足早に部屋から出て行った白銀の男を見送った後、スティーブンは何事もなかったかのように先ほど窓の柔和な笑みを表情に張り付けて、再びロマンと会話を行おうとした。
「うちの者が失礼しました。それで、ミスターロマニ」
『ひゃっ、はい!!』
一方のロマンは先ほどの絶対零度に当てられたのか、明らかに委縮していた。
「ドクター…」
マシュが残念そうな声を上げると、ロマンは慌てて弁明する。
『ち、ちがうぞう!別にスティーブン氏の笑顔が震え上がるほどに怖かったとかそんなんじゃないぞう!』
『はいはい、チキンロマンはちょっと代わろうねえ』
『だから違うってレオナルド、僕は別に…うわ、何するんだ』
画面の向こう側でドタバタと音がしたと思えば、画面外に消えていったロマンの代わりに、今度はダ・ヴィンチが映り込んだ。
『はーい、ミスタースティーブン。ロマンに代わって今度は私が解説させてもらうぜ。
いやあ、声から想像がつくとおりのナイスミドルだね』
いつも通りに軽い笑みを浮かべているダ・ヴィンチに、スティーブンも思わず目を丸くして言葉を失っている。
「あー…失礼、レディは」
『ああ、自己紹介が遅れたね。私はここで技術顧問を務めている、万能の天才ダ・ヴィンチちゃんさ。お見知りおきを』
「は、ダ・ヴィンチ…?」
スティーブンが何を言っているんだこいつは、という風に呆然とした顔で目線を上げると、目の前のカルデアの面々が神妙な顔でうなずいていた。
「は、はあ…よろしくお願いします、ダ・ヴィンチ女史」
『お、理解を諦めたね?そういう対応も懐かしい、なにせここの奴らはどいつも純粋だからね。利害さえ合えば互いの素性がわからなくても問題ないと言える程に、大人じゃないのさ…いや、それは今はいいだろう。
さて、それではスティーブン氏。我々大人組はそろそろ建設的な話の一つでもしようじゃないか。具体的にはこれからどうするかだ』
その言葉に、スティーブンも表情を引き締める。
「ええそうですね、我々に最も必要な相互理解はそこでしょう。魔神柱、と言いましたか?」
『ああ、ソロモンが創りし72柱の使い魔。その一柱がおそらくここに潜伏しているのさ。あれはいるだけで世界に恐慌を及ぼすものだ、こちらも早急に排除したい』
「あの、ちょっといいっすか?」
その時手を挙げたのは、それまで所在無さげにしていたレオだった。
「その、魔神柱はあなたたちの世界にいたもので、今はこちらに存在しているっていうのは聞いたんですけど。でも、だからって貴方たちがここで面倒を見る必要はなくないですか?
ぶっちゃけ、僕らの世界がその魔神柱に荒らされようと、そちらには関係ないですよね?」
レオは解らないという顔をする。貴方たちには世界を救うという使命があるのだろう、ならばこんなところで道草を食っている暇はないのではないか、と。
その言葉に、ダ・ヴィンチは応えることなくニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて視線を藤丸に振る。
『だ、そうだぜ。藤丸君』
ダ・ヴィンチの言葉に合わせて、視線が藤丸へと集まる。
急に視線が寄せられたことで藤丸は小さな緊張を覚えた。いつも一緒に活動しているカルデアの面々はともかくとして、ライブラの二人はここで藤丸に話が降られる理由がわからないようだ。いぶかしげな顔をしている。
藤丸はごくりと一つ息を呑む。
「どうしても何もありません、あれは僕たちの世界の産物です。なら、僕たちが責任を取らないと」
「それを、なぜ君が決めるんだい?指令を出す大人達ではなく、年端もいかない一人の少年が」
スティーブンの問い。
藤丸はこの時、確かに理解した。
自分たちは計られているのだ。カルデアという組織の有り様を、藤丸という一人の少年の意思を。
これに応えるのは自分だけだと藤丸は覚悟を決めた。今自分が言う一言が、そのまま彼らとの今後の協力体制に直結するのだ。
マスターだからなんて形だけの答えじゃない、確かな意思。
それを藤丸は考える。自分にとっての戦う理由、自分が自分の意思で戦う理由。それはーー
「それは、僕が明日を生きるためです。僕が自分らしく生きる為に、自分に恥じない決断をしたい。どんなに怖くても、危なくても、一人の人間であるために」
