Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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幕間 Memory No.8

 五度目の夢は、今までとはかなり雰囲気が違っていた。

 建物だっただろう瓦礫はそこら中に散らばり、所々から煙が上がっている。

 地面には何体もの影が転がっていて、そのほとんどに動く気配はない。さらに、大きな爪痕や足も至るところに残っている。

 

 この街がなにか大きなものに襲われたと言うことは、一目瞭然だった。 

 

「なに、これ……」

 

 聞きなれた声が耳に届く。

 後ろを振り返れば、クレアとその仲間だろう影たちが呆然と立ち尽くしていた。

 

 その影も、いつの間にか二匹増えている。

 一匹は前回に見た蛇。もう一匹は、今までの記憶では出てきてない小人のようなもの。

 蛇がいるということは、前回より前の記憶ではないのは確かね。

 

「……あら」

 

 思わず声が漏れる。

 影の中の一匹が、今回は色や顔立ちがはっきりと見える。他はまだ黒く塗り潰されているが、その色も少し薄くなっている気がする。

 思い返せば、前回の最後にクレアが出した名前には、ノイズが走ってなかった。

 これは、クレアの記憶が戻ってきてる証拠、なのかしら。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 じっと、はっきり見えるようになった人型……クレアは『ソーサリモン』と呼んでたかしら。それを観察する。

 

 白の三角帽子を被り、白のマントを身に纏うそれは、パッと見人間に見えた。

 けれど、よく見るとそれが人間ではないことがわかる。

 微かに覗く耳は尖っているし、まず顔の色が灰色だ。人間の色でない。

 そして、手には杖を持っている。それを用いて、魔術のようなものを使っていたのは前回確認済み。

 

「まるで、人間が考える魔法使いね」

 

 三角帽子にマントなんて、最もたるものじゃない?

 まあ、そういうわかりやすい象徴は大事だけど。

 

「っあ! ■■■■■■!」

 

 そんなことを考えているうちも、記憶は止まらない。

 

 立ち尽くしていたはずのクレアたちは、何かの名前を呼びながら駆け出していく。

 彼女たちが向かう先にいたのは、今まで見てきた影と比べても随分大きいもの。

 そいつの記憶はまだなにもないのか、仲間たちと比べるとシルエットしか分からない。ただ、そのシルエットからはまるで騎士のような姿をしていると、そう思った。

 

「この惨状は一体……何があったの!?」

「クレア、どうして貴女がここに」

 

 どうやら、彼女たちは知り合いらしい。

 その記憶も見てはないから、今は取り戻してない記憶で知り合ったのだろう。

 

 騎士はクレアたちがここにくるのは知らなかったらしく、驚いた声が聞こえてきた。

 だが、それも一瞬。すぐに考えをまとめたのか、騎士はクレアたちと向き直る。

 

「いえ、丁度いい。説明は後でします。とにかく、今は手伝ってください」

「っわかった。私たちにできることなら、なんでも言って」

 

 緊迫した要請に戸惑いながらも、クレアはすぐに頷いた。

 相談もせずに決めるのかと思ったが、微かに見える仲間たちは誰も嫌な顔をしていない。

 類は友を呼ぶとは、よく言ったものね。

 

「ええ、頼りにしています」

 

 まるで微笑んでいるかのような声は、その言葉と共に一変。厳かで体に響くような指示が、騎士のもとから出された。

 付き従うように騎士の後ろにいた影たちが動き出す。そして、それはクレアたちも同じだ。

 端末から救急箱を取り出すと、それを近くにいたドラゴンに渡した。

 

「数とかは気にしなくていいよ。瓦礫とかには気を付けて、無茶はしないでね」

「それはこっちの台詞。クレアも、無茶はしないでね!」

 

 ドラゴンたちは救急箱を抱え走り出す。

 クレアはそれを見送り、自身も動こうと足を踏み出し。

 

「クレア」

「? はい!」

 

 駆け出す前に、騎士に呼び止められた。

 突然呼び止められたクレアはどこか不思議そうに、けれど真剣に返事をする。

 

