Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第三十九話 決意を口に

 ぼうっとした意識が、少しずつしっかりとしたものに変わっていく。

 それに伴って、自分がなにか暖かいものに包まれていることに気づいた。

 

「……こ、こは」

 

 見慣れた白い天井が目に入る。

 マイルーム、ではない。だけど、見たことのある天井だ。

 確か、そう。初めてこの世界で目覚めたときも、こんな白い天井を見た気がする。

 ならここは、保健室のベッドの上?

 

 どうして、私はまたこんなところで寝ているんだろう。

 今日は、いや、もう昨日だろうか。校舎で一通り用事を済ませてからアリーナへ行って、探索を始めて。途中でアサシンと遭遇して、でもそれはトエシュガーレで……?

 それから、それから…………私が間違えて……っ。

 

「ッランサー!」

 

 なんで、なんで忘れていた! 

 彼女は私を庇って……!

 

「なによ、騒々しいわね」

 

 そんな言葉と共に、ランサーはすぐ隣に現れた。慌てて距離を詰め、彼女の身体を観察する。

 珍しく困惑した表情を浮かべていた気がするが、気にしている暇はない。

 

「怪我は?」

「あの程度、もう治ってるわよ」

「そ、っか……」

 

 ほっと息をつく。安心したのか体から力が抜けてしまった。

 少なくとも心配するような怪我ではなかったようだ。

 

「それより、貴女の怪我は治ったの?」

「え?」

 

 私の怪我?

 ランサーが庇ってくれたから、私は怪我なんてしてないはずだけど。

 

「……左腕。まさか気づいてないの」

 

 指摘された左腕を見てみる。そこには確かに包帯が巻かれていた。

 こんな包帯を巻かれるほどの怪我をした覚えはない。だけど、認識した途端に駆け巡った痛みがそこに怪我があることを教えてくれた。

 見た目ほど痛くはないが、思わず腕を抑えてしまう。

 

 私は、なんでこんな怪我を負っているんだろう。

 アリーナでの記憶を遡っても、怪我の心当たりは見当たらない。

 でも、ランサーが庇ってくれたあとの記憶が曖昧だ。怪我をしたのであればそのときだけど……。 

 

「君に庇ってもらってからの記憶がないんだ。教えてもらってもいいかな」

「ええ」

 

 ランサーが私を庇ってくれた後、私の様子がおかしくなったらしい。

 顔は青ざめ、目の焦点はあっていない。見るにも耐えない顔色だったと彼女は言った。

 そして誰かの名前を叫んだと思ったら、私を中心に炎がアリーナを覆い始めた、と。

 敵は撤退。気を失った私を抱え、なんとか校舎へ連れ帰ってきたらしい。

 

 それが私の記憶にないアリーナでの出来事。

 彼女の言葉を疑うわけではない。でも、話を聞くだけでは信じられないことがあるのも事実だ。

 

「アリーナが炎に包まれたって、本当なの?」

「本当よ。あれがなんなのか、貴女が一番知っているのではなくて?」

「……心当たりならあるけど」

 

 その不思議な出来事に身に覚えがない、わけではない。きっと、無自覚にしていた身体強化と同じ類のものだろう。

 でも、取り戻した記憶は完璧ではない。失っている記憶の中に、その炎がなんなのかの答えがあるはずだ。

 

「私ってどれくらい眠っていた?」

「保健室に来て一晩よ。一日も無駄にはしてないわ」

「ならよかった」

 

 ほっと、胸を撫で下ろす。

 昨日は四日目だったから、今日は五日目。猶予期間(モラトリアム)はあと二日。

 時間はない。トリガーを手に入れ、記憶を取り戻し、さらにアサシンの真名を探る。もう、一秒も無駄にはできない。 

 

「…………ねえ、ランサー」

 

 ……聞きたいことが、本当はもう一つある。

 聞くつもりはなかった。聞きたくはなかった。

 だけど、気づけば私の口からはその言葉がこぼれ落ちていた。

 

「どうして、庇ったの。君は、あんなことしないと思ってたのに」

 

 彼女は、私のことが好きではない。

 嫌いという言葉もあってはないと思うけど、どちらかといわれたら嫌われている方だと思ってる。

 だから、嫌いな私を庇う理由が、ランサーにはない筈なのに。

 

「……そんなに庇われるのが嫌いなら、強くなりなさい」

「なに、それ。私、庇ってくれた理由を聞いたのに」

「それが解らない貴女ではないでしょう」

 

 ……解ってる。

 きっと、ランサーには聖杯戦争に勝ち残りたい理由がある。

 でも、彼女は一人で聖杯戦争に参加できるわけではない。私が、マスターという人間がいて初めてここに存在できる。

 だから彼女は私を導き、守ってくれる。

 

 そんなことくらい解ってる。

 だけど違う。違うんだ。

 私が知りたいのは、それじゃなくて。

 

