そんな思いから出来た短編です
「クリスマス──で、ございますか?」
年末も差し迫ったある日のこと。普段通りに玉座の間に集まった皆に俺は告げた。クリスマスパーティをやるぞ、と。
困惑しているのは手に取るように分かる。何しろユグドラシルではあの狂った開発者たちのせいでクリスマスは歪みに歪んでおり、まともとは呼べない惨状だった。そしてこの世界にはクリスマスが無い。まぁ当然である。神の子なんて居ないのだから。
あぁいや、神の子自体は居るのか。いや、実在するのか。ただしその神とはかつて居たプレイヤー(らしき人物だと思われる)なのだから全く関係ないのだが。
そうだ、と短く応える俺の方を見る皆は少しばかり怯えている。何を怯える必要があるのか。
「アインズ様、申し訳ありませんが我々はその──クリスマスというものを実際に体験したことがございません」
「私も──タブラ様より話には聞いてはおりましたが──」
「ふむ──」
さてどうしよう。何と言えばいい。神の子であるジーザスな人の誕生日なんだよって伝えれば良いのだろうか。しかし元々の世界でも、特に日本に限って言えばあまりその事に対してあまり関心のある人は決して多くは無かった。
では皆で楽しく祝うパーティなんだよと言えばいいのか。じゃあクリスマスって何が特別なんだよって話になる。
(そうか、クリスマスって有名無実なのか──)
クリスマスという名ばかりが残り、ただ楽しむことだけに変わってしまっている。ただただ意味も分からぬままにメリークリスマスと言い、何故食べるのか分からないままに鳥の丸焼きとケーキを頬張る。
さて、何も知らぬ皆にどうやって言おうか。そう、意識が逸れていた。逸れてしまっていた。
「あの、アインズ様──それはどういうものなのでしょうか」
「あー──誕生日──」
だから、『神の子の誕生日って言えばいいかなぁ』と思って居たのが不意に口から洩れると言う失態を犯してしまったのだ。
「なんと──クリスマスとは、アインズ様の御生誕を祝うものだったのでございますか!!」
「あー、うん。えっ──?」
ざわり、と室内がざわめく。それは違うと止めようとするも、既にデミウルゴスは思考の海に入っておりこちらを見て居ない。
アルベドならと一縷の望みを以て視線を送るも──
「こうしてはいられません。皆、早急に会議を。そして準備を始めます。時間はありませんよ!アインズ様、気付けず申し訳ありませんでした!」
(ダメだったァァァァーー!!)
既に時は遅し。今更『違うよ』と言える雰囲気は無い。アルベドが矢継ぎ早に皆に指示を出し、デミウルゴスが纏める。素晴らしい連携である。誇るべき姿である。全力で拍手を送りたいものである。
俺の失言で始まったものでなければ。
「アルベド、まずはクリスマスというものがどういうパーティなのかを纏めて貰えるかい」
「えぇ、でも私の情報だけでは足りないわね」
「アルベド、ぶくぶく茶釜様から聞いた話があるから──」
みんなーまってーと、言えぬまま。伸びた手は無常にも何も掴むことは無く。足早に皆出て行ってしまう。
『クリスマス=アインズ・ウール・ゴウンの誕生日』という図式を抱えたまま。
(訂正を──誰か訂正をぉぉ!)
もう修正できる域にはないだろう。アルベドが動いた。デミウルゴスが動いた。それはつまり、ナザリックのメンバー全員に周知されたということである。
──クリスマスとは、アインズ・ウール・ゴウンの誕生日である、と。
「でね、兎に角でっかい木が必要なんだよ」
会議を皆で中座したこと胸の内でアインズ様に謝罪しつつ、私たちは近場の小会議室に再び集まっていた。実際に見たことのないクリスマス──アインズ様の御生誕祭についての情報を少しでも纏めるためである。
「大きな木なんて必要なの、マーレ?」
「だから必要なんだって。しかもちょーでっかいやつ!」
「そ、それを綺麗に装飾するって、ぶくぶく茶釜様がおっしゃってました」
「なるほど、煌びやかに装飾を行った巨大な木。つまりアインズ様の御威光をその巨木に見立てるわけだね」
なるほど、と紙に書いていく。巨大な木、として真っ先に思いついたのは魔樹ザイトルクワエだ。先日アインズ様先導の元、皆の連携を試すために討伐してしまったモンスターである。
「ザイトルクワエ、生かしておいた方が良かったかしら」
「あの魔樹かい。確かにあの大きさはかなりものもだったけど、アインズ様が倒せとおっしゃったからね」