「何かあれば必ず報告を。それから、持ち場からあまり離れないように。いいですね?」

「は、はい……?」

 

 そんな当たり前のことで念を押されるなんて、思ってもなかったのでしょう。

 返事をしたクレアの声は、困惑の色を灯していた。

 

 けれど、騎士はそれ以上なにも言わずにどこかへと行ってしまった。 

 そうなってしまえば、クレアも追求することはできない。

 実際にそう思ったのか、彼女は不思議そうに首を傾げながらも、改めて自分の持ち場へと向かった。

 

 彼女が向かった先には、恐らく騎士たちが作ったであろう簡易テントがあった。

 そして、テント下に引かれた布には、街の住民だろう影たちが何体も横たわっている。

 影が濃くて見えないが、ここにいるのは重傷者なのだろう。近くにいるものたちは、前回の記憶で見た治癒魔術をかけているようだった。

 

 所謂、簡易療養所ということね。

 ここにクレアが任された、ということは、もしかして。

 

「クレアッ、こっちだ!」

「ソーサリモン!」

 

 思考は、大きな声に中断される。

 白い魔法使い、ソーサリモンがクレアを呼んだようだ。

 その姿を確認した彼女は、治療の邪魔はしないよう、けれど素早く影の間をすり抜けていく。

 

「ひどい……っ」

 

 ソーサリモンの近くにも、怪我をしてるだろう影が寝かされていた。

 思わずといった風に声が漏れるのを見て、そんなに酷い様子なのかと目を凝らす。

 やはりと言うべきか、怪我の様子はうまく見えなかったけど。

 

「クレアはそこの傷を。私はこっちを治す。できるな?」

「っうん!」

 

 影の傍へ座り込み、小さく息を吐く。

 今とは違う長い前髪から覗く横顔は、酷く緊張しているように見えた。

 

 影に向かって腕を伸ばす。それと同時に紡がれた言葉は、残念ながら私の耳には言葉として届かなかった。

 この部分の記憶は、今回取り戻した分にはなかったらしい。

 けれど、ノイズ塗れの言葉に魔力が籠められているのは分かった。

 

 クレアの手に淡い光が灯る。

 隣にいるソーサリモンと比べれば、その光は小さく、輝きも足りない。だが、間違いなく同一のものだ。

 

「治癒魔術……」

 

 まさか、クレアが礼装を使わずに魔術を使うなんて……。

 

 いえ、前例はあったわね。

 二回戦の決戦のとき、クレアは長距離を一気に詰めてきた。恐らく、あれは身体強化などを使っていたんだろう。

 しかも、無自覚に。もし自覚があれば、彼女は私に報告するはずだ。

 それがないということは、未だこの魔術らしきものに関する記憶を取り戻してないと行くこと。

 

 なら、もし完璧にクレアがこれの記憶を取り戻したら。さらに、それがムーンセルでも同じように使えたら。

 私たちしか知らない魔術。それは、戦闘において大きなアドバンテージとなるだろう。

 

 これからは、記憶の捜索も真面目にやりましょうか。

 記憶を取り戻すことで戦闘に役立つのなら、そうした方がいいに決まっている。

 

 治癒魔術だけじゃなくて攻撃用の魔術が使えると最高なのだけど……そこばかりは、記憶を取り戻してからじゃないと分からないかしら。

 

「おい、クレア」

「ここは、こうして……」

「クレアッ!」

「っ!?」

 

 びくり、と肩が跳ねる。

 恐る恐ると背後を振り向くクレアに、ソーサリモンは鋭い視線を向けた。

 

「気負いすぎだ。肩の力を抜いて……そう、それでいい」

 

 今まで揺らいでいた魔術の光が安定する。

 瞬間、見てわかるくらい光を形成してる魔力濃度が上がった。

 

「いいか。君はもう治癒魔■の基礎はできてる。その状態で下手に考えても、逆にできなくなるだけだ」

「……うん」

「難しいだろうが、落ち着いて治療すればいい。お前なら、それができる」

「うん、うん……ごめん、ソーサリモン。ありがとう」

 

