Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
タイミングはバッチリだった。
躓き体制を崩したセイバーは隙だらけで、ランサーが攻撃に移ったのも決して遅くはない。彼女の鋭い棘はセイバーの心臓へと突き刺さる、はずだった。
「こ、んのぉぉぉ!!!」
───不自然な爆風が、ランサーたちの間で巻き上がらなければ。
「セイバー!」
「ランサー!」
爆風によって巻き上げられた砂埃が、ランサーたちの姿を覆い隠す。
声を張り上げて呼び掛けるも返答はない。もしかして、と最悪の想像が脳裏をよぎった。
慌ててパスを確認する。ランサーとの繋がりは、まだ消えていない。
その事実に安心するも、すぐに意識を切り替える。
生きていることがわかっても、未だ彼女の姿を目視することは叶わない。攻撃は届いたのか、それとも反撃されているのか。それを把握しないことには、これからの行動は考えられない。
「リプレ……」
端末に魔力を流してキーワードを口にする、直前。砂埃に大きな影が一つ、映し出された。
咄嗟に魔力の流れを礼装へと変える。いつでも『
徐々に鮮明になってくる影の形は、今までずっと見てきたものだったから。
影はどんどん大きくなり、そのまま砂埃から飛び出してきた。
長い黒衣をはためかせ、ランサーは舞うようにして私の元に降り立った。
「ちっ、しくったわね」
戻ってきて早々、彼女は忌々しそうに砂埃を睨んでいる。正確には、その向こうにいるであろうセイバーを。
やはり、あの一撃で勝負を決することはできなかったのだ。
それはいい。問題は、どうやってあの攻撃を避けたのか。
間近で見ていたランサーならわかるはずだ。対策をたてるためにも、まずは情報共有を……っ!
「クレア!」
「大丈夫! 見えるし、避けられる!!」
突然、多くの光弾が襲いかかってきた。咄嗟に『
あの様子じゃあ、アーチャーの時のような対策も意味はないだろう。幸いなのは、目で追える速度のお陰で避けられるということくらい。
そしてその出所は、もちろん決まっている。
砂埃が晴れる。向かい合うように立つセイバーの周りには、先程襲ってきた光弾が生成されていた。
「貫く直前、あの魔力の塊を地面に叩きつけられたのよ」
「なるほど。その勢いで、ってことか」
「ええ」
とはいえ、さすがに何もせずに離れたわけではないようだ。
セイバーの左腕には、大きな切り傷が付いていた。避けられたとき、咄嗟に切りつけたか何かしたのだろう。決して軽い傷ではない。
だが、重傷というほどでもなかった。まだあの腕は十分に動く。
「まあ、上出来かしら……」
「え?」
だと言うのに、ランサーはあの切り傷を上出来と称した。
その意味を問おうとした瞬間、ランサーは身を屈め私に向かって言葉を放つ。
「クレア、貴女は今まで通りマスターの妨害でもしてなさい」
「……わかってる。今の私にできることなんて、それぐらいしかないし」
「あら、よく分かっているじゃない」
軽口を叩いて、自分の中で余裕を作る。
疑問は、置いておいていいだろう。私の力が必要ならば、ランサーはきちんと言ってくれる、はずだ。
でも、彼女はマスターの妨害をしろと言った。なら、それが私がやるべきこと。
私の役割を、間違ってはいけない。
「……それじゃあ、よろしくねマスター!」
「っわかった。行くぞ、セイバー!」
向こうの会話も終わったらしい。
こうして、戦闘は再開する。
セイバーとランサーが飛び出すと同時に、矢上の持つ本に魔力が集まり始めた。
すぐさま『
そのままこちらに向かってくる弾を避けている間に、術式は完成してしまった。
「
紡がれたコードは筋力と耐久の強化の二つ。前回と違う術式を選んだのには、何か理由があるはず。
それがわかれば、彼らの作戦を先読みすることも可能なのだけど……流石に、考察する材料が少なすぎる。
なら、それを考えるのは後だ。
思考を切り替え、セイバーへ『
もちろん、単調な攻撃が当たるとは思ってない。ただ、少しでも気が引ければいい。
セイバーは最小限の動きで弾丸を避ける。
その際に発生した僅かなラグすら見逃さず、ランサーは迅速に迫った。
放たれる光弾を華麗に避けながら、左側から連撃を放つ。
