Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
静かだったマイルームに、端末の着信音が鳴り響く。確認してみれば、運営からのメールが一通届いていた。
そのメールを開き、中を見る。内容は想像通りというべきか、決戦十分前を知らせるものだった。他に書いてあることはなにもない、簡潔なメール。
……あと、たったの十分。
十分経てば、今度こそ本気の殺し合いが始まってしまう。どちらかが死ぬまで終わらない、殺し合いが。
「っ……!」
それを自覚した瞬間、体が強張るのが手に取るようにわかった。
気づかないふりをしていた恐怖が、波のように襲いかかる。かすかに震える体を抱きしめ、落ち着こうと深呼吸を繰り返した。
「大丈夫……大丈夫……」
自分に言い聞かせるように小さく呟く。でも、それだけじゃ震えは止まらない。
どうしてこんなにも怖いんだろう。一回戦のときは、ここまで怖くはなかったはずなのに。
むしろ、一回戦を経験して、どこかで戦っていた記憶を取り戻した。そんな今の自分の方が、恐怖は感じないだろうに。
恐怖から逃れるために目を閉じる。すると、なぜか目蓋に小鳥遊の最期が思い浮かんだ。
彼女はノイズに身体を侵され、苦痛の表情を浮かべてる。そして最期には、何も残せずに、消えて……。
「っ違う」
何も残らなかったわけじゃない。想いも、呪いも、この恐怖だって。あの人は確かに、色々なものを残していった。
だから、何も残らなかったなんて、私だけは思っちゃいけない。
そして、それを知っているのは私たちだけなんだ。
私が負ければ、あの彼女の覚えている人はいなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
だから、負けちゃいけない。負けたくない。私は、私はまだ────
「───クレア」
「ぁ……ランサー?」
名前を、呼ばれる。
目の前には、いつの間にかランサーが立っていた。
彼女の青い瞳が、私を貫く。吸い込まれて、そのまま溺れてしまいそうなほど深い青色。
その色が、まさに思考の海に沈んでいた私を引き上げてくれた。
「何を立ち止まっているの」
冷たい言葉に息が詰まる。
なにか言わなければと口を開くも、何も言葉が出てこない。
そんな自分に焦って、考えが纏まらなくなったとき、ふと、先日彼女に言われた言葉を思い出した。
あの日、私が記憶を夢見た日。ランサーは小鳥遊のことを忘れたらいいと言った。
覚えていても意味はないと。足枷になるくらいなら、忘れてしまえと。
それは間違いなく甘い誘惑だった。実際、彼女の言葉は間違ってないと今でも思う。
でも、だからこそ。私は背負わなければならないと、あの時そう感じたんだ。
生きるためとはいえ、人を殺したという事実を。
記憶を取り戻すために、誰かの願いを潰したという事実を。
彼女が、小鳥遊飛鳥が遺した想いを。
全部背負えるくらい強くなると、そう決めたのに。この体たらくはなんだ。
結局、遺したものは何一つ背負えてなくて。ランサーの言う通り、ただの足枷にしてしまった。
「……ごめん。もう、大丈夫」
ああ。本当に、ランサーは間違ったことは言わない。
でも、でもねランサー。もう、ただのわがままにしかなっていなくても。私はやっぱり、忘れたくないんだよ。
「行こう」
もう絶対、足枷になんてしないから。
マイルームを出て、エレベーターのある昇降口に向かう。その道中は不気味なほど静かで、誰とも会わなかった。
私たちが最後なのか、もしくはまた空間が隔離されているのか。わからないが、背筋が凍るようなうすら寒さを感じてしまう。
だからか、言峰の姿を見て少しだけほっとしてしまった。決して明るい雰囲気ではないが、人がいるという事実に安心したのだ。
「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えてきたかね?」
不敵な笑みを浮かべ、言峰は前回と変わらない言葉を紡ぐ。
一句一文字同じ言葉を話すその姿は、今この場所の雰囲気に相まって、少々不気味に感じた。
そんな私の想いなんて知るわけもない彼は、ただ黙々を言葉を繋ぐ。
「決戦の扉は今、開かれた」
その言葉を合図に、端末から二つのトリガーが飛び出す。
トリガーに反応して扉が開く。その先の見えない闇に、足が竦んだ。
怖い。恐ろしい。でも、進まなきゃ。
胸元のペンダントを強く握りしめ、小さく息をつく。そして、目の前の闇に向かって一歩を踏み出した。
