Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
アリーナに足を踏み入れる。
昨日感じた緊迫感はなく、どうやら小鳥遊はいないみたいだ。
後から来るのか、それとも既に探索を終えているのか。どちらかは分からないが、いないのならそれでいい。
それよりも気になるのは、昨日の帰り際に感じたあの気配だ。
今もぼんやりと感じ取ることができるが、それがどこにあるのかまでは分からない。
でも、どうにかして見つけなければ。
道中で会うエネミーを倒しながら、気配の許を探していく。
それは奥に進むにつれ、より鮮明に感じ取れるようになった。どうやら奥の方にあるらしい。
逸る気持ちはぐっと抑え込み、ゆっくりと奥へ進む。
本当はすぐにでも走り出してしまいたい。まだ推測の域を出ないが、それでも確信に近いなにかがある。この気配の許はきっと、私が求めているものだと。
けれどここはアリーナ。一つの間違いが命取りになる場所。そこで勝手に行動するのは、自殺行為と言っても過言ではない。
だから慎重に、それでもできる限り早く先へ。
気配を頼りに進んでいくと、聞きなれた足音がしないことに気づいた。
後ろを振り返る。いつもは後ろを歩いているランサーが、数歩離れた場所で立ち止まっていた。
「どうしたの?」
「貴女、何処に行くつもり? そっちは行き止まりよ」
怪訝そうな顔をしながら、ランサーは聞いてくる。
今向かっているのは赤いアイテムフォルダがあったエリアだ。帰還用のポータルもない、ただの行き止まり。
行くならこっちではないかと、彼女は左へ曲がる分かれ道を手で示す。
確かに、本来ならもう行く理由はない場所だ。
エネミーを倒すにしても、今来た道を引き返して、再び現れたやつを倒せばいい。わざわざ向こうの方まで行く必要はない。
だけど、それじゃあだめだ。
「この向こうに私が求めているものがある。だから、付いてきて欲しい」
一人で行くことはできない。
死んでしまっては元も子もないから。
でも、諦めることもできない。
だって私は、それを取り戻すために一歩を踏み出したんだから。
「……いえ、わかった。ただ、意味のないものなら」
「意味はあるよ。私にとっては、だけど」
ランサーに関係はない。
だけど譲れないものなんだ。これだけは、必ず取り戻しに行く。
少しめんどくさそうにしている姿に一言謝り、先へ進んでいく。
止んでいた足音は再びアリーナに響きだした。
「それで?」
「え?」
「求めているものとは何なの」
ランサーの問いに、すぐに答えることはできなかった。答えはもうほとんど出ているというのに、なぜか言葉が詰まってしまう。
「私の……記憶だよ」
なんとか絞り出した声は、今にも消えてしまいそうなくらい小さかった。
恐らく、きっと、多分。
つけそうになる曖昧な言葉は飲み込む。
そこから言葉を紡ぐことはできず、会話を続けることはできなかった。折角ランサーが声を掛けてくれたというのに。
彼女も私の言葉になにも返そうとはせず、お互いの間に沈黙が訪れる。
結局そのまま歩き続けて数分。漸く目的の場所に辿り着いた。
そこにあるのは、既に開けられた赤のアイテムフォルダだけ。少なくとも、私が目的としているものは見つからない。
「行き止まりね」
咎めるようにランサーが私を睨む。
そう、ここはただの行き止まりだ。
昨日までは、そうだった。
「道ならあるよ」
気配は、もうすぐそこにある。
壁に向かって手を伸ばす。
昨日までなら壁にぶつかるだけだったが、今は違う。まるで元々壁がなかったかのように、手は壁の向こうへすり抜けた。隠し通路だ。
「ほら、行こう」
先の見えない一本道。
本来なら存在しないだろうこの道は、少し構造が不安定な気がした。
目的のものを手にいれたら、すぐに引き返した方がいいかもしれない。
「まさか、一階層でこんな隠し通路があるなんて」
ランサーの言葉に首を傾げる。まるで他の階層にならあるというような言葉だったからだ。
聞いてみると、恐らくあるという答えが返ってきた。
今回は気配があったから気づいたけど、探索中に見つけるのは少々骨が折れそうだ。
会話をしながらも、周囲へ警戒を怠らない。しかし、エネミーと会うことは一度もなかった。
戦いをしないで済むのは楽だが、こうも敵がいないのは少し不吉だ。嵐の前の静けさ、というべきか。
結局敵と出会わないまま、一本道の終わりが見える。
だが最奥、というわけではない。壁のようなものが道を塞いでいた。その先は壁に隠れて見れない。でも、不思議と不安はなかった。
念のため手で壁に触れ、なにもないことを確認する。
後ろを歩くランサーに大丈夫だと伝え、その壁を通り抜けた。
「きゃぁ!?」
「ランサー!?」
バチリ、電流の走る音がする。
慌てて振り返るが、そこにランサーの姿はない。
まさか、壁に阻まれたのか!?
