魔神柱が姿を完全にする事で、エンパイアステートビルの残骸が、自身を支えきれずに崩壊していく。
アメリカを象徴したビルは既にその跡形もなく、呪いを具現化した魔神柱のみがそこに堂々とそそり立っていた。
「おいおい、これ、話に聞いてたより随分デカくねえか!?」
『オペ子ちゃん!急いで測定!』
『はい、結果出ます!魔神柱の全長…約に、200m!?』
「何でそんなに大きくなってるんですか!」
『恐らく、巨大化の魔術でもかけられたか…いや、そもそも魔神柱にそんな魔術をかけられるわけが無いんだ!ソロモンの使い魔の神秘はそれくらいの魔術に左右されるほど安くはない!
もう何でもありか、ヘルサレムズロット!!』
ロマ二が半ば悲鳴をあげるようにして叫ぶ。
長身200mに及ぶ魔神柱が出現した時点でカルデアの理解の許容量は既に限界値まで達したと言ってもいい。
だがそれですら、この街の奇々怪界にとってはほんの余興に過ぎなかった。
ピシリ、と魔神柱が音を立てる。
「ギ…我が、我が名…は、キマ…り…」
魔神柱が名乗りをあげようとする。だが、その様子は明らかに正常ではない。
まるで今にも消滅しそうなところを、懸命に堪えているようでさえある。
「キマリ…きま…キ、ギギ、キ、キキキキキキキキキキギギギィィィィッ!!!!」
そして再びビシッと誰の耳にも届く大きな音で、魔神柱に亀裂が入る。
魔神柱は基本の構造として、綺麗に配置された眼の間を通るように細いラインが入っている。いまそのライン全てに、根元から3分の2ほどの地点でヒビが入ったのだ。
そして、その亀裂はラインに沿って次から次へと音を立てて広がっていき、やがて頂点へと辿り着く。
その瞬間、魔神柱が大きく花開いた。
「ギギギギギギギギイイィィィッッ!!」
なおも悲鳴をあげながら、頂点から裂くようにして魔神柱のパーツが分かれ、まるで不出来な一輪の花のように魔神柱の姿が変わっていく。
決して見えないはずの花開いた内側の花弁は、テラテラとした生々しい肉の赤色が見えていた。
『酷い…こんなの、殆ど原型がないじゃないか』
ロマ二が苦しげにつぶやく。ただ眺めることしか出来なかった一行にも、それが酷く残酷なことだけは理解できた。
だが、地獄絵図はこれで終わりではない。
綺麗に醜く花びらいた魔神柱(もはや柱と形容するのも正しいかわからないが)の中央から、何かが勢いよく噴出された。
黒く、鈍色に光る楕円形のものが、大量に上空へと打ち出される。
「なんだありゃあ!?」
『計測します。謎の物体、その数約1000!魔神柱と同じ魔力を観測できます。
魔神柱の周囲に散布。こちらにも落ちてきます!』
直径3メートル程になる楕円形のソレは、次々と地面へと突き刺さるように着地する。魔神柱の肌と同じ色合いをしたそれは、表面に凸凹のない楕円形の物体だったが、ビシリと切れ込みが入ったと思うと、そこから昆虫の足のような物が中央部分から複数生えてきた。
「こいつら、動くぞ!」
『恐らく敵性物体だ!魔神柱の魔力をリソースにして簡易式な使い魔にしている』
藤丸の言葉にロマ二が叫ぶようにして応える。
脚と思しき物が生えたソレは、確かめるようにしてその脚で地面を2・3度コツコツと叩くと、その楕円形の体をグイと持ち上げて立ち上がった。
皆の一番手前にいた簡易的な使い魔が、ググッと体勢を前に倒して一歩踏み出す。
それに誰よりも早く反応したのはザップだった。
いつの間にか手に持っていたジッポを握りこむと、そこから紐状に変質した血液が飛び出して使い魔の体へと突き刺さる。
「ザップさん!?」
「問答無用だレオ。明らかに敵意を持ってやがる。そうだろ旦那!」
ザップがジッポに火をつけると、血液の紐を伝播し、使い魔の体を燃やし尽くした。
「ギ、ギイイィィ!!」
使い魔は口のない体で悲鳴をあげてのたうち回る。
それが合図だった。
藤丸たちの周囲だけでなく、地面に落ちてきた1000の使い魔たちが、一気に孵化を始めた。
ビシリ、カツカツ、グイッ。ビシリ、カツカツ、グイッ。ビシリ、カツカツ、グイッ。ビシリ、カツカツ、グイッ。
「マシュ!」
「はい!」
そのあまりに異常な光景に、マシュが素早く戦闘着へと換装する。
ジークが手に剣を出してゆっくりと刀身を抜き出す。
「へ、いいじゃねえか」
「やるしか無さそうですね」
ザップが血の刀を、ツェッドが血の三叉槍を形作る。
『各員、戦闘体勢。直ぐに私も向かおう。
私が到着するまでの間、各個使い魔を撃破せよ』
「「おう!!」」
クラウスの宣戦が戦いの口火を切った。
*
宣告するや否や、クラウスは座っていたソファから立ちあがった。
ソファから少し離れた、レトロなPCが置いてあるデスクへと向かい、ガチャガチャと準備を始める。
「ギルベルト、急いで車を出せ。現場へと急行する」
「かしこまりました」
視線を合わせることすら無く、阿吽の呼吸で言葉を交わすクラウスとギルベルト。
しかし、そこに待ったをかけたのは通信をしているロマ二だった。
『ちょ、ちょっと待ってほしいクラウス氏!ここから車だと、最短ルートを検索しても20分は掛かるぞ!みんなが戦っているところに駆けつけるなんて無茶だ!』
だが、その事実に動じるクラウスではない。クラウスはデスクで準備を整えている手を止めると、ホログラム越しのロマ二をジッと見つめて言葉を紡ぐ。
「ミスターロマ二。我々が今行うべきはそれが可能か不可能かを議論することではない。この街のどこかで危機的な状況が起こり、人が襲われ、仲間が闘っているのだ。
ならば私は間に合う合わないではなく、そこに到着しなければならないのだ」
それだけ言うと、最早一瞬の時間さえ惜しいとばかりに応接室を足早に出て行く。
『……』
ロマ二には2の句を継ぐことができない。
当の本人が既にこの場にいないからではない。あまりにも頑固で無根拠な根性論ではあったが、しかしそこには明確な力の様な物を感じたからだ。
「ホッホッホ、驚かれましたかな?坊ちゃんは昔からこうと決めたら頑として曲げない強さをお持ちなのです」
『ギルベルトさん…』
ギルベルトはあくまでも柔和な笑みを浮かべながら、残されたロマ二に言葉を掛ける。
「それに、確か車では最短で20分と、申されましたね?それは通常の方々が車を運転した場合でしょう」
そう言って一旦言葉を切ったギルベルトは一瞬だけ目をギラリと細めて、泰然とこう言い放ったのだった。
「私なら、3分と掛かりません」