Fate/Digital traveller 作:センニチコウ
────夢を見ている。
ここは夢だ。
そのことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
昨日はアリーナの探索を終え食堂へ行った後、ベッドに横になって休んだ筈だ。
だというのに、なぜか私は今、森の中で立っている。
一度は敵からの攻撃かと疑いもしたが、敵意は感じられない。さらにマイルームで休んだ記憶もはっきりしている。
そして、周囲は見渡す限り一面の緑。幾つもの背の高い木々が並んでいる。
青空は木の葉に隠れてしまってよく見えない。だが、葉の隙間から入り込む陽の光のお陰で、森特有の不気味な薄暗さはなかった。むしろ、その光がどこか神秘的な雰囲気を作っている。
こんなにも自然あふれた場所が、今の地上に残っているのだろうか。
些細な疑問に首をかしげる。しかし、私もそこまで地上に詳しいわけではない。
知識はある。ただ実際に見たことはない。もしかしたらあるのかもしれないし、ないのかもしれない。
またそれを今判断する必要はなく、興味もない。今判断すべきは、この光景が夢であるか否か。それだけ。
疑問は頭の外に追いやり、目の前の大きな木を見た。他の木とは比べ物にならないほど大きなそれからは、不可思議な力が感じ取れる。
その大樹の下には、どこか見覚えのある少女と、恐らく生物であろう小さな影が二匹佇んでいた。
「き、君たちは……?」
「僕は■■■■!」
「私は■■■■■■!」
ノイズが走る。
小さな影の名前がうまく聞こえない。あれらは、いったい何と名乗ったのだろう。
「■■■■と、■■■■■■?」
復唱する少女の声もノイズまみれだ。どうやら、あれらの名前だけが聞こえないらしい。
「僕たちは■■■■■■■■■!」
「ずっと、君を待ってたんだ!」
まただ。
長い単語だったせいか、先程よりもノイズが酷い。耳につく雑音に、思わずに顔をしかめた。
大事だろう部分が聞こえない。恐らく、あれに関する言葉にだけにノイズが入っている。
少女が質問し、影が答える。そのほとんどは影やこの森に関することなんだろう。
こんなノイズだらけの会話を聞いていたって意味がない。この間に、軽く周囲を調べておきましょう。
ノイズが混じる会話を聞きながら、近くの木に向かって手を伸ばす。伸ばした手は、木に触れることなく通り抜けた。
最近似たような光景を見たわね、なんてどうでもいいことを思う。
しかし、これでは何も調べることはできない。お陰でこれは夢であると確信が持てたけど。
やることもなく、もう一度大樹の下に視線を向ける。
先ほどまでそこにいた少女たちの姿はない。だが、すぐにその姿を見つけることはできた。少女は二つの影に案内され、どこかへ向かっているようだ。
私もその背を追いかける。ついていけば、ここがどこかわかるかもしれない。
少女は先を歩く二つの影を追いながら、周囲の光景に目を奪われていた。
感嘆の声をあげながら歩く少女は、足元を這う大きな根に気づかない。
「わっ!?」
そのまま足を引っかけ、バランスを崩し盛大にこける。そんな少女に、二つの影は慌てたように近寄った。
騒ぎながらも心配する影に、少女はどこか嬉しそうに笑いかける。
「大丈夫、心配してくれてありがとう!」
そう言って元気に立ち上がるが、その膝からは血がとめどなく流れている。
怪我をした膝を見た影は慌てふためく。一匹は少女の背を押して先を急ぐ。もう一匹は小刻みに体を震わせ……。
「し、死んじゃやだああああ!!」
あろうことか、大声で泣きわめき出したのだ。
子供のような高い声が耳に響く。その不快感に思わず声をあげてしまったが、これは夢だ。聞こえるわけもなく、影も泣き止まない。
