モモです! 外伝集   作:疑似ほにょぺにょこ

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外章 ナザリック 時計のキセキ


「ふむ──」

 

 左手を天に透かす。ここは地下である。至高の御方々の中の最上位であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様が統治される絶対的な地。栄えあるナザリック地下大墳墓である。このナザリックには陽の射す場所はあるが、ここはそうではない。寧ろナザリックの中でも、ここはそう明るい場所ではない。

 

「ほぉ──」

 

 しかし私は左手を天に透かす。もう一度。

 別に左手を見ているわけではない。その手の首に填められたブレスレットを見て居るのだ。

 とても大事で、とても栄えあるアイテムである。性能そのもので言うならば各広間に添え付けてあるものと大差ないだろう。しかしこれはそんなものとは隔絶した風格と品格。神々しさと美しさが芸術的に混ざり合っている。

 

「素晴らしい──」

 

 それは思わず呟いてしまう程だった。このまま、天に翳したまま拝みたいほどに。

 

「フ──フフフ──」

 

 これほど素晴らしいものを頂けた私はどれ程の幸せ者なのだろうか。恐らく三千世界を探し回ったとしても、そう居ないだろうと確信できる程に私の心は大きく波打っている。

 ゆっくり、ゆっくりと手を降ろす。そして、儚く繊細な飴細工よりも優しく、優しく──そっと指を這わせた。

 

『今、午前4時37分だな、デミウルゴス。あまり無理をせず、励めよ』

「おぉ──おぉ!!」

 

 今聞こえた。はっきりと。至高の御方であり、敬愛すべき御方の声が。

 なんと素晴らしいものか。なんと尊きものか。はらはらと流れる涙を拭くこともなく、そっと腕輪を抱きしめる。

 

「あぁ、アインズ様。いと尊き御方。至高の御君。貴方様をこれほど身近に感じることが出来る物をこんな私に頂けるとは──このデミウルゴス。感謝感激極まりのうございます」

 

 常にアインズ様を身近に感じられる。常にアインズ様のお声が聞こえる。それはまるで、常にアインズ様のお傍に居続けられるようなものだ。

 アインズ様はおっしゃっていた。これが最初の一個なのだと。まず最初にお渡し頂く事が出来たのは私だけなのだと。

 

「んんっ──そういえば、アインズ様はこのアイテムをもっと作るかどうかの批評を私に任せるとの事でしたね」

 

 欲を言うならば、このまま自分だけが所持出来れば最高である。だがそれを行うにはこの崇高なブレスレットに最低評価を付けることに等しい。それは出来ない。絶対に出来るはずがない。私が付けるとするならば最高得点以外にあり得ないのだ。

 

「しかし──例え文句なしの満点をつけたとしても、それに納得していただけるのだろうか。いや、寧ろそこが私に渡した理由と一致するのではないだろうか」

 

 常に深淵なるお考えを持つアインズ様の事だ。褒美としてただ与えるだろうか。私の評価が欲しいとおっしゃっていたが、本当に私だけの評価で良いのだろうか。

 ただ個人の評価が欲しいだけならばそれこそアルベドやシャルティアでも問題なかったはずだ。

 私を評価したついで程度でこの私に渡されるだろうか。

 

「これは──やはり私だけの主観的評価だけではなく、他の皆の評価もそれとなく欲しいという事ではないだろうか」

 

 まずアルベドは論外だ。そもそも立場上。身軽に動けない。シャルティアは短絡的思考が多い故に私のような答えに辿り着くかも怪しい。アウラやマーレならば答えに辿り着くだろうが、経験の少ない二人では周囲にそれとなく聞くことは不可能だろう。パンドラズ・アクターは宝物庫の責任者であるとはいえ目立った功績はないので、そもそも与えられる事もない。と、言うよりアインズ様の被造物であるパンドラズ・アクターがアインズ様の事を第三者視点で見れるだろうか。

 

「ふむ、こうやって消去法で考えてみても、私しか居なさそうですね」

 

 やはりアインズ様は単に褒賞としてこのブレスレットを下さった訳ではなさそうである。

 

「そういえば、アインズ様はこうおっしゃっていましたね。『ただ言われることをするのではなく、まず自分で考えてこのナザリックの──アインズ・ウール・ゴウンの為になることを行うのだ』と」

 

 つまり、アインズ様はそれを実行なされたわけだ。

 危なかった。もしそのまま私の評価だけをアインズ様に渡していたら、折角私の事を評価して頂いたというのに、その期待を裏切ってしまう所だったのだ。

 無論、私程度で推理できるような簡単なお考えでは無い事は間違いない。だが、それでも。私に出来る最高の仕事をアインズ様にお見せしなくてはならない。

 

