「な」
「な」
『な』
「なんじゃりゃーーーーっ!?!?」
藤丸の渾身の叫びであった。
事態のおおよその把握を終了したカルデアの面々は、なにはともあれ当の特異点にレイシフトすることになった。
実態は相変わらずわからない、危険度も不明だ。
しかし、何が起こるかわからないというのであれば、それはいつもと同じことである。ようは当たって砕けろの精神だ。
藤丸、マシュ、そしてサーヴァントを一騎つれて、彼らはアメリカのニューヨークへとレイシフトをおこなった。
いったいどれほどの危険や未知が待ち受けているのかと、心構えを決めていた3人ではあったが、彼らを歓迎したのはその予想をはるかにしのぐものであった。
一言でいうと、奇奇怪怪、百鬼夜行、魑魅魍魎。
とにかくニューヨークの街並みは、そういった妖怪、怪物、鬼と思しきもので溢れかえっていた。しかし、より異常なのはそれらが普通にこの街並みで営みを交わしているところだった。
蜘蛛のような足で自身を支えている怪物が、バーガーショップに並んでいる。
3メートル弱は体躯のある灰色の皮膚をもった巨人が、ベンチに座って人と談笑を交わしている。
信じがたいことに、これらの姿はこの街にとって日常として受け入れられているのだ。
「すごいな…世の中にはこんな街もあるのか…」
「いやいやいや、いくらニューヨークはいろんな人が集まるからって、これはあり得ないから!」
つれてきたサーヴァント、やや天然の入っているその少年の言葉に、藤丸はぶんぶんと首を振って突っ込みを入れる。
そう、彼らに連れ添ってきたもう一人のサーヴァントとは、気付けば藤丸がカルデアへと招くことになっていたひとりのホムンクルス、ジークである。
たとえ特異点であれ、そこが2015年のニューヨークで、なおかつ人の営みがあるというのであれば、魔術師にとって神秘の秘匿とは絶対だ。ならば、サーヴァントとしての力を使わない限りは一般人に見えて、そこにいても人の目を引かないような存在であるべきだと結論付けた。
ゆえにこの少年、ホムンクルスの抜擢である。ちなみにマシュも戦闘用の鎧に換装せず、普段の服でレイシフトをしている。
「そ、そうか。やはりおかしいよな」
藤丸からの容赦ないツッコミに、ジークもわずかにたじろぎながら言葉を返す。するとその時、藤丸の手首のデバイスからピピッと通信音が入った。
『あ、あー。どうやら通信は普通に通るようだね。聞こえているね、藤丸君』
藤丸の手首のそれからロマンの声が聞こえる。
「は、はい。こちら確かに聞こえています、ドクター」
藤丸とジークの二人で端末を覗き込む。周囲に人がいる環境のため、大きくホログラムを展開していないのだ。
『よし、それじゃあ…ってあれ、二人だけかい?マシュはどうしたのかな』
ロマンの言葉に二人はそろって首をかしげる。そういえばこちらに着いてから、一言も話していないように思う。
はてと思い、藤丸は顔をあげてマシュがいる場所のほうを見てみると、マシュはその場から一歩も動かずに周囲をきょろきょろと見渡してばかりいた。
「………」
かろうじて理性が留めているらしく、その場から動くことこそはないが、その眼は如実に、周囲のモノが興味深くてしかたないと物語っていた。
「…あー、マシュ?」
藤丸が恐る恐る声をかけるも、すべてのモノに目を奪われているマシュにはまるで届いていない。
「マシュー。マシュキリエライトー?」
藤丸がもう一度、今度はやや大きな声で言葉をかけると、こんどは聞こえたらしく、夢から醒めたようにはっと我に返ったそぶりを見せた。
「先輩、先輩!すいごいです、すごいんですよ!」
マシュは興奮した様子で藤丸に詰め寄る。
「人が、現代の営みをしているんです。しかも色々な人種の方々が!