少女は困ったようにその影を抱き上げた。赤ん坊をあやすように慰めるが、やはり影は泣き止まない。
結局その泣き声は、少女が怪我の治療を終えるまで続いていた。
森を抜け少し歩けば、小さな村に辿り着いた。影はすぐに少女をとある小屋へ連れていく。
小屋の中にいたなにかの姿も、ぼやけてうまく見ることはできない。ただ、あの二つの影よりは見やすかった。
「これでよし!」
それは初めこそ動揺していたが、少女が怪我をしていることに気づくと、すぐに治療を開始した。丁寧に傷を消毒し、最後に大きなガーゼを貼る。簡易的な治療を終えると、それはどこか満足そうに笑顔を浮かべた。
少女は礼を言うと、未だ泣き止まない影と向かい合う。
「ほら、■■■■。私はもう大丈夫だよ!」
「う、ぅ……っ。ほ、んと?」
「ほんと!」
活発な動きで元気なことをアピールしたいのか、少女は無意味に小屋の中で動き回った。
影はそれに安心したのだろう。まだ少し掠れた声で、よかったと安心していた。
少女と二つの影は再び礼を言って小屋を出る。
次に向かったのは、この村の中央に位置する他より少し大きめな小屋。
「ただいまー!!」
「お、おじゃまします」
「■ジ■ン、いるー?」
いつも通り、なにかの名前にはノイズが混じる。けれど、影が呼んだ名前は僅かだが聞くことができた。
だからといって、予想がつくわけではないのだけど。
「おお、今日は随分と早いな……おや、君は」
出てきたのは、随分と小さな人型だった。
微かに見える外見から人の老人を連想する。あれは、人間なのだろうか。
「そうかそうか。お前たち、ようやくパートナーを見つけたのだな」
「パートナー?」
少女の疑問に老人は一つ頷くと、近くの椅子に座るよう促した。素直に椅子に座り、少女は先ほどの言葉を意味を問う。
「ふむ、パートナーというのはな……」
そこからの会話は今まで以上にノイズが酷く、よく聞き取ることはできなかった。
ただ分かったのは、影にとって少女は必要不可欠な存在ということ。だから仲良くしてほしい、と老人は言う。
少女と影は顔を合わせる。そして、とても幸せそうに笑顔を浮かべた。
「うん!」
*
少女が村での生活に慣れてきた頃、影の一つがとある本を持ってきた。
影と少女は、三人? でその本を眺めている。
「えーと……こう、して、せいねんは、……ぼうけんの、たびに」
指で文字を追いながら、少女はゆっくりと本を読む。
背後から本の内容を覗いてみる。どうやらその本は絵本だったらしく、文字よりも先にイラストが目に入った。さらに書かれている文字は日本語でもなければ英語でもない。この私でも見たことがない文字だ。
「そうそう、だいぶ読めるようになったね!」
「■■■■■■の教え方がうまいんだよ」
他愛のない会話を繰り返しながら、少女たちは本を読み進めていく。
本の内容はどこにでもある冒険の話だ。青年が勇者となって姫を救いに行く、まさしく王道ともいえる話。
少女は数十分ほどの時間をかけて、全ての内容を読み終えた。
「このお話ね、本当はもっと長いんだよ」
「そうなの?」
「うん! 勇者はね、色々な所を冒険するの。海の奥にある神殿とか、一面に広がる砂漠とか!」
本を持ってきた影は声を弾ませる。本当にこの本のことが好きなんだろう。
私からは見えないが、影の目は眩いほど輝いているのが想像できる。
「私もね、この勇者みたいに冒険をしたいんだ。そして、いつか■■■■■■■になるの!」
「■■■■■■■?」
「この世界を守る■■■■のことだよ! すっごいかっこいいんだから!」
力説する影に、少女は少し困ったように笑った。
