Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
さて、今日はこれからどうしようか。
昨日はあまりエネミーを倒せなかったから、魂の改竄はしなくてもそこまで変わらない。
敵の情報は言わずもがな。
やることと言えば藤村先生の望遠鏡を渡すぐらいで、それ以外は浮かばない。
かと言って、用事を済ませてすぐにアリーナへ行くわけにもいかなかったりする。
施設が使えなくなるのはもちろん、今日は二階層が解放されるはずだからだ。
しかも、今日は
今日から二階層に行かなければ、
そう考えると、メールが届くまでは校舎で時間を潰しておくべきだろう。
となれば、やっぱり図書室で知識を蓄えておくのがいいかな。知識は多いに越したことはないし。
うん。そうと決まれば、さっそく向かおう。
校舎内で唯一情報を集められる場所だからか、意外と満席になったりするのだ。できることなら、席に座ってゆっくり調べたい。
あと、行く途中で先生がいつもいる場所も見ておこう。
いれば渡せばいいし、いなかったらそのまま図書室に行けばいい。それだけのことだ。
一階の階段前。そこがいつも藤村先生がいる場所だ。
「まあ、いないか」
だけどそこに、先生の姿はなかった。
これは想定通り。今は午前中で、いつも見かけるのは昼過ぎだ。いないのはある意味当然かもしれない。
やっぱり図書室で時間を潰して、またお昼にでもこようかな。
「ん?」
今、誰かに名前を呼ばれたような気が……。
えと、声がしたのはあっちかな?
「あっ! おーい、ヴィオレットさーん!」
「あ、先生」
誰かに呼ばれたのは間違いなかったらしい。それがまさか藤村先生だとは思ってもなかったけど。
でも、丁度よかった。
ここで望遠鏡を渡せば、先生から依頼は完了だ。
「わっ、ちょっと待って。今は取り出さなくても大丈夫よ!」
「え?」
端末から望遠鏡を取り出そうとした瞬間、先生から制止が入った。
もしかして、呼び止めたのはこれが目的ではないのだろうか。
でも、望遠鏡の件以外に呼び止められることはない、よな? え、もしかして知らぬ間にやらかした?
「あの、先生。私、なにかやっちゃいましたか」
「え、違う違う! 呼び止めたのは、その望遠鏡のことで話があったからなの」
先生曰く、今日の朝に突然やるべき仕事が大量に降って湧いたんだとか。
仕事の締め切りも近く、今日一日はそれに集中したいらしい。
「だから、悪いんだけど私の代わりに望遠鏡を届けてほしくて」
「今日、ですか?」
「ええ。元々、今日までに見つけてほしいって頼まれていたから」
確かに、私に頼んだときも先生はそんなことを言ってた。
私も今日は比較的暇な方だし、断る理由もない。
「わかりました。どこに届ければいいですか?」
「お昼の13時に3-Aの教室で渡す約束をしてるわ。茶髪の眼鏡をかけた男の子よ」
茶髪で眼鏡をかけた男子生徒って結構いそうだけど……まあ、なんとかなるだろう。
もう一度頷き返事をすると、先生は少しほっとしたように息をついた。
「それじゃあ、悪いけどよろしくね!」
その言葉を最後に、先生は駆け足で去っていった。
普段廊下を走るなと注意する彼女が、こんなにも急いでいるなんて。相当仕事ができたんだろう……先生も大変だ。
にしても、お昼の13時か。
まだまだ時間はある。予定通り図書室に行って、知識を蓄えておこう。
*
時間が経つのは早いもので、気がついたときには約束の時間の十分前になっていた。
慌てて本を元あった棚に戻し、図書室を出る。
昼食を取ってから行こうと思っていたのに、我ながらなんて集中力。
これからは時計を見るのを癖つけた方がいいかもしれない。
廊下を怒られないように駆け抜け、3-Aの教室へと辿り着く。
扉を開け中を覗く。教室にはいくらか生徒がいて、各々が好きなことをして過ごしていた。
その中から、茶髪で眼鏡をかけた男子生徒を探す。
目当ての人物は、案外早くに見つかった。他に同じ特徴の生徒がいないから、恐らく彼が天文学部の生徒だろう。
もし間違っていたら怖いけど、ここで怖気付いていてはなにも始まらない。
勇気を持って行くんだ、私!
