4人は喫茶店に入ると、窓際のテーブル席に腰掛け、少年に任せて適当に注文をしてもらった。
ちなみに、カルデアの面々はニューヨークに来るにあたって、多少のドル札を持ち込んでいる。少なくとも軽食程度で人に金銭を頼ることはない。
だが藤丸は、ここで軽い疑問を覚えた。そもそもここでドル札が通貨として通じるのかどうかだ。
これだけ自分たちの知っている世界とは様変わりしているのだ。貨幣そのものが変わっている可能性も十分にある。
しかし、それを目の前の少年に率直に尋ねるわけにもいかない。ただでさえ、素性の知らない余所者と認識されているのに、これ以上頓珍漢な事を尋ねてしまえば、いよいよ危険視される可能性さえあるだろう。
どうしたものかと考えていると、向かいの席に座ったジークが、自分の隣に座っている少年に声をかけた。
「すまない、一つ尋ねても良いだろうか?実は俺たちはドル札しか持ってきていないのだが、ここはドル札が通じるのだろうか?」
率直にして単刀直入。あまりにも豪速球な質問であった。
おそらく、相手に疑問を覚えられる事など露ほども考えていないようだ。
「あ」
驚きのあまり、藤丸から声にならない声が漏れてしまうが、当の尋ねられた少年は特に疑問を覚えることもなく、当然のように応えた。
「ここはヒューマンも使う事が多い喫茶店だからね。普通にこっちのお金持ち使えるよ」
「そうか、ありがとう」
普通に会話を交わす両者。一瞬肝が冷えた藤丸であったが、結果的にオーケーとして気にしない事にした。
すると、そのタイミングでカウンターにいた女性の従業員が快活な声と共にメニューを運んできた。
「あいよ、コーラ4つにポテトフライ。なんだい、レオ。今日はいつものバカ3人組じゃないんだね」
「バカって酷いなあ。まあ、今日はちょっと別口でして」
「ふーん、まあ新しいお客さんが増えるなら結構だよ。ゆっくりしていきな。そこのお嬢さんもね」
「は、はい」
女性は、最後に少し緊張気味のマシュに軽くはにかむと、またカウンターに戻っていった。
「仲が良いんですね」
「うん、まあよく来てるからね」
少年もやや照れ臭そうに頬を掻く。
その仕草に、話を切り出すならこのタイミングでだろうと判断した藤丸は、先ずは自己紹介から始める事にした。
「えと、俺は藤丸立香って言います。日本人です」
「俺はジークだよろしく頼む」
「私はマシュ・キリエライトと言います。よろしくお願いします」
三者三様、それぞれに挨拶をする。
「よろしくです。あ、僕はレオナルド、レオナルド・ウォッチって言います」
『よろしく、レオナルド君。僕はこのメンバーの保護者…という事で良いのかな。
役割を担ってるロマ二アーキマンと言うものだ。
そうだね、まずはお礼を言わせて欲しい。さっきは助けて貰ってありがとう』
「いえ、あれくらいはいつもの事なので大したことではないっすけど、あの貴方達はどこから来たんですか?」
レオの当然の疑問に、ロマンは用意していたとでも言うように淀みなく応える。
『ああ、実は僕らは東アジアの方から来たんだ。ほら、彼は日本人だろ?
普段はちょっと世情から疎い生活をしていてね、先日ニューヨークが大変な事になったと聞いて、ちょっと様子を見に来たのさ』
ロマンの応えに、レオは少し訝しげな様子で返事をする。
「はあ…世情に疎い生活。それにしても、興味を持ったくらいの気持ちで良くここまで来れましたね。
あの橋を渡って来るのは、結構お金がかかったと思うんすけど」
『ま、まあね。幸いお金にはそれ程困らない生活をしているものでね。
それで、大枚叩いてやって来たはいいものの、殆ど情報を仕入れないで来たものだから、右も左もわからずにいた所に君に助けられたと言うわけさ』
ロマンの言はかなり厳しいものがある。結局、説明しているようでいて、殆ど何も話していないに等しいのだ。言外にこれ以上は尋ねるなという主張でもあったが、これからここの事について解説してもらおうというのに自分達の詮索はするなというのは、あまりにも都合が良い話でもある。
レオは少し考えるそぶりを見せたが、何故か隣に座るジークと向かいの正面にいるマシュにちらと視線をやると、すぐにデバイスのロマンの方に顔を戻して「いいですよ」と応えた。
「じゃあ、取り敢えずざっくりここで起きた事に説明するんで、何か疑問があったら言って欲しいっす。
できる限りは解説するので」
*
その後、レオは訥々とこの街について語った。
それは、カルデアの面々にとってはとても信じられない内容ではあったが、レオの顔に偽りを語っている様子は無かった。
所々、ロマンはかなり専門的な内容まで踏み込んで質問したが、その大半は彼には応えられなかった。
レオもまた、この世界の仕組みに通ずる専門家というわけではないようだ。
「…というわけっす」
『なるほど、ありがとう。大分わかって来たよ』
一通りの説明が終わり、レオは話しすぎて乾いた喉を潤すために、コーラに口をつける。
ストローが無くなりかけたコーラに不満を表すように、ズズズッと音を立てる。
少しの間沈黙が広がる。ロマンは今手に入れた情報を整理しているのだろうが、藤丸にはレオも何やら考え込んでいるように見えた。
やがて、沈黙を先に破ったのは勇気を出して声を出したレオの方だった。
「あの、いいですか?率直に訊きたいんですけど、貴方達は何処から来たんですか?」
明らかに不審の視線であった。ロマンは誤魔化すように軽い笑みを浮かべる。
『な、何を言ってるんだい?さっき言ったみたいに…』
「いくら情報の入らない環境からきたって言っても、流石にあまりにも知らなすぎるんすよ。
世界中がひっくり返るくらいの大事件なのに、殆ど知らないなんて流石にあり得なくないですか?
