それは矢上の願いを踏みにじることだと、ちゃんと理解したうえで。私は、彼を殺しに行こう。
なぜだか、ながくなったよ……。
アリーナまで行くつもりだったんだ……なのにいかなかったんだ……。
でも友達と仲良くするのは大事だもんね! 仕方ないね!(開き直り)