Fate/Digital traveller   作:センニチコウ

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第七話 記憶

 アリーナに足を踏み入れる。

 昨日感じた緊迫感はなく、どうやら小鳥遊はいないみたいだ。

 後から来るのか、それとも既に探索を終えているのか。どちらかは分からないが、いないのならそれでいい。

 

 それよりも気になるのは、昨日の帰り際に感じたあの気配だ。

 今もぼんやりと感じ取ることができるが、それがどこにあるのかまでは分からない。

 でも、どうにかして見つけなければ。

 

 道中で会うエネミーを倒しながら、気配の許を探していく。

 それは奥に進むにつれ、より鮮明に感じ取れるようになった。どうやら奥の方にあるらしい。

 逸る気持ちはぐっと抑え込み、ゆっくりと奥へ進む。

 

 本当はすぐにでも走り出してしまいたい。まだ推測の域を出ないが、それでも確信に近いなにかがある。この気配の許はきっと、私が求めているものだと。

 けれどここはアリーナ。一つの間違いが命取りになる場所。そこで勝手に行動するのは、自殺行為と言っても過言ではない。

 

 だから慎重に、それでもできる限り早く先へ。

 気配を頼りに進んでいくと、聞きなれた足音がしないことに気づいた。

 後ろを振り返る。いつもは後ろを歩いているランサーが、数歩離れた場所で立ち止まっていた。

 

「どうしたの?」

「貴女、何処に行くつもり? そっちは行き止まりよ」

 

 怪訝そうな顔をしながら、ランサーは聞いてくる。

 今向かっているのは赤いアイテムフォルダがあったエリアだ。帰還用のポータルもない、ただの行き止まり。

 行くならこっちではないかと、彼女は左へ曲がる分かれ道を手で示す。

 

 確かに、本来ならもう行く理由はない場所だ。

 エネミーを倒すにしても、今来た道を引き返して、再び現れたやつを倒せばいい。わざわざ向こうの方まで行く必要はない。

 

 だけど、それじゃあだめだ。

 

「この向こうに私が求めているものがある。だから、付いてきて欲しい」

 

 一人で行くことはできない。

 死んでしまっては元も子もないから。

 でも、諦めることもできない。

 だって私は、それを取り戻すために一歩を踏み出したんだから。

 

「……いえ、わかった。ただ、意味のないものなら」

「意味はあるよ。私にとっては、だけど」

 

 ランサーに関係はない。

 だけど譲れないものなんだ。これだけは、必ず取り戻しに行く。

 

 少しめんどくさそうにしている姿に一言謝り、先へ進んでいく。

 止んでいた足音は再びアリーナに響きだした。

 

「それで?」

「え?」

「求めているものとは何なの」

 

 ランサーの問いに、すぐに答えることはできなかった。答えはもうほとんど出ているというのに、なぜか言葉が詰まってしまう。

 

「私の……記憶だよ」

 

 なんとか絞り出した声は、今にも消えてしまいそうなくらい小さかった。

 

 恐らく、きっと、多分。

 つけそうになる曖昧な言葉は飲み込む。

 そこから言葉を紡ぐことはできず、会話を続けることはできなかった。折角ランサーが声を掛けてくれたというのに。

 

 彼女も私の言葉になにも返そうとはせず、お互いの間に沈黙が訪れる。

 結局そのまま歩き続けて数分。漸く目的の場所に辿り着いた。

 そこにあるのは、既に開けられた赤のアイテムフォルダだけ。少なくとも、私が目的としているものは見つからない。

 

「行き止まりね」

 

 咎めるようにランサーが私を睨む。

 そう、ここはただの行き止まりだ。

 

 昨日までは、そうだった。

 

「道ならあるよ」

 

 気配は、もうすぐそこにある。

 

 壁に向かって手を伸ばす。

 昨日までなら壁にぶつかるだけだったが、今は違う。まるで元々壁がなかったかのように、手は壁の向こうへすり抜けた。隠し通路だ。

 

「ほら、行こう」

 

 先の見えない一本道。

 本来なら存在しないだろうこの道は、少し構造が不安定な気がした。

 目的のものを手にいれたら、すぐに引き返した方がいいかもしれない。

 

「まさか、一階層でこんな隠し通路があるなんて」

 

 ランサーの言葉に首を傾げる。まるで他の階層にならあるというような言葉だったからだ。

 聞いてみると、恐らくあるという答えが返ってきた。

 今回は気配があったから気づいたけど、探索中に見つけるのは少々骨が折れそうだ。

 

 会話をしながらも、周囲へ警戒を怠らない。しかし、エネミーと会うことは一度もなかった。

 戦いをしないで済むのは楽だが、こうも敵がいないのは少し不吉だ。嵐の前の静けさ、というべきか。

 

 結局敵と出会わないまま、一本道の終わりが見える。

 だが最奥、というわけではない。壁のようなものが道を塞いでいた。その先は壁に隠れて見れない。でも、不思議と不安はなかった。

 

 念のため手で壁に触れ、なにもないことを確認する。

 後ろを歩くランサーに大丈夫だと伝え、その壁を通り抜けた。

 

「きゃぁ!?」

「ランサー!?」

 

 バチリ、電流の走る音がする。

 慌てて振り返るが、そこにランサーの姿はない。

 まさか、壁に阻まれたのか!?

