Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第三十四話 獅子の協力

 高ぶった感情を落ち着かせ、先に行ってしまったランサーの後を追いかける。

 行くぞと言われ動き出したものの、ランサーも私もボロボロだ。一度校舎に戻った方がいいのでは、と思うほどに。

 とはいえ、そんな提案をしても彼女は頷いてくれないだろう。

 今日中にトリガーを取っておいた方がいいのは、私もわかってる。

 

 今回のアリーナは、今までと比べるととても広い。まだ緑色のアイテムボックスは見かけてないから、この奥にあるのは確実。

 一度に校舎戻り、もう一度ここまでくるのは正直面倒だ。

 

 そしてなにより、トエシュガーレがまた見逃してくれるとは限らない。

 マスター同士の戦闘が制限されてる今、トリガーを入手するのに最適なのはどう考えても明らか。

 

 だからと言って、ボロボロなのは少々不安だ。

 この階層の敵のパターン把握はまだ完璧ではないし、なにかトラブルが起きるかもしれない。やっぱり、少しでも治療させてもらおう。

 

「ランサー、少し止まって。治療しよう」

「必要ないわ」

「必要だよ」

 

 そう返しても、残念ながらランサーは歩みを止めてくれない。だけど、その行動は想定済みだ。

 

「ランサー!」

「……はぁ、なに。つまらないことだったら」

 

 さっきよりも強めに名前を呼ぶ。

 そうすれば、彼女は煩わしそうにしながらも振り返った。

 

 その瞬間を狙い、『エーテルの塊』を使う。

 手の中で砕けた塊は粒子になって、ランサーの中に入っていく。すると、身体中にあった傷はおろか、切り裂かれた服まで直っていた。恐らく、傷を治しても余った魔力が服装にいったんだろう。

 

 欠片と塊では、魔力量がかなり違うようだ。

 今後はどちらを使うか見極めないと。欠片で十分な怪我に塊を使っていては、少々もったいない。決して安い訳ではないのだし。

 

 とりあえず、自分の怪我は『エーテルの欠片』で治しておく。

 恐る恐る傷口に触れてみれば、普段通りの感触が伝わってくる。まるで、元から傷なんてなかったかのようだ。

 

 回復アイテムは、マスターにも十分な効果を発揮するらしい。

 これはいい情報だ。まあ、自分に使うことなんてあまりないだろうけど。

 

「貴女、私がエネミーごときに負けるとでも思っているの?」

「そういう訳じゃないよ。でも、万が一があったらと思うとね。君が死ねば、私も死んでしまうんだから」

 

 ランサーが強いことも、エネミーに負けないことも。隣でずっと見てきたのだから、十分わかっている。

 だけど、それとこれとは別だ。

 

 もしも、怪我が原因で動きが鈍れば。

 もしも、エネミーが私たちの予想もつかない動きをしたら。

 そんなことを考えてしまえば、正直終わりがない。

 

「慎重すぎる」

「悪いことではないでしょ?」

「いいだけじゃないわよ」

「そうだね。だから、気を付けるよ」

 

 慎重すぎて判断が遅れては意味がない。

 それに、時には大胆に動くことだって必要だ。その切り替えだけは、間違えちゃいけない。

 

「わかってるならいいわ」

 

 そう言うと、ランサーは再び足を進めた。

 冷たい態度に少し悲しくなりながら、彼女の後を追いかける。

 

 十分も歩かないうちに、トリガーが入っている緑のアイテムボックスを見つけた。

 そして、その前を闊歩する大きな敵も。

 

 この階層で初めて見た鳥のようなエネミー。

 まだ行動パターンが把握できてないうえ、空を飛び回る厄介な敵だ。

 『木刀』があれば動きを止めて、その間に片翼を堕とせば簡単に倒せただろうけど……ないものばかり考えても仕方ない。

 

「さっさと終わらせて帰りましょう」

「ふふ、そうだね」

 

 負けるとは思ってないような自信満々な声。

 その頼りがいのある声に、酷く安心する。

 

 とはいえ、頼りっぱなしは嫌だ。

 本当は今すぐにでも力を手に入れて、援護をしたい。

 だけど、所詮それは理想でしかない。さっきも考えた、ないものねだり。

 私が強くなれるために今できることは、経験を積むことだけ。

 

「よし、やろう!」

 

 とにかく、今はできることをひたすらやるしかない。

 強くなるためにも。

 

 *

 

 あの後、無事にトリガーを手に入れ、校舎へと戻ることができた。

 念のために保健室へ向かったこと以外はいつも通り。白乃と共に食事を取り、マイルームで眠りにつく。

 

 そして、二日目の朝。

 朝食を食べるために食堂へ向かう道中で、それは起こった。

 

「お久しぶりです、クレアさん。一回戦の図書室以来でしょうか」

「レオ?」

 

 レオが、にこやかに声を掛けてきたのだ。

 一体なんの用だろうか、と心当たりを探してみるが、残念ながら思い当たる節はない。

 そもそも、彼の言う通り話すのは一回戦以来だ。別に避けていた訳ではないが、タイミングが悪いのか、それ以降会うことがなかった。

 