私たちを乗せたエレベーターは、下層へ向かって動き出す。
暗闇の中、下へ降りていく感覚だけが感じられた。
そして、その暗闇に目が慣れてきた頃。目の前に人影が現れる。
そこにいるのは、今回の対戦相手とそのサーヴァント。矢上とセイバーが、こちらを見ながら立っていた。
久しぶりに見たセイバーの姿に、思わずぎょっとした。
腰まであったはず長髪が、想像以上に短くなっていたからだ。結んでいるからよくわからないが、肩まであるかどうかすら怪しい。
戦いだから仕方がない。とはいえ、罪悪感がないわけでもなく。
ちょっと見てられなくて、セイバーから顔を逸らす。
すると、なぜだか矢上と目が合った。
メガネレンズの向こうの茶色の瞳。白乃と似てるようで、よく見ると全く似ていない。
思わずじっと見つめていると、ふいに彼が目を細めた。
「っ!」
────また、この目だ。
見ていたくなくて、顔ごと俯かせる。
沸き上がってくる苛立ちには無理矢理蓋をする。今、この感情に支配されるのはまずい。
落ち着け、考えるな。目を逸らせば、あれは見ずにすむ。
「もう一度、聞いてもいいかい」
「……何を?」
唐突に、矢上が話しかけてきた。
無視することはできたけど、それをしてしまえばこれ以降会話をすることなんてできないだろう。
私にも聞きたいことはある以上に、それはいただけない。
故に顔をあげ、問いかけを返す。
再び見た茶色の瞳に、あの嫌な感情はない。
「君には覚悟が……人を殺す覚悟が、ある?」
それは、確かに初日に聞かれた質問だった。
でも、あの時とは違い、はっきりと人を殺す覚悟があるかと聞かれる。
前も同じように聞けばよかったのにと考え、どうせ答えられなかったか、とあの時の自分を思い返した。
あの時はまだ、負ければ死ぬということを理解はしていても、受け入れられていなかった。
でも、今は違う。さらに戦いを経験して、戦っていた過去の記憶を取り戻した。
生きたい理由も、生きなきゃいけない理由も増えた。
だから。
「あるよ」
覚悟ならもうできてる。
例え相手に恨まれたとしても。例え、───例え、あの子たちに失望されてしまったとしても。
これが、私の選んだ道だ。
「そうか……君は、強いね」
そう呟く矢上の顔は、俯いていてよく見えない。
ただ先程の呟きと今の姿から微かに感じられるものに、思わず眉を潜める。
「貴方は、叶えたい願いがあってここにきたんじゃないの?」
迷っているようだと、そう感じたのだ。
ここまできて、彼の心はこの場所ではないどこかに向いている。本来なら、それに私がどうこう言う権利はない。
でも、なぜだろう。自分でもわからないけど、私はそんな矢上に酷く腹を立てていた。
「俺は……」
矢上が何かを口にしようとした瞬間、大きな音と激しい振動がエレベーター全体に走る。
エレベーターが示す階数は、0。どうやら闘技場についてしまったらしい。なんてタイミングの悪い。
あのまま喋らせれば、聞きたいことが聞けたかもしれないのに。
思わず舌打ちしそうになった時、矢上たちの方からパチンッ、と肌を叩く音が鳴り響いた。
あまりに突然の音に肩を震わせる。
「ほらマスター! そんな辛気臭い顔はしない」
「せ、セイバー?」
「大丈夫。あなたには私がついてるよ」
どうやら、セイバーが矢上の頬を両手で挟んだときに鳴った音だったようだ。
セイバーに励まされた彼は、先程とは全く違う表情を見せる。まだ戸惑いはあるように思えたけど、それでもしっかりと前を見つめていた。
「話は全部終わってからにしよう」
その言葉を最後に、矢上は闘技場へと歩いて行ってしまう。
結局、何も聞くことはできなかった。
矢上は先に行ってしまったし、向こうで問いかけたとしても、答えてはくれないだろう。全部終わってからだと、本人も言っていた。
なら、一旦この事は頭の隅に追いやっておかなければ。集中すべきは、今から起きる戦いのみ。
前を見据える。闘技場に続く道の先は真っ暗で何も見えない。
でも、大丈夫だ。怖いけれど、怯えることはもうない。
しっかりと大地を踏みしめて前に進む。
暗闇に入ってから間もないうちに、微かな違和感を感じる。瞬間、私たちは闘技場の中央に立っていた。
周囲を囲むのはボロボロな建物。一回戦のときは和風のものが多かったが、今回は洋風な建物が散在している。所々には矢が刺さっており、旗のようなものも見えた。
そして、目の前には
「行けるね、マスター」