慌てて引き返すと、壁の向こうには傷ついたランサーがいた。
エーテルの欠片を使い治療する。幸いそこまで大怪我ではなく、傷は綺麗さっぱりなくなった。
「大丈夫?」
「ええ」
どうして彼女はあの壁に阻まれたんだろう。私は普通に通り抜けることができたのに。
もう一度手を伸ばし壁に触れてみるが何も起こらない。
ランサーも同じように手を伸ばす。その手が壁に触れた瞬間、電流が流れだした。
だけど触っていた私に痛みはない。どうやら、あの電流が傷つけるのはランサーだけみたいだ。
「私は行けないみたいだけど、貴女はどうするの」
その言葉に息を飲む。
そうだ、ランサーは壁の向こうへ行くことはできない。
だけど私の求めるものは壁の向こうにある。
一人で、行かないと。
「……ごめん、待ってて。すぐ戻ってくる」
アリーナで一人になるのは正直怖い。
今まではエネミーと遭遇しなかったが、もしこの先で遭遇したら?
私は一人で対応しなくてはならなくなる。
怖い、けど。
やっぱり、取り戻せないことの方が怖いんだ。
ランサーを置いて、壁の向こうへ歩きだす。
後ろから高いヒールの音が聞こえないのが、どこか寂しかった。
「……これは」
深い海のような風景が、どんどん緑に変わっていく。
海の青が空の青へ。
無機質な床は、生い茂る草原へ。
変化は止まらない。
更に奥に進んでいくと、周囲に樹木が増えていく。
草原は森に変わり、青空は木の葉によって隠れてしまう。それでも木々の隙間から入り込む陽の光が、私の進む道を照らしてくれた。
私は、この光景を知っている。
「……すごい」
─────そこには、大きな一本の木があった。
大樹と言っていいほど大きな木の前には、青く輝くなにかが浮いていた。
あれは、私の求めているものだ。
望んでいたものを目の前にして足がすくむ。冷や汗が流れて止まらない。
さっきのランサーの問いにすぐに答えられなかった理由が、漸くわかった。
本当はとても不安だったんだ。ずっと求めていたものなのに、取り戻すのが怖い。
もし、その記憶が苦しいものだったら。
もし、本当の私が極悪人だったら。
そんな悪いことばかり考えてしまって、踏み出すことができない。
さっきまでは気づかなかったのに。些細なことで気づいてしまったその不安は、少しずつ大きくなる。
「っは、ぁ」
緊張で息が荒くなるのが分かる。
不安で怖くて、これ以上先に進むことができない。
いっそ諦めて引き返してしまおうか。
そんなことすら考えて、足を一歩下げてしまう。
このまま振り返って、来た道を引き返す。そうすれば、私はこの不安から解放される。
「っ」
だけど、それは、ここまで付き合ってくれたランサーへの裏切りだ。
数日しか付き合いのない、それこそ赤の他人の私のために、彼女は付いてきてくれたんだ。聖杯戦争には全く関係のないことだというのに。
「このまま帰ったら、怒られるだろうなぁ」
彼女の鋭い膝を思い出して、思わず苦笑いを零す。
もしかしたらあれで刺されてしまうかもしれない。そんな物騒な考えも、今は少し安心した。
それから、制服の中に入れていたペンダントを取り出す。
うん、そうだ。これの贈り主を確かめるためにも、私は記憶を取り戻さなければならない。
それに悲しい過去があるのは当たり前だし、昔の私が今と違っても、今の私が偽物というわけでもない。
なんだ、不安にはなれど、怖がることなんてないじゃないか。
重かった気持ちが軽くなる。不安が完全になくなったわけではないが、それでも恐怖はない。
一度だけ深く深呼吸をして、一歩を踏み出した。
それに近づくにつれ、心臓の鼓動は早くなる。
ドクン、ドクンと波打つ心臓を抑えながら、それに手を伸ばす。
指先が、それに触れた。
─────っと───たね──
「っ!?」
声が、聞こえた。
───くたち──ずっと───まって───!
少しずつはっきりしてくる、二つの声。
聞き覚えのある幼い声。
私は、この声を知っている。
─────クレアと会えるのを、ずっと楽しみにしてたんだ!