「アインズ様の御威光を示すには、あの程度じゃ小さいって!」
「う、うん。そうだよね」
確かに言われてみれば大きさはあったものの、ただの雑魚でしかなかった。もしあの程度の木をアインズ様の御威光の容とするのは不敬だっただろう。
「恐らくだけれど、アインズ様は安易にあの魔樹を選択肢に加えない様に先んじて倒してしまうようしたのではないかね」
「アインズ様ならあり得るわね──では──」
「もう時間無いんだし、アタシとマーレで探してくるよ」
確かにだらだらと会議をしている場合ではない。時間は有限であり、アインズ様の御生誕祭はもう間近に差し迫っているのだから。
「──これは我々に与えられた試練なのかもしれないね」
「試練?」
「そう、我々の忠義が、技術が、どれほどアインズ様に役立てるか。それを試すための試練であると考えられる。でなければあのアインズ様がこの間際になって突然言うとは思えないからね」
「──確かに、全てを見通すと言うべきあのお方であれば余裕をもって私たちに言うはず」
デミウルゴスの言葉にゆっくりと頷く。得心が入ったのだ。であるならば、決して遅れるわけにはいかない。『出来ませんでした』など決してあってはならない。
「ではアウラとマーレは巨木の探索に行ってくれるかしら」
「まかせてよ。ザイトルクワエなんて目じゃないでっかいの見つけて来るから!」
「私は装飾を担当しよう。コキュートスとシャルティアは各種素材集めに奔走してもおう。特にアレはナザリック内部では手に入らないからね。アルベドは残りを統括してナザリックの面々から他にクリスマスに対する情報が無いかの聞き込みと──」
「それの準備ね、分かったわ。セバス、貴方はプレアデスを使いメイド達に聞き込みを。私はタブラ様からの情報を精査して行動するから、集まったら早急に連絡をちょうだい」
思考は早く、行動は迅速に。私たちは互いに頷き、席を立った。
(私のすべきこと。まずはタブラ様のお言葉を思い出さなければ)
小会議室を出た私は、歩いた。目的地は。そう自分に問う。記憶の整理は付いていないにも関わらず、身体は動いている。まるでそれがタブラ様のお言葉であるとばかりに。
「こっちにあるのは食堂──いえ、調理場ね。あぁ、そうだったわ。そうですね、タブラ様」
調理場というフレーズを口に出した瞬間、脳裏に浮かぶタブラ様の言葉。
──全くクリスマスというのは面倒だ。なんでわざわざ鳥の丸焼きなんて作らないといけないんだ。
──ケーキなんて普段食べているだろう。なんでそんなものをホールで頼むんだ。そんなに太りたいのか。
一歩一歩、歩を進める度にタブラ様のお言葉が脳裏に浮かんでくる。あぁ、そうだと思う。そう、タブラ様もそうだった。じっとしておらず、常に動いておられた。全身の触手を動かし、あらゆる行動と共にあらゆる感情を表されていた。
そして、とうとう最も素晴らしいタブラ様の言葉が浮かんでくる。浮かんできた。あぁ、なんて素晴らしい言葉かと感謝の想いと共に叫びそうになるのを必死に殺して歩く。
──クリスマスなんて日は
──1年で最も子作りに励んでいる日なんだろうな。
「タブラさまぁぁ!必ずや!必ずやこのアルベド!アインズ様のお世継ぎ様を!見事!見事授からせていただきますぅぅ!!」
想いの丈は周囲を憚らず口から洩れ、叫び、絶叫と化す。たまたま通り過ぎようとしたメイドの一人が泣きそうな顔で腰を抜かしていたが、そんなことは些事である。
全てはクリスマス成功のため、そしてアインズ様とのお世継ぎのため。私は一世一代の決心をする日となるようであった。
(あぁ、どうする。どうすればいい)
玉座の間でのやらかしから数時間。俺は逃げるように宝物殿の応接室に引き籠っている。どうやらアウラとマーレ、シャルティアにコキュートスは素材集めにナザリックを出たらしい。デミウルゴスとアルベドは何かを嬉々として作り始めているようだ。と、正面に座るパンドラズ・アクターが嬉々として話しかけてくる。俺が久しぶりに宝物庫に引き籠っているせいなのか、とても嬉しそうだ。
あぁ、と頭を抱える。皆が必死に動いてしまっている以上、『実は違うんだよ』と言いたいのに言えない。言う訳にはいかない。いや違う。そうではない。俺の心に渦巻くのはそういう壮語とか葛藤とかそんな大それたものではないのだ。
(なんでクリスマスが俺の誕生日になっているんだよぉぉ!!)