やはり大都会ともなれば、国籍人種はおろか、モンスターの方々とも当たり前に交流するものなのでしょうか!?」
「そんなわけあるかい!」
藤丸立香、本日2度目の渾身のツッコミがさく裂した。
*
『さて、少し落ち着いたかなマシュ?』
「…はい、ご迷惑をおかけしました」
二人が興奮冷めやらぬマシュを説得して公園まで移動して、ベンチに座ってすこしたったころである。
完全におのぼりさんと化していたマシュは、しばらくの間そわそわと落ち着かなそうにしていたが、すこし時間をおくと冷静に戻ったようだ。今は少し恥ずかしそうに頬を染めている。
『これは、あらかじめ予想できなかった僕らにも落ち度があるだろう。の特異点でも、同じように興奮を見せたわけだからね』
ロマンの言葉に、マシュはますます申し訳なさそうに肩をすぼめる。
「大丈夫だよマシュ。なにはともあれ、ここの現地調査をしてみないことには始まらないんだ。
それなら街を見学してみる機会はあるんじゃないかな?」
「そうだな。俺もこのような街に訪れたのは初めてだから、興味深いのは確かだ」
二人のフォローに、マシュもはっとしたように顔を上げる。
「は、はい。ではその時まで、見学は我慢します!」
その様子を見ていたロマンは、やれやれと一心地ついて安心したような表情を見せた。
『うん、それじゃあマシュも落ち着いたところで、状況の確認をしようか。見ての通り、君たちの目の前には、我々の知るそれとは異なるニューヨークが広がっている。
人とともに渾然一体となって営みを交わすモンスターたち。彼らは一見、僕らが今まで戦ってきた幻獣やエネミーの亜種のようにも思える。…レオナルド、解析は済んでるかい?』
ロマンの問いかけに、ダ・ヴィンチがやや興奮した声音で応える。
『勿論だ、天才を見くびらないでくれよ。とはいえ、驚かされたのも事実だけどね。
さて、私もこんなものを見たのは初めてだから、とりあえず結論から言おう。この街に住むそれらは、我々の知る世界の生物ではない。魔獣や幻獣でもなければ、どこかの魔術師が拵えたキメラのような存在でもない。
端的に言ってね、それは我々とは別の世界の生物なのだよ』
「…はい?」
現地の3人は、二の句が継げに黙り込む。それではほとんど何もわかっていないのと変わらないではないか。
『…そうか、そういうことか』
理解を示したのは、向こう側にいるロマンだけであった。
『仮説の一つとして考えてはいたんだ。今までカルデアスはすべて赤く染まっていたのに、突然ここだけ青色を示したその意味を。
僕たちは魔神柱の魔力をたどってここへとたどり着いた。だが、魔神柱の魔力を感知したからと言って、そこが僕たちが焼却された世界とは限らない』
ロマンの解説に、ダ・ヴィンチが続く。
藤丸は、彼らの言葉を聞いてるうちに、ぞわりと背筋が寒くなるような感覚を覚えた。
『つまり、そこは我々のいる世界とは別の平行世界のニューヨークかもしれないというわけだ。そこに何がまかり間違ったのか、とにかく魔神柱が召喚されたため、我々はその魔力をよすがにしてたどり着いてしまった』
「ま、まってください!平行世界とはつまり、魔術の世界でいうところの、編纂事象のことでしょうか?
