『…というわけなんだ』
ロマンが一通りカルデアについて、そして魔神柱と並行世界について語り終える頃には、レオは頭痛を訴える様に額を手で抑えていた。
「あー、なんだ。大丈夫ですか?」
「…いや、久々にキツイのが来たなーと思って」
レオの煩悶とした素振りも無理はないだろう。田舎から来たお上りさんかと思った集団が、実は並行世界から来た魔術師で、ここにいるであろう怪物を倒しに来た、などと、今時映画の題材としてもお粗末だ。
しかし、映画の中よりも奇々怪界としているのが、このヘルサレムズ・ロットである。
レオは少しの間情報を頭の中で整理すると、ロマンに質問をする。
「要は貴方達はここにいるであろう、その魔神柱とかを倒しに来たんすよね?」
『うん、この街から魔神柱の魔力を感知した。実際に姿は見えないが何処かで潜伏しているのだろう』
「…わかりました。それなら、ここで一番荒事に詳しい所に行きましょう」
レオはそう言うと、コップの底に僅かに残った氷水とコーラを飲み干し、立ち上がる。
「知っているんですか?そういう所を?」
「ええ。というか、僕もその機関の一員すから。
案内しますよ、ライブラへ」
*
「…というわけで、ここへ投げて来たわけか」
「…っす」
カルデアの面々が連れてこられたのは、高層ビルの一室であった。
明らかに寂れた安アパートのドアを開けると、そこはそぐわぬ豪奢なエレベーターで、そのまま乗せられていると、何故かこの一室へと到着したのだ。
ダ・ヴィンチは『置換魔術の一種か…?』などとボソボソと呟いていたが、そもそも世界のルール自体が違うこの世界でそう言った事を考えても仕方ないだろうと、早々に思考を放棄した。
そうしてたどり着いたオフィスで出迎えてくれたのは、頰に傷のある、眼に隈をつけた男であった。
男はとりあえずカルデアの面々をソファに座らせ、マグカップに入ったコーヒーを飲みながら来訪者とレオの説明を聞いていたが、聞いているうちに顔色を悪くし、最後には露骨に不機嫌そうな顔でレオを睨みつけたのだった。
「少年、なんでお前はこんな厄介ごとばっかり引っ張って来るんだ」
「そんなこと言われても俺も知らないっすよ」
半泣きで答えるレオ。
それは半ば男の八つ当たりであったが、本人にしてみれば愚痴の一つも零さなければやっていられない気分だった。何せ、この時点で2轍を決めて、愉快犯テロリストの本拠地を突き止めた所なのだ。
お疲れのコーヒーを一杯飲んだ後に、三時間ほど仮眠を取ろうとした所に、明らかに厄介な案件が舞い込んで来たのだ。その気持ちも致し方ないだろう。
半ば諦めた様な調子で、男は表情を仕事用のそれに切り替えると、爽やかな笑顔(目の隈は消せないが)で来訪者達に挨拶をした。
「カルデアという機関ですね。ようこそいらっしゃいました。
私はライブラの構成員スティーブン・A・スターフェイズと言うものです」
『ありがとうございます。僕達は研究機関カルデア。
僕はこちらで所長代理を務めているロマ二・アーキマンです。画面越しでは握手も出来ませんが』
スティーブンの爽やかな笑みに対して、ロマンはいつもの柔和な笑みで返す。
「いえ、お気になさらず。しかし画面越しというのは、そちらが言うところの並行世界から通信をしていると言う事で良いのですか?」
『ええ、魔術と科学技術を併用して、藤丸君を基点にして観測を行っているんです』
「魔術…ですか。私達の世界にもそういった類の物は多く存在しますが、あなたがたのそれらは私達の知るそれとは大きく違うのでしょうね」
『恐らくは。ところで、こちらからも質問をしてよろしいでしょうか?
レオ君の話によると、この施設は世界の均衡を保つ事を旨とした機関と聞きましたが…』
「ええ、間違いないですよ。なにぶん、世界を揺るがす天変地異が起こったこの紐育です。今までの法則がまるで通じなくなったこの街では、革新的な技術が次々に生まれ出そうとしています。その中で世界の覇権を得ようとする輩は少なくないのですよ。なので…」
大人達の会話は、厳粛に、しかし決して険悪な雰囲気ではなく、お互いに笑みを浮かべたまま続けられた。
最初、レオに対して厳しい視線をやっていたスティーブンを見たため、怖い人なのではないかと思っていた藤丸だったが、ここに来て、強面だが実は温和な人なのではないかと、スティーブンに対する評価を改め始めていた。
その時である。
藤丸達が入ってきた扉が無遠慮に大きく開かれ、褐色肌で銀髪長身の男性が入ってきた。
「てめえ陰毛頭!一緒に飯食おうつったのに何すっぽかしてやがんだ!!
今度ダイニーズの大ミートスパ奢らせるからなこの野郎!!」
続いて、こちらは明らかに人間では無いとわかる、青色の滑らかな肌に、魚類とも昆虫ともつかない顔つきの男が入ってくる。
「待ってください。先程、レオ君に事情を尋ねてみようと言ったばかりでしょう。
なんで貴方は三歩歩いたら先の会話を忘れるんですか」
先程までの、静かに淡々と物事が進んでた雰囲気が一瞬で搔き消え、渾然とした騒がしさに間が支配される。
銀髪の男は、ソファに座っているレオにツカツカと歩み寄ると、頭をホールドしてグリグリと拳でこめかみを抉る。
「いだっいだだだだた!ごめんなさいって。だってしょうがないじゃないですかあ!!なんか色々巻き込まれて、ここまでカルデアの人達を連れてくるのに忙しかったんすからあ!!」
「あ?カルデア?」
男は、その時レオの言葉にようやく周りを見渡す冷静さを手に入れたようだ。
レオと同じ列にソファに座るカルデアの面々をぶしつけに見回した後対面に座る、
こめかみをひくつかせた、
スティーブンを、
視界に入れた。
「はははは。ザップ君、僕達は今大切な話をしているんだ。乱痴気騒ぎなら、外でやりたまえ」
絶対零度の、笑みだった。
「うす…」
それまで大きな声で騒いでいた銀髪のザップと呼ばれた男は、その一言であっという間に意気消沈し、逃げ去るように扉から出て行った。
藤丸の、スティーブンに対する温和な人物だと言う評価は、一瞬で覆されたのだった。