Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
アリーナに入って、まずは軽く周囲を見渡す。
一層とは違って通路は隠れていない。でもその代わり、フロアの数が少ないように見えた。
全体的にこの構造だと、少し不味いかも。
今まで通路での戦闘を避けてきたせいで、狭い空間での戦い方を私は知らない。
ランサーは分かっているかもしれないけど、彼女が対処できないことは私がしなくてはならないわけだし。まさかこんな形で自分の苦手を知ることになるなんて、思いもしなかった。
「なんとかしないとなぁ……」
とりあえず、通路で遭遇したエネミーとはそのまま戦ってみよう。
練習するならそこからだ。別に一度も狭い場所での戦闘をしてこなかったわけではないから、なんとかなるはず。
たった今決めた方針をランサーに伝えつつ、まずはここから見えるフロアに向かってみることにした。
そこにいたのは蜂型のエネミー。一層にもいたやつだ。
基本、同じタイプの敵の行動パターンは増えるだけで変わることはない。
増えたパターンを探りつつ、いつも通り戦えば何とかなる。
なんて考えているうちに、敵がこちらに気づいた。
それに反応してか、ランサーも後ろから飛び出していく。
鋭い針の突撃を膝で受け流し、重いカウンターを返す。
その一撃がいいところに入ったのか、敵は痺れたように動かなくなった。もしかしたら、セイバーにしたようにハッキングを仕掛けたのかもしれないけれど。
そんなの今はどうでもいい。
動けない敵に、ランサーは容赦なく追撃を加えた。
回し蹴りによる一閃は、容易く蜂の翅を奪う。いつもの対処法だ。
こうなってしまえば、あのタイプの敵にできることはない。堕ちた敵にとどめを刺せば戦闘は終わりだ。私が援護する隙もない。
何か一声かけたいと思うも、これくらいでお疲れ様、なんて言ったら怒られてしまう。
だから今この場で最適で、無難な言葉は……。
「ありがとう、ランサー。流石だね」
「当然よ。あの程度の敵に遅れを取るはずないわ」
そうして投げかけた無難な言葉には、ランサーらしい言葉が返ってきた。
あまりに自信満々な言葉に思わず苦笑いが零れるが、彼女の言うこともわかる。
エネミーは行動パターンが設定されているから、動きが単調だ。そんな相手に、ランサーが負けることはまずない。
その中でも、蜂型は比較的倒しやすいエネミーだ。
蜂特有の翅による素早い動きは厄介ではあるけど、問題はない。
エネミーにプログラミングされたパターンが、その特徴を殺しているからだ。
動く方向、攻撃の方法、そしてそのタイミング。全て把握していれば、素早さに翻弄されることはない。
さらに、蜂型の移動手段は背中の翅のみ。それを切り落としてしまえば、動くこともままならない。
そんな弱点だらけの蜂型は、私の中では最弱のエネミーだ。
逆に、厄介なのは馬型。
さっき言った通り、全てが決まってるから負けることはない。だけど、戦えば体力は消耗する。
馬型は今まで出会った敵の中で一番装甲が厚い。ランサーの攻撃力では一撃で仕留めることは難しく、戦闘が長引いてしまうのだ。
倒せても体力は消耗するし、できればあまり戦いたくない相手である。
特に一部屋に四体設置してある所とかは最悪だ。
そう、まさに目の前にある部屋みたいに……。
「まじか」
比較的広めのフロアを闊歩する敵の数は四。先程まで考えていた、最悪な敵の配置だ。
蜂型が二、新種が二の四体構成。
広めのフロアとはいえ、エネミー同士の距離はそこまで離れていない。
一撃で仕留めなければ他の敵が近づいてくるだろう。最悪、挟み撃ちに合うかもしれない。
それだけは避けなければならない。こんなところで終わるなんて、まっぴらごめんだ。
「どうするの?」
ランサーが私に問いかける。
彼女ならここの切り抜け方も思いついているだろうに。
でも、聞いてくれるのは悪い気はしない。むしろ、頼られているみたいで嬉しいかも。
敵を動きを観察し、作戦を考える。
闊歩してるときの移動距離、往復地点、歩く速度。何度かそれを確認し、頭の中でまとめていく。
……よし。
「まずは蜂型の翅を切り落とそう。攻撃できないようにしてしまえば、止めは後でいい」
幸い、同種は対角になるよう配置されてる。
対角同士の距離なら、こっちに気づくのも多少の時間がかかるはずだ。
まずは蜂の動きを止め、その間に新種の一体を倒す。
もし新種を相手している間にもう一体の蜂型が邪魔してきても、翅を切り落とせばまた一対一にできる。
あとは、対角にいる敵がこっちに気づかないよう調整すればいい。
各個撃破は基本中の基本だ。
「確実に切り落とせるよう、『
「……ええ、いいでしょう。ちょっと手間な気はするけど、貴女らしい作戦なのかもね」
お、これは褒められてる。
でも確かに、彼女好みの作戦ではないのかもしれない。ランサーは、手間のかからないスマートなやり方の方が好きそうだし。
とはいえ、私にはまだそんな作戦ができる力はない。しばらくは我慢してもらうことになるだろう。
いつか、彼女が一番動きやすい作戦を立てられるようになりたいものだ。
それはさておき。
妥協点はもらえた。あとは、作戦を成功させるためにサポートに徹しよう。
「
まずはランサーにコードキャストを掛ける。
それが完全にかかったのを確認すると、彼女と視線が交わった。
あ。
気づいたら、脚に魔力を溜めていた。
先に飛び出したランサーを追いかけるよう、地を蹴り走り出す。
一声くらいかけてくれてもいいのに……!