しかし、そのほとんどは盾に防がれてしまっている。
盾にすら傷がつきにくいのは、耐久強化をうけた影響だろうか。
「……あれ」
セイバーの動きに、微かな違和感を感じた。先程までと比べると、どこかぎこちなく見える。
よくよく観察してみると、時折、左腕の動きが麻痺したように止まることに気がついた。それは見間違いだと思えるほど一瞬で、防御に影響があるようには見えない。
けれど、確かにセイバーの動きは鈍っている。
そして、それは攻撃をしているランサーが一番察していた。
動きの鈍い左を中心に攻撃を仕掛け続ける。反撃や光弾によって傷つくこともあったが、セイバーへ攻撃が届き始めていた。
そして、私の方も戦況を伺える程度には余裕が出てきた。もちろん油断しているわけじゃない。しかし、矢上は『
この状況で手加減しているというわけではないだろう。なら、考えられるのはただの経験不足。
元々戦争嫌いの矢上は、使い慣れているコードキャストはきっとこれくらいなんだ。
徐々に勝機が見えてくる。現状、有利なのは明らかにこちらだ。
そして、それは向こうも理解しているはず。このままこの状況が続くとは、到底考えられなかった。
警戒は怠らず、今はひたすら現状を維持させる。
それが起こったのは、そんなときだった。
「な、に……っ!?」
「セイバー!?」
「……なんだ、あれ」
「ふふっ、ようやくね」
セイバーの持っていた盾が、溶けた。
まるで泥のように、今まで数々の攻撃を受けていたとは思えないほど簡単に。
その現象に目を見開く。矢上もセイバーも、私も。何が起こったのかわかっていない。
唯一笑うランサーだけが、目の前の出来事を把握していた。
「一体、何をした……!」
「あら、怖い怖い。そう簡単に教えるわけない、と言いたいところだけど……いいわ、気分がいいし教えてあげる」
言葉通り、本当に気分がいいのだろう。声色も口元も、全てが楽しそうだ。
「この世界は全てデータで構成されているわ。それは、私たちでさえも変わらない」
それはここの常識。
普段は意識していないが、ここにいる私たちはアバターだ。地上の姿とは違う姿をしているマスターだっているだろう。
しかし、なぜ今そんな当たり前のことを口にするのか。
そんな疑問は、次に発せられた言葉によって解消される。
「なら、それに干渉できさえすれば、やりたい放題でしょう?」
それは、つまり……。
「まさか、ハッキングしたのか!?」
「そう思ってくれて構わないわ。まあ、想像以上に時間はかかってしまったけど」
矢上も同じ発想に至ったらしい。ランサーも、矢上の言葉に頷いた。
それがどれほど難しいことなのか、彼はこの場で一番理解しているのだろう。呆然と、あり得ないものを見るような目でランサーを見つめた。
彼女がさっき言っていた上出来というのは、このことだったんだ。
そして昨日言っていた盾の対策というのも。確かに、これで邪魔な盾を意識することはない。
あとは、上手くセイバーに攻撃を与えることができたら……!
「さあ、舞台はまだ続いているわよっ!」
「くっ……!」
ランサーが一方的な蹂躙が、始まった。
盾をなくしたセイバーに、それを捌く術は剣のみ。それに、先ほどよりも明らかに彼女の動きが鈍っていた。恐らく、盾を溶かしたのと同じものが体を侵しているのだろう。
その起点となっていると思われる左腕は、もうほとんど動いてなかった。
ここまでくれば、あとは時間の問題だ。
盾がなくなったせいもあり、セイバーは防戦一方。反撃の数も見るからに減っている。
もう、私たちが負ける可能性は限りなくないと言ってもいいだろう。
なのに、なにかがひっかかる。このままではいけないと、頭のどこかが警告を鳴らす。
……そう。私たちは有利で、矢上たちは不利だ。それなのに、矢上はコードキャストを変えることはしない。
使い慣れていないから? 例えそうだとしても、この状況を変えるためには、賭けでもなんでもやるべきだ。それなのに、彼は今まで通り、『
どうして彼は賭けに出ない?
機会を伺っているのか。なんの? 考えても考えても、答えは出てこない。ただ、ひしひしと嫌な予感だけが感じ取れる。
こういう直感を、無視することはできない。
(ランサー、一旦様子を見よう。なんだか嫌な予感が……ランサー?)