「……あ」
──気がつけば、私はランサーと共に元のアリーナへと戻ってきていた。
目の前に大樹もなければ、周囲を囲んでいた森もない。足元も、無機質な青い床に戻っている。
隠し通路があった壁に触れてみるが、もう手がすり抜けることはない。ただの行き止まりだ。
「それで、取り戻せたの?」
「うん。少しだけど、ちゃんとある。思い出せる」
大丈夫、夢じゃない。
本当に僅かでしかないけど。顔も思い出せなければ、声だってまだ少し曖昧だけど。
これは、あの子達と出会った日の記憶だ。
「ああ、よかった……」
苦しい記憶ではなかった。
悲しい記憶ではなかった。
むしろ暖かで優しい、そんな記憶だった。
これから取り戻すであろう記憶が全てこうであったらいいけど、そんな訳はない。
もし次の記憶が悲しいものでもいいように、受け入れる準備をしておこう。
「今日はありがとう、ランサー。探索を続けよう」
今日の目的は達成した。
あとは敵を倒しつつ、校舎へ帰るだけだ。
何度か来た道を戻りながら、疲れるまで敵を倒し続ける。10体目を倒した辺りで、少し息が上がってきた。
位階も上がったし、今日はここまでかな。
「そろそろ帰ろうか」
ランサーが頷いたのを確認して、帰還用ポータルへ向かう。
今回の探索では幸い怪我をすることはなかった。小鳥遊たちの情報は得られなかったが、特に問題はない。
むしろ一部とはいえ記憶を取り戻せたんだ。いい結果と言えるだろう。
*
アリーナから出て、端末で時間を確認する。画面には、昨日白乃と決めた時間が映っていた。
これなら今日も一緒に食事をすることができそうだ。
階段を下りて食堂へ向かう。
食堂に入れば、すぐ近くの壁に寄りかかった白乃が目に入った。
「ごめん、待たせた?」
「ううん、私も今来たところ」
挨拶もそこそこに済ませ、共に食事を受け取りに行く。
券売機を前に、白乃は忙しなく眼を動かせている。そして目的のものが見つからなかったのか、見るからに落ち込んでしまった。
口惜しそうに白乃の口から零れた、麻婆豆腐という単語に頬が引きつる。まだ諦めてなかったのか。
あれ、そんなにいいものかなぁ。辛いだけで味なんてわからなそうなのに。
食べたことないから見た目のイメージだけど、間違ってないと思う。
結局、白乃は私と同じものを頼むことにしたらしい。
料理が乗ったトレーを受け取り、席に座る。そこからはただの雑談だ。
お互いある程度気を付けながら、今日あった出来事や他愛のないことを話していく。
そんな平和な時間が、戦闘で疲れた心を癒してくれた。まあ、内容に物騒な話題が出ることもあるけど。
「クレア、今日はなんかご機嫌だね」
「え、そうかな?」
「うん。いつもより笑顔が多い気がする」
うっわ、なにそれ分かりやすい。
これでもポーカーフェイスにはそれなりの自信があったのだけれど。
「あー、実はさ……」
記憶を取り戻したことを言おうとして、やめた。
言うべきか迷ったからだ。
私の記憶があったから白乃の記憶もある。そう結論付けるのは早計だ。
確かに私と白乃は記憶を無くしている。だけど、それが同じ工程で無くなったものだとは断定できない。
もし、アリーナに記憶が落ちているのが私だけならば。これを言うのは、白乃にいらない期待を抱かせてしまうのではないか。
というか、次も私の記憶がある保証すらないわけで。
「え、っと……」
「……クレアはさ、考えすぎなとこあるよね」
「え?」
きゅ、急になに?
「いや、また考えすぎて悩んでるんだと思って。違った?」
「ち、違いません……」
全部バレてる……。
ポーカーフェイスに自信があるとか言っていた自分はなんなんだ。恥ずかしい、全然隠せてない。
「なにかいいことあったんでしょ? クレアがよければ教えてよ」
「……うん、あのね」
それから、一部ではあるけど記憶を取り戻せたという話をした。
一応所々ぼかして話したが、それでも事細かに。
あとそのまま流れで悩んだ理由を話してしまって、かなり呆れられてしまった。
「考えすぎ」
「……返す言葉もありません」
「クレアの言うことも分かるけど、ネガティブに考えすぎだよ。もっとポジティブにいこう。クレアのお陰で、私は希望を持てたんだから」
白乃の言葉に、少し肩が軽くなったような気がした。
安心して、ほっと息をつく。
「君の言う通りだね」
きっと、今まで深く考えすぎていたんだ。いらない心配までして、勝手に肩の荷を重くして。
これからはもっと気軽に、ポジティブに行こう。すぐには難しいかもしれないけど、その方が絶対にいい。
「白乃、ありがとう」
「どういたしまして」
戦いの合間の、平穏な一時。
こんな時間がずっと続けばいいと、そんな叶わない願いを胸に秘めて。今だけは戦いのことを忘れ、友達との談笑を続けた。
今回は少し短めで。
クレアが記憶を(少し)取り戻しました!
詳しくはまた後日投稿します。