心の中の文句は聞こえてないはずだろうに、後ろから微かに見える口元は笑ってるように見えた。
「さぁ、行くわよ!」
声と共に振るった踵から魔力が放たれる。
礼装による魔力とランサー自身の
地面に堕とされたエネミーは、想像以上に傷ついていた。
「タイミングは好きなように!
だけど、今はそれを気にしている場合ではない。
もう一度スキル付与をかけ、次の敵に視線を向ける。
新種の敵はまだ行動パターンが読めてない。
動きから攻撃を予測して、素早く倒さないと。
「速いな……!」
新種が動く速度は、姿からは思いつかないくらいに速かった。
もちろんランサーには負けるけど、その分攻撃が重い。だけど……!
「ランサー、後ろから蜂型!」
「わかってる!」
気がつけば、残ったもう一体の蜂型がこちらに向かって飛んできていた。
何度でも思う。今ここに、『木刀』がないのが歯がゆい。あれがあれば、私が動きを止めることができたのに。
「一歩下がってから上に跳んで!」
針を向けながら飛んできた蜂の位置を確認し、咄嗟に指示が出る。
ランサーは、疑うことなくそれに従ってくれた。
跳びあがった彼女の目の前には新種がいる。なら、後ろから突進してきた蜂を避ければ。
新種が振り落とした腕と、蜂の針がうまくぶつかった。
「そのまま!」
「終わりよ!!」
落下する勢いを乗せた足が落とされる。
新種はその一撃で消滅し、残されたのは叩き落された蜂のみ。どれほど強く叩きつけられたのか知らないが、未だ起きる気配はない。
「やっぱり、装甲は薄かったんだ」
咄嗟の指示がうまくいったことに、ほっと胸を撫でおろす。
戦っている最中で、ランサーの攻撃が想像以上に通ることに気づけたのがよかった。他のエネミーと比べたら頑丈な方だとは思うが、馬型ほどではない。
落下の勢いを利用できたのもよかっただろう。ステータス以上の威力を出せたお陰で、あの一撃で沈めることができた。
途中で襲ってきた蜂も、ランサーが踏んだことで消滅した。
あとは置いてきたもう一匹の蜂を始末して、それから新種の攻撃パターンを読もう。
幸い、トエシュガーレたちはまだ来ていないようだし。それくらいの時間はあるはずだ。
後ろを振り返る。
そこには放置した蜂がいる、はずだった。
「あれ」
思わず首をかしげる。
そこに蜂の姿は見えず、ただいつものアリーナの床が広がっていた。
もしかして、さっきの一撃が想像以上のダメージを出していたんだろうか。それとも、私を脅かすためにランサーがハッキングで毒のようなものでも付与していたとか。
それがないと言いきれないのは、これまでの彼女を見てきたからだよなぁ。うん、聞いてみよう。
「ねえランサー、もしかして蜂に毒とかの付与を」
していないか。
そう言うはずだったのに、口から出たのは別の言葉だった。
「っランサー!!!」
目に映る光景は、想定外のものだったから。
遠くにいたはずのエネミーが、いつのまにかこちらを認識できる距離まで近寄っていたのだ。
徘徊ルートは確認していた。
だからこそ、戦闘を終え落ち着いて次の行動が考えていたのに。
今私たちがいるこの場所は、どんなに敵が動き回ろうと認識できない距離にあるはずだったから。
だけど敵はすぐそこにいる。こちらに気づいて、一番最初に行う突撃をしてきている。
「
敵の進行を『
同時に、どうして敵があそこにいたのかを考えた。
距離の把握を間違えたのか?