「見ていてください、アインズ様。このデミウルゴス──必ずや貴方様が期待されるであろう結果をお持ち致します!」

 

 

 

 

 

「──おかしいわね、アインズ様のお声が聞こえたと思ったのだけれど」

 

 聞き間違いだろうか。凡そ30分ほど前まではいらっしゃったが、デミウルゴスと会った後にさっさとリ・エスティーゼ王国に向かわれてしまってこのナザリックには既にいらっしゃらないはずなのだ。

 しかし、先ほど間違いなくアインズ様のお声が聞こえたのだ。私は例え数万キロ離れたアインズ様のお声であっても決して聞き逃すつもりはない。そもそもこのナザリック内で呟かれた事が聞こえないはずがないのだ。

 

「おかしいわね──デミウルゴスしか居ないわ」

 

 確かにアインズ様は先ほどデミウルゴスと話されてはいたが──

 

「──っ!?」

 

 思わず柱に隠れてしまう。アインズ様のお声が聞こえてきたのだ。『気がした』ではない。間違いなく聞こえていた。それもデミウルゴスの所から。もしや《パーフェゥト・アンノウアブル/完全不可知化》をお使いになられているのかとも思ったが、どうやら違う。何しろ聞こえてきた場所は──

 

「ま、まさか──」

 

 

 

 

 

 

「デミウルゴス、こんなところで何をしているのかしら」

「おや、アルベドではありませんか」

 

 後ろから声を掛けられ、振り向けばアルベドが居る。だが不思議な事に柱の影から出てきたような気がした。隠れるような何かがあったのだろうか。

 まぁ忙しくも聡明な彼女の事だ。何かがあったとしても自分で何とかしてしまうだろう。もし助言等が欲しい場合は彼女自身が頼んでくるはずである。

 いや、むしろ助言が欲しいのはこちらの方か。早速一人目は彼女にするとしよう。

 

「先ほどアインズ様よりこれを頂いたのですが──」

「やはりあなたが──」

 

 ふむ、『やはり』とは一体何を指しているのだろうか。あまりに小さな声で何を言っているのか聞こえ辛い。このブレスレットは私が最初だとアインズ様はおっしゃって居たから彼女が知る筈はないのだが──

 

「どうかしましたか、アルベド」

「い、いえ──何でもないわ。それよりも、そのブレスレットはどうしたのかしら。あなたはそういったものをあまり身に付けないと思っていたのだけれど」

 

 やはり気の所為なのか。彼女は普段通りの雰囲気に戻っている。しかし私があまり付け慣れていないブレスレットを身に付けているのが気になったのかもしれない。それが正しいと言うように彼女の視線はブレスレットに釘付けのようだ。

 

「えぇ、これがアインズ様から頂いたものなのですよ」

「そ、そうなの──それはどういうものなのかしら?」

 

 アインズ様より直接頂いたもの。やはりアルベドも気になるようだ。珍しく声が上擦っており、動揺を隠せていない。統括であるアルベドは良い評価は頂けても高い評価は難しい。故にこういった物を頂く事はそうないだろう。守護者統括として『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を頂いた手前、そうそう次に褒賞を頂くと言う事はできない。

 それゆえに私の持つこのブレスレットが気になって仕方ないのだ。

 ほんの少しだけ、優越感がこの身に走って行く。守護者統括である彼女と、階層守護者である私では、どうしても埋められない隔絶した立場の差と言うものがある。最終的な立場は彼女が絶対的に上なのだ。だからこそ感じてしまうこの優越感。思わず笑みが深くなってしまうのも仕方のない事だろう。

 彼女の形の良い眉が少しだけ顰められる。どうやら思わず取ってしまった笑みが彼女に不快感を与えてしまった様だ。

 

「そう怒らないで下さい、アルベド。今使いますので」

 

 そういって軽い気持ちでブレスレットに触れる。だがそれは、私も──アルベドにも予想だにしない声が聞こえてきたのだ。

 

『今5時丁度だな、デミウルゴス。ん?アルベドもそこに居るのか。二人とも、夜はしっかり寝たか?今日も一日頑張るんだぞ』

「なんと──」

「うそ──でしょ──」

 

 私は先ほどと同じように、時間と私を労うアインズ様のお声が聞こえると思っていたのだ。

 はっきり言おう。これはマジックアイテムである。ただの時刻を知らせるだけのマジックアイテムである。基本性能はぶくぶく茶釜様から聞いて居る。時間と同時に喋るコメントが幾つか。そして特定の操作を行く事で、『ねた』という特殊なセリフを入れることが出来る。精々性能としてはそれ位の筈なのだ。