「あの、すみません。天文学部の方ですか?」
「ん、ああ。君がクレア・ヴィオレットさんか。藤村先生から話は聞いてるよ」
どうやら先に話を通してくれていたらしい。
それなら話は早い。早速端末から望遠鏡を取り出し、彼に渡した。
「うん……うん……」
望遠鏡を受け取った彼は、汚れがないか隅々まで確認を始めた。
見つけてから一度も取り出してないから、壊れてたりはしていないと思うけど……なんか少し怖いな。
「ああ、間違いなくうちの望遠鏡だ。壊れている箇所もない」
だから、その言葉には芯底ほっとした。
「正直、壊れてるのは覚悟していたんだが……いや、本当に助かったよ。これ、よかったら貰ってくれ」
そう渡されたのは二つ。
一つはインテリア。恐らく、これは藤村先生からのお礼だろう。いつも貰うインテリアと系統が似ている。
もう一つは……石?
「あの、これは?」
「天体観測をしているときに見つけてな。ただ、何の石か分からなくて購買でも買い取ってくれなかったんだよ」
「……もしかして、いらないやつ押し付けられてます?」
「あっはっは」
いや笑い事じゃないですけど。
……まあ、いっか。この石、どっかで見たことがあるような気もするし。
「流石に冗談だよ。こっちがちゃんとしたお礼さ」
「え」
「え?」
微かな沈黙が訪れた。
なんだか気まずくなって目を逸らした私に、彼は優しく話しかけてくれる。
「よかったら、それもあげようか?」
「……ありがたく頂きます」
結局、ちゃんとしたお礼だという『エーテルの塊』も受け取って、その場は後にした。
なんか最後にやらかした気がしなくもないが、先生からの依頼は達成した。次は食べ損ねた昼食でも食べに行こう。
*
遅くなった昼食をゆっくりと食べていると、ふと聞き慣れた声が聞こえてきた。
思わずその方へ目を向ける。そこにいたのは、想像通り白乃だった。
なにか購買部員と話しこんでいるようだ。
正直内容は気になるが、私の前にはまだ美味しいご飯が残っている。
……ま、聞くなら後でいっか。話せることなら教えてくれるだろうし。
今は目の前ご飯に集中しよう。
んーっ、おいしい。
「────ごちそうさまでした」
最後の一口を堪能し、小さく手を合わせる。
今日も食堂のご飯はおいしかったな。夜ご飯は何を食べようか、考えるだけで楽しみだ。
「あれ、また来てる」
なんとなく購買の方へ目を向けると、先程どこかへ行ったはずの白乃が戻ってきていた。
そして、今も購買部員と話している。
本当、なにをしているんだろう。せっかくだし聞いてみよう。
……あ、そうだ。
「よーし」
ちょっと遠回りして、白乃の後ろを取る。
彼女はまだこちらには気づいてない。
なにやら買い物はしているようだから、それが終わるのを待つ。
そして、数分もしないうちに微かに軽快な音が聞こえ、白乃が端末をしまった。
今だ!
「しーらのっ!」
「っうわぁ!!?」
「うおっ、そんなに驚く?」
想像以上のリアクションに、私まで驚いてしまった。
そんなに集中していたんだろうか。
「な、なんだ、クレアか。びっくりしたぁ……」
「私はあそこまでびっくりされるとは思ってなかったよ」
軽く驚かすつもりだったから、気配とかも消してなかったし。
まあ、そんなこと今はいい。
今私が知りたいのは、どうして彼女がここにいるのかだ。
「白乃はここで何してるの? なんか行き来してるみたいだけど」
「ん、ああ。欲しいものがあったんだけど、高かったから……」
「あっ! お客さん、しーっ、しーっ!」
……ははーん。
なるほどなるほど。こりゃあ、金銭での売買ではなかったな?