数あるうちの、そんぞくする可能性の世界に誤って飛び込んでしまったと?」
マシュの疑問に、ダ・ヴィンチはにやりと笑みを深める。どうやら研究者として、今のこの状況が面白くて仕方ないらしい。
『さて、それはどうだろうね。編纂事象とはそれぞれの世界がある程度近しいところに存在しているものだ。だから私たちの知る世界と、いくらか類似した世界のはずなんだ。
ところがここに生きる者たちは、普通の人間もいるにはいるが、明らかに私たちの知るそれとは逸脱したものも多い。
私はね、おそらくここは編纂事象や剪定事象といった垣根すら大きく飛び越えた別世界だと思うよ。それこそまさに、平行世界としか形容できないようなね』
ダ・ヴィンチの言葉を聞いて、今度はジークが手を挙げる。
「その、編纂事象や剪定事象とは一体なんだ?」
『魔術世界における、平行世界の分類わけみたいなものさ。
可能性の数だけある平行世界。だが世界にはそのすべてのifを許容できるだけのキャパシティーが存在しない。そのため可能性は、未来の存続ができるものとできないものに分類別けされる。
先があると判断され許容された世界が編纂事象。先がない、あるいはもう進展がないと切り捨てられた世界が剪定事象。
魔術世界では大雑把にそうやって呼ばれているのさ』
滔々と、ゆるぎない口調でダ・ヴィンチは語る。
その言葉にふむふむと頷いていた藤丸が、今度は自分の番とばかりに手を挙げる。
「じゃあ、さっき言った剪定事象でも編纂事象でもないってどういう事?」
『文字通りの意味さ。まずここは剪定事象のうちには存在しない。明らかに私たちの知る世界とは大きくかけ離れすぎているからね。
一方で、剪定事象でもないのも間違いない。そもそも剪定事象である時点で、存在自体がないはずなんだ。
魔力が感知できたからと言って、簡単に飛んでこれるはずがない』
ここでダ・ヴィンチは言葉を切る。生徒たちが自分の言葉の意味を理解しているかをよく確認してから、話を続けた。
『つまり、残された結論はひとつだ。
ここは選定事象でもなければ、編纂事象でもない。われわれとはまるで違う法則によって運営されている世界だ。
おそらく、ここでなにが起こったとしても、我々の世界には何一つとして影響を及ぼさないだろう』
「私たちとは違う世界…でしたら、なぜカルデアスは魔神柱の魔力反応を検知したのでしょうか?」
マシュの質問は酷くまっとうな物だといえるだろう。本来であれば関わることのない世界に、自分たちのルールが適用されている。
その疑問に答えたのはロマンだった。
『そう、それこそ今回の騒動のすべての元凶だ。おそらく、何かのトラブルによって、そちらの魔術式によって、こちらの魔神柱が呼び出されてしまったのだろう。
…まったく、ソロモン王の使い魔が聞いて呆れるよ。
ようは自分たちの意図しないものに引っ張り出されてきたのだからね』
なぜか呆れたような口調のロマンの解説を最後に、会話がプツリと途切れた。
『…さて、これでおおよその解説は済んだかな?それではこれからの事について話すとしよう。具体的にこれからどうするかだ。
はっきり言って、この世界が我々の知る世界と切り離されていることがはっきりした時点で、君たちがそこにいる意味はなくなってしまった。
そこで何が起こったとしても、私たちの世界には一切影響を及ぼさない。それなら、今すぐ君たちが戻ってきたとしても問題ないんだぜ』
ダ・ヴィンチの容赦のない言葉。それは宥めすかすようでもいて、同時に挑発するようでもあった。語りかける相手はマスターである藤丸ただ一人だ。
『カルデアの責任者である僕としては、マスターの君が人理修復と関係のないところで命の危険を背負い込むのは許容できない。すぐに帰還命令を出すべきだろう』
ロマンは心配そうな声音で、でもどこか諦めるような口調で提案する。」
「…マシュとジークはどうしたい?」
藤丸は考え込む表情のまま、二人に尋ねる。
「私はマスターの意向に従います。戦うというなら戦いましょう」
「…俺も同様だ。マスターの心のままに使ってくれて構わない」
そうつまりは、すべては現地にいるマスターの意向次第ということだ。
合理的に考えて、どちらを選ぶべきかは言うまでもない。カルデアの者たちには、すでによそ見をする余裕など残されていないのだ。
「…それでも」
そう、それでも。
藤丸立香は、振り絞るようにして声を出す。
「それでも僕は、これを見逃せない。魔神柱は僕たちの世界の災厄だ。
そのドタバタに、この世界を巻き込むわけにはいかない。手伝ってほしい二人とも」
藤丸の出した答えに、二人は快活にうなずいた。
「はい、マスター。どこまでもお供します」
「ああ、貴方の力になろう」
モニター越しのロマンとダ・ヴィンチも、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに肩をすくめたのだった。