 

「あ、アルベド──すみませんが、少々離れて頂けますか」

「え、えぇ──」

 

 渋々といった表情でアルベドが離れて行く。20歩ほど離れたところで止まり、こちらに振り替える。この程度で良いだろう。そう彼女の視線が言っている。

 

「ん──お、押しますよ──」

『今5時5分だな、デミウルゴス。はっはっは。デミウルゴスはせっかちだな。まだ5分しか経ってないぞ。アルベドも気になっているのか?離れていてもこちらを伺っているのが丸分かりだぞ』

「ち、ちち──ちょうだい、デミウルゴス!!」

 

 あげられるわけがないでしょう。というよりも、これはどれだけ機能を増やしているのか。まさか少し離れていたアルベドにも反応するとは。まさか本当は録音した声ではなく、アインズ様がこのブレスレットを通して喋っているのでは──あっ!

 

「ちょ、返してください、アルベド!それは私がアインズ様より頂いたものですよ!!」

「いっかい!いっかいだけ!ね?デミウルゴス」

 

 いつもからは考えられないほど素早い動きで私からブレスレットを奪い取り、そっと自分の手に通したのだ。本当にアインズ様の事になると良くも悪くもこちらの想像を上回る行動をとるので非常に困ってしまう。

 しかし、一回だけと念を押す彼女に根負けしてしまう私も私なのかもしれない。

 そして、私達はアインズ様の凄まじい深淵なるお考えの片鱗に触れることになったのだ。

 

『何をやっている、アルベド!これはデミウルゴスのものだぞ!!』

「も、もも──申し訳ありません、アインズ様ぁ!!」

「ま、まさかアインズ様はこの状況すら想定されていたのか──」

 

 ブレスレットから聞こえるアインズ様の声に叱られたアルベドは、まるで泣き叫ぶような声を上げながら地に頭を擦り付ける。条件反射でそうなったのだろうけれど、怒られた事自体は深く反省しているのだろう。物凄く落ち込んだ表情でブレスレットは返してくれていた。

 再びブレスレットに手を通す。まるでここに最初からあったかのようにしっくりと手首に嵌るブレスレットを見つめ、ふと思い出す。もしや、と。

 

「アルベド、すみませんがこの状態でもう一度触ってくれませんか?」

 

 泣きそうな顔でいやいやと首を振る彼女の手を取り、無理矢理ブレスレットに触れさせる。決して彼女を苛めているわけではないのだが、ブレスレットに触れた瞬間『びくり』と震える彼女はまるで幼子の様である。

 

『ちゃんとデミウルゴスに返したようだな。私は信じていたぞ、アルベド』

「あ、アインズさまぁ──」

「げに恐ろしきは、アインズ様の深淵なる智謀──ですね」

 

 アインズ様は許すところまでしっかりと録音なされていた。もし、アルベドがあのままもう一度触っていたのなら──一体どうなったのか、想像するのも恐ろしい。

 泣いているアルベドの手を取って立ち上がらせれば、許されて少しは安心したのだろう。陰りは大分薄くなっているようだった。

 

「さて、アルベド。情緒不安定な状態の貴方に言うのは少々酷かもしれませんが、このブレスレットについて評価を頂きたいのです」

「ぐすっ──評価ですか?」

「えぇ。アインズ様より最初に頂いたものとして、以後これを褒賞の一つにするに相応しいのかどうかの評価を頂きたいのです。私個人だけの評価で決めるのはいけませんからね」

「そ、そうだったの──わたしてっきり──」

 

 ふむ、アルベドには何か含むものでもあったのだろうか。私も、そして創造主であるウルベルト様も悪魔であるが故か感情の機微には疎いので理解できない部分である。しかしだからといって彼女に暗い顔をしていてほしいと言うことでは決してない。

 

「アルベド。貴方に何か含む所があるのは私にも理解できますが、それ以上は分かりかねます。ですが、貴方にそういう顔をして欲しいとは私も──そして当然アインズ様も思っていません。あのアインズ様のことです。私が最初に渡された理由も様々とあるのでしょう。決して気落ちする必要はありませんよ」

「え、えぇ。ありがとう、デミウルゴス」

 

 やっと彼女らしい笑みが戻ってきたようだ。これで当面は大丈夫だろう。ならばさっさと評価を聞いて次へと行かねばならない。

 

「私の評価は間違いなく満点よ。──でも、満点という言葉がここまで陳腐に聞こえる事もそうそうないでしょうね。私が評価すること自体烏滸がましいと思ってしまうもの」

「ふむ、ありがとうございます、アルベド。私も、貴方のお蔭でさらにこのアイテムの評価が上がりましたよ──っと、そうです」

 