反応はない。パスが繋がってないのかと疑うが、そんなことはない。
魔力パスはしっかりと繋がっている。だから、念話は問題なく伝わっている筈だ。
大きくなっていく嫌な予感に、冷や汗が背筋を伝う。
「ランサー!」
「ふふっ、あははははは!」
名前を呼ぶ。けれど、彼女は笑うだけで、反応の一つも返してはくれなかった。
その様子に恐怖を覚えると同時に、一回戦での出来事を思い出した。
アリーナであった、蜂型のエネミーとの初戦。あのとき、彼女は動けない敵を弄ぶように攻撃していた。そのときも、私の動きに一切気づいていなかった。
あのとき想像した最悪の状況が、まさに今、目の前で繰り広げられている。
「ランサーッ!!!」
叫ぶように、もう一度名前を呼ぶ。だけど彼女は止まらない。
私の声は、ランサーには届かない。
「っ……!」
それが嫌で、でもどうすることもできなくて。
湧き上がる衝動に駆られるまま、無我夢中で走り出した。
私は、なにをしているのだろう。今のランサーに近づいても、声の届かなかった私に止められるとは思えない。
最悪、彼女がこちらに攻撃してくる可能性だってあるというのに。
愚かで、無意味だとわかっているのに。見ているだけは、嫌だった。
「───
「っきゃあ!?」
唱えられたコードに、誘導されたことにようやく気づいた。
いつ仕掛けたのかはわからない。けれどきっと、最初からこれが目的だったのだ。
警戒していた筈なのに、いつの間にか意識の外に追いやってしまっていた。
「かかった……! セイバー!!」
「ああっ!」
痺れて動けない彼女に、銀色の刃が振り下される。
あと、少し。あと少しなのに、もう間に合わ─────
─────────大丈夫。君なら、間に合うさ。
「────ッ!!!」
そのまま強く地を蹴り、ランサーとセイバーの間に体を滑り込ませた。
「な、に……!?」
気づけば手に持っていた木刀を、振り下ろされる刃に滑らせる。
バキッ、と、木刀にヒビが入る音がした。だから魔力を流す。木刀本体の強化と、中の
「
いくら英霊とはいえ、ほぼゼロ距離の弾丸を避けることはできない。
目的にぶつかり弾ける弾丸をしっかりと目で捉えながら、次の行動に移る。今は、一瞬一秒も無駄にするわけにはいかない。
「リプレイス!」
それは、今日のために構築したプログラム。礼装を手間なく付け替えるための
変更するのは、木盾と癒しの香木。麻痺を治す、まさに今必要なコードキャストだ。
「
駄目押しとばかりに『
瞬間、黒い影が私がいた場所に躍り出る。
それを横目に確認しながら、私は手に持つ木刀を投げつけた。
「
────矢上が同じコードキャストを持ってないなんて、そんなこと思うわけない。
セイバーに目を向ける。コードキャストの発動は無事に阻止できたようだ。先程と同じ姿勢のまま、彼女の動きは止まっている。
「貫け、ランサーッ!」
もう逃げ場はない。
ランサーの鋭い棘は、今度こそセイバーの心臓を貫いた。
*
ゆっくり、胸元に刺さった棘が引き抜かれる。
支えるものがなくなったセイバーの体は倒れ伏せ、そのまま動かない。立ち上がる気配も、ない。
静かにその場を離れると、まるで待っていたかのように赤い壁が出現した。
勝者と敗者を隔てる死の壁。これが出現した時点で、もう勝敗は揺るがない。
私は、今回も無事に生き残ることができたのだ。
その事実に安心すると同時に、改めて覚悟を決める。
私たちは勝って生き残った。なら、敗者である彼らの結末は、死だけだ。
終わりを見届けるため、壁の向こうに目を向ける。二人の体は、既に黒いノイズに侵され始めていた。
矢上に、聞きたいことがあった。
一日目、どうして手加減をしたのか。それを聞いてみたかった。
でも、全てが終わってしまった今、その質問は無意味だ。
だから静かに見届ける。
矢上大志という、人間の最期を。
彼は倒れているセイバーに近づくと、膝をついてその手を取った。
その表情は、こちらからは伺えない。
「セイバー、すまない……結局、俺は……っ」
「謝ること、ない……マスターは、ちゃんと戦ってくれた。むしろ、謝るのはあたしの方だよ……」
体を動かす力なんてもう残っていないだろうに。セイバーは力なく笑って、矢上の頬に手を伸ばす。
「ごめんね、マスター。あなたに、勝利を届けられなくて……」