「そんなに、自分のせいで誰かが死ぬのは嫌?」

「っそんなの、当たり前でしょ」

 

 誰だって、自分が原因で大切な誰かを失うのは嫌に決まってる。

 しかもそれが、どうにかできたかもしれない状況で。私がもっとちゃんとしてれば、彼女は、君は───。

 

「死なずに済んだのに、って?」

「は」

 

 なんで、どうして。どうして、なんでっ。

 

「な、んで、知ってるの……!?」

「動揺しすぎよ、貴女」

 

 愉快そうにランサーは嗤う。

 それが、なんだか嫌に鼻についた。

 

「ッランサー……!」

「───クレア?」

「!!」

 

 詰め寄ろうとした勢いは、突然聞こえてきた声に抑えられた。

 この声は……白乃?

 

「起きたの? カーテン、開けてもいい?」

「え、あ……」

「……私は行くわ。貴女をここまでつれてきたの、彼女だから。礼は言っときなさい」

「っまって!」

 

 まだ、聞きたいことが……!

 

 伸ばした手は宙をきる。

 もうそこには誰もいない。ランサーは霊体化してしまった。

 

「クレア……?」

「っ」

 

 落ち着け、落ち着け。

 私は今、冷静さを失っている。

 普段は苛つかないランサーの嗤い方が鼻についたのも、冷静じゃないからだ。

 彼女との話ならいつでもできる。だから落ち着け、クレア・ヴィオレット。

 

「……ごめん白乃。もう開けても大丈夫」

「そう?」

 

 軽い音と共に、カーテンが開かれる。

 カーテンが開けた先では、白野が心配そうな顔で立っていた。

 

「ごめん、取り込み中だったかな」

「いや、正直助かったよ」

 

 あの状態のまま話しても、きっとなにも受け入れることはできなかっただろう。

 白乃が途中で声をかけてくれて、ランサーが話を切り上げてくれたからこそ、冷静になることができた。

 だから、今はこれでいい。

 

「白乃がここに運んでくれたって聞いたよ。ありがとう」

「そんなの気にしなくていいよ。それより、左腕は大丈夫? 大分ひどい火傷だったけど……」

 

 白乃の目線が左腕に移る。

 釣られるように目をそちらに向けながら、軽く腕を動かしてみた。

 動かす度に軽い痛みは走るけど、我慢できないほどじゃない。

 

「大丈夫。少しヒリヒリするけど……これくらいなら平気」

「なら、いいけど……無茶はしないでよ」

「うん。ちゃんと気を付ける」

 

 だからそんな疑うような目線を向けないでよ。

 本当に気を付けるからさ。

 

 誤魔化すように笑って、違う話題を振ることにした。

 そういえば、白乃がここにいるということは、もしかして桜は出払っているんだろうか。

 彼女には怪我の状況を聞きたいし、どこにいるか聞いてみよう。

 

「桜はいる?」

「うん、すぐそこにいるよ。呼ぼうか?」

「いや、私から行くよ。身体動かしておきたいし」

 

 別に出払っているわけではないようだ。

 すぐそこにいるなら、私から行こう。保健室のベットに寝たままってのも落ち着かないし。

 

 布団をどかしてベットから降りる。

 脱がされていた上着を羽織ってボタンを留めるけど、包帯が邪魔でうまく指先が動かない。

 もうちょっと薄く巻き直せないか、桜に相談してみよう。

 

「あ、おはようございます、クレアさん。怪我の具合はどうですか?」

「おはよう、桜。お陰で痛みは少ないよ。ただ、包帯のせいで指が動かしにくくて」

「でしたら薄く巻き直します。怪我の状態について話がしたいですし、こちらへ」

 

 促されるがまま、桜に向かい合う形で椅子に座る。

 左腕を差し出せば、彼女の手が優しく添えられた。そのまま、傷に障らないようゆっくりと包帯が解かれていく。

 

「左腕は完治はしてませんが、探索に支障はありません。ただ、戦闘での酷使は控えてください。悪化する場合があります」

「うん。約束はできないけど、気を付けるよ」

「はい。そして、大変言い辛いのですが……なぜか、アバターの修復が完全には行えませんでした。完治はしても、火傷の痕は残ってしまうかと」

 

 言いにくそうに、どこか悔しそうな表情をしながらも桜ははっきりとそう言った。

 包帯が解かれ露になった左腕を確認する。

 

 広範囲に広がる火傷の痕は痛々しい。だけど、私が想像していたよりは酷くない。

 きっと、桜が頑張って治療してくれたんだろう。

 確かに痕は残ってしまうだろうが、時間が経てば薄くなっていく程度にはなってる。

 

 私としては、ここまで治してくれたことに感謝しかない。

 だけど、桜は健康管理AIだ。こうして患者に痕が残ってしまうのが、悔しいのかもしれない。

 医者ではないし、私としてはこれで十分なんだけど。

 