 仕事へ戻ろうとしたのだろうアルベドへと再び声を掛ける。実験を行うので1時間後に玉座へ来てほしい、と。

 私の予想が正しければ、恐らく私に持たせた理由がそこにある気がするのだ。

 さぁ、次へ行きましょう。兵は巧遅よりも拙速を尊ぶと言う。なら王へ巧速を捧げねば良き配下とは言えないのだから。

 

 

「──おや、セバスですか。お早うございます」

「おぉ、デミウルゴス様。お早うございます」

 

 アルベドより分かれて歩いて10分弱程度。どこかへ向かう所だったのだろう。曲がり角でティーセットを持ったセバスに出会うことが出来た。このままどこかの部屋に入られていたら彼を探さなければならないところだった事を鑑みれば僥倖と言えるだろう。

 

「セバス、すまないが先ほどアインズ様に頂いたマジックアイテムについて評価を貰いたいのだが」

「ふむ、でしたら丁度プレアデスの皆と朝食後のお茶を頂くところでした。デミウルゴス様、プレアデス達の評価もお茶と一緒にどうですかな」

「なるほど、それは魅力的なお誘いだね。乗るとするよ、セバス」

 

 流石はセバスといった所か。こういう機転の効かせ方は私も倣いたいところである。

 セバスに先導してもらい、使用人たちの使う食堂へと足を向けた。

 遠くからでも分かる程に緩んだ空気が食堂から漏れている。それに少しだけ笑みを浮かべた。視線を向ければ背中越しでもわかるほどに、セバスも苦笑しているようだ。

 

「あれでも仕事はできる子たちです。多めに見て頂けると──」

「いやいや、何も問題はないよ。彼女たちの能力はアルベドと共に高く評価しているからね」

 

 近づくにつれて緩い雰囲気が消えて行く。私が居ることに逸早く気づいたのはシズだろうか。耳を澄ませると足早に動いているのが聞こえるものの、声は聞こえない。声を出さずとも連携が取れている証拠だ。これを高く評価せずして何と言うのか。

 

「ふむ、最初に気付いたのはシズですな。次にユリ。続いてルプスレギナ。最後にソリュシャンとエントマが同時ですか」

「──なるほど、ナーベラルは私とセバスがあった時点で気付いていたみたいだね」

 

 恐らくナーベラルは一人そっと身なりを正して居たのだろう。誰にも気づかれずに。元より性格的にあまり気を緩めるタイプでも無いというのもあるだろう。

 

「すまないね、皆。楽にしてほしい──と、言っても出来そうにないみたいだね。要件をさっさと済ませる事にしようか」

 

 食堂に足を踏み入れながら謝罪する。何しろ食堂なのにまるで会議室に入ったかのように張り詰めた雰囲気が部屋に漂っていたのである。別に抜き打ち検査に来たわけでもないのだから気を抜いてもらっていいのだが、彼女たちの立場上そうもいかないわけだ。

 ならばさっさと彼女たちからコレの評価を貰って退散した方が彼女たちの為になるというものか。

 セバスも視線だけではあるものの、申し訳なさそうにしている。

 

「あ、あの──デミウルゴス様。こんな朝から何の案件なのでしょうか」

 

 おずおずと手を上げたのはルプスレギナだった。だが皆が聞きたい話である事には変わりない。単に彼女が代表として手を上げたに過ぎない。

 

「あぁ、これですよ。先ほどアインズ様より頂いたものの評価を貰いたいと思ってね」

「アインズ様の──デミウルゴス様。アインズ様から頂いたものに我々が評価をするなど不敬に当たるのではありませんか」

 

 少しだけ眉を潜めながら声を上げたのはナーベラルだ。確かに通常考えるならば不敬極まりない行為だろう。だが、これはアインズ様より評価してほしいと直接言われたものだ。マジックアイテムとしては大した効果のない物。時間を分刻みで必要とする者などこのナザリックでは限られていると言って良い。それでもなお欲しいと思えるのかと、お優しいアインズ様は心配なされたのだ。

 

「問題ないよ、ナーベラル。これはアインズ様のご意志でもある。必要としないものを渡しても良いかと、お優しいアインズ様は腐心なさっておられるのだよ」

 

 しん、と部屋が静まり返った。本来アインズ様よりいただくものは、例え道端の小石であっても尊ぶべきものとなる。だというのに、私達の事を考えて下さっておられる。それがどれ程素晴らしいことなのか。それを皆噛みしめているのだろう。

 

「それで──私達に評価してほしいと言うそのマジックアイテムは──」

「フフ──皆、驚くといい」

 