 

 慌てて引き返すと、壁の向こうには傷ついたランサーがいた。 

 エーテルの欠片を使い治療する。幸いそこまで大怪我ではなく、傷は綺麗さっぱりなくなった。

 

「大丈夫?」

「ええ」

 

 どうして彼女はあの壁に阻まれたんだろう。私は普通に通り抜けることができたのに。

 

 もう一度手を伸ばし壁に触れてみるが何も起こらない。

 ランサーも同じように手を伸ばす。その手が壁に触れた瞬間、電流が流れだした。

 だけど触っていた私に痛みはない。どうやら、あの電流が傷つけるのはランサーだけみたいだ。

 

「私は行けないみたいだけど、貴女はどうするの」

 

 その言葉に息を飲む。

 そうだ、ランサーは壁の向こうへ行くことはできない。

 だけど私の求めるものは壁の向こうにある。

 

 一人で、行かないと。

 

「……ごめん、待ってて。すぐ戻ってくる」

 

 アリーナで一人になるのは正直怖い。

 今まではエネミーと遭遇しなかったが、もしこの先で遭遇したら?

 私は一人で対応しなくてはならなくなる。

 

 怖い、けど。

 やっぱり、取り戻せないことの方が怖いんだ。

 

 ランサーを置いて、壁の向こうへ歩きだす。

 後ろから高いヒールの音が聞こえないのが、どこか寂しかった。

 

「……これは」

 

 深い海のような風景が、どんどん緑に変わっていく。

 海の青が空の青へ。

 無機質な床は、生い茂る草原へ。

 

 変化は止まらない。

 更に奥に進んでいくと、周囲に樹木が増えていく。

 草原は森に変わり、青空は木の葉によって隠れてしまう。それでも木々の隙間から入り込む陽の光が、私の進む道を照らしてくれた。

 

 私は、この光景を知っている。

 

「……すごい」

 

 ─────そこには、大きな一本の木があった。

 

 大樹と言っていいほど大きな木の前には、青く輝くなにかが浮いていた。

 あれは、私の求めているものだ。

 

 望んでいたものを目の前にして足がすくむ。冷や汗が流れて止まらない。

 さっきのランサーの問いにすぐに答えられなかった理由が、漸くわかった。

 本当はとても不安だったんだ。ずっと求めていたものなのに、取り戻すのが怖い。

 

 もし、その記憶が苦しいものだったら。

 もし、本当の私が極悪人だったら。

 そんな悪いことばかり考えてしまって、踏み出すことができない。

 さっきまでは気づかなかったのに。些細なことで気づいてしまったその不安は、少しずつ大きくなる。

 

「っは、ぁ」

 

 緊張で息が荒くなるのが分かる。

 不安で怖くて、これ以上先に進むことができない。

 

 いっそ諦めて引き返してしまおうか。

 そんなことすら考えて、足を一歩下げてしまう。

 このまま振り返って、来た道を引き返す。そうすれば、私はこの不安から解放される。

 

「っ」

 

 だけど、それは、ここまで付き合ってくれたランサーへの裏切りだ。

 数日しか付き合いのない、それこそ赤の他人の私のために、彼女は付いてきてくれたんだ。聖杯戦争には全く関係のないことだというのに。

 

「このまま帰ったら、怒られるだろうなぁ」

 

 彼女の鋭い膝を思い出して、思わず苦笑いを零す。

 もしかしたらあれで刺されてしまうかもしれない。そんな物騒な考えも、今は少し安心した。

 

 それから、制服の中に入れていたペンダントを取り出す。

 うん、そうだ。これの贈り主を確かめるためにも、私は記憶を取り戻さなければならない。

 

 それに悲しい過去があるのは当たり前だし、昔の私が今と違っても、今の私が偽物というわけでもない。

 なんだ、不安にはなれど、怖がることなんてないじゃないか。

 

 重かった気持ちが軽くなる。不安が完全になくなったわけではないが、それでも恐怖はない。

 一度だけ深く深呼吸をして、一歩を踏み出した。

 

 それに近づくにつれ、心臓の鼓動は早くなる。

 ドクン、ドクンと波打つ心臓を抑えながら、それに手を伸ばす。

 

 指先が、それに触れた。

 

 

 ─────っと───たね──

 

 

「っ!?」

 

 声が、聞こえた。

 

 

 ───くたち──ずっと───まって───!

 

 

 少しずつはっきりしてくる、二つの声。

 

 聞き覚えのある幼い声。

 

 私は、この声を知っている。

 

 

 ─────クレアと会えるのを、ずっと楽しみにしてたんだ!