単純に恥ずかしかったからだった。
「パンドラズ・アクター。お前はクリスマスがどういう日か知っていたよな」
「勿論です、ン──アインズ様!ジーズァッス・クルルルルァイッスト!なる自称神の子が生まれた日でございますね」
「あー、うむ。その通りだ。で、何で巻き舌?いや格好いい気はするけど」
なんでこの子は無駄に巻き舌で喋るのだろうか。しかしデミウルゴス達の様に間違った知識ではない。少しばかり偏っている気もするが敬虔なキリスト教徒でないどころか、宗教に節操のない日本人的に考えれば誤差だろう。
「しかし流石は我が神!自称するよく分からない輩を祝うなどという愚行を良しとせず己が日にするとは、素晴らしきお考えでございます!」
「やっぱ何かおかしいぞ、お前!?」
確かに俺ですら遥か昔の歴史の人物程度にしか知らないと言うのに。パンドラズ・アクターを始め皆にとっての認識などその程度なのかもしれない。
(そもそもユグドラシルではカップルはぶっ飛ばすのが良い事だーみたいな風潮を公式が作る程に狂っていたからなぁ。実際俺もクリスマスはマスク付けてPK<プレイヤー・キル>しまくってたし)
クリスマスが来るたびに凄まじい量のネタ満載の武具やアイテムが配布され、開発者の怨念が聞こえてきそうな課金アイテムすらその日限定で売られる。そして誤植だと言い張りながらも、毎年『呪・クリスマス!』と公式ニュースに書いていたのである。あの狂った世界で生まれたこいつらの思考が歪みまくっていたとしても誰も責められないだろう。
「はぁぁ──」
アルベド以下他者には絶対に見せられないため息を付きながらゆっくりと全身の力を抜いてソファに身体を鎮める。咎める者は誰も居ない。あまり認めたくはないが、己が分身でもあるパンドラズ・アクターしかいないのだから。あまり認めたくはないが。
「お疲れのようでございますね」
「あぁ、色々とな」
疲れてはいる。だが辛くはない。止める気も無い。時折愚痴をぶちまけたくもなるが、その程度だ。
皆俺を振り回していく。全力で。でもそれは、俺を一番に考えるからこそ起きていることなのだ。喜びこそしても、困惑したとしても。決して嫌ではない、恨みもしない。
「私が私で居る事を望んでいるのは。他でもない、私なのだからな──」
ゆっくりと空へと手を伸ばしながら呟く。その手に掴もうとするのは何なのか。世界か、あるいは。
姿勢を正し、座りなおす。目の前には最初と同じ格好のままで座っているこいつがいる。
「これからも、お前には色々と迷惑をかける」
「Wenn es meines Gottes Wille<我が神のお望みとあらば>!」
「だからそれ本気で恥ずかしいから止めよう、な!?」
なぜこいつと話していると締まらないのか。あぁ、俺の分身だからなのか。認めたくはないが、きっとそうなのだろう。決して認めたいとは思わないが。
喜色満面の笑みを浮かべながら俺に向かって敬礼をしてくるこいつを見ながら俺は、小さくため息をついた。
けれど、少しだけ心が軽くなる自分がどこかに、居た
『アインズ様、今宜しいでしょうか?』
「ん──デミウルゴスか。どうした」
『アインズ様御生誕祭──準備が整いました。つきましては──』
おいクリスマスはどこへ行った。思わずパンドラズ・アクターに対する口調のままに口に出てしまいそうになるのを必死に堪える。
どうやらアインズ・ウール・ゴウン生誕祭──じゃない、クリスマスパーティの準備が整ったようだ。クリスマスツリーを準備したりと色々と頑張ってくれたらしく、デミウルゴスにしては珍しく興奮しているよのが《メッセージ/伝言》越しにも伝わってくる。
「──わかった。今向かおう。──パンドラズ・アクター、お前はどうする」
「私はいつも通りここに居ります。いってらっしゃいませ、ン──アインズ様!」
きらきらとした表情のままに敬礼するこいつに少しばかりため息を付きながら転移する。皆が待つ第六階層へと。
「うわぁ──」
いけない、思わず口に出てしまった。『うわぁ──!』という感動的な呟きではなく『うわぁ──』というなんとも気の抜けた声が。まだ遠くだったので誰にも聞かれていなかったのが幸いである。
何しろ第六階層に飛んで一番最初に見えたのが、非常識なくらいに巨大な木だからである。となりにあるアウラたちの居住用の巨木が小枝に見える程の差である。何よりも気になるのが幹の中ほどにある顔のような──
『おぉ──なんという神の如き御方──』
「なんか聞こえたァー!やっぱ生きてんのかよ!?」
あまりの事にあまりな叫びが出る。流石に一瞬で鎮静化されるも、眼前に広がる異様さが無くなるわけではない。アウラたちは一体どこから拾ってきたのか。
よくよく見れば枝葉に様々な装飾がされている。魔力の光を放つ謎の球体や、魔力の光を放つ謎の髑髏。モンスターや動物に混じって、明らかに人間のものと思われるものもあるような気がする。いや、深く考えてはいけない。
「アインズ様どうですか、ザイトルクワエの生みの親であり、自称ですが大地の主を名乗る魔樹ニンウルタです!」
俺を見つけたアウラが嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。こう、なんだろう。ネズミの死骸をドヤ顔で主人の目の前に置く猫を見て居る気分と言えばいいのだろうか。
褒めてあげるべきなのだろうが、どうにも素直に喜べない自分が間違いなく居るのである。
「お、おぉ。これだけの大きさであれば大変だっただろう」
「いえいえ、しっかりと上下関係を植え付けましたので自分の根<あし>で来させましたから!」
歩くのか、巨木<あれ>。あの大きさである。一歩歩くだけで大惨事だと思うのだが、その辺りはマーレがどうにかしたのだろう。どうにかしてくれたのだろう。したと思いたい。
『そうか』というなんとも言えない感想しか出ない口を誤魔化すようにアウラの頭を撫でる。本当に評価が難しい。
「どうですか、アインズ様!アインズ様の御威光を如何無く再現させていただきました!」
(デミウルゴス、お前もか!!)