「これぐらい気にしないで。きちんとケアすれば薄くなるだろうし、十分だよ」

「いえ、みなさんの健康を管理する者として、治せないものがあるというのはいけません!」

「そういうもの?」

「そういうものです!」

 

 でもこれ、多分自業自得(・・・・)なんだよなぁ。

 だから本当、桜が気にすることではないんだけど……彼女には彼女なりのプライドとかがあるのかも。下手に口出しすることじゃないか。

 

「できれば、定期的に怪我の経過を見せに来ていただきたいです。痕が消せるよう、なんとかしますから」

「……ありがとう。甘えさせてもらうね」

 

 それから、改めて包帯を薄く巻き直してもらったり、替えと痛み止めを受け取ったり。あとは、生活する上での最低限の注意を受けた。

 忘れないよう端末で軽くメモを取り、改めて内容を見直す。包帯を変える時期だとか、お風呂への入り方だとか。そう言った簡単な注意事項だ。

 この程度なら、守りながら生活ができるだろう。

 

「どうか無理はせず。これ以上痛みが増すようならすぐに来てください」

「私のことも頼ってよ。できることならなんでも手伝うから」

「うん。本当にありがとう、二人とも」

 

 恵まれているなと、心の底からそう思う。

 私を心配して、一生懸命治療を施してくれる桜。

 怪我した私を保健室まで運んでくれて、そのあとも様子を見に来てくれた白乃。

 それが例え役割でも、いつか敵になる友達でも。こうして心配してくれる心は、本物だと信じれる。 

 

「あ、そうだ桜。実は一つ、聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何ですか?」

「実は────」

 

 心は安らいだ。

 だから大丈夫、とは思わないけど。さっきよりは、落ち着いて話ができるはずだ。

 

 だから、だから─────。 

 

「話をしよう、ランサー」

「……なんの話を?」

「うーん、色々?」

「なによそれ」

 

 心底訳が分からないとでも言いそうな声色を聞きながら、私は少しホッとしていた。

 さっきあんな会話をしたから、こんな軽口に応えてくれるとは思ってなかった。彼女はそのつもりはないのかもしれないけど、私はそう思ったのだから勝手に安心しとこう。

 

「桜に聞いたよ。マスターとサーヴァントは夢で記憶を共有することがあるって。見てたんなら、言ってくれたらよかったのに」

「言う必要があって?」

「それを言われると困るけど……」

 

 でも、見てるって知ってたなら勝手に相談とかしてたかも。

 いや、知らなくても相談したことあるな? あの時、あの場所について説明したけど、ランサーは知ってたのか……。

 気恥ずかしいというか、なんというか。不思議な感覚だ。

 

「それで、本題は?」

「……もうちょっと雑談に付き合ってくれない?」

「そんな時間はないわ」

 

 正論すぎる。

 まあでも、正直そこまで真面目な話かというと、そうでもないのだ。

 ただ私が、ランサーに伝えたいことがあっただけ。

 

「記憶を見たなら知ってると思うけど、私、庇われるのって嫌いなの」

「……」

「強くなった気でいたんだ。強いのは私じゃなくて、周りにいるみんなだったのに。それを理解しないで一人で行動して、間違えて……そのせいで、名前もまだ思い出せない大切な彼女は、私を庇って死んだ」

 

 彼女は強かった。

 あの頃の私たちが束になっても勝てないくらいに。

 

 でも、そんな彼女はあっけなく死んでしまった。

 私が弱いせいで足を引っ張って、最期は私を庇って死んだ。

 あの時は、酷く自分を責めたのを覚えてる。

 

 私がちゃんとあの子たちから離れなければ、彼女が助けに来るようなことはなかった。

 私が一人でも戦えるくらい強ければ、足を引っ張ることはなかった。

 せめて、せめて身を守るくらいの力があれば────。

 

「何度も何度も後悔して、それからどうしたかは、まだ思い出せてないけど」

 

 だけどきっと、今の、今までの私と同じことを思った筈だ。

 

「強くなるよ。もう二度と、君に庇ってもらわないように。自分の身を自分で守るために」

「……まさか、そんなことを言うためにわざわざ時間を取ったの?」

「うん」

「呆れた」

「ごめんね。ただ、ちゃんと伝えておきたかったんだ。守られてばかりは、嫌なんだって」

 

 君にとっては、意味のないことだろうけど。

 私の気持ちを知ってほしいっていう、ただのわがままだ。

 

「……はぁ、私には関係ないわ。好きにしなさい」

 

 その言葉を最後にランサーは霊体化して、見えなくなってしまった。

 口元が緩むのが自分でもわかる。彼女は呆れていたけど、声色に嫌悪感は感じられなかった。

 

「……強くなるよ。絶対に、私が弱いせいで君を負けさせたりはしないから」

 

 そのために、まずは記憶を取り戻そう。

 なんとなくわかる。次取り戻す記憶は、今の私が求めてやまない力だ。

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