ふむ、少し強請ってみるか。
「で、何と何を交換してもらったの?」
「え、よくわかったね! 宝石と桜の手作り弁当を」
「ああっ! お客さーん!!」
わあお。これもまた想定外。
宝石と弁当って、なかなか釣り合いがとれるものじゃないぞ。
軽く強請ったつもりが、大きな強請りになってしまった。やめる気はないけど。
「あ、あのぉお二方。この件についてはどうかご内密に……」
「んー、どうしようかなぁ」
「つ、次いらしたときいくらか割り引きますので……!」
よし、言質獲得っと。
「その言葉、忘れないでね」
「うぅ、はい……」
「うっわぁ」
白乃の引いた声なんて聞こえなーい。
落ち込む購買部員に手を振ってその場を後にする。
今は買うものがないけど、次来る時までにはちゃんと考えておこう。
「……クレアってさ、結構狡賢いとこあるよね」
「正道だけじゃ生きていけないってだけだよ」
「それはまあ、そうなんだろうけどさぁ」
白乃はどこか気まずそうにしていた。
私がああやった原因が自分にあることを気にしているんだろう。
確かに、私もあの言葉がなければ強請ったりはしなかったし……。
「あー、その、大丈夫だよ。私もそこまで大量に買うつもりはないし」
「……フォローが下手」
うぐっ。
「あっ! そういえば交換した宝石って何? 高いものって言ってたけどっ」
「この流れでその話題に行く?」
うぐぅ!
「っぷ、あはははは! ほんっと、クレアって会話が下手だねぇ」
「し、仕方ないじゃん。友達なんて、白乃が初めてだもん……」
「え、あ、そうだったんだ。へぇ……」
え、それだけ?
もっとこう、会話が続く言葉を。
「……白乃。なんか、顔赤くない?」
「っそういうところ!」
「なにが!?」
「いや、あなたたちがなにやってるのよ」
「「あ」」
気が付けば大分歩いていたようで、目の前では遠坂が呆れた目でこちらを見ていた。
*
結局、白乃は一から全部教えてくれた。
対戦相手の使い魔? を倒すため、錬金術が使えるラニに武器の作成を依頼したらしい。
そのための素材を持っているのが遠坂で、遠坂からの交換条件として出されたのが購買の大粒のルビー。ついでにそのルビーと交換で要求されたのが桜の弁当……。
「なんというか、結構大変だったんだね」
「あはは……」
必要な武器を手に入れるためとはいえ、随分と遠回りをしたものだ。
でも、本来なら手に入れられることはなかった武器だろう。
ラニも遠坂も、きっと白乃だから協力してくれたんだと思う。彼女はお人好しで、真っ直ぐだから。
「にしても錬金術か。ちょっと気になるな」
「ラニに言ったら見せてくれるんじゃない?」
「いや、流石にそれはないでしょ」
ああでも、聞くだけ聞いてみようかな。
断られるのは目に見えてるけど、聞くのはタダだし。
「───ああ、別に構いませんよ」
「「いいんだ!?」」
思わず出た言葉に、ラニは不思議そうに首を傾げた。
いやいや。錬金術とか、そういうのは門外不出の技術だったりするでしょう。知らないけど。
「これから私が行う錬金術は、アトラス院の者でなくても使えるような基本のものです。私なりの工夫はありますが、見られて困ることはありません」
「そ、そうなんだ……」
それならまあ、折角だし見せて貰おうかな。
いい勉強になるかもしれないし。
「それでは、始めます」
校舎では少し目立つからと、場所は変えて。
あまり人目のつかないところで、ラニの錬金術は行使される。
「……すごい」
それは、本当に一瞬だった。
マカライトが爆ぜたかと思えば、その手に一本の剣が握られていたのだ。
だけど、なんとなく。
あの一瞬で何をしたかは、理解できたと思う。
「マカライトを解析して、データコードを書き換えた……?」
「おや、よくわかりましたね。とはいえ、細かく言えばそれだけではないのですが……まあ、その考え方でも間違いではありません」
それをあの一瞬で?
