エンジェル伝説~after~   作:やきたまご

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ACT.5 平山郁子の初恋の巻

 私は今、自分でもよく分からない気持ちになっている。

 

「ねえ良子、ちょっといいかな?」

 

「ん? どうしたのよ郁子」

 

「その、人気のないところで話したいの」

 

「お金の貸し借りは駄目よ。うち貧乏道場だからお金ないし」

 

「そうじゃないの」

 

 とりあえず私の一番近しい友人小磯良子に相談してみることにした。特に良子によく絡んでくるあの人のいるところでこの話は聞かれたくなかった。

 

 

 

「えっ、あの馬鹿が好きになったって!?」

 

「しっ! 声が大きい!」

 

 予想通りこの話をすれば良子が驚くと思い、すぐさま落ち着かせた。

「実は……先日の碧空公園での闘いで黒田さんが私を不良から守ってくれたの……」

 

「まさか、それであの馬鹿が好きになったっていうんじゃないでしょうね?」

 

「私だって何で黒田さんを好きになったか分からないんだもん!」

 

 そう、私は碧空高校の前番長である黒田清吉を好きになってしまったのだ。私を守ってくれた黒田清吉の姿がとても格好良く見えたのだ。

「どうせあの馬鹿は強い敵と闘いたくないから、郁子を守るのに徹していただけしょ!」

 

「そうだとしても、私を守ってくれた事には変わりないもん!」

 

 いつも周りの非常識な人を落ち着かせるのが私の役目だが、今日ばかりはそっち側の人間になっているみたいだ。

 

「落ち着いてよ。郁子らしくないじゃない」

 

「う、うん」

 

 良子に言われて、冷静さを取り戻した。

 

「まず、あの馬鹿は不良よ。おまけに気も弱くて、実力も無くて、おまけに私につきまとってくるし!」

 

「だからこそ良子に相談しているのよ。黒田さんが惚れているのは良子だし、それに北野君とも付き合っているから恋愛経験もあるでしょ?」

 

「あ、そ、そうだけど! でも北野君とはキスまでしかいってないから!」

 

 やはり良子は北野君との恋バナをすると照れくさそうな態度をとる。

「今日はこうやって良子と話せただけでも良かったわ。しばらく日がたてば自分の中で落ち着くと思うし、また何かあったら相談するわ。あっ、今日のことは内緒だからね」

 

「誰にも言わないわよ。あとね、あの馬鹿と付き合うなんて気起こしたら、私が直々にあの世に送ってやるからね!」

 

「良子が言うと本当にやりそうな気がするから怖いわ……」

 

 こうして、私は良子の家を去った。

 

 

 

 さて、この話を知るのは良子と郁子だけではなかった。娘とその友人にお茶とお菓子を持って行こうとした時に、立ち聞きしていた男がいたのだった。良子の父、小磯平三である。

 

「とんでもないことを聞いてしまった! 郁子ちゃんがあの良子につきまとう馬鹿を好きになってしまうなんて……郁子ちゃんは良子にとって大事な親友だ……ならば、私があの男を始末せねばならん!」

 

 その晩、小磯平三は黒田清吉を葬る計画を立てるのである……。

 

 

 

 翌日の朝、小磯家での会話である。

 

「良子、今日は道場にお前が好きだと抜かすパンチパーマの不良を連れてきなさい」

 

「えっ、黒田の事? いいけど、どうしたの?」

 

「聞けばあの男はお前によく突っかかってくるそうじゃないか。だから私が直々にぶちのめしてやるのだ」

 

「でもお父さんいつもぶちのめしてないかな?」

 

「あれでも十分手加減している。しかしその手加減が良くなかった。今日こそお前につきまとわないように、この私が始末しよう」

 

「まあお父さんがそこまで言うなら連れてきてもいいけど……」

 

「あとな、郁子ちゃんも連れてきなさい」

 

「郁子も? まあいいけど」

 