 少し緊張した面持ちのユリに、私は笑みを深めてブレスレットに触れた。

 

『現在5時20分だな、デミウルゴス──』

「──ん?」

 

 おや、とブレスレットを見やる。もしや階層守護者達に反応するだけでプレアデス達には反応しないのだろうか。そう思った時だった。

 

『──おはよう、セバス。そしてプレアデスの諸君!今日も元気かな。体調の悪い者は遠慮せずにセバスに言うように。セバス、体調が悪くなったら遠慮なくアルベドに言うんだぞ』

 

 突然プレアデスの皆が立ち上がる。そして始まる斉唱。『おはようございます、アインズ様!』と。まさかタイムラグがあるとは思わなかった。思わぬ不意打ちだったからだろう。プレアデスの皆はほぼ反射で斉唱してから、きょろきょろと周囲を見回している。アインズ様が居ない事に気付かないまま。

 しかし解せぬのはセバスである。斉唱に参加はしたもののいつもの表情から変わらない。眉を潜める私に気付いたのだろうセバスは、私に笑みを浮かべた。

 

「ははは。申し訳ありません、デミウルゴス様。実は先日、アインズ様よりそのマジックアイテムに入れる声について相談されておりまして」

「なるほどね。ネタは既に知っていた、というわけか」

「はい、流石にこれほどまでのものとは思っておりませんでしたが」

 

 それはそうだろう。何度も聞いて居る私ですら驚いたのだ。

 

「しかし本当に素晴らしいお方でありますな。このようなマジックアイテムであっても我々の様な末端にまで心を砕いて下さるのですから」

「あぁ、そうだね。本当に──」

「デミウルゴス様ー?今のアインズ様のお声はー、そのマジックアイテムからなのですかー?」

「ん?あぁ、そうだよ、エントマ。ただ時刻を伝えるという簡単なマジックアイテムのはずだったのだけれどね。こんな些細な物にまでアインズ様は気付かって下さっているのだよ」

 

 凄い、素晴らしいと皆が口々に言っている。これは聞く必要すらなく最高評価が貰えそうだ。

 

「そういえばデミウルゴス様。このマジックアイテムは我々でも頂ける可能性があるのでしょうか」

「勿論だよ、セバス。セバスも一度経験しているだろう。何か欲しいものはないか、とアインズ様がおっしゃった時を。その褒賞の一つとしてこれを入れるかどうかの評価なんだ」

「なんと──」

 

 皆の雰囲気が変わるのを見て、なるほどと得心が入った。これもアインズ様が私にやらせた理由の一つなのだろう。明らかに皆のやる気が上がったのだ。良くよく考えれば私達の評価など聞かずともこれの評価は間違いなく最高だ。褒賞で欲しいものランキングで間違いなく上位になる物だろう。それをわざわざ評価させるという手間を取ってこれを皆に周知させ、皆の意欲を高めようとなされているのだ。

 簡単な、たった一つの行動で幾つもの意味を持たせる。流石はアインズ様である。

 

「さて、私はそろそろ暇させてもらうとするよ」

「おや、お茶は要りませんでしたか」

「あぁ、それはまた今度にするよ。私が居たら皆がゆっくりできないだろうからね。そうそう、6時ごろに皆玉座の間に集まってくれないか。最後の実験をしたいからね」

 

 コップにお茶を注ごうとするセバスを制して食堂から出て行く。入って着た時とは間逆に、皆が名残惜しそうな顔をしているのはこのブレスレットのお蔭だろう。

 私は本来恨まれ役だ。厳しい事を言って皆の規律を正す事が私の使命である。そんな私が皆に惜しまれながら退室するというのも、何とも不思議な感じがした。

 

「これもまた、貴方様のお考えの通りなのでしょうね。アインズ様──」

 

 目を瞑り、そっとブレスレットを胸に抱く。やはり貴方様は素晴らしい御方です。そう、万感の思いを込めて。

 

『今5時30分だな。仕事はこれからだ、行くぞ、デミウルゴス』

「はい、アインズ様」

 

 

 それから私は第六階層まで昇ってきていた。どうやらアウラとマーレだけではなく、コキュートスと『じゃんがりあんはむすたぁ』なる種族のハムスケが居るようなのだ。シャルティアは恐らく自室だろう。

 闘技場から戦闘音がしている。おや、と思い空から見下ろせばどうやらコキュートスとハムスケが戦っているようだ。

 とはいえ、戦上手であるコキュートスにハムスケ程度の強さで歯が立つわけがない。ハムスケの方は本気でやっているようだが、コキュートスは武器一本で軽くいなしているようだ。

 