「そう、だね。久しぶり、どうしたの?」

 

 とりあえず、無難な返事を返しておく。

 無視する理由はないし、下手に接して目をつけられるのは面倒だ。

 

 ……ああいや、もう目はつけられているんだっけ。

 

「いえ、そんな大した用ではありませんよ。ただ、お話ついでに食事でも、と思いまして」

「話?」

「はい。そうですね、あなたの対戦相手について、とか」

「!」

 

 ほんと、どこで仕入れてくるんだ、その情報は。

 

「……いいよ。場所は食堂でいい?」

「ええ、構いません」

 

 もし何かあってもいいように食堂を選んだが、彼はなんの迷いもなく快諾した。どうやら、周りに聞かれて困るような話ではないらしい。

 

 まあ、それはそうか。

 話の一つが私の対戦相手についてであることは確定している。

 そしてその話は、恐らく私にとって悪い話ではないと思う。ただの勘でしかないけど、レオから嫌な感覚はしない。

 

 それに、仮に彼がトエシュガーレと親しい仲であるとしても。私に負けてくれ、なんてことを頼むような人間ではない。 

 そもそも、私の方が実力的に負けている。それを知らぬ彼ではないだろう。

 他に考えられる話としては、トエシュガーレの情報を提供してくれることだけど。さすがに希望的観測だな、これは。

 

「───では、本題に入りましょう」

 

 互いに買った朝食を食べ終えた頃、ようやくレオが話を切り出した。

 

「ハーレン・トエシュガーレの情報をお渡しします。対価は要りません。あなたはただ、彼に勝てばいい。悪い話ではないでしょう?」

「……いい話しすぎて、逆に疑ってしまうけどね」

 

 希望的観測だと切り捨てた推測が当たるなんて、思ってもいなかった。

 しかも、こちらにデメリットは一切ない。

 

 目的はなんだ? 

 貸しも作らず、どうしてレオは私を生き残らせようとする? 

 

 ……いや、そういえば、前にも似たようなことがあったな。

 そうだ。あれは、二回戦のときに……。

 

「そんなに、トエシュガーレに勝ち進められたくないの?」

「おや、バレましたか」

 

 遠坂のときと同じだ。

 彼女は矢上と私、どちらが生き残れば自分に有利かを考え、私を選んだ。

 レオもそうだ。トエシュガーレを評価しているからこそ、私に勝てと言ったんだ。

 自分の労力を使わずに、自分の障害をなくすために。

 

 そのことに対して、なんの感情も湧かないわけではない。

 だけど、与えられる情報に助けられるのは私自身だ。苛立ちと言う小さな感情を発散するために、自分の命を投げ出すなんて愚の骨頂。

 ここは、彼の提案を受けるべきだろう。

 

「いいよ。君の言う通り、絶対に勝ってみせる」

「期待してますよ、クレアさん」

 

 挑発的な笑みを浮かべてみれば、彼はただにっこりと笑った。

 

 ……いつかその余裕そうな表情を崩してやるんだから。

 

「さて、彼の本名はハーレン・トエシュガーレ。殺し屋です」

「殺し屋……」

「元々はとある傭兵について紛争地帯を回っていましたが、ある日を境に一人で行動するようになったそうで。その傭兵と考えの違いにより仲違いした、など様々な噂はありますが、定かではありません」

 

 ああ、だからトエシュガーレの立ち姿はしっかりとしてたんだ。

 戦闘中はこちらを見ているだけだったけど、隙もなくいつでも動けるようにしていた。

 紛争地帯を巡っていたというなら、あの姿勢にも納得ができる。

 

 しかし、こうして聞くと彼の名前があまり知られてないのが不思議だ。

 色々な噂が広まるくらいなんだから、ある程度の知名度はあると思うんだけど。レオが集めた情報が多いから、そう思えるだけだろうか。

 うん、聞いてみよう。

 

「ああ、彼は有名ですよ。なんせ、依頼達成率はほぼ百%ですから」

「百%!?」

 

 そんな凄腕の殺し屋が、私の相手? 

 うぅ、ただでさえ今は余裕がないのに。本格的にどうにかしないとまずいな……。

 

 って、あれ? 

 そんなに有名なら、やっぱり彼の名前を知ってる人がいてもおかしくはない筈。なのに、なんで誰も知らなかったんだろう。

 

「一般的に出回っているのは偽名や通り名の方ですよ。あなたが聞き回ったのは本名でしたので、皆さん首を横に振ったのかと」

「ほんっと、そんな情報どこで手に入れるの」

「くす、トップシークレット、です」

 

 あ、そう。

 前回と同じはぐらかし方に、思わずため息が出た。

 まあ、追求できる気はしないので放っておこう。いつかわかる日が来るかもしれないし。

 

「話を戻しましょう。彼が聖杯戦争に参加した理由。それは国からの依頼です」

「国から、殺し屋に?」

「ええ、彼は有名ですから。その腕を買って、いろんな国が彼に依頼を出しました」

「そして、その一つを受けた」

「はい。厄介なのが、その国が我々西欧財閥の敵対国ということです」

 