 平三の計画はこうである。郁子の目の前で黒田をこてんぱんに打ちのめし、二度と好きになる気持ちが起きないようにしてやろうという、彼らしい単純なものである。しかし、それを素直に言っては、娘と友人の内緒話を聞いてしまったことになる。だからこそ適当な理由が必要であった。その理由として考えたのが、娘につきまとう男をボコボコにするという名目である。平三の考え通り、良子もその考えにのってくれたので、平三としては、作戦の第一歩が無事踏み出せたと言ったところである。

 

 

 

「北野君良いかな?」

 

「どうしたの良子ちゃん?」

 

 小磯良子は北野誠一郎に相談をした。

 

「お父さんが今日黒田を本気でボコボコにするって言って道場に呼ばせるみたいなんだけど、何か変なのよね」

 

「変? いや、それよりも良子ちゃんのお父さん強いし、黒田さんが大変な事になっちゃうよ!!」

 

「あれはどうなってもいいのよ。ただ、お父さんとしては私と北野君の仲を裂くのが最優先事項だと思うの。正直黒田なんてお父さんからすればいつでも始末できる存在よ。多分何か裏があるわ……」

 

「うーーん、そうだ、良子ちゃんのお父さんに直接聞いてみようよ」

 

「北野君らしいけど、北野君じゃまず口を割らないと思うわ。というか、私にも口を割らないかもね……」

 

「じゃあどうしよう?」

 

「そこで何かあった時にお父さんを止められるのが北野君だと思うの。だから今日は北野君も一緒に私の家に来てよ」

 

「僕で力になれるか分からないけど、良子ちゃんがそういうなら」

 

どどどどどど

 

 どこからともなく大男が北野と良子のもとへ向かってきた。黒田清吉である。

 

「小磯良子―――――っ!! まさか君はまた北野さんと不純異性交遊を!!」

 

ガゴン

 

 良子の突き上げの右掌底が黒田の顎に見事にヒットした。

 

「ぐわふっ!」

 

 しかし、黒田も数々の強豪に打ちのめされたおかげか、一撃で失神はしなかった。よろよろと立ち上がってくる。

 

「黒田、今日はあんたに家に来て欲しいのよ」

 

「え? 俺を小磯良子の家にか?」

 

「そうよ、お父さんが是非ともあんたを鍛えたいって言っているのよ」

 

「ふふふふ……はっはっはっは!! ついに小磯平三が俺の小磯良子に対する愛を分かってくれたか――――――っ!!」

 

 黒田清吉は勝手な勘違いをし、馬鹿騒ぎをしていた。

 

「ところで良子ちゃん、竹久君や幾野ちゃんは呼ばないのかな?」

 

「駄目よ。あの二人は口で言うより手が先に出るタイプだもん。呼んだら余計にややこしいことになるわ」

 

(良子ちゃんもわりかし手が先に出るタイプだよね)

 

 北野は気を遣って心の中でつぶやいた。

 放課後、良子は竹久、幾野、荻須あたりが勘付いて道場へ来ることを心配していた。しかし、運の良い事に三人のトラブルメーカーは補習が重なり、道場へ向かう余裕はなかった。

 

 

 

 私は今日も良子の家に行くことになった。何でも良子のお父さんが連れてくるようにと言ったとのことだ。北野君がいるのはまあいいとして、なんで黒田さんまでいるのよ! なんかあの日以来この人の顔を直視できないのよね。

 さて、道場に到着すると良子とお父さんが何か内助話をしているみたいだ。

 

「おい良子、なぜあの悪魔までいるんだ!」

 

「いいじゃない。北野君がいて何か不都合あるの?」

 

「いや、ないが……」

 

「じゃあ早いところ黒田(あいつ)をボコボコにしてよ。娘の将来に係わるからね」

 

「分かった。良子、そして郁子ちゃんのためにもな……」

 

「え? 郁子?」

 