「あれ、デミウルゴスじゃん。こんなところにどうしたの?」

「先ほどアインズ様より褒賞としてマジックアイテムを頂いたんだ。その評価を皆に聞いておきたいと思ってね。高評価であれば以後、褒賞の一つになるようだよ」

 

 降りて来た私にいち早く気づいたのは、やはりアウラだった。マーレは全然気付かなかったようで、音無く降り立った私を見て目を見開いている。流石にやりあっている二人はこちらに視線すら──いや、コキュートスはこちらをちらりと見ているか。

 

「あ、それ!」

『今5時40分だよ~』

 

 目聡く見付けたアウラが自分の身に付けているブレスレットに触れた。すると何とも気の抜けたぶくぶく茶釜様の御声が聞こえてくる。だが、それだけだ。やはり本来はこうやって時間を教える程度のものなのだ。

 

「ふふふー。ぶくぶく茶釜様~」

 

 私には一切理解できないが、やはり創造主の声なのだ。聞けるだけでも嬉しいものなのだろう。

 では、と私もブレスレットに触れる。

 

『今5時42分だな、デミウルゴス。そしてお早う、アウラ、マーレ』

 

 アウラとマーレが『ぎょっ』とこちらを見つめてくる。流石に自分たちの声を呼ばれるとは思わなかったのだろう。嬉しそうにブレスレットを見つめている。

 

「うわぁー。アインズ様の声だけじゃなくて、回りにも──」

『お早う、コキュートス、ハムスケ!朝から元気だな!!』

「え、殿──はぎゅーーー!?」

「ソノ行動、悪シ──オハヨウゴザイマス、アインズ様──?」

 

 アウラが嬉しそうにブレスレットに顔を近づけた瞬間だった。まるで謀ったかのようなタイミングで大音量が流れたのだ。コキュートスとハムスケに向けて。流石に続きがあるとは思ってもみなかったのだろう、大音量が直撃したアウラは目を回している。

 

「デミウルゴス、今アインズ様ノ声ガ聞コエタノダガ──」

「お早う、コキュートス。これだよ」

 

 気を抜いた瞬間にコキュートスに闘技場の壁にまで吹き飛ばされ、激突して気絶したのだろうハムスケを放置したままコキュートスがこちらに来ていた。やはり近くで見ても彼の身体には傷一つ付いていない。ハムスケは一方的に翻弄されていたのだろう。

 コキュートスは興味深そうにブレスレットを見ている。彼の主人に倣い、武くらいにしか興味が無いだろうコキュートスですらこの態度である。これはもう確定と言って良いのではないだろうか。

 

「前回の働きの褒賞として貰ったものなのだけれどね。どうやら試しに作ったものらしく、今後の褒賞として入れて良いかの評価を、アインズ様は欲っしていらっしゃるんだ」

 

 私の言葉に弾かれる様にアウラとマーレが『欲しい』と手を上げている。いや評価が欲しいのであってこれが欲しいかどうかでは──いや、間違いではないのか。

 

「アインズ様ノ御声ヲ身近ニ感ジル事ガ出来ルトイウノハ身ノ引キ締マル思イダ。欲シイナ」

「ふむ、当然の如く満場一致だね。最後はシャルティアか」

 

 ハムスケの方に視線をやると震えながら手を上げている。小さいが『欲しいでござる』とか言っているので大丈夫だろう。

 

「えーシャルティアー?要らないんじゃない?アイツなら殺してでも奪い取るって感じだと思うけど」

「ははは。それは私も同じ意見だよ。しかし、万が一というのもある。我が主たるウルベルト様もおっしゃっていた。『無意味な行動などない。全てが万事に繋がっているものだ』とね」

 

 さて、急がないといけない。もうあまり時間が無いのだ。喋ってるうちに随分と経ってしまっている。

 

「あれ、もう行くの?」

「えぇ。シャルティアを連れて行くので先に玉座の間に行っておいてください。最後の実験をしますので」

「実験──ですか?」

 

 きょとんと不思議そうに首を傾げる二人に笑みを浮かべる。決して損はしないと。

 さぁ急いでシャルティアの所に向かうとしましょう。

 

 

「おはようございます、シャルティア。起きてますか?」

 

 シャルティアの寝所へとやってきたのだが、案の定まだ寝ているようだ。彼女はアンデッドなのだから寝る必要すらないはずなのに良く眠る。ナザリックにある7不思議と言われているものの一つである。

 

「おはようございます、デミウルゴス様──申し訳ありませんが、シャルティア様はまだ──」

「ふむ、それはいけないね。彼女が欠けたら私の実験も意味を成さないからね」

 