 強ばっていたクレアの体から力が抜けた。

 それから小さく呼吸を整え、目の前の治療に専念し始める。

 

 それから、わずか数分。魔術の行使をやめたクレアは、ほっとしたように口許を緩めた。

 完全にはないにしても、命に危険はない程度には治ったのだろう。

 

「安心するのはまだ早い。怪我人は、私たちが思ってる以上にいるぞ。魔力はまだ残ってるか?」

「もちろん、まだまだいけるよ。私の魔力量は、君のお墨付きだしね」

「ふっ、そうだったな」

 

 それからも、彼女たちは治療を続けた。

 ただ、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。気がつけば、クレアの顔色は少し青くなっていた。

 

「……ここまでだな。クレア、お前は先に休息をとれ」

「まだ大丈夫。せめて、この子は……!」

「ダメだ」

「っなんで!?」

 

 力強い否定の言葉に、彼女は鋭い視線をソーサリモンに投げつける。

 しかし、ソーサリモンはそれを一瞥しただけで取り合おうとはしなかった。

 

「魔力切れを起こしたらどうなるかは、教えたな?」

「…………はい」

「わかってるなら行け。この子も、もう大丈夫だ」

 

 その言葉に魔術の止めたクレアは、じっと横たわる影を見つめる。

 冷静に怪我の具合を確かめて、少しは納得したのだろう。どこか不満げな表情ながらも、小さく頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、後はお願いね」

「ああ、任せてくれ」

 

 そう言葉を残して、彼女はこの場から立ち去った。

 とはいえ、あの騎士に離れないよう言われているからか、そう遠くまでは行っていない。邪魔にならないところに移動した程度だ。

 

「はぁ……」

 

 よけられた瓦礫に座り込み、深くため息をつく。

 両手で顔を覆う姿は、自己嫌悪しているように見えた。

 

「どうしたの、クレア」

「ド■モン……」

 

 そんなクレアに声を掛けたのは、どこかへ行っていたはずのドラゴンたちだった。

 どうやら、軽傷者の治療はあらかた終わったらしい。

 

「そう、なんだ」

 

 話を聞いたクレアは、先ほどまで自分がいた場所に目を向ける。

 ソーサリモンや影たちは、まだ治療行為を続けていた。

 それは、つまり。

 

「うん。重傷者の方が多いんだって……」

 

 それに、誰も返事はしなかった。いえ、できなかったというべきかしら。

 悲しみや悔しさ。そして、この街を襲った何かへの怒り。色々な感情が入り混じった瞳が、クレアの心情を物語っていた。

 

「それで、クレアは何があったの?」

「え、あ、ああ。私は、その……ソーサリモンに八つ当たりしちゃって」

「自己嫌悪中?」

「正解」

 

 突然話を振られたクレアは、戸惑いながらも言葉を返す。

 やっぱり、自分がしたことを反省していたらしい。まあ、睨みつけるのは明らかに八つ当たりだったしね。

 

「────あれ?」

 

 ふいに、近くにいた竜が声を上げた。

 周囲を見渡し始めるそれに、クレアたちは不思議そうに首をかしげる。

 

「どうしたの、リ■ウダモ■」

「いや……なんか聞こえない? 子供の声みたいな」

「子供の声?」

 

 目を閉じ耳を澄ませるも、子供の声なんてものは聞こえてこない。

 それは、クレアたちも同じのようだ。

 

「私には聞こえないけど、ド■モンと■イモ■は?」

「ボクはなにも……」

「オレも」

 

 竜以外の全員が聞こえないと口にすると、竜はひどく驚いた。

 そんなことはないと、更に集中し始める。

 

「やっぱり聞こえる……これ、多分泣き声だよ!」

「泣き声って……」

 

 全員で顔を見合わせる。

 誰も竜の空耳だとは思っていないらしい。

 