それに…」
ここで、レオは少し躊躇うように唇を舐めた。そして、再びジークとマシュにちらりと視線を向ける。
「あー…フジマルを抜いたそこのジークとマシュちゃんは、なんというか、変な言い方なんですけど、人間じゃ無いですよね?」
「んなっ!?」
『!?』
それぞれ、思いがけない言葉に驚きを示す。そしてその態度こそがそのまま、レオの質問に対する答えだった。
「僕、なんというか人よりちょっと目が良いので、オーラみたいなのが見えるんすよ。一応、人によってちょっとずつ違ったりするんすけど、そこの2人は明らかに色合いが違うんす」
『驚いた、わかるのかい君は』
「はい。人間ではない、程度ですけど」
なんてこった、という声が息を吐くようにロマンから漏れる。
最初から方針として、カルデアの存在はなるべく秘密にする方向で動いていた。
それは魔術やサーヴァント、レイシフトといった存在がこの世界で認知されない様にするためだ。
異世界から、魔術師と英霊がやってきた、風聞されてしまえば、カルデアのメンバーは一気に動きづらくなってしまう。いや、それですめばいいが、もし悪用しようと企む輩に目をつけられてしまった場合、負わなくてもいいリスクを負う事になってしまう。
未知の世界で底知れぬ勢力を相手にするなど、それはおおよそ最悪の展開と言えるだろう。だというのに、今目の前の唯一の情報源だった少年から、決定的な根拠とともに疑念を持たれてしまった。
決断の時間である。彼に対する身の振り方を決めなければいけないこのタイミングで、真っ先に声をあげたのはマシュであった。
「あの、ミスターレオナルドに私たちの事を全て明かすことは出来ないでしょうか?」
『ま、マシュ?!』
そのような事を言われるとは思っていなかったのだろう。ロマンは少し慌てた声を出す。
「ここまでの会話の中で、ミスターは信用に値する善性を持ち合わせていると思います。彼に私たちの素性を話したところで、彼は軽々しく風聞したりすることは無いと思うのです。
それに、私たちは既に充分な情報提供を受けています。だというのに…」
「なのに、こちらの情報を出さないのは卑怯だって?」
藤丸がマシュの言葉を引き継ぐと、マシュはすまなそうな顔でコクリと頷いた。
藤丸は、レオが話をしている間、マシュのが暗い顔をしていた事に気付いていたのだ。
「うん、そうだ。確かにマシュの言う通りだ」
藤丸は噛みしめるようにして頷いたあと、言葉を続ける。
「ドクター、俺もマシュに一票だ。レオさんに何もかも打ち明けるべきだと思う」
藤丸がそう言うと、ジークも嬉しそうに淡い笑みを浮かべて、彼に同意する。
「そうか、マスターがそう言うなら俺も気兼ねなく賛成できる。マスターの意向に沿うと決めていたから口にしなかったが、俺も話すべきだと思うんだ」
3人の言葉に、ロマンは一つ諦めたような様子で溜息をついた。
『…3対1って訳だね。レオナルド、君は…そう、これで4対1だ。
笑うなよ、これでも僕は彼らの心配をしてるんだよ?
まあ、いいさ。上手くいけば現地の協力を得られる訳だしね。
…あー、ミスターレオナルド?』
それまで話の流れについていけず、ぽかんと眺めていたレオが、ビクッと背を震わせてホログラムに目を向ける。
「はい」
『僕らの素性について語らせて欲しいんだけど良いかな?』
ロマンのキリリと覚悟の決まった引き締まった表情を見て、レオはようやく、どうやらまたとんでも無い事に首を突っ込んでしまったらしいと理解した。