 

 

「……あ」

 

 ──気がつけば、私はランサーと共に元のアリーナへと戻ってきていた。

 目の前に大樹もなければ、周囲を囲んでいた森もない。足元も、無機質な青い床に戻っている。

 隠し通路があった壁に触れてみるが、もう手がすり抜けることはない。ただの行き止まりだ。

 

「それで、取り戻せたの?」

「うん。少しだけど、ちゃんとある。思い出せる」

 

 大丈夫、夢じゃない。

 本当に僅かでしかないけど。顔も思い出せなければ、声だってまだ少し曖昧だけど。

 これは、あの子達と出会った日の記憶だ。

 

「ああ、よかった……」

 

 苦しい記憶ではなかった。

 悲しい記憶ではなかった。

 

 むしろ暖かで優しい、そんな記憶だった。

 

 これから取り戻すであろう記憶が全てこうであったらいいけど、そんな訳はない。

 もし次の記憶が悲しいものでもいいように、受け入れる準備をしておこう。

 

「今日はありがとう、ランサー。探索を続けよう」

 

 今日の目的は達成した。

 あとは敵を倒しつつ、校舎へ帰るだけだ。

 

 何度か来た道を戻りながら、疲れるまで敵を倒し続ける。10体目を倒した辺りで、少し息が上がってきた。

 位階も上がったし、今日はここまでかな。

 

「そろそろ帰ろうか」

 

 ランサーが頷いたのを確認して、帰還用ポータルへ向かう。

 

 今回の探索では幸い怪我をすることはなかった。小鳥遊たちの情報は得られなかったが、特に問題はない。

 むしろ一部とはいえ記憶を取り戻せたんだ。いい結果と言えるだろう。

 

 

 *

 

 

 アリーナから出て、端末で時間を確認する。画面には、昨日白乃と決めた時間が映っていた。

 これなら今日も一緒に食事をすることができそうだ。

 

 階段を下りて食堂へ向かう。

 食堂に入れば、すぐ近くの壁に寄りかかった白乃が目に入った。

 

「ごめん、待たせた?」

「ううん、私も今来たところ」

 

 挨拶もそこそこに済ませ、共に食事を受け取りに行く。

 券売機を前に、白乃は忙しなく眼を動かせている。そして目的のものが見つからなかったのか、見るからに落ち込んでしまった。

 口惜しそうに白乃の口から零れた、麻婆豆腐という単語に頬が引きつる。まだ諦めてなかったのか。

 

 あれ、そんなにいいものかなぁ。辛いだけで味なんてわからなそうなのに。

 食べたことないから見た目のイメージだけど、間違ってないと思う。

 

 結局、白乃は私と同じものを頼むことにしたらしい。

 料理が乗ったトレーを受け取り、席に座る。そこからはただの雑談だ。

 お互いある程度気を付けながら、今日あった出来事や他愛のないことを話していく。

 そんな平和な時間が、戦闘で疲れた心を癒してくれた。まあ、内容に物騒な話題が出ることもあるけど。

 

「クレア、今日はなんかご機嫌だね」

「え、そうかな?」

「うん。いつもより笑顔が多い気がする」

 

 うっわ、なにそれ分かりやすい。

 これでもポーカーフェイスにはそれなりの自信があったのだけれど。

 

「あー、実はさ……」

 

 記憶を取り戻したことを言おうとして、やめた。

 言うべきか迷ったからだ。

 私の記憶があったから白乃の記憶もある。そう結論付けるのは早計だ。

 

 確かに私と白乃は記憶を無くしている。だけど、それが同じ工程で無くなったものだとは断定できない。

 もし、アリーナに記憶が落ちているのが私だけならば。これを言うのは、白乃にいらない期待を抱かせてしまうのではないか。

 というか、次も私の記憶がある保証すらないわけで。

 

「え、っと……」

「……クレアはさ、考えすぎなとこあるよね」

「え?」

 

 きゅ、急になに?

 

「いや、また考えすぎて悩んでるんだと思って。違った?」

「ち、違いません……」

 

 全部バレてる……。

 ポーカーフェイスに自信があるとか言っていた自分はなんなんだ。恥ずかしい、全然隠せてない。

 

「なにかいいことあったんでしょ? クレアがよければ教えてよ」

「……うん、あのね」

 

 それから、一部ではあるけど記憶を取り戻せたという話をした。

 一応所々ぼかして話したが、それでも事細かに。

 

 あとそのまま流れで悩んだ理由を話してしまって、かなり呆れられてしまった。

 

「考えすぎ」

「……返す言葉もありません」

「クレアの言うことも分かるけど、ネガティブに考えすぎだよ。もっとポジティブにいこう。クレアのお陰で、私は希望を持てたんだから」

 

 白乃の言葉に、少し肩が軽くなったような気がした。

 安心して、ほっと息をつく。

 

「君の言う通りだね」

 

 きっと、今まで深く考えすぎていたんだ。いらない心配までして、勝手に肩の荷を重くして。

 これからはもっと気軽に、ポジティブに行こう。すぐには難しいかもしれないけど、その方が絶対にいい。

 

「白乃、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 戦いの合間の、平穏な一時。

 こんな時間がずっと続けばいいと、そんな叶わない願いを胸に秘めて。今だけは戦いのことを忘れ、友達との談笑を続けた。

 

 




今回は少し短めで。
クレアが記憶を(少し)取り戻しました!
詳しくはまた後日投稿します。
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