 申し訳なさそうにしている吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>が苦笑する。そういえば、コレならばいけるのではないか。そう思いブレスレットに視線を移した。

 さて、近いとはいえドア越しでも反応するのだろうか。反応しなかったらどうしようもない気もするが、アインズ様の事である。恐らく反応するだろう。そう一縷の望みをかけて、触れた。

 

『今5時55分だな。ヒューゴーゴーゴーゥ!!』

「──え?」

 

 もしかしてネタ枠とやらに当たってしまったのだろうか。今までとは明らかに違う。なんとも微妙な雰囲気が流れてしまっていた。吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>も突っ込んでいいのか放置した方が良いのかと悩んでいるようだ。

 

「ね、ネタ枠ですからね。1分待ってもう一度やれば──」

『──気を抜いたな、デミウルゴス?』

「──は?」

 

 そう思った時だった。そう、コレは今までわざとずらしていたのだ。それを失念していた。そう思った時はもう遅かった。

 

『我が名はアインズ・ウール・ゴウンである!おはよう、シャルティア!!』

「ぐぅっ!!」

 

 あまりの大音量に思わず呻いてしまう。近くに居た吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>は驚いて耳を塞ぎながら縮こまってしまっていた。

 しかしその効果は絶大だったようで『ギャー!?』とあまりにもあまりな叫び声が、ドタバタと走り回る音と共に聞こえて来る。

 

「お、おおおおお早うございます、アインズ様!貴方様のシャルティアが──あれ?アインズ様ー?」

「おはようございます、シャルティア。これですよ」

 

 喜色満面でドアを勢いよく開けたシャルティアだったが、当のアインズ様がいらっしゃらないことに首を傾げている。つまりシャルティアであってもこのマジックアイテムから聞こえる声が本人かどうかの判別が出来ないということだ。これは大きな収穫である。

 私が笑いながら身に付けているブレスレットを彼女に見せながら指さすと、シャルティアは恐る恐る触れようとしてくる。さて、今度はどういう言葉が出るのだろうか。時間はないが私も楽しみになってきている。何しろ未だに同じ言葉が一度も出ていないのだから。

 

『残念だったな、シャルティア。俺は既にデミウルゴスのものなのだよ。因みに今5時58分だ』

「おう──」

 

 明らかに殺気を含んだシャルティアの視線が私を貫いて来る。戦闘力最高位たるシャルティアの遠慮なしの殺意は流石に無防備である今の状態では辛い。

 

「こ、このマジックアイテムは私の物だからね。深い意味はないのだよ?」

「ほんとぉでありんすかぁ?」

 

 怖い。怖いよ、シャルティア。何の狙いがあってアインズ様はこんなものを仕込まれたのだろうか。真意は掴めない。っと、こんなことをしている場合ではなかった。

 

「シャルティア。起きてそうそう悪いけど、玉座の間へ急ぐとしよう」

「玉座の間でありんすか?アインズ様は──今リ・エスティーゼ王国にいるはずでありんすが──」

「確かにそうなんだけどね、ちょっとした実験をしたいんだ。悪い事にはならないはずだよ」

 

 寝起きで機嫌が悪いのだろうシャルティアは、渋々とだが頷いてくれた。もう少し時間に余裕を以て言っておけばよかったかもしれない。まさかここまで時間がかかるなど、アルベドの時には予想も出来なかった。私の不徳の致す処である。何よりアインズ様の御深慮に欠片ほども近づけなかった事が一番大きいだろう。

 それは次回挽回する他ない。悔んでいても時間は待ってくれはしないのだから。

 

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

「おや、もう全員居るのでありんすね」

 

 オーレオールにまで頼んで急いで玉座の間に来たつもりだったが、既に全員集まっていた。しかしそこまで待っていないのだろう。苛ついた感じは無い。

 

「デミウルゴス。実験と言っていたけれど、何をするつもりなのかしら」

「とても簡単な実験だよ、アルベド。──皆、このマジックアイテムの凄さ、素晴らしさは体感してもらえたと思っている。そこで私は思ったのだよ。これを、全員の前で使った場合どうなるのかと」

 

 皆が、ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。それほどに期待が高いのだ。さぁ、どのような結果が生まれるのだろうか。私の想像も付かない結果となることは間違いないだろう。

 

「さぁ、アインズ様の声を宿したマジックアイテムよ。お前は何を私達に伝えてくれるのだ!」

 

 ゆっくりと手を天に掲げ、触れる。

 

『今6時10分だ──』

 

 そこで一旦声が止まった。だが知っている。我々は知っているのだ。この先があることを。さぁ、続きを聞かせてくれ。

 

『あぁ──こほん。忙しい中、皆良く集まってくれた──』

 