どうやらあの骨装飾を行ったのはデミウルゴスのようだ。流石に骨だけではいけないと思った誰かが居たのだろう。他の装飾をしたのは遠くからちょっと満足気にこちらを見て居る内の誰かだろう。
「こちらは如何でありんすか、不死鳥の丸焼きでありんす!」
「死ナヌ鳥トイウノハ斬リ甲斐ガアリマシタ」
「そ、そうか──」
アウラたちに引っ張られる様に巨木の根元へと連れていかれると、クリスマス衣装で着飾ったシャルティアと、妙に似合っている気がするサンタの帽子を被ったコキュートスが出迎えてくれた。
巨木の根元に鎮座する、これまた巨大なテーブルの上にあるまた巨大な丸焼きはどうやら不死鳥らしい。不死らしく、丸焼きになっている現状ですら『じゅうじゅう』と音を立てながらしつこく再生している。何かがおかしいと目を凝らせば、俺ですらよく見なけば気付かない程の速度でコキュートスが再生している部分を斬っていた。そこまでしてテーブルに並べなければならなかったのだろうか。
「アインズ様、こちらも如何ですか?」
「おぉ、これは凄いな──アルベドが作っ──ぶふぅ!?」
巨大なワゴンの上に乗せられた巨大なケーキ。これは素直に褒めることが出来た。頂上を見るまでは。
10段重ねという大きさはいい。豪奢な装飾も素晴らしい。しかし何故頂上にタキシードのような服を着た俺とウェティングドレスのような服を着たアルベドのような人形がハートマークの形に作られた蝋燭の元に並べられているのか。
しかしそれはまるで錯覚であったかのように一瞬で無くなる。アルベドの方だけが。この感覚は恐らく誰かが《タイム・ストップ/時間停止》を使ったようだ。
「美味しいでありんすかぇ、コキュートス」
「ム、コレハ砂糖菓子ナノダナ」
「シャルティアァァァァ!!」
「おほほほ、抜け駆けしようとするのが悪いでありんす」
どうやら犯人はシャルティアたったようだ。本人は一切隠す気すらないらしい。つまり、ケーキの頂上にあったアルベドの砂糖人形に気付いたシャルティアは魔法を使って人形を奪い、コキュートスの口に突っ込んだわけだ。
いつものようにアルベドとシャルティアのバトルが勃発する、その前に柏手一つ。少し騒がしくなってきた周りがしん、と静かになった。
「皆、この短時間でここまでのものを準備し、作ってくれた事嬉しく思う」
一旦言葉を切り、ゆっくりと皆を見回す。皆傾聴してくれているようで良かった。
「私は食べれないが、せっかく頑張って作ったものだ。皆、楽しく味わってもらいたい」
ゆっくりと空を見上げる。ブループラネットさんが作った空を。今では巨木が邪魔してあまり見えないが。
ゆっくりと一拍。そして、皆を見る。誰一人忘れぬと。
「皆、ありがとう。これからも宜しく頼む。メリークリスマス」
皆の顔に笑顔がある。この笑顔、守らねばならない。俺だけではなく、皆で。だから──
「アインズ様の御生誕たるこの日が来たこと、ナザリック一同お慶び申し上げます。メリークリスマス!」
(か、勘弁してくれぇぇ!!)
まずはこの間違った情報をどうにかして正さなければ。しかしどうやって正せばいいのか。
あまりの恥ずかしさに連続で鎮静化され続ける己が精神に、ただただ心の中で涙するしかないのであった。
ハッピーバースデー!じゃなくて、メリークリスマス!アインズ様!