いや、もしかしたら白乃がマカライトを持ってくる間に、どうやって造るのかを考えていた可能性は高いけれど。
だからと言って、一瞬で行使できるようなもののようには見えなかった。
ラニの実力を、きっと見誤っていたのだろう。
彼女は、レオや遠坂にも引けを取らない実力者だ。それを忘れないようにしよう。
「これが、『ヴォーパルの剣』……」
「はい。私の力では、これを使えるのは恐らく一度きり。よく考えてお使いください」
剣が白乃に手渡された。
大きく重量がありそうなその剣は、正直白乃にはあまり似合っていない気がする。
でも、彼女はしっかりと柄を握りしめていた。
「ありがとう、ラニ。これでまだ戦える」
「いえ、どうかご武運を」
「うん! それじゃあ私は行くね。クレアもまた後で!」
きっと、アリーナへ向かうのだろう。
手を振りながら去っていく白乃を、同じく手を振りながら見送った。
彼女の後姿が見えなくなるまで手を振る私を、ラニはどこか不思議そうに見ている。
「あなた方は、仲がとても良いのですね」
「そう見える?」
「はい」
「まあ、友達だからね。うん」
にやつく口元を抑え、なんとか返事をする。
外から見たら、私たちはそれほどまで仲良く見えるのか。それは単純に嬉しい。
「なぜ、そこまで仲良くできるのですか」
「え?」
「あなた方が食堂で一緒に食事しているのをよく見ます。いつかは敵になる者同士。なぜ、一線を置かないのですか」
それを君が言うのかとも思ったけれど、ラニとは協力関係であるだけで、白乃ほど仲がいいわけではない。
きちんと一線を置いているラニにとって、私たちの関係はおかしく見えたのだろうか。気持はわからなくもないけど。
「心配してくれてるの?」
「いえ、ただ疑問だっただけです」
誤魔化すように茶化しても、ラニは冷静なまま。
よほど不思議なんだろう。目も逸らしてくれない。
言いたくないわけではないけど、なんだか気恥ずかしい。的外れな回答するのも嫌だし。
でも、答えないと帰してはくれなさそうだよなぁ。
「えーと、後悔しないのかって話だよね」
「はい」
「それなら、後悔はすると思うよ」
そう言うことならと、正直に思っていることを口にする。
ラニは、私がそう思っているとは考えてなかったのだろう。少し驚いたように目を見開いていた。
「白乃が死ねば絶対に後悔する。どうして仲良くなったんだろうって、きっと思っちゃう」
いつか戦うことになった時も、もしかしたらそう思っちゃうかもしれない。
でも。
「今仲良くしなかったら、もっと仲良くすればよかったって後悔するよ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだと思うよ。だから、せめて楽しい思い出を増やしたいなって」
本当ならどこかへ遊びに行ったりするんだろうけど、ここではそんなことはできないし。
一緒に食事をして、楽しい話をして。そういう些細なことでも、友達となら、白乃となら、きっと楽しい思い出として残ってくれる。
「まあ結局、一番は白乃といるのが楽しいからだよ。仲良くする理由なんて、それだけでいいと思う」
「そう、ですか」
「うん。答えにはなったかな」
「……はい。参考にさせていただきます」
他にも理由は色々あるけど、結局はその一つに収まる。
好きだから、楽しいから一緒にいるだけだ。
この答えがラニの疑問を解消する何かになればいいと思う。
まだ、少し不思議そうにしているし。
「時間を取らせました。あなたも、そろそろアリーナへ行くべきでしょう」
「え、あっ。もうこんな時間か」
指摘され、あれから結構時間が経っていたことに気づく。
そろそろアリーナへ行かなければ、帰ってくるのが遅くなってしまうだろう。
「私ももう行くよ。ラニはどうするの?」
「私は……もう少し、ここにいます」
「そっか」
彼女は軽く空を見上げる。
倣うように私も空を見上げたが、私には0と1が羅列したいつもの空にしか見えなかった。
だけど、きっとラニにはまた違うように見えているのだろう。
もしかしたら、空ではなく星を観ているのかもしれない。
「それじゃあ、またね、ラニ」
「……ええ。また、会いましょう。クレアさん」
あ。こうして挨拶を返してくれたのって、なんだかんだ初めてじゃないか?
いつもはお辞儀するだけだったし。
嬉しくて、笑みが零れる。
今度はそれを、隠すことはしなかった。