一緒に本を読んでいたもう片方は特に興味がないらしく、少女の膝で欠伸をしているほどだ。
「じゃあさ」
少女がなにかを提案しようとした、その瞬間。
恐ろしいほど大きな爆発音が鳴り響く。
その衝撃は凄まじく、棚の上にあった小物は地面に落ちる。
「な、なにっ!?」
慌てて小屋の外に逃げ出すと、村は炎に包まれていた。
小屋は既にいくつか焼き払われ、住んでいたものたちは悲鳴をあげ逃げ惑う。平穏だった村が、まるで地獄のような有り様だった。
そんな光景に、少女は言葉を失い震えることしかできない。
「こっちだ!」
そんな少女に声をかけたのは、あの老人のようなものだ。
声に動かされるように駆け出した少女は、老人に誘導され逃げる住民にほっと息をはく。
「ね、ねぇ! これはなんなの!?」
「説明はあとじゃ! 今は早く逃げなさい!」
「この村を捨てるの!?」
「村はまた作ればいい!」
どうやら老人は割り切っているらしい。渋る少女と影を説得している。
だが、それでも少女は割りきれていないようだ。怖がりながらも、炎に包まれた村に目を向ける。
炎の勢いは強く、既に火の手はすぐそこまで来ていた。それに包まれてしまえば、火傷では済まされない。
「そんなの……」
「そんなの、僕は嫌だ!」
「私も!」
二つの影が、炎の中に飛び込んだ。
少女は影を追うように駆け出す。だが、老人に手を掴まれ引き止められた。
「離して!」
「ダメじゃ! こんな炎に飛び込んでどうする!?」
「それでも行かなくちゃ!」
怯えていた瞳に覚悟が宿る。
その翡翠の瞳を、私は知っている気がした。
「私は、あの子たちのパートナーなんだから!!」
引き止める住民の声も聞かず、少女は炎へと飛び込んだ。
影の名前を呼びながら、少しずつ前に進んでいく。その後ろ姿も、どこか見覚えがあって。
この後ろ姿は、誰のものだったかしら。
思い出せない背に首をかしげているうちに、少女はさらに先に進んでいく。
そうしてしばらく歩き続けた少女は、恐らく村の中心部だった広場にまでたどり着いた。元々はなにもない広場だったそこは、崩れた小屋の木材によって埋め尽くされている。
そんな場所に、それはいた。
「……なに、あれ」
呆然と呟かれた言葉に宿るのは恐怖だ。
少女の視線の先には、大きな恐竜のようななにか暴れていた。大きな口から火を吹き、巨大な爪を振り回している。あれがこの村を襲ったのは目に見えて明らかだ。
少女は怖じ気づき後退りする。だが、目の端に影を見つけたのだろう。
あからさまにほっと息をつき、恐竜にばれないよう影に近づこうと動き出す。けれどその足は、不用意にも地面に落ちた木の枝を踏みつけた。
枝の折れる音が小さく鳴る。その音を、恐竜は逃すことはない。
血走った青い目に、少女の姿が写る。突如向けられた殺意が籠る目に腰を抜かした少女は、逃げることすらできない。
黒い巨体がこちらに向かってくる。
恐らく少女はこのまま食べられてしまうのだろう。二つの影が助けに来たとしても、あの小さな身体で戦えるとは思えない。
なんてつまらない終わり方。
あの老人の言う通り、逃げてしまえばよかったのに。
「■■アっ!」
「逃げて!」
予想通り、影は少女を助けるため前に躍り出る。
小さな体から鉄粒とトゲを吐き出し抵抗するが、あんなのでダメージを与えられるはずもない。ただ鬱陶しいだけだ。
実際、あの恐竜も鬱陶しく思ったのだろう。乱暴に手を振り回し、影を殴り飛ばす。
「■リ■■! ■■キ■■ン!!」
悲痛に満ちた声が、炎の中に消えていく。
巨体は近づいてくる。もう守ってくれるものはいない。
少女は迫る恐怖に耐えきれず、目を閉じた。
「「■レア!!!」」
そうして視界は、白に染まり───。