 あー、なるほど。

 そこで偶然にもトエシュガーレの対戦相手となり、知り合いであった私に接触してきたわけか。

 

「さて、ではその他の詳細を……と思いましたが、流石に目立ちすぎましたね」

「え?」

 

 横を向くレオに釣られ、私も同じ方向に顔を向ける。

 いつのまにか、遠巻きに私たちを見つめる生徒たちがそれなりにいた。

 

 何人かに遠巻きにされていたのは分かっていたけど、いつの間にこんなに人が増えたんだろう。

 レオと話してるだけでこんなんになるとは、思ってもいなかった。

 

「クレアさん、これを」

「ん? なにこれ」

「我々が集めた彼に関する情報です。今日はこの辺りで解散としましょう」

 

 まあ、これだけ目立てばそうなるか。

 トエシュガーレがくる可能性だってあるわけだし。

 

 机の上に置かれた小さな補助記憶装置をしまい込み、椅子から立ち上がる。

 これはマイルームでゆっくりと見させてもらうことにしよう。

 

「あ、そうだクレアさん」

 

 ふと、レオが今思い出したかのように私の名前を呼ぶ。

 なに? と一言返せば、彼はにこやかに続きを口にした。

 

「先程言ったことも本当ですが、僕はあなたが今死ぬのは惜しいと思ったのでその情報を渡しました。無駄にしないでくださいね」

 

 それでは、とレオはそのまま食堂を出て行ってしまった。

 思わぬ発言に呆然とする、私を置いて。

 

「……は、あぁぁ」

 

 大きくため息をついて、引いたままだった椅子に座り込む。

 

「完全に目をつけられたなぁ」

 

 目をつけられた理由は、あの日図書室で言われたことだろう。あまりに衝撃的だったあの言葉は、今でもはっきりと思い出せる。

 

 

『他のマスターとはどこか違う。雰囲気とかではなく、もっと根本的な所から。そんな気がするんです』

 

 

 他のマスターとは、根本的に違う、かぁ……。

 

「私は私だよ、レオ……」

 

 思わず呟いた言葉を拾う人は、もうここにはいなかった。

 

 *

 

 マイルームに戻り、レオから渡された記憶装置を取り出す。

 この中に、ハーレン・トエシュガーレのデータがある。

 

 あの話を聞いた感じ、レオがこれに小細工をしているとは思わない。

 だけど、そのままインストールできるほど彼への信頼があるわけではない。

 

 面倒だけど、まずはウイルスの確認から始めよう。

 

view_status()(解析)

 

 流石に中の内容までは見えないけど、内部のプログラムが目に映る。

 特に変なものは入ってない。文章と少しの画像が入っているだけのようだ。

 

 流石に杞憂だったか。安心安心。

 じゃあ、これを端末の方に繋げて、と。

 

「よし、成功だ」

 

 こうやって他の機械と繋げるのは初めてだったけど、うまくいってよかった。

 あとは、貰った資料を読み込もう。なにか役に立つ情報もあるかもしれない。

 

 本名と彼の素顔写真。偽名に通り名、使用する武器。今までこなした依頼内容の一部。

 重要な情報から、一見くだらないと思えるようなものまで。想像以上のデータ量が、この資料には詰まっていた。

 

「西欧財閥、やばいな……」

 

 殺し屋である彼は、恐らく色々バレないように動いていたはずだ。なのに、こんな情報まで手に入れるなんて。

 一般人だったら、本人が知らない癖とかまで調べ上げられそう。

 

 簡単に敵に回しちゃいけないやつだ。

 もし今後地上へ行くことがあれば注意しよう。

 

 そんな軽い現実逃避をしながらも、資料をスクロールしていく。

 これだけ莫大な情報は、さっさと読まないと時間が足りなくなってしまう。

 さて、次のやつは─────

 

 

 

「──────あー」

 

 

 

 資料を全て読み終えて、ベッドに倒れ込む。

 腕を広げ大の字に寝転がり、先ほど読んだ内容を思い出した。

 

「……どうしよう」

 

 仕方がなかった、とは思う。

 情報は必要だ。例え戦闘に関係なくても、些細なことが戦闘に影響する。

 それがどんなにくだらないことでも、知っておいて損はない。

 

 ただ、今回は少し踏み込みすぎた、かもしれない。

 

 ハーレン・トエシュガーレの過去が綴られた文字を指でなぞる。

 彼はどうして、こんなことをしていたんだろう。

 彼はどうして、その道を選んだんだろう。

 

「……やめよう」

 

 考えても仕方がないし、なにより私には時間がない。

 今私がすべきことは、強くなること。トエシュガーレの気持ちを考えることじゃない。

 

「よしっ。ランサー、教会へ行こう!」

 

 ベッドから飛び起き、気持ちを切り替える。

 とりあえず、まずは魂の改竄だ。なにを強化するのか、ランサーと決めておかないとね。

 




 なんとか書き終えました~!
 レオの口調が難しい。もしなにか違和感とかあれば、ご指摘いただけると幸いです

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