 息を飲む声が聞こえる。そこに入っていたのは──

 

『──皆、もしこんな世界に私一人で来ていたとしたら、恐らく今の様には行かなかっただろう。それがこうも上手くいっているのは、間違いなく皆の頑張りがあったからだ──』

 

 アインズ様の、偽りなき──

 

『皆、私の無理難題に不平も言わず良く頑張ってくれた。感謝する。そして、これからもよろしく頼む我が配下たちよ──』

 

 感謝の言葉だった。

 

『そして、ありがとう。我が無二の友の子達よ。私はお前たちに会えて、とても幸せだ!』

 

 

 どれほど時間がたっただろうか。今だにすすり声が聞こえている。普段は寡黙なコキュートスですら大声を上げて泣いていた。

 我らはアインズ様にここまで愛されていたとは思いも依らなかったのだ。一方通行の思いであると思っていた。報われなくとも良いとさえ思っていた。ただ傍に仕え、御方の命令に従えれば、と。

 あぁ、素晴らしきはアインズ様。最後の最後にこんなものまで用意してくださるとは。

 

「このデミウルゴス。今以上の忠誠を誓いましょうぞ──!!」

 

 

 

 

 

 

「──と、いうわけで満場一致で皆がこのマジックアイテムが欲しいと言っておりました。出来得るならば、入手できる機会を増やしてほしいとの嘆願も出ております」

「あ、あぁ──」

 

 え、何があったの。詳しくは教えてくれないのが非常に怖い。何しろ簡単なマジックアイテムである。分かりやすく言うならば、入力できる音声の数が非常に少ないのだ。そこで何を取捨選択しようかとセバスに相談するものの上手くいかず、パンドラズ・アクターと頭を悩ませていたのだが、ふと天啓が降りて来たのだ

 

──入力音声が少ないならいっそ本人が喜ぶ声を自動判別するようにしたらいいじゃない。

 

 まさに逆転の発想だった。

 だから俺は一音づつ入力し、相手の魔力波動だけではつまらないから周囲の知っている魔力波動も含めて感知し、触れた者が最も望むであろう答えを自動で喋ってくれるように作ったわけだ。

 平たく言うなら、触った本人の妄想が俺の声で聞こえてくるという非常に恥ずかしいアイテムとなってしまったわけである。ついでに防犯機能もつけたりなど、作るときはテンションが物凄かったために空いたリソースギリギリまで詰め込んでしまったのだが──

 聞けない。聞けるわけがない。喋った事を話せと言うのは、彼らの妄想を暴露しろといっているようなものなのだ。

 

「あー、本当に欲しがっている──のか?」

「はい!全員欲しがっております!!今回の批評はプレアデスから階層守護者辺りまででした。しかしざっと聞いた感じによりますと一般メイドは言うに及ばず、末端の者に至るまで皆欲しがっていました。特にオーレオール・オメガに至っては、中々褒賞を貰える立場ではないためか土下座までされてしまいました。」

 

 え、全員?しかもオーレオールは土下座までした?一体何を言ったのだろうか。どんな妄想をぶちまけたのだろうか。気になるが聞こえない。何しろそれは相手にとっての黒歴史である。もし今ここで俺の黒歴史をぶちまけろと言われたら全力で逃げるだろう。デミウルゴスだってそうするはずだ。

 しかしオーレオールか。確かにあの子は基本的に一人である。妄想とは言え喋るものが居るのは気が紛れるのかもしれない。

 

「う、うむ。皆の件は了解した。では以後このマジックアイテムは褒賞の一つとしよう。オーレオールについては後で送っておくことにする。あの子にはこのナザリック全体を管理してもらって居るのだからな。褒賞としては十分だ」

「それは良うございました。きっとオーレオールも喜ぶことでしょう」

 

 あぁ、気になる。凄く気になる。一体デミウルゴスは皆の前でどんな妄想を俺ボイスでぶちまけたのだろうか。あまりに凄まじ過ぎて逆にすっきりしたのかもしれない。そう思えるほどに普段よりもすっきりとした笑顔なのだ。

 

「アインズ様──このような素晴らしいものを作って頂き──このデミウルゴス。感謝の極みにございます。より一層、アインズ様の為に尽くす所存にございます」

「あ、うむ。──あまり無理はするなよ」

 

 そうか、それほどストレスが溜まっていたのだな。きっとそうだ。だから公開処刑<ばくろ>されたのが逆に良かったのだろう。

 そして嬉々として出て行こうとするデミウルゴスが、くるりとこちらを向いた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!!」

「お、おう──」

 

 本当に──テンション高いなぁ、デミウルゴス。


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