いや、それはありえない。確かに時間はかけなかったけど、何度か往復するのを確認した。
ある程度のランダム制があっても、大きく離れた行動はしない。今までのアリーナでもそうだったし、この階層でもそれに変わりはなかった。
だから、もしルートが変わることがあるなら。それは、外的要因があるはずなんだ。
例えば、いつか私たちがしたように攻撃をして誘導を────!
「気をつけてっ、近くにアサシンがいる!」
「! ちっ、いつのまに……!」
エネミーの肩付近に、小さな切り傷が付いていま。
ランサーの攻撃ではつかない傷だ。それは、私たち以外の者がこの付近にいる証拠。
まだエネミーは倒しきってないが、それを気にしてる暇はない。
多少の危険は承知でランサーの側に近寄る。
今は彼女の近くにいた方が安全だ。
周りを見渡す。
目に映るのは倒していないエネミーだけ。アサシンの姿は見えないどころか、気配すら感じない。
「……とにかくエネミーを倒すわ。邪魔にならない程度に近くにいなさい」
「わかった。今はそれしかなさそうだね」
どれだけ周囲を警戒しても、アサシンの気配は感じられない。
それなら、まずは目に見える危険を排除しよう。
エネミーが仕掛けてくる攻撃を『
だけど、それで消滅するほど敵の体力は少なくない。
ランサーがそのまま攻撃を繰り出そうと体を捻り────そのまま地を蹴った。
刹那、ランサーがいた場所をナイフが横切る。
それは見事にエネミーの中心へと刺さり、ナイフごとデータへと還っていった。
その光景を見届けることなく、ナイフが飛んできた方角に目を向ける。そこには、先程まで見当たらなかったアサシンが、堂々と立っていた。
「クレア」
「うん、お願い」
姿が見えたなら、今度は下手にランサーの近くにいない方がいい。
戦闘に巻き込まれでもしたら、人間である私は即死だろう。
かといって、離れすぎたら援護ができなくなる。近すぎず、離れすぎない。
これまでの戦闘で考えた、最適の位置まで移動する。
ランサーはいつでも飛び出せるように身を微かに屈ませる。
私もいつでもサポートができるよう、端末と礼装に魔力を回した。
数分、いや、数秒にも満たないにらみ合い。
いつまでも動く気配のないアサシンに、ランサーは先手を打とうと足に力を込めた瞬間。ふいに、彼は静かな声で話し始めた。
「───電脳世界というのは、とても便利だとは思いませんか?」
「……なに、雑談? 悪いけど、貴方と話す暇はないの」
「? 待ってランサー、なんか、様子が……」
ほんの少しの、気づかないような違和感。
それは、アサシンの身体にノイズという形になって表れた。
砂嵐のような不愉快な音が、どんどん大きくなって周囲に反響する。
それに比例するように、アサシンに走るノイズはどんどん大きくなっていって。
「こんなにも簡単に、英霊を騙せるのだから」
そこにいたのは、ハーレン・トエシュガーレだった。
「ックレア!!」
「え」
殺意が全身に突き刺さる。
前からではなく、後ろから。
「全く、私は嫌だって言ったんですよ」
聞こえる声は近い。
思わず体を翻す。そんなことより、この場から逃げることを優先すべきだったのに。
私は、選択を間違えた。
「暗殺より、虐殺の方が好きですし」
あ、だめだ。これ、死─────。
「っぐ、ぅ……!」
「……え?」
藤色が視界を覆う。
私はこの色を知っている。当たり前だ。だって毎日見ている。
私よりも鮮やかで美しい長い髪が、いつもきれいに流れているから。
「ら、んさー?」
なんで、彼女が私の目の前にいるの。
どうして、私は怪我をしていない。
なんで、どうして、彼女が怪我をしているの?
「あ、ぁああ」
視界がぶれる。
ランサーの後ろ姿がなにかと重なって。
「■■■■■ッ!!!」
目の前が、真っ赤に染まった。
彼女が呼んだのは、誰の名前?