「あ、いやいや、お前の周りに不良がいると友人にも悪影響があるからな」

 

 どうやら二人の内緒話は終わったようだ。

 

「さて、黒田君」

 

「ハイ! お義父さん!」

 

「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはないっ!!」

 

「ですが、私と良子さんは相思相愛の仲であります!!」

 

「……なるほど、お前の気持ちは分かった。今日の私との組み手の結果次第で、娘を譲ってやらんこともないぞ」

 

「ほ、本当ですか!!」

 

「ちょっと! 何言っているのよお父さん!」

 

「お前、私がこの男に負けると本当に思っているのか? 心配するな、この平三、命にかけてもお前を守る!」

 

 なんか凄いことになっちゃっているわね。北野君はこの会話を聞いてどう思っているのかな?

 

(黒田さんも良子ちゃんの事が好きなんだよね。応援してあげたいけど、僕も良子ちゃんのことが好きだからな~)

 

 と、呑気に考えている北野君であった。

 

 

 

 そして、黒田清吉VS小磯平三の組み手が始まった。

 

ばきぃん

 

 黒田の顔面に平三の左正拳突きがヒットした。あまりの衝撃に黒田の身体が吹っ飛んだ。

 

「さぁ立て。娘が欲しいんだろ?」

 

 黒田が起き上がってきた。ただその様子がいつもと違う。

 

「あれ? ここはどこだ? 俺は何をしているんだ?」

 

 黒田がかつて荻須と闘った時に起きた現象が再び発生していた。

 

「どうした! でくの坊!」

 

「あぁん?」

 

 黒田は目の前の道着を着た中年のおやじが何者かも思い出せない状態である。しかし、自分を挑発するでくの坊というワードにきれた。

 

「だれがでくの坊だ! このちょびひげヤクザめ! うおおおお!!」

 

 黒田が巨体の利を活かした打ち下ろし気味の右ストレートを放った。

ドゴォォ

 

 平三はガードしたが、黒田の予想外のパワーに驚く。

 

「ぐっ! 重い! これではガードの意味が無いな!」

 

 黒田はさらにパンチを打ち続ける。ひとまず平三はダメージをためないように、距離をとり、攻撃を避けることに専念した。

 

「足下も意識しな平三!」

 

ごぉぉん

 

 右膝蹴りが平三のみぞおちにクリーンヒットした。

 

「ぐほぉ!」

 

 平三の表情からダメージがあることがうかがいしれる。

 

「うそっ、お父さんが押されている! 最悪北野君に加勢させて黒田(あいつ)をしとめるしかないわね……」

 

 良子は父の滅多に見せない姿に驚いていた。

 

「黒田さんってやっぱり強いんだ……」

 

 郁子はいつの間にか黒田の闘う姿に見とれていた。

 

「はははは!! まさかお前が小磯良子の親父とはな! お前に勝って小磯良子と幸せな家庭を築きあげるためにも、この勝負! 必ずか~~つ!!」

 

ばきぃん

 

 黒田の左フックが平三の顔面にヒットし、平三は膝から崩れ落ちる。それは良子にとって、黒田と付き合うという死刑宣告でもある。

 

「いやあああ!! どうしてこんな結果になっちゃうの!! こうなったら北野君!! お父さんの仇をとって!! 北野君が私をかけた勝負で黒田に勝てば問題ないわ!」

 

 良子は必死の形相をし、北野君はたじろぐ。

 

「え、いや、暴力は良くないし、それに良子ちゃんのお父さんまだ死んでないんじゃ……」

 

むくり

 

 平三がたちあがってきた。

 

「そこの悪魔の言う通り。私はまだ死んでおらん!」

 

「年寄りの冷や水ってやつだ。それぐらいにしときな」

 

「お前、幸せな家庭とか抜かしていたな。お前に何が分かると言うんだ!!」

 

 平三が突然にきれ始めた。

 