「そうか、ならばそれが少年の答えだろう」
藤丸の言葉に応えたのは、スティーブンでも、レオでも無かった。
扉が開き、二人の人影が入ってくる。一人は影の様に実感のない男だった。長身で白髪、顔中包帯巻きという様相であるにも関わらず、そこにいるのが一瞬でわからなくなる暗殺者の様な気配遮断を持つ男だ。
だが、藤丸の言葉に応えたもう一人の男は、その真逆といっても良かった。
筋骨隆々の長身に、整えられた赤毛の頭髪と髭。堂々とした歩みは、自身への自負を姿勢で表していた。
そして何より、その爛々と光輝く目こそが、カルデアのメンバーを引き付けていた。確固たる意思を持った先達のサーヴァント達と比べても見劣りしない程の、英雄たる資質、騎士たる矜持がそのまなこには宿っていた。
「歓迎しよう、カルデアの方々。私はライブラのクラウス・V・ラインヘルツだ」
*
「クラウス」
入ってきたクラウスと名乗る男に、スティーブンは声を掛ける。
「スティーブン、今戻った。例のテロリストは無事に制圧完了した」
「そうか、それは何よりだ」
どうやら、クラウスは何かしらの任務を完了した後らしい。
二人にしかわからないやり取りをしていると、クラウスの傍に控えていた骸骨の様な老人が微笑んだ。
「ほほほ。では、お二人が先の任務について話している間に、私はお茶を淹れてきましょう。ご客人は苦手なものなどはございますか?」
遠回しな『ご客人を放っておいてよろしいのですか?』というメッセージである。
老人がキッチンに消えていくと、クラウスがバツが悪そうに咳を一つする。
「いや、申し訳ないカルデアの方々。改めて自己紹介をさせて欲しい。
私はクラウス、このライブラを取りまとめている者だ」
それぞれソファに腰掛けて、今日何度目になるかわからない挨拶を交わす。
『失礼ミスタークラウス。先ほどから私たちの事をカルデアの者と認識しているようだが、貴方はその情報を何処で手に入れたんだい?』
ダ・ヴィンチの訝しげな笑みに、クラウスもふっと顔を緩める。
「スティーブンは見ての通り狡猾な男だ。あなた方も気をつけた方がいい、さりげなくメールで私に貴方達の情報を送信していたのだよ」
少なくとも藤丸とマシュ、ジークは、スティーブンが携帯に触っていたそぶりなど見ていない。
驚いて三人がスティーブンの方を見ると、当のスティーブンはまるで気にした風もなく、表情の読めない笑顔を浮かべるだけである。
『なるほど、随分意地の悪い男だね。今後は気をつけるとしよう。
それでミスタークラウス、どうやら藤丸君は君のお眼鏡にかなったのかな?』
ダ・ヴィンチの問いかけに、クラウスは頷く。
「ああ、今の少年の言葉はたしかに真に迫るものだ。我々も貴方方に全面的に協力させてもらおう」
「あ、ありがとうございます!」
ホットした様な顔で慌てて頭を下げる藤丸とマシュに、クラウスはその必要は無いと手で示す。
「もともと、我々の目的はこの街の均衡と世界の秩序を保つ事だ。なら協力をするのは当たり前だ。こちらこそよろしくお願いします」
お互いの信頼と協力体制が得られた事で、場の空気が少しだけ緩まる。その対面で、先ほどキッチンに消えて行った老人が、ティーセット華やかな紅茶の香りを運んできた。
そのまま、面々へと紅茶を注いでいく。ふわりと、紅茶の柔らかな香りが場に充満していく。
「あ、ありがとうございます」
藤丸がお礼を言ってそっとカップに口付けると、ほお、と大きく息を吐く。
自分が見知らぬ環境にいることさえ忘れてしまいそうになるほどに、甘く優しい味わいであった。
隣を見ると、マシュも感激した様に目を輝かせ、ジークも驚いた様に紅茶をしげしげと見ている。
「凄く、美味しいです。おれ、こんなに美味しい紅茶は初めて飲みました」
「それはそれは。喜んでいただいて何よりです」
老人は、一度だけ嬉しそうに破顔すると、そのまま何事も無かったかのようにクラウスの後ろに立った。
おそらく彼はクラウスの執事なのだろう。先ほどまで紅茶を注いでいたのが嘘みたいに、その存在感を今は薄めている。
うっかりするとそこにいることさえ忘れてしまいそうだ。
『良い執事を持っているんだね。察するにミスタークラウスは貴族の出かな?』
「そのような所です。彼は私の誇りの執事だ」