「ああ、勿論さ。俺はちゃんと、戦えるよ」
再び、矢上と目が合った。
その瞳は
……そうだ、それでいい。
ここにいるのは私だ。他の誰でもない、クレア・ヴィオレットなんだ。
「全く。ほんと、余計なことしてくれたわね」
そして、矢上のその様子を見てか、今まで沈黙を保っていたランサーが突然話し出した。
「今回は簡単に勝てると思っていたのに」
馬鹿にするように、煽るようにランサーは嗤う。
それに反応するのはセイバーだ。自身のマスターに向けていた優しい眼差しとは一転。鋭く、どこか怒ったようにこちらを睨む。
「それ、バカにしてる?」
「あら、わからなかったの?」
凄い視線を向けられているというのに、ランサーの表情は一体変わらない。
むしろ、どこか楽しそうに言葉を紡いでいく。
「マスターはよそ見ばかり。サーヴァントも別事で平常心を削いでいたし……これで負けると思う方が無理じゃない?」
あ、今一瞬こっち見た。貴女もよ、って言っているかのようだ。
しかし何も否定できない。今回、私は間違いなく戦いに集中できていなかった。
ごめんと、小さく呟く。また後で、ちゃんと謝ろう。
「お前っ!」
「セイバー!」
「っ……分かってるよマスター。冷静に、でしょう」
今にも飛び出しそうなセイバーに待ったをかけたのは、矢上だった。たった一言。それだけで、セイバーの動きは止まる。
勢いのまま飛び出してくれたら、多少は有利に動けただろうに。
しかし、挑発に乗らなかったのならしょうがない。
ランサーもそう思ったのだろう。一切表情を変えることなく、いつでも動けるよう軽く身構える。向かいにいる矢上たちも、同じようにしてるのが見えた。
殺意と緊張に包まれ、闘技場に沈黙が流れる。
そんな空間を壊したのは、果たしてどちらだっただろう。どこからか地面を踏みしめるような音がしたかと思えば、ランサーの背中はもう遠くなっていた。
ランサーの踵とセイバーの剣が甲高い音を立てながらせめぎ合う。
お互いに一歩も譲らない戦況は、一回戦のときを思い出させた。
あの時は薙刀と刀という二種類の武器に翻弄されていた分、剣一本のセイバーの方が戦いやすくはある。だけど、それはあくまで今だけの話。
矢上に身体能力を強化されてしまえば、その時点でこちらは競り負けるだろう。
「っぅ、しつこいな……!」
「それはお互い様でしょう!」
だから私は、徹底的に矢上の妨害を続ける。
『
彼も出し惜しみをするつもりはないらしく、最初からあの本を片手にいくつものコードキャスを駆使してきた。
しかし、『
そのお陰で、今のところはなんとか対処できている。でも、これがいつまで続くのかはわからない。
それに、私も矢上にかかりっきりで、セイバーへ妨害ができていない。一応戦況は把握できているが、その程度だ。
その戦況も、初めから何も動いてない。
一度退いて、態勢を立て直す? いや、それをしてしまうと、相手にも強化をかける時間を与えることになる。正直、あまり得策とは言えない。
なら他の方法を考えろ。矢上とセイバーを同時に妨害する方法を考えるんだ。
戦うランサーのサポートをする。それが、本来の私の役目なんだから。
妨害するなら、『
というより、『
彼は今、少なくとも強化系のコードキャストを使うのを控えている。諦めたわけではないだろうが、確実に意識を割かれてしまう『
お陰で、私が防御に必死で攻撃に転じる暇が…………いや、違う。
無理に攻撃をする必要なんてない。私はただ、セイバーの動きに隙を作ればいい。私が敵を攻撃する必要なんて、どこにもない。妨害と攻撃はイコールではないんだ。
なら、なら!
チャンスは一瞬。成功するとは限らない。
それでも、それが勝利に近づく可能性になるなら、試さない理由はない。
そのチャンスを悟られないよう、そして妨害を途切れなせないよう、ひたすらにコードキャストを紡ぐ。
矢上から放たれる大量の『
その瞬間が、やって来た。
「
もう何度目かわからない防壁のコードキャストを発動する。矢上の『
「えっ……!?」
小さく張られた壁に、セイバーの足が引っかかる。
バランスを崩し、その身体は前のめりに倒れ込んだ。
「今だっ!!」
「はぁっ!」
思わず言葉が口衝くと同時に、セイバーの体にランサーの膝が突き刺さった。
遅くなりましたが、投稿できましたー!
今回は戦闘の途中まで!
続きはこの勢いのまま書きたいけど、イラストも描きたい……。
と、とにかく次回! 二回戦がやっと終わります、多分!