「探しに行こう。きっと、寂しくて泣いてるんだ」

 

 竜が力強く提案する。

 その目を見て、クレアは意見を求めるようにドラゴンへと視線を向ける。

 

「行こう。嫌な予感がする」

「……ド■モンの予感は、嫌なくらい当たるからなぁ」

 

 そんなことを小さく呟いて。

 顔を上げたクレアの目に、もう迷いはなかった。

 

「■イモ■。ソーサリモンと、あと■■■■■■に伝言を頼んでいいかな」

「えっ、オレはついて行っちゃダメなのか?」

「ダメってわけじゃないけど。流石に一言も言わずに離れるのはまずいでしょ」

「それは、そうか……分かった、任せろ!」

 

 持ち場を離れることへの謝罪と、何かの機械を小人に託したクレアは、いつもの二匹ともに街の中へと走っていく。

 先頭は泣き声が聞こえるという竜に任せ、どんどん奥へと進んで行く。

 しばらく走っていれば、私の耳にも確かに泣き声が届き始めた。

 

「っひぐ……! ししょぉ……みんなぁ……っ!」

 

 泣きながら誰かを呼ぶ幼い声。

 その声が聞こえた瞬間、一人と二匹はさらに速いスピードで走り出す。

 

「いた!」

 

 瓦礫に囲まれた街の中、一人で歩く影がいた。

 大きな声で呼びかければ、小さな影はびくりと肩を跳ねさせた。

 

「ひっ!」

「あ、ああ! 大丈夫、これ以上は近づかないよ!!」

 

 怯える影に、竜は慌てたように足を止めた。

 安心させるように穏やかな声を出しながら、必要以上に近づかないよう気を付けている。

 少しずつ、穏やかに声を掛けて、影の警戒を解いていく。

 

「……わかった。ほんとうに、みんないるの?」

「もちろん。絶対に君をみんなの許に連れていくよ。約束する」

 

 どうやら、影の説得は終わったらしい。

 ほっと息をつくクレアは、そのまま影に近づこうと歩を進めて。

 

「っひっく……う、うぅ……!」

 

 その足は、もう一つの泣き声によって止められた。

 

 声がする方を振り返る。

 そこにも、泣いている小さな影がいた。

 

 私は、それにひどい違和感を思えた。

 この泣き声は、どうして今まで聞こえなかった?

 遠くにいる泣き声を聞き取れるほどの耳を持つ竜が、なぜこっちの泣き声に気づかなかった? 

 

「大丈夫?」

 

 跪き、手を差し出す。

 

「? どうしたのクレア」

 

 伸ばした手は、影をすり抜けた。

 

「そこに、誰かいるの?」

「────え?」

 

 視界は、暗転する。

 

 

 

 











 意識が浮上する。
 その動作に逆らうことはせず、閉じていた瞼を上げた。

「なるほど、ね」

 見ていた夢を、記憶を思い出す。
 なんとなく、クレアが顔を青くしていたわけが分かった気がした。

「おはよう、ランサー。もう起きたの?」
「!?」

 うそ……私が、人間の気配に気づかなかった……?

「どうしたの? 珍しい顔してる」
「……なんでもないわよ」

 別に、特別気配を隠している様子はない。
 私を起こさないようにと気を遣いそうだから、それはしたかもしれないけれど。
 それだけなら、私が感じ取れないほど気配を殺すことはないはず。

 ということは、考える結論はただ一つ。
 私が、気を抜いていたんだ。この、人間の前で。

「ねえ、ランサー」
「……なに」

 些か受け入れにくい事実を突きつけられた私に、クレアは視線を寄越した。
 そこで今日初めて、目線が交わる。

「君は、私を……」

 いつもとは、なにかが違った。
 こちらを見る緑の瞳も。陰ることはあれ、最後には前を向く顔も。
 なにもかもが、曇ってる。

「…………ううん! やっぱりなんでもない。君は、あんなことやらないだろうし」

 笑う。嗤う。わらう。
 いつもと違うクレアが、いつものようにわらった。
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