「十年前、私の妻は亡くなり、私と良子はどん底に落ちた。しかし、私は娘の手前、弱音を見せるわけにはいかない。私はどんなときも良子に強い父の姿を見せ続け、そして良子がどんな困難にも負けないように強く育ててきた!」

 

「お父さん……」

 

 良子は平三が長年心に閉じ込めていた本音を聞いて感銘を受ける。

 

「そんな時、良子の友達になってくれたのが郁子ちゃんだった」

 

「わ、私?」

 

 意外なタイミングで自分の名前が出て郁子は驚いた。

 

「強くなりすぎた良子を怖がる人が多い中、彼女だけは小磯家に遊びに来てくれた。妻が亡くなってから死んだような目をした良子に、郁子ちゃんは笑顔を取り戻してくれた……私にとっては郁子ちゃんも良子同様大切な存在なんだ……」

 

 もはや周りの皆は黙って平三の話を聞くだけであった。

 

「私からすれば、自堕落な生活を送ってきた貴様に幸せな家庭を築き上げるなんて百年早いわ――――――っ!!」

 

どごぉぉん

 

 平三は黒田に双掌打を浴びせた。再び黒田の身体は吹っ飛び失神した。しかし、平三は攻撃をやめる気配がない。

 

「お前が二度と良子や郁子ちゃんに近づかないように、徹底的にたたきのめさないとな」

 

 黒田は意識朦朧かつダメージもあり、まともに動けない。

 

ばっ

 

 黒田を守るように、両手を広げて平三の前に立ち上がる人がいた。郁子である。

 

「もうやめてください! ここまでしなくていいじゃないですか!」

 

「郁子ちゃん、何故この男をかばうんだ?」

 

「私が黒田さんを好きだからです! 北野君や良子のお父さんよりも弱いけど私を守ってくれた人なんです!!」

 

 自然と郁子の目から涙が出ていた。

 

「えっ、郁子言っちゃったの!?」

 

「えっ、郁子ちゃん黒田さんの事が好きだったの!?」

 

 良子と北野君は郁子の突然の告白に驚いた。

 

「すまないな。女の子を泣かせるなんて私は最低な男だ。今日は郁子ちゃんの涙に免じてその男の処刑は後日にしてやろう」

 

(後日なんですね……)

 

 と郁子は思った。

 

「あの時のお礼、ようやくできましたね」

 

 郁子は意識朦朧としている黒田に喋った。黒田はその言葉に返事を返さなかった。

 

 

 

「くそおおお!! 俺は負けてしまったのかああああ!! 小磯良子を我が物に出来なかったああああ!!」

 

 黒田は平三をあと一歩まで追い詰めながらも、勝てなかった悔しさを口にした。この勝負に勝てば小磯良子と堂々と付き合うことも出来たので、その悔しさはなおさらである。

 

「ゴメンね、僕何も出来なくて」

 

 本日何かあった時のために、北野君が呼ばれていたが、全くその必要はなかった。

 

「いいのよ、北野君いつも私達以上に大変な目に合っているんだから」

 

 小磯良子はフォローをした。

 

「郁子ちゃん、本当にあの男で良いのかい?」

 

 平三が郁子を心配していた。

 

「心配いらないですよ。彼、意識朦朧としていたから全く私の告白聞いてなかったみたいですし」

 

「そうか、奴が郁子ちゃんを泣かせるような真似をしたら遠慮無く殺りにいくからな」

 

「ははは……」

 

 郁子が反応に困る表情をしていた。

 

 

 

 さて、実は黒田清吉。平三の強打を食らいながらも、早い段階で意識を取り戻していた。つまり、黒田清吉は平山郁子の告白を聞いていたのだ。しかし、彼自身もどう反応して良いか分からず、ごまかすためにわざと聞いていなかった振りをしていた。

 黒田清吉は本日より、小磯良子の友人Aである平山郁子に惚れたのである。二人の中が進展したかどうかは読者のご想像にお任せしよう……。


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