「っそれこそ、謝る必要なんてない。君は俺に色んなことを教え、与えてくれた。もう、十分だ」
「……ふふ。慰め方が、下手だねぇ……でも、マスターらしいよ……」
本当に、もう限界だったのだ。彼らの仲は、外から見ても悪いものではなかった。
だからきっと、話したいことは沢山あっただろうに。
たった数回言葉を交わしただけで、碧色の瞳は閉じられてしまった。もう、その瞼が開くことはない。
けれど、矢上は何も言わない。ただ静かに、セイバーの顔を見つめている。
その間も、ノイズはどんどん矢上たちを蝕んだ。残された時間は、あと数分もないだろう。
「俺に、何か聞きたいことがあったんだろう?」
ふいに、彼はそんな話を切り出した。
まるで世間話をするような声色と表情で私を見ている。けれどその体は、小刻みに震えていた。
「……どうしてそれを?」
「なんとなくだよ。これでも、それなりに生きているからね……最期なんだ。なんでもいい。会話に、付き合ってくれないか?」
死が、怖いのだろう。
当たり前だ。死ぬのが怖くない人間なんて、早々いるわけがない。
きっと、会話で少しでもその恐怖を紛らわしたいのだ。
その相手が私しかいないというのは、なんとも皮肉なことか。
でも、それが最期の望みと言うならば。私は、仕舞おうと思っていた質問を彼にぶつけた。
「
「……ああ、気づいていたんだね」
彼は目を伏せる。
そして少しの沈黙の後、静かに語り始めた。
「俺には、娘がいてね。生きていれば、きっと君と同い年だった」
「…………は」
理解が、できなかった。
何を言っているんだとすら思った。そんな下らない理由でと、心が理解を拒んだ。
いや、本当は分かっている。彼にとっては、勝ちを逃してしまうくらいに重要な理由だったのだろう。
それに、彼は生きていればと言っていた。これに今までの情報を加えれば、矢上大志の願いもある程度想像できる。恐らく、娘との再会といったところか。
わかっている。でも、やはりどうしても理解できなかった。
「娘は、母親に似て綺麗な瞳の色をしていてね」
───────────ちがう。理解できないのではない。理解したくないのだ。
だって、だってそれを理解してしまえば。私の嫌いなあの瞳は。
「君に、よく似た緑の……」
「──────私はあなたの娘じゃない!!!」
口から衝いて出た言葉に、自分自身で驚く。
言うつもりなどなかった。ううん、そもそもそんなこと考えてすらなかった、はずだ。
自分がさっきまで何を考えていたのかすら、今の私にはわからなくなっていた。
「……ああ、そうだね。君と娘を重ねるなんて、本当にバカなことをした」
すまないと、謝られる。
私はその言葉に何も返すことはできなかった。
許すも許さないも、今の私には、判断することができなかったから。
「どうか、生き続けてくれ。君のような子どもが死なないことを、俺は願っているよ」
そう言って、彼は穏やかに笑顔を浮かべた。
目の焦点が合っていない。既に意識も曖昧なのだろう。
だから、そう。彼が最期の最期にあの瞳をしたのは、仕方がないことなんだ。
「私は、あなたの娘じゃないってば……」
そんな悪態をつく相手は、もういない。
目の前には、戦闘で無茶苦茶になった闘技場だけが広がっていた。
「ふふ」
「……なに、笑ってるのさ」
ふいに、ランサーが笑い声を零した。
それさえも今は苛立たしくて、思わず不機嫌な声色で返してしまう。
けれど、彼女はそんな声色さえも嗤った。
「いいえ? ただ、貴女もそんな顔をするのだと思ってね」
そんな顔、か。
ああ。確かに、今の私は随分と酷い顔をしてるんだろうな。
「もう、帰ろう」
「ええ」
全ては終わった。
ここにいても意味はない。さっさと帰って、すぐに眠ろう。
明日になれば、私を見てくれる人に会えるとそう信じて。私たちは、闘技場を後にした。
というわけで投稿です!
今回で二回戦は無事終了しましたー!
ラストなのでちょっと長めですが、ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回から三回戦が始まる、予定です。
次もせめて一カ月で、頑張ります、はい。
改めまして、ここまで読んでくださってありがとうございました!
次回もどうかよろしくお願いいたします。